県大会編・準決勝
相手は、県内屈指の強豪校だった。
前半終了。
スコアは1―0。
わずかなリード。
だが、その一点は軽くない。
押し込まれる時間帯もあった。
それでも崩れなかったのは、キャプテン――相沢先輩の統率があったからだ。
ロッカールームに戻ると、誰も大きな声を出さない。
汗の匂いと、疲労の熱が充満している。
三年生の肩は上下し、
太腿に手をつく姿も見える。
守備は機能している。
だが、前へ運ぶ力が削られている。
このまま耐え切れるか。
監督は全員を見渡し、
やがて視線を止めた。
「羽谷。後半三十分からだ」
短い。
それで十分だった。
叶弥は黙って立ち上がる。
リストバンドを巻き直し、深く息を吸う。
もう分かっている。
自分が求められているのは、
点を取ることでも、目立つことでもない。
――流れを整えること。
後半。
時間が進むにつれ、相手の圧は増していった。
前線からのプレス。
中盤での体のぶつかり合い。
奪われれば即座に囲まれる。
残り十五分。
「羽谷!」
交代ボードが上がる。
ピッチに入った瞬間、空気の重さが変わった。
観客のざわめき。
相手の視線。
足に伝わる芝の感触。
だが、視界は曇らない。
相手の重心がどちらに傾いているか。
味方の呼吸が乱れているかどうか。
一瞬だけ空く、中央の“間”。
――見える。
最初のボールが来る。
背後から圧。
それでも慌てない。
ワンタッチで横へ流す。
無理はしない。
だが遅くもしない。
次のボール。
今度は前を向くふりをして、縦ではなく斜めに落とす。
味方が走る。
もう一度。
また、もう一度。
たったそれだけで、
ピッチの呼吸が整い始める。
(……流れが来てる)
キャプテンの周囲に、余裕が生まれる。
守備の声が少し落ち着く。
ボール保持の時間が、ほんの数秒伸びる。
それだけで、十分だった。
残り十分。
相手は前がかりになる。
焦りが混ざる。
奪ったボールを、叶弥が受ける。
視線を上げる。
右サイド。
背後にスペース。
速すぎない、だが迷いのないパス。
受けた三年生が縦に突破。
クロス。
中央へ走り込む影。
――ゴール。
歓声が、爆発する。
2―0。
ベンチが立ち上がる。
叶弥は、小さく拳を握った。
(ここからだ)
だが喜びに浸る暇はない。
残り時間、相手は雪崩のように攻め込んでくる。
ロングボール。
セカンドボール。
体をぶつける音。
それでも、慌てない。
叶弥は中央で角度を取り、
相沢と視線を交わす。
無言。
だが意思は共有される。
――締めるぞ。
ホイッスル。
試合終了。
決勝進出。
歓喜の輪の中で、
キャプテンの背中が揺れる。
三年生たちの叫び声が、空に溶ける。
叶弥は一歩引いた場所で、深く息を吐いた。
(.....次が決勝か)
とりあえずは、チーム流れの一部にはなれた。
決勝は、もう目の前だ。
そしてその先に、
本当に試される舞台がある。




