10 覚醒
村で最大戦力に数えられるガルとボルドの死という事実に避難民達はパニックに陥っていた。ある物は泣き叫びある物は怒号を上げる。誰も収拾をつけられず混乱が広がればやがて人々は散り散りに逃げ出すだろう。このままでは全滅は免れないというのならいっそ逃げ出してほしい、その方が生き残る確率があがるかもしれない。
ロックも他人ごとではない、今回の防衛戦において精神的支柱だった2人が失われ、その原因を前に濃厚な死の予感を感じ取る。足が竦み、呼吸が乱れる、冷や汗が止まらない。手に持ったショートソードがあまりにも頼りなく映る。
ゴブリンやオーク共を率いていた巨躯のオークは何事か命令したかと思うと一匹でゆっくりと近づいてきた。体高はオークの倍はあり身に纏うは鍛え上げられた筋肉だ。眼光は鋭く放たれる威圧感は今まで感じたことがない。こちらの戦力を察しているのだろう、その顔には弱者を甚振る嫌らしい笑みが張り付いていた。
「・・・」
「いやっいやあっ」
「ううっ」
ゴートもレーネも立ち竦んでしまい動けずデニスも俯き一言も話さない。盾役として自然一番前に立つゴートの前にオークが立つ。ゴートも上背はある方だが件のオークはさらに高い。実力は言うまでもなくランク1のゴートとランク3を殺したオークでは話にならない。自分を易々と殺しうるであろう破壊力を秘めた右腕が振り上げられる。相手に吞まれていたゴートには防ぐことも避けることもできなかった。ロックが声にならない声を上げレーネが顔を背ける。ゴートの脳裏に走馬灯がよぎろうかという時まさにその時後方から腹の底から響くような絶叫が轟く。
「おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!」
その場にいた全員が驚き動きを止める。件のオークも例外ではなく右腕を振り上げたまま固まった。声を発した張本人であるデニスはそんな隙を見逃すはずもなくがら空きの脇腹目掛け剣を振るう。
「ギっ!?」
反撃されるなど想像もしていなかったのか切られた脇腹を押さえ下がるオーク。力を振り絞って放った一撃だったのだろう、荒い息を吐き大粒の汗を流す姿に3人の視線が集まる。汗も拭わず剣を油断なく構えたデニスは視線を外さずに3人に問う。
「怖いか?怖いよな?・・・俺も怖い」
握った剣が、足が小刻みに震えていた。怖くないわけがない、恐ろしくないわけがないのだ。自分が逆立ちしても勝てないガルを殺したであろう目の前のオークがとんでもない怪物であるとデニスは直観で感じ取っていた。勝てるわけがない、死にたくないと心が叫んでいる。今すぐにでも全てを放り出して逃げ出してしまいたかった。だが逃げるわけにはいかなかった。隣には仲間がおり後ろには家族が、友人が、大切な人達がいる。彼らを守りたい、その一心で恐怖に振るえる体を叱咤し怯える心を奮い立たせた。乱れる鼓動を整えるため浅かった呼吸を次第に長く深くしていく。やがて深呼吸となり繰り返すうちに気持ちが落ち着いていくのが分かった。皆を守りたい。改めて決意を胸に秘めたデニスは仄かに発光していく。オークはデニスのただならぬ様子を感じ取ると明らかに二の足を踏んでいた。
「・・・でも負けるわけにはいかない。負ければ皆死んでしまう。俺は皆を守りたいけど俺1人じゃ無理なんだだから」
オークに向けていた目線を外しそれぞれを見つめる。
「ゴート、お前の盾で俺を守ってくれ」
「・・・あ、ああ!」
いつものデニスの声なのだが不思議と頷いてしまうような力があった。
「レーネ、お前の弓と魔術で敵を打ち倒してくれ」
「ええ、任せなさい!」
先ほどまでの不安が嘘のように失せていく。デニスの声には希望を感じさせる何かがあった。
「ロック、俺と一緒に戦ってくれ」
「ああ」
多くの言葉を語らない、それはあの日交わした二人だけの約束。
パニックになる寸前だった村人達も不思議と落ち着きを取り戻していった。この絶望的状況を覆してくれる何かをデニスから感じたのだ。




