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第4話.オパールの指輪

 左頬に氷嚢を当てながら、アルフレッドはカウンター前の椅子に座ってにこにこと微笑んでいた。痛々しい小さな赤い楓の葉のような痕を付けているのにも関わらず、彼はいたって上機嫌だった。


 まるですべて計算通りだというような表情に、ハリエットは罪悪感を感じながら、う、と息を詰まらせる。


「まさか、殴られるとは思わなかったな」


 笑いながら茶目っ気たっぷりに瞳を細めて、アルフレッドは右手の位置を少し変える。


「なぐっ、殴ってないです。びっくりして咄嗟に叩いだだけです。でもごめんなさい。すみません」


 ハリエットは手元にある指輪に視線を落とす。ビロード張りの黒色のトレイの上には小さな指輪が一つ載せられていた。すっきりとした細身の繊細なデザインのリングで控えめな石座に美しい宝石がセッティングされていた。


「いや。野郎に叩かれるのは勘弁願いたいけれど、女性ならいいよね」


(なにが、いいんだろう…)


 はぁ、と肩を落としながら嘆息し、ハリエットはほんのついさっきの出来事を思い返す。


 触れるような距離まで接近したアルフレッドの右頬めがけて、思い切り右手を見舞った後のことだ。


 彼は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、目を瞬かせるとこちらが驚くほどの爆笑をした。何がそんなに面白いことがあるのか、と憤懣やるかたなしといった様子だったハリエットをまるきり無視して、お腹を抱えて笑っているので全く意味が分からないうちに、次第に怒りが変容していく。


 彼は目尻にやや浮かんだ涙を指先でぬぐいながら、「こんなに笑ったのはいつぶりくらいだろう」と言葉を吐き出すと、呆気に取られて動けないでいるハリエットに手に持っていたものを差し出した。


 反撃されると思い、とっさに目を瞑ったのだが、衝撃が来ないことに恐る恐る目を開けば、眼前に、アルフレッドの手の上に乗せられた小さな指輪が見えた。


 そして、現在に至るわけである。


 ルーペでセッティングされているオパールを丹念に観察する。


 楕円形のファセットカットのオパールの表面はまるで虹のようで、光の角度で青や緑、赤、オレンジが次々と浮かび上がっていた。


 小さな金の枠に収められたその宝石は、深い海を思わせる神秘的な青がふわりと浮かんだかと思うと、夕陽のような赤やオレンジに変わり、また次の瞬間には閃光が走ったようなエメラルドグリーンが表面を流星のように通り過ぎた。


 まるで宝石それ自体が生命を宿しているかのように、指輪が静かに光を弾いている。


 オパールはとてもやわらかい存在で、正確には鉱物ではなく結晶構造を持たないシリカの水和物である。物質内部に水分を保持するため、乾燥にとても弱く、取り扱いには注意が必要な宝石の一つである。


(オパールのペンダント、残念なことになっちゃった人もいたわね)


 お気に入りのオパールのペンダントを付けて水場に遊びに出かけた後、水分を拭き取らないままに放置し、挙句感想をしてしまったために、ひどい有様になったオパールのペンダントを持ち込んだ女性がいた。


 オパールは水を含む鉱物に準じる素材で、長時間水にさらしたまま放置すると、中の水分が抜け、白濁しクラックが入ることがある。


(うちは骨董品の取扱店だから、宝飾品の買取はメインでやってなかったんだけど。ジェドのせいであれこれやるようになっちゃったのよねぇ)


 ハリエットの家族が経営する骨董品店は主に、貴族や裕福な商家、古美術店の仲介人を通して商品を買い取りという形で仕入れる。状態のいいものを特別に集めた業者だけが参加を許される入札型の小規模なオークションや、家財道具の整理という名目で貴族に呼ばれて邸宅を訪問し現地で買い取る場合の他、質流れの商品や同業者から渡ってきたものを買い取ったり、古美術店の依頼や相談で仕入れを行うこともある。


 主な取扱商品は家具などの調度品だ。宝飾品はあくまでも「美術品」としての価値があるか「骨董品として需要が見込めそうな場合」という何とも漠然とした括りで、そもそもは積極的に取り扱っていなかった。


 そこにきて、何でも興味津々猪突猛進系兄が、宝石商に1年弟子入りした挙句、宝石鑑定士という資格まで取ってきてしまったのである。


 兄曰く「庶民の家に大きくて年代物の立派な家具はなくても、小さな宝飾品は意外とあるんだよね」とのことだったが、貴金属買取店ではないのにいつの間にか兄の評判が広がり、マルグレーン骨董店は「家具」の他に「宝石や貴金属」の買取を含む取り扱いをするお店となってしまったのである。


 兄が買い付けに行っている間に、鑑定希望の客が訪れるので当初は鑑定ができる者がいないため断っていたのだが、不況のあおりなのかあまりにも数が多く、見るに見かねてハリエットも渋々ながら宝石鑑定士の資格を取得した、ということだった。


 父は手に職ができたことを喜び、母も売り上げが上がったことを喜んでいたのだが、ひたすらに解せぬ。


「本当に綺麗なオパール」


 虹色の光の欠片が小さな石の中で踊るように揺らいでいる様を見つめながら、ハリエットは正直な感想を呟いた。


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