日常編その1・入部までの一週間
入部までの一週間は、やけに長く感じた。
放課後にグラウンドへ行けないだけで、こんなにも時間が余るのかと思う。
仕方なく、その時間は「学校」という環境を観察することに使うことにした。
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最初に目立ったのは、英語の授業だった。
「じゃあ羽谷くん、ここ音読してくれる?」
ほぼ毎回、俺だ。
理由は分かっている。
海外にいた。それだけ。
正直、ふざけているとしか思えなかった。
教科書を開き、淡々と読む。
発音も抑揚も、特別なことはしていない。
先生は満足そうにうなずきながら言う。
「ここは動詞で、ここは副詞ね。文の形をしっかり理解して——」
(……日本は、こういう理解の仕方なのか)
頭の中で、少しだけ引っかかる。
間違ってはいない。
でも、合理的かと言われると、首をかしげたくなる。
俺は言語を、そうやって覚えてきたわけじゃない。
フレーズ。
構造。
パターン。
この場面では、この返し。
この並びなら、この意味。
感覚も必要だが、それは慣れで補える部分だった。
(まあ……慣れの問題か)
そう結論づけて、深く考えるのをやめた。
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数学の授業は、もっとシンプルだった。
正解が一つに定まっている。
そこが、好きだった。
構造を見て、無駄を削ればいい。
それだけで、答えにたどり着く。
「羽谷、この問題、解いてみろ」
またか、と心の中で呟きながら、俺は席を立った。
(だからなんで、毎回俺なんだよ)
本人は知らない。
編入試験の成績が、教師たちの間で話題になっていることを。
黒板に向かい、途中式を書き換える。
遠回りな部分を消し、最短の形に直す。
答えを書いた瞬間、教室がざわついた。
「え、そんな解き方あるの?」
「そっちの方が分かりやすくない?」
先生は少し驚いた顔で、すぐに笑った。
「正解だ。よく構造を理解しているな。要点を取るのが上手い」
「……どうも」
軽く頭を下げて、自分の席に戻る。
(なんでだよ!普通に解いただけだろ)
そう思いながら、周囲の視線を感じる。
浮いている。
別に、目立ちたいわけじゃないのに。
叶弥は机に肘をつき、窓の外を見た。
グラウンドの向こうに、サッカーゴールが見える。
(早く……入りたいな)
入部まで、あと数日。
この一週間は、ピッチに立てない代わりに、自分がどれだけ“異物”なのかを知る時間になっていた。
でも――
それをどうこうしようとは、まだ思わなかった。
サッカーが始まれば、全部シンプルになる。
そう、どこかで確信していたから。
次回は少し違った授業を書きます。




