6 チュートリアル
気になってた事が一つあって、それはごく自然に会話ができているということ。わたしはこの世界に来たばかりだというのに、まるでずっと以前から話してきた言葉のように、スラスラと流暢に話せている。
転生だというのなら、なにも不思議がる事ではない。おそらくは成長と共に、学習して話せるようになったのだと思えただろう。でも、わたしは転生ではないらしい。
あくまで物語りの中での事ではあるけれど、仮に転移だった場合、当然のように自分の母語で通じたり、言語関連のスキルがあったりして会話ができる。
それが定番だろうと勝手に空想していて、多分に偏見もあるだろうが、大方そういうものだとしたら納得できたかも知れない。実際ステータスを見るまでは、そういう事なのかなあと思っていた。
しかし、今が生まれたてみたいなもので、学習期間のなかった、チュートリアル無し転生のわたしには、そんな便利系スキルの類いなど、まったく一切見当たらない。考え始めたら気になって気持ちがわるい。
誰か教えてくれと思ったとき、不意にケパレトが「教えてタリア先生」とかなんとか呼び出せって言ってたのを思い出した。なので、ちょっとタリアに聞いてみようと思う。
やっぱりどこか平常な精神状態じゃないのかも。いままですっぽり忘れてた。
なにか、やらされてる感じもするけど、他に方法もなさそうだから仕方ない。
『タリアデスが何か?』
「フライングじゃね? まだ呼んでないっしょ」
『俄に現れたそれは、ちひろ子の周りをフワフワと浮遊し、時折音声に合わせて、パチパチと瞬くように光る、球の形をしたナニカ』
「ちょっと、無視しなさんなって、こらこら」
『その存在は希薄であり、そこに有るようで無いとも言える、なにか得体の知れない未知の者からの返答があるのみであった』
「おーい、もしもーしっ」
『ギ、ギィーイー、バタンッ』
錆びた金属の蝶番がきしむ音と、木製の戸板が閉まる音がした。
『ご用の向きは、何でしょう』
「なに、怖いってー、いろんな意味で。
ところでタリア、だよね? なにか雰囲気が違う気がするけれど、タリアってそんな感じだった?
まぁいいか。それより、どこかで耳にしたようなフレーズ使うのは無視するにしても、おかしな演出で登場するのだけは扱いに困るからやめて」
『タリアではナイと、ヨクゾ見抜けマシタネ。チヒロコ、サスがデスネ。見事デス。
ワタシのナマエは、####デス。#####と、イウダけに、####デスヨ。プクク』
「何かダジャレとか言ったのかな? 悦に浸ってるところ悪いんだけれど、ピュルピュル言ってて、まったくわからないからね、で? タリアはどこ?」
『あなたヲ対象ニ、チュートリアルの実行ヲ、命じラレテイマス』
「あ、そ、そう。キミがサポートしてくれるんだね。
あのさ、キミの呼び方なんだけれど、あのなんとかデスって変な音がしたところ、名前だよね、あれどうにかならない? 発音しにくいんだよね、主に人間は」
『田中チヒロコの、母国語デ変換。オークスと呼ぶ事ヲ許可シマス』
「え? なに、許可って……、オッケ、オークスね。わたしのことも、ロコって呼んでいいよ、ちいさい頃からそう呼ばれてるし、その方が慣れてるから」
『では、ロコと呼びまショウ』
「ところで、キミのその話し方ってデフォルト? ナレーションは流暢なのに」
『タリアの趣味デス。変更シマスか?』
「できるなら、ぎこちない感じをなくすだけでもいいと思うよ。誰とはなく、いろいろ助かるんじゃないかなあ。なんてね、ヘヘ」
「では、再度ロコを読み取り、耳障りの良い言葉を選択します」
「ん? わたしを読み取るって」
「あ、気になっちゃいましたか? そこは、気にしないでください。
簡単に説明しますと、融合先である少年の脳や体の細胞に残り、記憶された様ざまな情報が、合成過程でロコの精神核、この地方では魂と呼ばれていますが、その記憶に追記されたのが要因でしょう。
ですからロコの話す言葉は、記憶されていた、この世界のヒト族に広く流布された公用語です。他にもドワーフやエルフの話す精霊語も記憶されているようですね」
「あの、まだ質問とかしてないし」
「いつでもすぐ呼び出しに応じるため、システムの一部で監視していました。あなたの事なら熟知していますよ」
「なにそれ怖いんだけれど。ストーカーですか? それにしたって、話してもないのに」
「ロコの精神思考は、××× な ×××× のように漏れています」
「え、どういう事?」
