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8ロックの存在 ③

「・・・」


外はすっかり暗い帳が下りていた。明かりも灯さず暗くなった自室でベッドに寝ころんでいたデニスはのそりと起き上がる。あれからしばらくしてロックが帰ってきたがすっかり挙動不審になってしまったデニス達はどこかよそよそしくなってしまいうやむやのうちに解散したのだった。


「酒でも飲んでくるか・・・」


こんなもやもやした気持ちを抱えたままでは明日からどんな顔で会えばいいか分からない。逃げだと分かっていても飲みたい気分だった。家族に出かけてくる旨を告げたデニスは外に出ると極短い詠唱を唱え掌から小さな光球を生み出す。単純な事象を発言させるこの魔法は生活魔法と呼ばれ魔力の少ない者でも容易に扱うことのできる利便性に長けたものだ。


村内を歩くとふとある一軒の家の前で足を止める。デニスの家からそう遠くないその家はロックとその家族が住む家だった。家には寄らず明かりを消すと家の裏手に回りそっとのぞき込む。


「・・・245・・・246・・・247」


そこには頭上に光球を灯しながら鍛錬に励むロックの姿があった。上下左右様々な素振りを繰り返しながらもナイフによる投擲の練習も怠らない。汗だくになってまで鍛錬に励むロックの姿はデニスの目から見てもお世辞にも様になっているとはいえない。複雑な感情を胸に覗き見ていると汗ですっぽ抜けたであろうナイフがデニスの足元に刺さる。まずいと思う間もなくロックと目が合った。


「デニスか・・・?」


「よ、よう」


覗き見ていた後ろめたさに気まずくなりながらも家の影から姿を現す。


「何やってんだお前」


「いや、飲みに行かねえかって誘おうと思ったんだが・・・」


ロックは自身の恰好を見下ろし首を横に振る。汗が多量にしみ込んだ衣服はぐっしょりと濡れているのが分かった。


「いや、止めとくわ。今俺金欠なんだよね」


「・・・そっか、ならまた今度誘うわ」


「おう、飲みすぎんなよ」


踵を返しその場を離れるデニスはふと足を止め耳をそば立てる。


「ふーっ・・・248・・・249・・・250、あと半分」


「・・・」


今度こそ足を止めずその場を離れる。その手は白くなるほど握りしめられていた。





蜂蜜林檎亭と書かれた看板を掲げた店の扉をくぐる。カルソー村にある唯一の食事処兼酒場だ。戸の上部に備え付けられたベルが来客を知らせるとカウンターにいた恰幅のいい女性が声をかけてくる。


「いらっしゃいっ。あらデニスじゃない。連れなら奥にいるよ」


「連れ?」


元々一人で飲むつもりだったデニスには連れなどいない。誰のことだろうと店内を見渡すと一番奥にゴートとレーネの姿を見つける。


「あいつら・・・」


カウンターから出てきた女将は頬に手を当て心配そうに二人を見た。


「いったいどうしたんだい?普段はあんだけ気持ちよく飲み食いしてくれるのに今日はああやって置物みたいなのよ」


テーブルには確かに料理や飲み物が置いてあるものの手を付けた様子もなく二人はただただ座り込んでいた。示し合わせたわけではない、きっと一人で悩むのに疲れ喧騒の中に身を置きたいのだ。デニスがそうであったように。


「あんたもちょっと訳ありみたいだねぇ」


いろんな人間相手に長年客商売を営む女将の目は誤魔化せないようで、下手くそに笑うことしかできなかった。


「・・・いろいろあってね」


「なにをしょぼくれてんのか知らないけどね、飲んで食いな。腹いっぱいになりゃ大抵のことは何とかなるもんさ」


無茶苦茶な精神論と背中に豪快な一発を貰う。痛む背中をさすりつつ二人のいるテーブルに近づくとやっとデニスの存在に気づいたのか二人は顔を上げる。


「あ・・・デニス・・・」


「よう、女将さん心配してんぞ。食わねーんなら貰っていいか?」


ゴートの隣に座ると手つかずだったゴートの好きな料理とレーネのグラスを手に取り口にする。すっかり冷めてしまった料理を平らげぬるくなったグラスの中身を飲み干し一息つく。それぞれの好物を横取りされたにもかかわらず何も言ってこない二人の様子に重症だなと思いつつ、先ほどの女将との会話を思い出し自嘲する。ややあって話を切り出した。


