第一章・転校初日
「今日は転校生が来ます。入ってきてー」
担任の声が、教室に響いた。
その合図と同時に、俺は扉に手をかける。
開いた瞬間、視線が一斉に突き刺さった。
――ああ、これか。
教室に足を踏み入れた途端、空気がざわつく。
「なんか、カッコよくない?」
「イケメンじゃん」
「身長たっか……」
小声で何を言っているのかまでは聞こえない。
でも、好奇の視線とざわめきだけは、嫌というほど分かった。
(……やっていけるか、これ)
不安が、胸の奥で膨らむ。
「羽谷 叶弥です。サッカーが好きです。よろしくお願いします」
短く、端的に。
余計なことは言わない。
海外にいたことも、過去も。
――言わなかった。
いや、正確には隠したかった。
だが。
「はい、よろしくね! 羽谷くん」
担任が、にこやかに言う。
「羽谷くんはね、五年間海外に住んでたの。久しぶりの日本だから、みんな色々教えてあげてね。学校のこともお願い」
……は?
「学級委員長、お願いできるかしら?」
(こいつ……言いやがった)
一瞬、眉が動きそうになるのを必死に抑える。
口止めしとくの、忘れた。
担任は天然そうで、優しそうな女の先生だった。
悪気がないのは、分かる。
(まあ……いいか)
そうやって、気持ちを押し込めた。
⸻
転校して数日が経った。
学校のことは、学級委員に教えてもらった。
校舎の構造、先生の癖、購買の場所。
部活について聞くと、こう言われた。
「転校して一週間は入部できないんだって。慣れる期間らしいよ」
「……まじか」
思わず、声が漏れる。
(まだサッカーできねーのかよ)
教室の空気には、まだ馴染めなかった。
「海外にいたって本当?」
「サッカーやってるの?」
「趣味は?」
「彼女とか、いるの?」
質問は飛んでくる。
悪意はない。
ただ――距離感が分からない。
「まあ……普通だよ」
短く答えて、それ以上は踏み込ませない。
踏み込まないし、踏み込ませない。
気づけば、教室の隅が俺の定位置になっていた。
⸻
昼休み。
机に肘をつき、携帯を開く。
画面に映るのは、サッカーゲーム。
試合をするためじゃない。
フォーメーション。
選手の立ち位置。
守備のズレ。
(この形だと、右SBが一瞬浮く)
頭の中では、現実のピッチと重ねている。
ゲームは、ただのシミュレーターだった。
⸻
「なんか、近寄りがたいよな」
「クールっていうか……」
後ろから、そんな声が聞こえる。
気にしない。
というより、その方が楽だった。
無理に笑わなくていい。
期待にも、合わせなくていい。
(俺は、俺のサッカーをやる)
ふと、窓の外を見る。
グラウンドでは、生徒がサッカーを楽しんでいた。
ボールの音が、風に乗って届く。
足が、無意識に前へ出そうになる。
⸻
(……嫌いなわけじゃない)
話すのも、笑うのも。
ただ、まだ戻ってきたばかりだ。
言葉も、空気も、距離も。
全部、探っている途中。
海外で身についた癖が、抜けない。
必要以上に踏み込まない。
自分から、近づかない。
それが――
自分を守る、一番簡単な方法だった。
⸻
昼休み終了のチャイムが鳴る。
叶弥は携帯を閉じ、立ち上がった。
(ピッチの上なら、迷わないんだけどな)
教室では、孤独。
でも――
ボールがあれば、世界は単純だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次は日常編に入ります。




