3 召喚 2
15話目の、まえがきに書くつもりでいる内容で修正をしました。
「さっきも言ったけど、あらゆる世界を管理運営する組織から、このアサルアムンに配属された管理者がわたしね。
つまりは、この星に生息する全ての動植物から放出される成分を星が吸収して、そこから養分が作られる際に排出された副産物が、わたしたちの、より上位の存在が求めるモノになるんだけど。
星が不安定な状態だと、その生産もままならなくなるのよねぇ」
なんだか、どこかの小説みたいな話になって来た。わたしなんかに話して大丈夫なの? などと、少しばかり不安になる。
「きみにはこう言えば分かりやすいのかしら、例えてみるなら植物が光合成をする事で、糖類を養分とするでしょう、その時に発生する酸素のようなものね。
そういったものを上のかたがたに献上するのよ。そのために、わたしたちは星の健康管理を任されてるの。
こう見えてね、下っ端なのよ、下っ端。
ここまで話して言うのもあれだけど、こうした形で通常は出会わないし、わたしも管理者だなんて明かさないからね。
ふつうは長く生きた龍ぐらい高位の存在じゃないと、記憶にも残らないはずよ?」
「植物ね、むかし習ったこと思い出した。なるほど。けれども、わかったところで記憶は消すんだよね?」
「そう、ならよかった。
記憶? わたしそんな事しないわよ? 存在に格の差があり過ぎてそうなるのかしら、わからないわ。なぜか勝手に記憶がぼんやり薄れるのよね。
そういえばきみ、通常のヒトがわたしに会うと、ほうけた顔してボーっと座りこんだりするものだけど、きみは随分しっかりしてるのねえ」
ちひろ子を上から下へと眺めて、いま気がついたかのように、ああなるほどなといった表情をするタリア。
「もう、あまりわたしに答えを求めて来ないでよね、言えない事もあるのよ。
そういうことだから、あまり詳しく聞いても無意味になるかも知れないわよ。
やーね、わたしもなんだかつい話しちゃったじゃない。
説明する意味なんてないのに、こんなにいっぱい喋っちゃって、内緒よぉ、フフ」
そちらで勝手に喋っておいて、内緒にしてとは、なんという自分本位なやつだ。
などと多少憤慨したが、そう考えたことも含めて忘れてしまうのかと思い直し、孤独な御仕事なんだなと管理者に同情した。
おぼえてようが、忘れてしまおうが、いま気になることは、いま聞いてしまおう。
と、自らの手足を見つめて思った。
「あのー、手足を見た感じから、どうもわたし、子供みたいなんですけれども、生まれ変わって異世界に転生したとか?
たしか、わたしの記憶じゃトラックに引かれた憶えは無いし、かといって過労死パターンってわけでも無いと思うんだけど。
あ、やっぱり、そっかなるほどね、これは神様のミスってやつでしょ、そうでしょ? てことはさ、例のアレってことでいいのかな、ほらほら、お詫びにチートな能力が貰えるやつ」
ちひろ子は、タリアの様子から、きっとこの人も壊れかけてるのだろうと思い、いま機嫌を損ねるのもまずいと考え、恐る恐る「ですか」なんて、いまさら付け加えてみる。
「例のアレが何を指すのかわからないけど、たぶん考えてるのと違うわよ。
記憶を保てる保証はできないけど、こうなったワケぐらい知りたいでしょ。
きみがまだ、どーしても聞きたいって言うのなら、もう少しだけ教えてあげなくもないわよ?」
聞かないという選択肢があるようで、まだ話し足りないという文字を顔いっぱいに貼り付けて、こちらを期待の目でチラチラ見てくるタリア。答えは聞くの一択しかないじゃないか。
そもそもこんな半端な状態で投げ出されても困るので聞くしかないと思うけれど。
あの表情を見て、聞かない選択をする勇気なんて、わたしには無いのですよ。
「もちろん聞きたいですよー、まだ放り出さないでください、お願いします、タリアさま!」
「やだきみそんなふうに、へりくだるのはやめてよね。子どもに意地悪してる気分になるじゃないの」
「わかったよタリア。意外と人間くさいこと言うんだね」
「いきなりの呼び捨て! まぁいいわ。
それに失礼よ、実体が無いからって心も無いだろうなんて思ってないでしょうね、ちゃあんと感情はあるんだからね、あ、あるプー」
そう言って、むくれ顔はするけれど、なぜか、ちひろ子を横目で見ながらソワソワしたり、ショボンとしてみたりと忙しく表情を変えている。