「さっきあいつのとこに行ってきたよ」


「「っ!?」」


びくりと肩を震わす二人にかまわず続ける。


「特訓してたよ、汗だくになってな」


「「・・・」」


「一緒に飲むかって誘ったら金がないってよ。昨日の依頼の報酬そんな安くなかったんだけどな」


施設も村相応なカルソーでは短時間で使い込める場所は早々ない。つまりロックの金欠は嘘と考えた方が自然なのだ。


「その後案の定特訓再開しててな、俺は逃げるように来ちまったよ」


「デニス・・・」


痛いほどデニスの気持ちが分かる二人は何も言えなかった。女将が持ってきたお冷を飲み干す。冷たい水でもって気持ちを落ち着かせると、話を続ける。


「なあ、お前らの気持ちを聞かせてくれないか?何でもいいんだ、纏まってなくてもいいからよ」


今まで俯き一言も発さなかったゴートが顔を上げる。


「俺、ずっと馬鹿にされてた。鈍間、愚図だって言われてた」


当時のゴートは力任せに大木槌を振るっていたのだが足の遅さも相まって接敵までが遅く、近づけても大振り過ぎて外すこともしばしばだった。パーティーとして役に立っているとは言い難く次第に誰からも組んでもらえなくなっていたのだ。だがロックだけは違った。ゴートにアドバイスをし戦い方を変えさせた、一発に期待して敵に向かっていくのではなく盾を構え敵を迎え撃つ戦い方に。


「でもロックは違った、俺のことを一緒に考えてくれた。今皆と戦えてるのはロックのおかげ。俺はロックを足手まといだなんて思いたくない。そんなのは嫌だ。」


大好きな料理にも手を付けずずっと考えていたのだろう。普段無口なゴートが一生懸命しゃべるのは彼なりに思うところがあるのだろう。ゴートの意見を黙って聞いていたレーネも口を開く。


「あたしも今があるのはロックのおかげ、才能にかまけて増長してたあたしに面と向かって怒ってくれたのはあいつと師匠だけだもの」


ボルドに魔術師としての才を見出されたときレーネは分かりやすく増長していた。この世界で魔術師は絶対数が少なくどのパーティーからも引っ張りだこだったのだが、あるとき魔物と一緒に仲間にまで当てそうになってしまい一転危険物扱いされ気が付いたら誰も組んでくれなくなっていたのだ。諭してくるボルドとすらも反目し意固地になって一人で依頼に行き死にかけたレーネをたまたま近くにいたロックが助けついでに拳骨と説教したのだ。


「あの後あいつ一緒になって師匠に謝ってくれたのよね」


その後回数に限りのある魔術主体ではなく弓術で継戦能力を保ちここぞという時に切り札として魔術を使うようにしたのだ。


「あたしもゴートと同じ、恩人同然なロックを足手纏いだからなんて理由で外したくない。じゃあどうするかと言われたらまだ分かんないけどとにかくそれだけは嫌」


「・・・」


黙って聞くデニスに向かってレーネは続ける。


「あいつ今も頑張ってるんでしょ?頭使っていろいろ考えて練習して、自分でも無駄だって心のどっかで思いながらそれでも諦めきれなくて。・・・ねえ何であいつがあんな目に合わなきゃいけないの?」


感極まったのか俯き涙声で訴える。ゴートは分厚いを掌でレーネの背を優しくさする。


そんな二人の様子を眺めながらデニスも思い出していた。ロックとパーティーを組むきっかけとなった出来事を。

ほんとは前中後編で纏めたかった

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