第6話.ギフト
ハリエットは静かに指輪をトレイの上に戻し、責めるようにアルフレッドを睨みつける。
「紛らわしいことをせずに、最初から指輪の鑑定の依頼だとおっしゃって下さればよかったのに」
アルフレッドの顔面は凶器だ。
本人もそれを十分に自覚しているからこそ、余計にたちが悪い。
見た目だけなら映画俳優を軽く超える外見をしているため、ハリエットのように男性に免疫がない女性は、気を抜けば一瞬で魅了されることだろう。
甘い言葉に美しい瞳。計算された所作を前に理性を保っていられる人間がどれくらいいるだろうか。
外見詐欺のあの兄でさえ、アルフレッドと比べるとやや見劣りするのだ。近くに見慣れた美形がいるくらいでそうやすやすとこのレベルへの免疫も耐性もつかない。
(というか、普通の人間はあんな風に距離を詰めたりしないし、息するように初対面の女性を口説いたりしない…?というか、あれは、口説くうちに入るのかしら?むしろ反応を見て楽しんでいたような?)
ふと、アルフレッドに視線を投げかける。
彼は氷嚢をテーブルに置いたまま、じっとこちらを観察していた。左頬に手を当て、まるでしなだれるような格好で目を細めている。その仕草が、いたたまれないどころか、嫌味に感じられるほどに完璧すぎて、思わず顔が引きつってしまう。
「あの、聞いてます?」
自分のことを棚に上げて声を掛ければ、アルフレッドはうっとりと目を細めて笑みを深めると、次の瞬間、美しい表情を崩さないまま、とんでもないことを言った。
「だって、それじゃ、君の驚く顔が見えないじゃないか」
「は?」
驚く顔?
この男は今なんて言ったのだ。
自分の耳がおかしくなったのかと思い、ハリエットは小首を傾げる。
眉間にしわを寄せながら聞こえた言葉を反芻するのだが、どうあがいても先ほどの言葉が記憶によみがえる。
「女性のころころ変わる表情って、本当に面白いよね。まるで、玩具みたいでさ」
玩具?――その言葉が脳内を駆け巡り、思考が一瞬停止する。
意味を噛み砕こうと反芻する間に、アルフレッドは返事を待つ素振りもなく、さらに言葉を重ねてきた。
「あんなに顔を真っ赤にするなんて、君は案外ウブだね。それとも僕の顔が好みだったとか?」
にやりと口元を歪めて、彼はわざとらしく肩をすくめてみせる。
挑発的な態度ではあったが、本気さは感じられない。
言葉遊びでもしているつもりだろうか。
ハリエットは静かに彼を睨み返した。
言い返すべきだろうか――いや、返せば返すほど、相手のペースに巻き込まれる。それを察して黙り込むが、アルフレッドはそれをすっかり楽しんでいるようだった。
「君がさっきみたいに照れて戸惑っている表情も良かったけど、これはこれでまた……たまらないねぇ。怒ると蜂蜜みたいな瞳がますます綺麗に輝くんだね」
「……どこまでふざけるつもりですか?」
ようやく声を絞り出すことに成功したハリエットだったが、アルフレッドは一瞬だけ首を傾げ、次の瞬間には極上の笑みを浮かべた。その美しい顔を少しだけ斜め傾けて、下から覗き込むような角度で彼女を見上げる。
「ふざけてないさ。本気で君を観察してるだけ。――可愛いじゃないか、全力で怒る姿も」
飄々とした調子と屈託のない笑み。
その奥底には、到底読めない本心が潜んでいる。
(よくわかったわ。さすがは兄の親友というだけはある)
そちらがそういう態度をとるのであれば、ハリエットとしても考えがある。
こんな奴に気を遣うのは馬鹿馬鹿しい。
これまで数多く厄介な客を相手にしてきたが、この目の前の男は規格外である。
無礼な態度には相応の態度で臨むべし。
今日だけは兄の言葉に一理あると心の中で頷いて、ハリエットは仕事用の笑顔を取り繕うのをやめて、アルフレッドを冷たく見下ろした。
「本当にどうしようもない性格ですね。指輪の鑑定の他にご用がないなら帰っていただいてよろしいですか?」
「ああ、それはよく言われる。で、君はどうする?僕みたいなどうしようもない男に、ちょっとだけ興味が湧いたりしない?」
話がまるで通じない。
その態度に、斜め上どころか垂直に意表を突かれたハリエットは、盛大に顔をひきつらせた。
ハリエットの態度にアルフレッドが体を微かに揺らして笑う。
「遊んでますよね」
兄は何て厄介でめんどくさい癖のある人間ばかり拾ってくるんだろう。
もう腹を立てる気力もなくなって、ハリエットは大きなため息を吐いた。
それを実に楽しそうに見やりながら、アルフレッドはポケットから小さな箱を取り出して言った。
「本題は別にあるんだ」
「本題?」
ハリエットがオパールの指輪に目を向けたまま、思わず顔を上げると、アルフレッドは見たこともないような真剣な表情で頷いた。
小さな四角い箱を迷うように机の上で二回転させ、しばし息を詰めると、意を決したかのように開ける。
「アルフレッドから聞いたんだ。君が――」
ぱかりと箱が開かれると、そこには小さな赤い石のついた耳飾りが一揃い並んでいた。雫型の小指の爪よりもやや小ぶりな赤い石。ルビーだろうか。
滑らかな光沢を放ちながら、見る者を惹きつける魔力を湛えている。
それがどこか妖しげでありながら、何とも美しい。
アルフレッドの言葉を待つ間、ハリエットはその耳飾りに目を奪われた。しかし、ふと視線を感じて顔を上げると、アルフレッドがハリエットの白い手袋をはめた指先を見つめているのに気づく。
その瞬間、ハリエットは体を強張らせた。
しまった。
と思う間もなく、アルフレットが逃がすものかと素早くハリエットの手に手を伸ばし、自分の手を重ねて縫い留める。
「っ。――放して、いただけませんか?」
どうしようもなく嫌な予感がして、ハリエットは表情を凍り付かせた。
けれどアルフレッドは引かず、これまでとは打って変わって、硬質で感情の見えない声色でこう言い放つ。
「君が、触れたものから情報を得られる特別な能力を持っている、と聞いてね」
からかっているようには見えなかった。
アルフレッドは、青と緑が混じった美しい瞳で、まるで何かを探すようにハリエットをじっと見つめていた。




