プロローグ
俺の名前は、羽谷 叶弥
高校一年生だ。
久しぶりに日本へ帰ってきた。
二十日ほどの休暇を挟み、今日が転校初日になる。
少しだけ、過去の話をしよう。
俺は小学校低学年からサッカーを始めた。
才能があったかどうかは分からない。でも、日本では「上手い方」だったと思う。
転機は、小学五年生のときだ。
親の海外赴任で、ヨーロッパへ行くことになった。
フランス、スペイン、ドイツ――サッカーが生活に根付いた国ばかり。
当時の俺は、胸を躍らせていた。
だが、現実は甘くなかった。
日本では「特別」だったはずの自分は、そこでは埋もれた。
同じくらい上手い選手が、当たり前のようにいて。
自分より才能のあるやつも、いくらでもいた。
日本で信じてきた“チームプレー”は、
海外では必ずしも正解ではなかった。
自分を消して合わせるほど、
ピッチの上で、俺は薄れていった。
――自分の価値が、分からなくなった。
自信は削られ、不安だけが増えていく。
絶望、という言葉が少しずつ現実味を帯びてきた頃だった。
ある日、俺は一人で公園にいた。
誰もいない芝生で、ただボールを蹴っていた。
ベンチに、ひとりの老人が座っていた。
「坊主、サッカーは好きか?」
突然の声に、俺は顔を上げた。
「楽しそうにサッカーしとらんのー」
俺はボールを止め、絞り出すように言った。
「……このままじゃ、ダメなんだ。
世界一にはなれない」
老人は、ははは、と静かに笑った。
「わしにも、そんな時期があったのう。
坊主、サッカーって何じゃと思う?」
「え......」
急な問いに俺は考えた。
少し間を置いて、彼は言った。
「サッカーは殺し合いじゃ!
ゴールが命で、ボールがナイフ。
自分の選択一つで、死ぬか生きるかが決まる」
胸の奥が、ざわついた。
「……殺し、合い……?」
「じゃがの」
老人は続けた。
「それを怖がらず、楽しめるやつだけが、
ピッチに立ち続けられるんじゃ」
チームプレーが大事なんじゃないのか。
頭の中で、何かが軋んだ。
「お前のやりたいサッカーは何じゃ?
好きにやればええ。
坊主が絶望するには、まだ早すぎる年齢じゃろ」
老人の視線が、真っ直ぐ俺を射抜いた。
「選ぶんじゃ。
お前が決めろ。
ただ、それだけじゃ」
――その言葉で、気づいた。
俺は元々、サッカーが好きだった。
なのにいつからか、
サッカーをするたびに“居場所”を探していた。
自分の価値を証明するために。
自分を信じない人間が、
ピッチという戦場に立ち続けられるはずがない。
やりたいことは、俺が決める。
俺は、俺に従う。
「ありがとう」
俺は深く息を吸い、言った。
「俺は俺のやりたいようにサッカーをやる。
楽しんで、俺の意思に従う」
それからだ。
フランスで二年。
ドイツで三年。
俺はサッカーに没頭した。
食事を取り、自重トレーニングをし、
中学一年の途中からはジムにも通った。
瞑想でメンタルを鍛え、
ルーティンを決め、毎日続けた。
時間は確実に、俺を作り変えていった。
現在は
身長一八四センチ、体重七十五キロ。
見た目以上に、身体は仕上がっていた。
何より、俺はサッカーを楽しんでいた。
負けて、勝って、また負けて。
経験だけが、静かに積み重なっていく。
中学最後の年。
U15世代までが出場できる、
ヨーロッパ最大級のクラブ大会に出場した。
地域、市、国を勝ち抜き、
ヨーロッパリーグの予選を越えて決勝トーナメントへ。
俺がいたのは、ドイツ代表クラブ。
結果は、ベスト8。
オランダのクラブに敗れた。
――そこまでが、俺の過去だ。
そして今日。
転校初日。
思春期のほとんどを海外で過ごした俺が、
日本で上手くやっていけるのか。
そんなことを考えながら、
俺は教室の扉の前に立っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
自分の妄想をそのまま形にしてみました(笑)
次の話では、転校初日の様子を書きます。
よければ引き続き読んでもらえると嬉しいです。




