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相沢視点②・「アイツって実は.....」

練習が終わり、部室にはまだ汗と湿った空気が残っていた。


誰かが外したスパイクを床に置く音、

シャワーへ向かう足音がばらばらに重なる。


俺はベンチに腰を下ろし、適当に雑談に混じっていた。


「お疲れ様です」


その声に顔を上げると、

羽谷がすでに荷物をまとめて、部室の出口に立っていた。


「ああ、おつかれさん」


それだけ返すと、

羽谷は軽く会釈して、そのまま扉を閉めた。


ガチャリ、と音がして、

完全に姿が見えなくなる。


そのタイミングを待っていたみたいに、

隣にいた友人が、声を落として言った。


「なぁー、あいつ変じゃね?」


俺は靴紐をほどきながら、視線だけ向ける。


「昨日はあんなに上手かったのに、今日は大人しいし」


「……ああ、まあ確かに。不思議ではあるな」


正直な感想だった。

否定も肯定もしない、曖昧な返事。


友人は少し身を乗り出してくる。


「でもさ、昨日も話したけど、あのプレーは凄かったよな!

 あの、こういちを1対1で抜かしたんだからさぁ」


「ああ、昨日はしてやられたな」


思わず笑ってそう言った。

冗談めかして言わないと、変な空気になりそうだったから。


「な?

 アイツって実は天才じゃね?」


その言葉が、部室の中で一瞬だけ浮いた気がした。


天才。


軽い響きなのに、

一度口にすると戻らない言葉。


俺は一拍だけ間を置いてから、肩をすくめた。


「さぁーな」


深く考えてない風を装う。


「さあ、もう帰ろうぜ」


「お、もうこんな時間か。じゃあな、こういち」


「ああ、また明日」


友人はそう言って部室を出ていった。


一人残った部室で、

さっきの言葉だけが、静かに残る。


(天才、か)


そう簡単に言っていい言葉じゃない。

だから俺は、今日もそれを口にはしなかった。



帰り途中

(天才か)


さっきの言葉が、遅れて効いてきた。


正直に言えば、才能があることは分かっている。

昨日の1対1、あの一瞬の間合い。

抜かれた側の自分が一番、誤魔化しようがない。


でも――だからこそ、口にしなかった。


一回のミニゲーム。

一度の1対1。


それだけで「天才」「別格」と決めるのは、軽すぎる。


センターバックとして、

そしてキャプテンとして、

俺は何度も見てきた。


派手な一瞬だけを切り取られて、

期待を背負わされて、

再現できずに潰れていった選手を。


(才能があるのは分かる)

(でも、それを繰り返せるかは別だ)


ドイツでプレーしていた兄が、昔言っていた言葉を思い出す。

「一度の成功より、十回の再現性だ」


昨日の叶弥――

いや、羽谷叶弥は、まだ“一回目”にすぎない。


もし、あの場で言っていたらどうなった?


「あいつ、ヤバいぞ」

「一年なのに別格だ」


たぶん、チームは一瞬ざわつく。

そして、そのざわつきは静かに形を変える。


無意識に頼る。

ボールを預ける。

「どうにかしてくれるだろう」と期待する。


――それは、重りだ。


失敗した瞬間、

「ほらな」という空気が生まれる。


才能は、持ち上げた瞬間に試される。

そして試される速さは、本人の準備とは関係ない。


俺は守備の要で、

チームを“整える側”だ。


誰か一人を浮かせて、

全体を歪ませるわけにはいかない。


それでも一番、引っかかっているのは別のところだ。


羽谷叶弥は――

自分から何も言わない。


手を挙げない。

要求しない。

目立つ選択を、避けている。


今日の練習もそうだった。

昨日あれだけやれたのに、

今日は前に出ない。


(評価を欲しがってない)


それが、妙に気になる。


評価を欲しがらない選手は、

チームの中心にもなれるし、

同時に――チームの外にも行ける。


この場所に留まる理由が、

まだ見えない。


だから俺は言えなかった。


(まだ、名前を出す段階じゃない)

(こいつがどこへ行くのか、見極める必要がある)


夕焼けに染まるグラウンドを振り返る。

もう誰もいない。


天才かどうかなんて、

今はどうでもいい。


ただ一つ確かなのは――

あいつは、まだ何かを隠している。


それを見届けるまでは、

俺は何も言わない。

これにて第二章は終わりです。

次章から県大会編に入っていきます。

お楽しみに!



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