表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕の一番の幸せ

作者: 冬空

大学1年目、恋人ができた。

僕の方から告白したのが切っ掛け。

彼女はとても驚いていた。

「どうして私なんかに」「もっと相応しい人がいるはず」と、自分を卑下する彼女に僕は言ってやった。


「君が良いんだ。君じゃなきゃいけない。僕が好きになったのは、恋をしたのは、君がどんな人よりも優しくて、温かくて、一緒になって喜んでくれて、悲しんでくれて、僕を包み込んでくれるその包容力のある人柄に惹かれたんだ」


紛れもない本心。嘘偽りのない言葉は彼女の顔を真っ赤に染める。


「へ、ぁえ? え? ―――ふあっ!?」


なんとも可笑しな声を上げて、彼女は直立のまま後ろへと倒れてしまった。

慌てて抱え込まなければ怪我をしていたところだ。

ホッと安堵を吐き、彼女の顔を見下ろし微笑む。

――とても綺麗だ。

後ろでまとめたお団子ヘアーが、彼女の茶髪の髪によく似合っている。丸眼鏡から覗く二重まぶた。いつもは眠たげな半目だけど、今は見開かれ、普段は拝むのことのない綺麗な瞳の全貌を見ることができた。化粧がうっすらと塗られた肌、そこからかすかに見えるそばかす。彼女は嫌ってはいるけど、僕はそこも含めて彼女の魅力だと思う。


「あ、あの……! そ、そそそれ以上見ないでもらえません……か?」


顔を両手で隠し、か細い声で彼女は懇願する。

僕は瞬きをした。どうやら見惚れてる間に意識を取り戻したようだ。


「ごめん。つい綺麗で見惚れてた。今起こすよ」

「みっ!?」


猫みたいな可愛らしい鳴き声に僕は笑った。

彼女は僕の胸を叩く。痛みはない。力が弱い訳ではなく、単に力が込もっていないだけ。

彼女は潤んだ瞳で僕を睨みつける。

――卑怯だ。

そんな可愛らしく睨みつけられたら襲ってしまいたくなる。

そんな欲望をグッと胸の奥に押し込み、溜め息とともに吐き出す。

彼女はビクリと震えた。そんな姿に僕の悪戯心が刺激された。そっと、彼女の耳元に顔を近づけて囁く。


「可愛いよ。僕の愛しい人」

「きゅっ!?」


彼女はネズミみたいな声を上げて気絶した。


*****


大学2年目、旅行に行った。

2人っきりの旅行だ。

どこに行こうか、必要なものは、旅費は、色んなことを彼女と相談して決めた。

彼女と顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと話すのはとても楽しくて、行く前なのになんだがすでに旅行した後のような気分だった。

旅行当日。僕達は近所の駅前で集合した。


「ど、どうかな……?」


彼女はモジモジと恥ずかしげに、お腹の前で両手を擦り合わせながら聞いてきた。

僕はなにも言えなかった。いや、正しく言うのなら見惚れていた。

――女神がいる。

今日の彼女の服装は、今までのイメージを覆すとても可愛らしい服装だった。

普段は似合わないからと、絶対に着ない白のブラウスに、その上から纏う淡い黄緑色のキャミワンピース。お団子ヘアーは解かれ、整えられたロングヘアーが風に吹かれて靡く。


「に、似合わない、よね?」


落ち込む彼女をまえに、僕は自然と言葉が漏れる。


「可愛らしくて見惚れてたんだ……」

「え?」

「うん。女神が現れたかと思ったよ」

「めがっ!?」

「普段は絶対にしないよね。僕のために無理してくれたんでしょ?」

「え、あ……ぅん」


彼女は恥ずかしげにうつむき、うなずく。


「ありがとう。でも、無理しないで。僕は、ありのままの君が好きなんだ」

「うん、知ってる」


その声はハッキリと発音された。

うつむいていた顔が持ち上がり、僕を視界に収める。とても優しい笑みだった。僕を見るその眼差しは愛おしげで、それでいて、吸い込まれそうなほど魅力的だ。

幸せを噛みしめるようにぎゅっと閉じられた口が開く。


「だからこそ、見合う彼女になりたい。誰にもバカにされない。逆に羨ましがれるぐらい立派な彼女に」


そのために頑張ってみたんだと、彼女はそう語る。

口から小さく笑い声が漏れる。

何度も「うん」と呟く。

――ああ、どうしよう。我慢できそうにない。

必死に堪えるのだけど、漏れでた感情が身体を震わせる。

様子のおかしい僕を見て、彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべる。


「あ、ああーー。少しだけで良いんだ。ぎゅっと抱きしめて良い?」

「えっ? ………ここで?」


彼女はとても戸惑った様子だ。

周囲を見回す彼女の視線の先には、何十人もの人が行き交っている。


「さ、さすがに恥ずかしいからダメ。や、宿に着いた後なら、い、良いよ?」


顔を赤らめながらも、僕の耳にそっと顔を近づけて妥協案を提示する。

――それがどうして悪手だって分からないかな。


「うひゃ!?」


耳元で響く可愛い悲鳴。周囲から感じる視線。僕はそれらを無視して、腕の中にある愛しい彼女を強く抱きしめる。


「好きだよ。一番。愛してる」

「あ、あ、あ、あ、あ―――――あっ」


彼女はオットセイみたいな声を発して気絶した。

僕はこれを好機と見て、お姫様抱っこを敢行。意識を取り戻した彼女はその光景を前にまた気絶した。


*****


大学3年目、僕達は同棲した。

もちろん、親の許可はもらっている。

――未婚の男女なんだ、許可は取らなきゃね。

だけど、もうそろそろで、なんて考えたところで、僕の目の前にゴトリと音をたて皿が置かれる。


「なに考えてたの?」

「うん? いや、もうそろそろだなって思ってさ」

「まだ先でしょ? もうっ、気が早いんだから」


呆れながらも喜色を感じさせる声色。彼女の左手には指輪が嵌められている。もちろん、薬指だ。

僕達は来年、卒業とともに結婚式を挙げる。

大学生で早いとは思うけど、2人で相談し合って決めた。

その時の彼女の言葉は今でもハッキリと声色まで思い出せる。


『不安かそうじゃないかでいえば不安。でも、貴方となら乗り越えられるって、信じられるの』


そういって笑う彼女の姿に、僕は絶対に幸せにしてみせると誓った。


「今日はシチューを作ってみたの」

「CMに影響された?」


彼女は苦笑する。


「うん。毎年流れるあのCMを見ると、つい」


今の季節は冬。首都に近いこの地域には雪はほとんど降らない。とはいえ、寒いことには変わらない。

そうなると人は体を暖めようと熱いものを食べたくなり、そこに流れるCM。つい作りたくなってしまうのも仕方ない。


「嫌だったら言ってね」

「嫌なわけない。大好きな人の手料理なんだ。逆にお金を払いたいぐらいだよ」


僕の言葉に彼女はふっと笑い、


「ありがとう。私も大好き」


僕に愛を囁くのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