過去編⑦・「怖がっている」
注意⚠️
※本編では臨場感のため英語の会話が多く登場します。
※後書きに簡易翻訳を載せていますので、必要な方はそちらをご覧ください。
叶弥と同じ目線で、物語を楽しんでいただければ嬉しいです。
翌日も、俺は同じ公園に来ていた。
理由は単純だ。
昨日の言葉が、頭から離れなかった。
サッカーは殺し合い。
ゴールが命で、ボールがナイフ。
そんな馬鹿げた比喩なのに、
胸の奥が妙に納得してしまった。
俺はボールを蹴り上げ、軽くリフティングを始めた。
トン、トン、と乾いた音が響く。
足元の感覚は悪くない。
でも、心は落ち着かなかった。
(俺は……何を探してる?)
ボールが足元から離れた瞬間、
昨日と同じベンチが視界に入った。
そして――
そこに、昨日と同じ老人が座っていた。
まるで最初からそこにいたみたいに。
俺は一瞬、足を止めた。
(……偶然、だよな)
老人は俺に気づくと、何も言わず手招きした。
昨日と同じ動き。昨日と同じ無言。
俺はボールを抱え、ゆっくり近づいた。
「……Hello」
俺が言うと、老人は小さく笑った。
「You came again.」
その英語は、やっぱり自然だった。
年寄り特有の拙さがない。
発音も、言葉の選び方も、妙に綺麗だ。
俺はベンチの端に座った。
「Why did you come?」
老人が聞いた。
俺は答えに詰まった。
理由なんて、ない。
でも、ある。
「I… wanted to know.」
「Know what?」
「What soccer is.」
その瞬間、老人の目が少しだけ細くなった。
笑ったようにも見えたし、試したようにも見えた。
「Good.」
老人は短く言った。
それから、少し間を置いて続けた。
「Then, show me your soccer.」
「……My soccer?」
「Yes. Your way.」
俺は立ち上がり、ボールを地面に置いた。
ドリブルを始める。
リズムは速く、足元のタッチも悪くない。
昨日までの俺なら、
これだけで“自分は上手い”と感じていたはずだ。
でも今は違う。
(これが何だっていうんだ)
俺は途中でボールを止めた。
老人が、ため息をつく。
「You are touching the ball…」
老人は言葉を探すように、少しだけ間を置いた。
「…like you are afraid of it.」
俺の背中が、ぞくりとした。
「Afraid…?」
老人は頷いた。
「You are not playing.
You are surviving.」
胸に何かが刺さった。
「Surviving…」
老人は俺の足元のボールを見て、続けた。
「When you dribble, you are thinking too much.
When you pass, you hesitate.
When you shoot, you apologize.」
「……apologize?」
俺は思わず聞き返した。
すると老人は、少し笑った。
「Yes.
Your body says “sorry” before you shoot.」
そんなこと、考えたこともなかった。
でも、否定できなかった。
俺はいつも怖かった。
失敗するのが怖かった。
嫌われるのが怖かった。
評価されないのが怖かった。
だから俺は、
無意識のうちに、安全なプレーを探していた。
老人は、ゆっくりと立ち上がった。
そして俺の隣まで歩いてきて、
俺の足元のボールを軽く蹴った。
ボールは少し転がり、俺から離れる。
「Chase it.」
俺は反射的に走り出し、ボールを拾った。
老人は言う。
「You see?
You can move faster when you stop thinking.」
その言葉が、胸に落ちた。
俺は無意識に口を開いた。
「But… I’m not strong.
I’m not fast.」
老人は俺を見た。
まるで、俺の弱さを全部知ってるみたいな目で。
「Then become.」
たったそれだけ。
励ましでもない。
慰めでもない。
命令に近い言葉だった。
「Become…」
俺が呟くと、老人は頷いた。
「Yes.
If you can’t win with talent…」
老人は一瞬だけ、口調が変わった。
「――then win with choice.」
その瞬間、空気が変わった。
老人の声が、
ただの老人のものじゃなくなった気がした。
まるで監督みたいに。
まるで戦場の兵士みたいに。
俺は思わず息を止めた。
老人はすぐに咳払いをして、
また穏やかな口調に戻る。
「Your choice decides everything.
