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音楽のプレゼント2

 今年も、もう暮れだ。今日の深夜辺りから雪になるかも知れない。

 いろんなことがあった年だった。まあこれは例年通りと言っていいだろう。この家に居る限り常日頃からいろいろなことが起きることは避けられないんだから。けれど今年のクリスマス・イヴはちょっと特別だった。そう、あのこの誕生日。まさかあんな展開になろうとは。演奏そのものは上出来だった。僕にとっては満点以上の出来だった。ただそれ以上にお姉ちゃんにとっても特別な日になったんだ。

 

       *     *    *    *    *    *    *    * 


 お誕生日会当日午後、僕らは若水のあのこの家へと出かけて行った。あのこの家、うちから随分と近いんだけど実は全然知らなかった。これまで町内会の行事とかにいつも参加していたら、少しはこの辺りの住民の方々のことをいろいろ知ることができたんだろうけど、うちの家族の皆はあまり積極的ではない。お母ちゃんは流石に町内会の大切さが分かっているから必要な責務を果たしてはいる。(それに一応僕だってお化け屋敷とかの面白そうな催しには参加している)けれどやっぱり全体としては比較的関心が薄い。とは言え当然日頃町内をちょろちょろしているわけだから、顔見知りの人には挨拶もするし世間話だってする。だから付き合いは広いけど深くはない、そんな感じ。だからあのこの家がお兄ちゃん御用達のカレー屋さんと千種公園の中間くらいにあるなんて初めて知った。昔お兄ちゃんに連れられてよく千種公園に遊びに行っていたけど、その前には大抵あのカレー屋さんで食べてたから、もしかしたらあのこの家の前を通っていたかも知れない。

 僕はそんなことを考えながら、楽譜の入った鞄を抱えて黙って歩いていた。お姉ちゃんは手ぶらで、珍しくお兄ちゃんに機嫌良さげに話しかけながら歩いている。お姉ちゃんは自分の太棹パートを完全にマスターしてしまっているんだ。これまで触ったことすらなかったはずなのに。きっとそれまでの三味線の練習を一生懸命してきたんだろう。だから応用が利いたんだろう。今の態度はちょっと癪に障るけど、でも感謝しなければならない。さらに感謝しなければならないはずのお兄ちゃんはというと、太棹のケースを背負い右手には楽譜や長くて大きな尺八が入った袋、左手にはこれまた大きなケーキが入った箱をぶら下げている。これは、誕生日パーティーにお呼ばれしたんだから祝いのケーキくらい、というお兄ちゃんの配慮だ。わざわざ栄のお店で予約しておいたもの、午前中に取りに行っていた。実に感心な心掛けだ。でもお姉ちゃん、何も持っていないんだから、あのでかい太棹ケースとは言わんけど、ケーキくらい持ってあげてもいいんではなかろうか。(どうせ自分も食べるんだし)こういう横着なところは父親譲りであるに違いない。

 到着するとお兄ちゃんが、「直接招待されとるのはお前だで、チャイム鳴らして先に挨拶せえよ。そのあと俺らの紹介な、ほいでこれ」とケーキを僕に差し出す。「勿論お前から渡さなかんで」そして替わりに僕が持っていた鞄を受け取った。毎度のことながら大した気配りだ。見習いなさいよという目でお姉ちゃんを見たら、当人は何でもかんでも当たり前というような涼しい顔だ。全く、神経の方は太いんだから。

 僕はケーキを手にチャイムを鳴らす。すると直ぐに「はーい」とあのこの声がしてぱたぱたと廊下を走る音、それから玄関扉が開いてあのこが顔を出した。笑顔だ。僕は、今日はお招きありがとう、また家族も一緒にと言ってから、今日一緒にプレゼントを演奏してくれる兄と姉、と紹介した。「わあ、とっても会いたかったです。どうぞお入りください」「こちらこそ、ご招待いただいて光栄よ」「弟が世話になっとるね、よろしく」こんな風で三人ぞろぞろと入って行って、会場になるリビングへ出た。広々としていてちゃんとピアノも置いてある。三人で演奏するのに十分なスペースが準備されていた。

