僕の一番の幸せ
大学1年目、恋人ができた。
僕の方から告白したのが切っ掛け。
彼女はとても驚いていた。
「どうして私なんかに」「もっと相応しい人がいるはず」と、自分を卑下する彼女に僕は言ってやった。
「君が良いんだ。君じゃなきゃいけない。僕が好きになったのは、恋をしたのは、君がどんな人よりも優しくて、温かくて、一緒になって喜んでくれて、悲しんでくれて、僕を包み込んでくれるその包容力のある人柄に惹かれたんだ」
紛れもない本心。嘘偽りのない言葉は彼女の顔を真っ赤に染める。
「へ、ぁえ? え? ―――ふあっ!?」
なんとも可笑しな声を上げて、彼女は直立のまま後ろへと倒れてしまった。
慌てて抱え込まなければ怪我をしていたところだ。
ホッと安堵を吐き、彼女の顔を見下ろし微笑む。
――とても綺麗だ。
後ろでまとめたお団子ヘアーが、彼女の茶髪の髪によく似合っている。丸眼鏡から覗く二重まぶた。いつもは眠たげな半目だけど、今は見開かれ、普段は拝むのことのない綺麗な瞳の全貌を見ることができた。化粧がうっすらと塗られた肌、そこからかすかに見えるそばかす。彼女は嫌ってはいるけど、僕はそこも含めて彼女の魅力だと思う。
「あ、あの……! そ、そそそれ以上見ないでもらえません……か?」
顔を両手で隠し、か細い声で彼女は懇願する。
僕は瞬きをした。どうやら見惚れてる間に意識を取り戻したようだ。
「ごめん。つい綺麗で見惚れてた。今起こすよ」
「みっ!?」
猫みたいな可愛らしい鳴き声に僕は笑った。
彼女は僕の胸を叩く。痛みはない。力が弱い訳ではなく、単に力が込もっていないだけ。
彼女は潤んだ瞳で僕を睨みつける。
――卑怯だ。
そんな可愛らしく睨みつけられたら襲ってしまいたくなる。
そんな欲望をグッと胸の奥に押し込み、溜め息とともに吐き出す。
彼女はビクリと震えた。そんな姿に僕の悪戯心が刺激された。そっと、彼女の耳元に顔を近づけて囁く。
「可愛いよ。僕の愛しい人」
「きゅっ!?」
彼女はネズミみたいな声を上げて気絶した。
*****
大学2年目、旅行に行った。
2人っきりの旅行だ。
どこに行こうか、必要なものは、旅費は、色んなことを彼女と相談して決めた。
彼女と顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと話すのはとても楽しくて、行く前なのになんだがすでに旅行した後のような気分だった。
旅行当日。僕達は近所の駅前で集合した。
「ど、どうかな……?」
彼女はモジモジと恥ずかしげに、お腹の前で両手を擦り合わせながら聞いてきた。
僕はなにも言えなかった。いや、正しく言うのなら見惚れていた。
――女神がいる。
今日の彼女の服装は、今までのイメージを覆すとても可愛らしい服装だった。
普段は似合わないからと、絶対に着ない白のブラウスに、その上から纏う淡い黄緑色のキャミワンピース。お団子ヘアーは解かれ、整えられたロングヘアーが風に吹かれて靡く。
「に、似合わない、よね?」
落ち込む彼女をまえに、僕は自然と言葉が漏れる。
「可愛らしくて見惚れてたんだ……」
「え?」
「うん。女神が現れたかと思ったよ」
「めがっ!?」
「普段は絶対にしないよね。僕のために無理してくれたんでしょ?」
「え、あ……ぅん」
彼女は恥ずかしげにうつむき、うなずく。
「ありがとう。でも、無理しないで。僕は、ありのままの君が好きなんだ」
「うん、知ってる」
その声はハッキリと発音された。
うつむいていた顔が持ち上がり、僕を視界に収める。とても優しい笑みだった。僕を見るその眼差しは愛おしげで、それでいて、吸い込まれそうなほど魅力的だ。
幸せを噛みしめるようにぎゅっと閉じられた口が開く。
「だからこそ、見合う彼女になりたい。誰にもバカにされない。逆に羨ましがれるぐらい立派な彼女に」
そのために頑張ってみたんだと、彼女はそう語る。
口から小さく笑い声が漏れる。
何度も「うん」と呟く。
――ああ、どうしよう。我慢できそうにない。
必死に堪えるのだけど、漏れでた感情が身体を震わせる。
様子のおかしい僕を見て、彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「あ、ああーー。少しだけで良いんだ。ぎゅっと抱きしめて良い?」
「えっ? ………ここで?」
彼女はとても戸惑った様子だ。
周囲を見回す彼女の視線の先には、何十人もの人が行き交っている。
「さ、さすがに恥ずかしいからダメ。や、宿に着いた後なら、い、良いよ?」
顔を赤らめながらも、僕の耳にそっと顔を近づけて妥協案を提示する。
――それがどうして悪手だって分からないかな。
「うひゃ!?」
耳元で響く可愛い悲鳴。周囲から感じる視線。僕はそれらを無視して、腕の中にある愛しい彼女を強く抱きしめる。
「好きだよ。一番。愛してる」
「あ、あ、あ、あ、あ―――――あっ」
彼女はオットセイみたいな声を発して気絶した。
僕はこれを好機と見て、お姫様抱っこを敢行。意識を取り戻した彼女はその光景を前にまた気絶した。
*****
大学3年目、僕達は同棲した。
もちろん、親の許可はもらっている。
――未婚の男女なんだ、許可は取らなきゃね。
だけど、もうそろそろで、なんて考えたところで、僕の目の前にゴトリと音をたて皿が置かれる。
「なに考えてたの?」
「うん? いや、もうそろそろだなって思ってさ」
「まだ先でしょ? もうっ、気が早いんだから」
呆れながらも喜色を感じさせる声色。彼女の左手には指輪が嵌められている。もちろん、薬指だ。
僕達は来年、卒業とともに結婚式を挙げる。
大学生で早いとは思うけど、2人で相談し合って決めた。
その時の彼女の言葉は今でもハッキリと声色まで思い出せる。
『不安かそうじゃないかでいえば不安。でも、貴方となら乗り越えられるって、信じられるの』
そういって笑う彼女の姿に、僕は絶対に幸せにしてみせると誓った。
「今日はシチューを作ってみたの」
「CMに影響された?」
彼女は苦笑する。
「うん。毎年流れるあのCMを見ると、つい」
今の季節は冬。首都に近いこの地域には雪はほとんど降らない。とはいえ、寒いことには変わらない。
そうなると人は体を暖めようと熱いものを食べたくなり、そこに流れるCM。つい作りたくなってしまうのも仕方ない。
「嫌だったら言ってね」
「嫌なわけない。大好きな人の手料理なんだ。逆にお金を払いたいぐらいだよ」
僕の言葉に彼女はふっと笑い、
「ありがとう。私も大好き」
僕に愛を囁くのだ。