Not your fear.」
俺は、昨日と同じ言葉を思い出した。
選ぶんじゃ。
お前が決めろ。
俺は拳を握りしめた。
「…Teach me.」
老人は少し驚いた顔をした。
そして、ゆっくり笑った。
「No.」
即答だった。
「え……」
俺が固まると、老人は言った。
「I won’t teach you.
But I will watch you.」
「Watch…?」
「Yes.
And if you lie to yourself, I will tell you.」
その言葉が、妙に怖かった。
でも同時に、救いにも聞こえた。
誰かが俺を見ている。
俺の“本気”を見抜こうとしている。
それだけで、心臓が熱くなる。
俺は立ち上がり、ボールを抱えた。
「Tomorrow… I’ll come again.」
老人はベンチに座り直し、
何でもないように言った。
「Come.
But next time…」
老人は少しだけ目を細める。
「Don’t bring excuses.」
俺は喉が詰まりそうになりながら、頷いた。
「…Okay.」
公園を出るとき、
俺はふと空を見上げた。
フランスの空は、どこか高くて冷たい。
でも――
昨日より、少しだけ息がしやすかった。
俺は、気づいてしまった。
この老人は、俺の味方じゃない。
でも、敵でもない。
ただ、俺の覚悟を試している。
そして俺は、
その試験を受けたいと思ってしまっている。
(俺は……変わりたい)
その夜、俺は初めて、
フランス語の教科書を開いた。
意味はほとんど分からない。
でも、昨日までとは違う。
分からないからやる。
できないからやる。
俺は小さく呟いた。
「Je… m’appelle…」
発音はぐちゃぐちゃだった。
それでも、口に出した瞬間、
何かが始まった気がした。
【英語セリフ翻訳】
You came again.
→ また来たのか。
Why did you come?
→ なんで来たんだ?
I… wanted to know.
→ 俺は…知りたかった。
Know what?
→ 何を?
What soccer is.
→ サッカーが何なのか。
Good.
→ いいだろう。
Then, show me your soccer.
→ じゃあ見せてみろ、お前のサッカーを。
Yes. Your way.
→ そうだ。お前のやり方で。
⸻
You are touching the ball… like you are afraid of it.
→ お前はただボールに触れているだけだ。まるでボールを怖がってるみたいにな。
Afraid…?
→ 怖がってる…?
You are not playing. You are surviving.
→ お前はプレーをしてない。ただ生き残ろうとしてるだけだ。
⸻
When you dribble, you are thinking too much.
→ ドリブルするとき考えすぎだ。
When you pass, you hesitate.
→ パスするとき迷ってる。
When you shoot, you apologize.
→ シュートするとき、謝ってる。
Apologize?
→ 謝る…?
Yes.
→そうだ。
Your body says “sorry” before you shoot.
→ お前の体はシュートを打つ前に「ごめん」と言っている。
⸻
Chase it.
→ 追いかけろ。
You see? You can move faster when you stop thinking.
→ 分かるか?考えるのをやめたとき、お前はもっと速く動ける。
But… I’m not strong.
→ でも…俺は強くない。
I’m not fast.
→ 速くもない。
Then become.
→ なら、強くなれ。
If you can’t win with talent… then win with choice.
→ 才能で勝てないなら…選択で勝て。
Your choice decides everything.
→ すべてを決めるのはお前の選択だ。
Not your fear.
→ 恐怖じゃない。
⸻
Teach me.
→ 教えてくれ。
No.
→ 断る。
I won’t teach you. But I will watch you.
→ 教えはしない。だが見てやる。
Watch…?
→ 見る…?
Yes.And if you lie to yourself, I will tell you.
→ああ。 もしお前が自分に嘘をついたら、俺がそれを教えてやる。
⸻
Tomorrow… I’ll come again.
→ 明日も…また来る。
Come. But next time… Don’t bring excuses.
→ 来い。ただし次は…言い訳を持ってくるな。
Okay.
→ 分かった。
⸻
フランス語
Je… m’appelle…
→「私は…〜といいます」
「私の名前は…」
⸻
言語が通じないというのは、とてももどかしいものです。
叶弥と同じ感覚を、少しでも味わっていただけていたら嬉しいです。