 すでにあのこの家族や友達なんかもいた。同じクラスの子もいた。けれど一番驚いたのはあのこのお母さんだった。時々外で出くわすとよくお喋りをするあのぉ元気なおばさんだったんだ。おばさんはやっぱりあの大きな目をまん丸にして、「あらまあ、あんたの言ってたピアノが上手な子ってこの子のことだったの?」「お母さん、知ってたの?」「ええ、よく知ってるわよ。振甫や高見でよく会うんだから。何度も会うから挨拶するようになってお喋りもするようになって、そうそう確かに音楽の話もよくしてたわね。いつもこんなおばさんに付き合ってくれる、いい子なのよ」「へえ、そりゃ奇遇ね」僕は、いつもお世話になりますとか言いながら今まですっかり忘れていたケーキをおばさんの方へ、お祝いですと手渡した。「おやおや、気を使ってもらっちゃって、悪いわねえ」「わあ嬉しい、うちでも用意してるから大きなのが二つも!お腹いっぱい食べられる……でも、太っちゃうかな」「大丈夫大丈夫、若いんだから、直ぐにエネルギーにしちまうわよ」とお姉ちゃん。若いんだからはどうかと思う。「えーそうかしら。でもおねえさんなら全然太らないでしょうね。どうしたらそんなに綺麗でいられるんですか?うらやましいわ」「えー何言ってるのよ。あたしだってあんたのエキゾチックな顔立ちがうらやましいわ」ここでお兄ちゃんがくすくす笑い出した。「お前ら、何だそりゃ。まるっきり嫁と小姑のコントだぞ」「いやだあ、おにいさんったら、嫁だなんて」と言うや否やあのこがお兄ちゃんの尻をパーンと叩く。「おぉ痛、まあ何ともおそがいねーさんだわ、勘弁々々」「本当におにいさんって面白いんですね」「何言っとるんだか、面白いのはお前らの方だがね」ここでまだお兄ちゃんとお姉ちゃんを正式に紹介していなかったことに気が付いたものだから、けらけら笑っている皆さんに向かってまた、これが兄と姉で、とやった。

 こんなことをしていたら、いつの間にか緊張がすっかりほどけてしまっていた。するとお兄ちゃんが、楽器など演奏するときまでは邪魔になるからどこかに置かせてもらいたいと頼んだ。そしたらおばさんが、その扉を出て少し行ったところに納戸があるからそこにでもと言ってくれた。そこで僕ら三人はその扉を通って納戸の方へ向かった。途中お兄ちゃんが、「お前の言う通りだったわ。どうやらほとんどそういう関係になっとるみたいだでな」「だからそう言ったでしょ。あたしは鼻が利くんだから」「そういう方面には特に、な。おいちびさんよ、この分ならちょこっとくらいミスってもご愛敬だわ。点数なんぞ関係ないで、気楽にやりゃあ」しかし僕はとてもそんな風には考えられない。やっぱり点数は関係ある。でもそれ以前に、必ず上手くいくという確信をこの時僕は持っていた。勿論練習を――多分これまでで一番熱心に――しっかりやったということは一つの理由だ。けれどもっと大きな理由がある。それがお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に合奏するということだ。ただこのことは昨日まではそこまで大きな理由ではなかった。緊張し過ぎることはないだろうという漠然とした考えだった。ところが今日こうして実際にこの二人と一緒にここに来てみると、ものすごく大きな安心を感じることが出来るんだ。それで今回のお誕生日プレゼントの大成功を確信したというわけ。そう、これはきっと間違いのないことだ。

 楽器を運び終えると僕らはリビングへ向かった。僕が先頭、お兄ちゃんとお姉ちゃんはおそらく僕のことを話題にしてるんだろう、楽しそうにお喋りをしながら後ろを歩いている。それもあって僕はちょっと早めに扉の所に着き、そのままがちゃりと開いた。さっきの皆さんが歓談していたので会釈をしながら中へ入ると、いつの間にか一人増えているのに気が付いた。それはスペイン人風の色男、ああこれが例の従兄弟のイケメンさんかと思ったんだけど、直ぐにこの人が今年の夏校門のところで会ったお姉ちゃんの同級生を名乗る人だということにも思い当たった。向こうも僕のことを覚えてたみたいで、「おや、君だったのかい」と驚いたようなような声を上げた。僕の方もびっくりしていたものだから、何時ぞやはとかお世話になってますみたいな頓馬なことを口走っていた。そしたらあのこが、「えっ、知ってるの?こちらが前から話してた従兄弟のおにいさん、なんだけどどこで知り合ったの?―――ふーん、お化け屋敷の後ね、まあ狭い町内だから‥‥‥」その時お姉ちゃんがお兄ちゃんと談笑しながら入って来た、そして―――室内を見た瞬間、凍り付いた。

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