第4章:狙われた「黄金の泉(股間)」
リリアーナの獅子奮迅(顔面ビシャビシャ)の活躍により、アルム村はゴブリンの大群から救われた。
だがしかし、その代償は大きかった。
連続で俺の股間キャノン(聖水(仮)と本人は呼びたいらしい)を浴び、限界を超えた魔力を振り絞ったリリアーナは、戦闘終了と同時に糸が切れた人形のようにぶっ倒れ、丸一日、文字通り泥のように眠りこけてしまったのだ。
その間、俺はというと、村長さんや村人たちから『リリアーナ様の付き人殿』『聖水(仮)の源泉様』などと呼ばれ、なんだか居心地の悪い思いをしていた。
特に一部の村の若い衆からは、畏敬と羨望(あと若干のドン引き)が入り混じった目で『黄金の泉を持つ男』などとヒソヒソされている始末。
いや、泉じゃねえし。
股間だし。
しかも黄金じゃなくて白いし。
訂正したいけど、すればするほど墓穴を掘る未来しか見えない。
リリアーナがようやく目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。
まだ少し顔色は悪いものの、ある程度は元気を取り戻したようだ。
「ごめん、迷惑をかけたみたいね……」
「いや、俺の方こそ、なんか無理させちまったみたいで悪いな」
リリアーナが眠っている間に、 王都から「有望な能力者は王都へカモン!」という勅命の手紙が村に届いていた。
その話をすると、リリアーナは目を輝かせる。
「早く王都へ行きましょう! 私の本当の力、陛下にお見せしないと!」
どうやらめちゃくちゃやる気のようだ。
そんなこんなで、俺とリリアーナは村人たちの盛大な(そして若干誤解に満ちた)見送りを受けながら、王都へと続く街道を歩き始めたのだった。
◇
俺の股間キャノンは、リリアーナが眠っている間にきっちりチャージ済みだった。
いつ何時、彼女が「アレお願い!」と顔面を差し出してきても対応できるように、準備だけは万端である。
俺の役割、完全に「液体供給役」で固定されつつあるな……。
王都までは数日の道のりらしい。
道中は比較的穏やか……ではなかった。
アルム村を出て二日目の昼下がり。
鬱蒼とした森を抜ける街道で、俺たちは案の定、絵に描いたような連中に囲まれた。
「ヒャハハハ! 見つけたぜ、『歩く聖宝』とやらをよぉ!」
「その便利な液体、俺たちにも分け前をよこしな! 俺たちが使えば無敵の盗賊団になれるってもんよ!」
下卑た笑いを浮かべる男たち。
その数、十人以上。
どうやら、アルム村で流れた「無限に強化液を出す男」という、あまりにも誇張された俺の噂を聞きつけて待ち伏せしていたらしい。
迷惑千万である。
「彼は渡さないわ!」
リリアーナが、俺の前に立ちはだかり、杖を構える。
村での戦いの疲労がまだ抜けきっていないのか、少し顔色が優れないのが気になる。
「リリアーナ、無理するな。まだ本調子じゃないだろ?」
「大丈夫! あの『聖水』があれば、私は無敵なんだから!」
そう言って、リリアーナは俺に向かってクイッと顎をしゃくった。
はいはい、分かりましたよ。
顔面シャワータイムですね。
「いくぞリリアーナ! 受け取れ、俺の……想い(物理)を!」
ビシャァァァッ!
俺の股間から放たれた純白の液体が、的確にリリアーナの顔面を捉える。
もう彼女も慣れたもので、目をつぶって衝撃に備えている。
ある意味、プロフェッショナルだ。
「んんっ……! やっぱりこの感覚……何度味わっても慣れないけど……力が、力がみなぎってくるううー!」
虹色のオーラをまとったリリアーナが、盗賊団に向かって突撃する。
その戦いぶりは、昨日と同様に圧倒的。
炎の嵐が巻き起こり、氷の槍が大地を穿つ。
盗賊たちは阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、なすすべもなく吹き飛ばされていく。
だが、しかし。
「はあっ、はあっ……! なんだか、この間よりも……身体が重いような……?」
数人の盗賊を片付けたところで、リリアーナの動きが明らかに鈍くなってきた。
額には脂汗が浮かび、肩で大きく息をしている。
どうやら疲労が、まだ完全には抜けきっていないようだった。
「くっ……! まだこんなにいるなんて……でも!」
リリアーナは自分を奮い立たせるように叫び、再び魔法を放とうとするが、その威力は先ほどよりも明らかに落ちている。
盗賊団のリーダー格らしき、ひときわ体格のいい男が、ニヤリと笑みを浮かべた。
「へへん、嬢ちゃん、もう息切れか? さっきまでの威勢はどうしたんだよぉ?」
マズい! リリアーナの消耗が激しすぎる! このままじゃ……!
まさにその時だった。
閃光のような一撃が、盗賊団のリーダーの首筋を掠めた。
「なっ!?」
リーダーが驚いて後ろに飛び退くと、そこにはいつの間にかクール系イケメンの青年が立っていた。
銀髪を風になびかせ、抜き身の長剣を構えている。
「て、てめえ! 何者だ!」
「俺はアッシュ・グレイソード。通りすがりの剣士だ。貴様らのような下衆に割く時間はない。……消えろ」
アッシュが剣を構え直した瞬間、彼の身体から凄まじい闘気が放たれる。
そのプレッシャーだけで、残っていた盗賊たちは戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
リーダー格の男も、舌打ち一つして森の奥へと姿を消す。
戦闘後、アッシュは疲労困憊で座り込んでいるリリアーナと、その横でオロオロしている俺を一瞥した。
「……素人がこんな場所をうろうろするもんじゃない」
アッシュはフンと鼻を鳴らした。
「どうやらお前が噂の……『黄金の泉』とやらのようだな」
アッシュは、俺を見据えながら呟いた。
どうやら彼も、俺の不名誉な(そして間違った)異名のことを聞き及んでいるらしい。
「フン……貴様らのような素人だけでは、また面倒事に巻き込まれるのがオチだろう。仕方ない、俺も王都へ向かうついでだ。目的地までは同行してやる」
ぶっきらぼうにそう言うアッシュ。
なんだかんだで、面倒見がいいのか?
それとも、単に俺たちのことが面白くて観察したいだけなのか?
「そ、それは助かるけど……」
「勘違いするな。足手まといになるようなら、その時は容赦なく切り捨てる」
やっぱり後者っぽいな!
こうして、俺たちの王都への旅には、口は悪いが腕は立つ(そして顔もいい)クール系剣士アッシュが正式に加わることになった。
俺は「液体供給役」以外の自分の存在意義について、ほんのちょっぴりだけ考え始めたが、リリアーナの「お水くださーい」という言葉で、その思考はあっけなく霧散した。
うん、今はとりあえず、リリアーナの体調管理と、俺自身の股間キャノンのコンディション維持に全力を注ごう。
それが俺の、この異世界での使命(仮)なのだから。……多分。