旅立ちの日に
――空は泣き続けていた
世界が滅びたあの日を
今でも悔いているのだろう――
そう、長老は語った
この土地では
雨は、生まれたときからそこにあった
誰も疑わず、誰も逆らわず
ただ濡れ続け生涯を終える
――
アオは瓦礫の上に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げた
灰色の雲に覆われ、どこにも太陽の気配はない
革の鞄を開け、中から割れた石板を取り出す
かつて祖父が命と引き換えに守ったもの――
伝承にしかない【本当の天気図】の欠片だった
どうやって書いたのか分からない曲線
消えかけた記号
どこかの地図らしき国の形
整った秩序があった時代の遠い記録
ほんの断片でしかないそれを、アオは何度も何度もなぞった
「……世界には、かつて天気と四季があったんだって」
隣に座った少女がぽつりと言った
名前はリン
小柄な身体で大きな背負子を担いでいる
「晴れたり雨が降ったり 花が咲いて 暑くなって 葉が赤くなって 寒くなる……そんな世界、信じられる?」
アオは答えなかった
そんなの伝説を信じ込ませるための作り話だ
ミリはポケットから、グシャグシャの紙を取り出す
空に咲いた、巨大な花びら
子供向けの絵本の、ぼろ切れの一枚
「【太陽の花】って言うんだって」
ミリは、まるで秘密を打ち明けるように呟いた
アオはそれをじっと見つめた
空に花なんてありえない
けれど、どこか信じたくなり胸の奥が熱くなる
彼らの目的は決まっていた
世界を治す――壊れた天気図を修復する
そのために【都市】へ向かう
■最初の目的地は
雷帝の都市――《ヴァスノミア》
そこには「雷を統べる王」がいる
そして、天気図の欠片も、きっとそこにある
アオは石板を鞄にしまい立ち上がった
ミリも微笑みながら立ち上がる
空は相変わらず泣き続けていた
だがその涙の向こうに、かすかな希望が隠れている気がする
「行こう
空に花を咲かせに」
そう言って歩き出す
瓦礫と雨に沈む世界で
未来へと足音を刻みながら