県大会編・監督の考え
もうそろそろ、スタメンを決めなければならない。
県大会は明後日だ。
職員室の窓の外は、夕暮れに沈みかけていた。
グラウンドからは、まだ微かにボールを蹴る音が聞こえる。
練習を終えた部員たちが、片付けをしながら笑い合っているのだろう。
だが、こちらは笑っていられない。
机の上には、手書きのメモが散らばっている。
ポジションごとの特徴、得意なプレー、課題。
何度も見返して、書き直して、消して――それでも答えが出ない。
「……決めるしかないんだがな」
独り言が漏れる。
自分の声が妙に重く響いた。
これまでの練習で、選手たちの特徴は頭に入っている。
相沢は守備の要だ。
センターバックとして、彼が動けばラインは自然と整う。
声が出る。判断が早い。危機察知能力も高い。
――あいつがいるだけで、チームは落ち着く。
頼りすぎている自覚はある。
だが、それも含めて今のチームだ。
三年生の代は、去年の冬から積み上げてきた。
走り込み。基礎練。戦術練習。
毎日の積み重ねが、今の守備の完成度を作っている。
この県大会は、彼らにとって最後の舞台だ。
この大会をが終われば、もう引退だ。
全国へ行く、最後のチャンスだ。
「……だからこそ」
そこに、羽谷を入れるのか。
頭の中でその名前を呼ぶだけで、胸の奥がざわつく。
あいつは――少し違う。
パスの選択肢がなければ、自分から動く。
自分で判断して、先に走り出す。
自己判断する選手だ。
独りになることがある。
良くも悪くも、流れを変える力を持っている。
初めて見た時、正直驚いた。
ミニゲームの中で、自分から仕掛け、得点にまで結び付けた。
その一つのプレーで、空気が変わった。
また、誰もが安全なパスを選ぶ場面で、羽谷だけが縦を狙ったりなど、判断力がある。
ボールが前へ進む。
相手の守備が下がる。
味方が「行ける」と思い始める。
――才能だ。
だが、才能だけでは勝てない。
攻撃陣はまだ粗い。
特に二年生以下は、焦ると判断が雑になる。
スペースが見えていても、そこに通す勇気がない。
逆に言えば、羽谷はスペースを見つける判断が悪くない。
視野も広い。
ボールを受ける前から、次のプレーが決まっているような動き方をする。
「ボランチにするべきか……」
その案も何度も考えた。
だがボランチは、守備の責任が重い。
羽谷の攻撃の才能を、守備に縛りつけるのは勿体ない気もする。
かといって、前線に置けば守備の負担は増える。
守備の安定を前提に、どう噛み合わせるか。
そこが鍵だった。
ペンを握る手に力が入る。
(しかし……)
三年生を差し置いて、いきなり羽谷をスタメンにするのはどうなんだ。
このチームは、三年生の努力で成り立っている。
声を出してきたのも、走り込んできたのも、支えてきたのも彼らだ。
そこに、転校してきたばかりの一年生を入れる。
――現実的に考えて、反発が出ないはずがない。
「勝つために必要だ」
そう割り切ろうとしても、迷いは消えない。
練習後の部室で、三年生たちが汗だくで笑い合っていた光景が浮かぶ。
足が棒になりそうでも、走り続けた奴がいた。
多少むりしてでも、練習を頑張る奴もいた。
後輩に声をかけ、ミスを背負い、責任を引き受けてきた奴もいた。
それを、俺は見てきた。
「……簡単に切れるわけがないだろ」
言葉が、胸に刺さる。
今年の完成度は、相沢を中心に、彼らが積み上げてきたものだ。
守備の安定感は、正直、県内でも上位に入る。
そこに、まだ信頼関係の薄い羽谷を入れる。
チームプレーを崩す可能性は、確かにある。
羽谷のプレーは、時に味方の予想を超える。
予想を超えるということは、連携が取れていないと「暴走」に見える。
それは危険だ。
しかし――
それでも、彼の才能を攻撃の起点として使いたい自分がいる。
相手が守備を固めてきた時。
点が取れない展開になった時。
膠着した試合を壊せるのは、結局こういう選手だ。
「相沢だけでは勝てない」
その事実も、分かっている。
守るだけでは勝てない。
最後に必要なのは、一つの突破、一つの判断、一つの閃き。
羽谷には、それがある。
そして何より――
あいつの目は、勝ちを見ている。
一年生のくせに、妙に落ち着いていて、妙に冷静だ。
練習のたびに、勝つための動きを探している。
ただの自己中心的な選手なら、もっと簡単だった。
「使わない」と決めれば済む。
だが羽谷は違う。
自己判断する。
だが、自己満足ではない。
(……チームのために動いてる)
そこが、厄介だった。
机の上のメモを見つめる。
名前が並ぶ。
ポジションが埋まっていく。
だが最後の一枠が、どうしても決まらない。
明日、スタメンを発表する。
誰を先発にするのか。
誰をベンチに置くのか。
その一言で、選手の表情が変わる。
モチベーションが変わる。
チームの空気が変わる。
勝負の世界は、残酷だ。
(勝つための選択か)
(努力を報いる選択か)
そのどちらも正しい。
そのどちらも間違っている。
監督という立場は、いつだって「正解のない決断」を迫られる。
そして――
最終決定は、今日だ。
ペンを走らせる。
震えそうになる手を、無理やり抑える。
「……明日、伝える」
そう呟いた瞬間、窓の外から声が聞こえた。
「お疲れ様でした!!」
グラウンドからの挨拶だ。
部員たちが一斉に声を揃える。
その声に、監督としての覚悟を突きつけられた気がした。
俺は静かに立ち上がり、窓の外を見た。
夕暮れの中、選手たちはまだ走っている。
まだボールを蹴っている。
まだ勝利を信じている。
――その期待を裏切るわけにはいかない。
明日、俺が告げる言葉が、
このチームの未来を決める。
そしてその未来は、もう後戻りできない。
選択しなくては....