「嘘です、AIジョークです。ロコはピテル様との合成時に一度、わたくしを通して一つになっています。なので、それ以降は永遠にパスが繋がっている状態なので思考を読み取れるのです、ウフフ」
『そう語るオークスは、頬を赤らめるのだった』
「ちょっとまって。なんでピテルくんはピテル様なの?」
「失言しました。忘れなさい」
「ちょ、言い方……。まいいや、それにしてもきみ、ナレーションが好きだねえ。頬ってどこですかね。永遠とか、とんだサイコパスでコワいよっ」
「では、チュートリアルを実行します」
「はい、無視ですね、わかります、どうぞお願いします」
と言う事でオークスに聞かされた解説で分かったこと。
まずはこの惑星、アサルアムンの暦から。
公転周期は約三百八十五日、それを十二で割り、一月を三十二日とし、残りの一日をどこに回すかは、ほぼ、どの国も祝日として初めの月の、最初の日に置いている。
三十二日を四つで区切って、八日を一週間とする。宗教によっては七日間働き、八日目は安息日があり一日休み。原則、家事もダメ、食事も作り置きを口にして、一切働いてはいけないらしい、うん、素晴らしい。
ちなみに、一周の三百八十五日が、厳密には幾らか足りず、およそ百年毎に、一日欠ける計算になるようで、逆の閏年を挟んで帳尻合わせをするという。
一周を、三百八十四日とする年を設け、一年の最終日を一日抜き、終わりの日を無くし、終わりの日が来ないという意味合いから、いつしか縁起をかついで未来永劫続く回帰の年と呼ぶようになった。
そして今年が、その年みたいなのだ。縁起のいい年のはずだけど、召喚の失敗とか大丈夫なのかい? あ、でも命びろいしたから、わたしには良い年か。
毎年どこも、年を跨いでお祭りの賑わいだから、年を越してからも二日三日は、祝うらしい。まあこれは、どこの世界も一緒だね。
特に今年は回帰の年でもあるため、一周間くらいは続いて、各地でご馳走にありつけるんだと、ケパレトが嬉しそうに言っていた。
前述どおりに、一日は二十八時間、一時間は六十分で、一分は六十秒と、全ての世界でのことわりとなっているのか、時間の進法は元の世界と同じでいいみたい。
他にも聞いた感じでは、N進法全般に於いて名称以外、ほぼ、わたしの常識で考えていいようだ。
時間といえば大都市では塔時計、というものがあるらしい。ビッグ・ベンのようなものだろうか? これは是非一度、見てみたい、いつか観に行こう。
便利な魔法がある一方で、機械工学も発達しているものと思ったけど、動力が魔鉱石という物で動いていたりするので、比重は魔法寄りのようだ。
世界は似ているといっても、そこは、やはり別の世界であり、科学と魔法の入り交じったファンタジーワールドってことなのだろう。
そういった意味でも興味は尽きない。大都市のほかにも、いろいろな土地を観てまわりたいものだ。
わたしが過ごしてきたあちらに比べて周期が長めな分、時間もおおいにあるという適当な解釈で、焦らなくても、機会なら幾らでもあるに違いないと思いたい。
それまでは、のんびり田舎でスローライフと決め込もうか。
実際は人里離れて、一人で暮らせるかというと、魔物の存在を考えれば身を守る術がないと難しく、無茶な話ではあるのかも知れないけどね。
歳を重ねる、で気になったのが、わたしの誕生日ってこっちではいつになるんだろう。今のところ、年齢しか分かっていない。
毎日ステータス覗いて、年齢が変わった日時で、正確な誕生日もわかるんじゃないかと考えたけど、オークスが言うには、体にそこまでの記憶は残っていないみたいだ。
生物はそれぞれ個々にカウントも異なるそうで、表記した年齢も正確なものではなくて、細胞から分析した推測だと言った。
それに、ここでは生まれた時の詳細を知らない者も多いと聞くし、そこまでする必要性はないのかも知れない。
それより随分若返ったなあ、十三才か。まさかこの歳をもう一度過ごせるなんて、思ってもみなかった。これは、喜んでいいのかどっちだろう。若ければ良しってことでもない気がするしねえ。
この世界での一般的な年齢の数え方というのは、母体や卵から生まれ出た日時でひとつとみるのが通例で、正確に日づけを管理して行事などを執り行っている王族や貴族、一部の豪商なんかはその後、毎年の誕生日で年齢を加えるみたいだ。
平民も、生まれた日づけでひとつと数える考えかたは、上流社会の者と変わらない。
一方で、年齢の加え方は異なり、特に寒村などは出生の記録があやふやな者も多いので、一年の始まりの日、ほとんどの国で祝日になっているその日に、生き残れた事を喜び、祝うものらしい。
各国に祝日や祭日があり、祭事など催されるというが、ここでその話しは聞かずにおきたい。のちのち、辿り着いた場所で楽しもう。なにもかも知っては面白くないからね。
多くの生物たちは、胎内や卵の中にいるあいだに体の基礎を形成して、魔素もつくりだす。そこから生まれ出るまでの期間をゼロ才とする為、所謂かぞえ年のようになっているみたいだ。
主な理由として、母体となる者が自身と異なる魔素を感じ取れたとき、新たな生命が宿ったことを知れるからであるらしい。
その魔素や魔法の存在が、前述の塔時計のように、この世界の文明に大きく関わり、わたしも知るような医療行為も、すくなからずあるにはあるみたいだけど、特に回復系の魔法が医療に与える影響は多大にあるという。
もちろん攻撃魔法に使われる技術や、その他の魔法も文明を支える意味では重要な要素だけれども、回復魔法という手段は、その中でも群を抜いて別格の存在なのだろう。
しかしそこはうまく出来ていて、それを理由に、回復魔法を得意とする、一部の種族だけが世界に溢れてしまうかというとそうでもなく、アサルアムンがバランスを取る為か、回復魔法ではどうにもならない病気も存在し、時どき襲い来る魔物の集団暴走も、天災としての役割を担っているようだ。
そういった理由もあり、成人前の死亡率も低くはなく、国はずれの地域は子どもの数も把握しきれずにいて曖昧だ。なのでわたしの存在も、誤魔化しようはあるだろう。
ただし、その国々の、法が定める成人年齢に達した、国民から税を徴収するのに、詳細な管理はしないものの、住民登録台帳のようなものはある。
大雑把に例を挙げれば、どこそこ村のだれそれの子(長男)、名前(太郎)、生まれ(□□暦XX年)。これに、瞳の色や髪の色とか、身体的な特徴などを書き加えた内容となるようだ。
いま居るカーサレッチェ共和国は、十五才が成人との事らしいので、まだ、十三才のわたしは未成年で、中身だけが、ちょっとまあ大人なのだ。
かぞえると言えば単位だが、長さや重さなど測り方の名称こそ違えど、差異も気になるほどではなくて、呼称が変わることに慣れるまでが不便というだけだ。
たとえば、アサルアムンでのメートル法に相当する、一メートルと思われる距離が、わたしの感覚より数センチ長いとか短いだの、その程度のようだ。
そもそもわたしに、どんぴしゃりで、一メートルを測れる特技など端からないのだから、違いが気になるわけもない。
それよりもこれから生活していく上で、知って置くに越したことがない通貨について。この世界には、国や大商人が出す信用状のような風習は有っても、決まった銀行券みたいな紙幣の存在は無い。
ただし、各国が製造する、金銀銅の硬貨を扱う銀行は有る。通貨の他には宝石を使ったり、地方に行けば物々交換が主な方法となる事もあるらしい。
硬貨の価値も為替とは別に、国によって商人などから人気、不人気があり、硬貨に含まれる金属の含有率でも変わるものらしい。まさに潰しがきくかといったところか。
そういった事も含めて、各国で当然通貨価値は違うと思うけれども、今はカーサレッチェ共和国にいるので、まずはここの通貨単位をざっと聞いておいた。
おおよその物価でいうとルピス(説明の内容から、色も形も洋ナシに似た果物)が、一個銅貨二十枚、この国で、一番大衆的な主食のパン(原料は豆系で色は焦げ茶色、ソフトボールが半分に切れた形かな)が、一個銅貨六枚、ゆで玉子が、一個銅貨四枚。
ふむ、なるほど、それで? 銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十四枚で小銀貨一枚。えーと、あやしくなってきた? 小銀貨五枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚、あとは、金貨四枚で大金貨一枚と、だいたいこんな感じだろうか。
少し慣れるのに時間がかかるかも知れないが、この程度なら、海外旅行に来たと思えば、どうということもないだろう。
「で、パンが一個いくらって言った?」
補足です。
◇魔鉱石◇
魔鉱石とは、鉱物ができる過程で大気中や地中などにある魔素が、溶け込んだ鉱石の事を指す。
魔法用の杖に魔力の増幅用として填めたり、魔力が動力源の道具に、バッテリー代わりで使用することが多い。
魔法陣で使用するインクにも用途は有るけれど、ここでは説明を省きます。