「それでね、今居るこの国とは別の、ここから北西へ行くと、あ、北西はあっちね。で、向こうに行くと、テラ・アウレリア皇国っていうところがあってね。
ほんのちょっと、そのう、少し前に、その国でね、このアサルアムンではないどこか、他所の多元宇宙にある惑星の住人を召喚しようとしたのね。
ああ、多元宇宙ってわかるわよね、複数の宇宙があるのは知ってると思うけど、それぞれが独自の物理法則とか歴史や文明を持っててね、異なる現実を形成してることよ?」
「や、やだなあ、もちろん知ってますよー? バカにしてます? 無知な子どもじゃないんだから。
まあね、子どもっていえば子どもなんですけれども、えーとほら、その、アレでしょ、初歩の初歩ですよねえ、デヘヘ」
「まあ、なんとなく分かればいいわよ」
「面目ない」
「でもね、アサルアムンに現存する召喚魔法って、カラダごとは呼べないから、だから異界に漂ってる中身だけよね。
ここでは流魂て呼んでるわ。流魂は、そのままよ、さまようって感じかな。あら、それもうさっき言ったわね」
「ふぅーん」
ルコンね。あ、そういえば前にどこかのテレビ局が、なん周年記念特番? とかいうので、いかにも水墨画にありそうな、ああいうのは、んー、なんて言ったかな、えーと原風景?
そういう感じの国に、当時の人気タレントが行ったりしてさ、歴史探訪みたいなことしながら、いろいろとその土地の文化を紹介するやつだ。見た記憶がある。
たしかそのなかで、そんなニュアンスの言葉を聞いた気がする。それだとたぶん、こっちの言葉で言うと流魂になるのかな。
しかし、なんでこの人、いちいち言い終わるたび、わたしに向かってポージングするんだろ。
はいはい、ちゃんと見てますよ。
「その国がわたしを召喚した理由ってさ、魔王でも倒してくれってやつだったのかな?」
「アサルアムンに魔王なんて、端から存在も無ければ、名乗ってる者もいないわよー。
そうね、強いて言えば、お伽噺に出てくる魔王のようなって形容されるくらいの嫌われ者なら、まぁいるかも知れないけどね。
彼らの期待してる、大抵の召喚理由なんて、武力の増強くらいよ。
次点で異文化の情報で、文明度の底上げってところかしら。これも結局は武力の増強ってことよね。
要するにー、すべては勢力の均衡を崩して優勢に立つため? 単純に言って、そういう理由だと思うわぁ」
それもそうか、わたしから見て小説みたいなファンタジーっていう世界なだけで、こっちの住人からしたら、これが現実だもんね、凌ぎ合いに高尚もなにもないか。
「これってね、賭けではあるけど、異界から召喚した流魂には、まれに、特殊な能力を使用していた痕跡があるのよ。
それをこっちに用意した器に入れて定着するとね、特殊な感覚が目覚めて鋭敏になるとか、アサルアムンの住人と比べてかなり高い身体能力も引き出せることがあるのよ」
なるほど、それってアメコミとか超人ものでよくある重力の差、なんてやつで筋肉の密度が異常に高いとか、そういうことかな。
ん? 体は持って来れないんだからちょっと違うのか、ゲームの隠れステータス値、みたいなものでもあるのかな?
「呼びだした先で、それぞれに特色が有るから、そこに望みを掛けて召喚するのよね。
でも、もとの世界では体得していても、アサルアムンには無い、特殊な性質の能力であるために、体現されないこともあるのよ。それでもしっかり魂は影響を受けてるけどね。
簡単に言うとね、それを使った事もない体に対して、使っていた記憶のある精神が、無理に出力しろと指令をだしても齟齬が起きて、いろいろ支障があるってことよ。
それでもね、本来長い年月が掛かるはずが、容易に達人の域に達したり魔力が常人を超えて、強くなる事もあったりするわけね、ただし受肉する体が、その潜在力に耐えられればの話だけど、魔力系ならこっちとも合うわね。
それに、目的って特殊な能力だけじゃないのよ」
「例えば、何があるの?」
「そうねー、例えばきみのように記憶も濃く刻まれている場合ね。これ前世の記憶持ちって意外と少ないのよ。
言葉は悪いけどね、拾ってきた流魂を使う事に倫理的忌避感がないのは、きっと記憶持ちの存在が極端に少ないからだと思うのよねー。
まぁ、そういうのは置いといて。こことは性質の違った魔法や術が発達している世界。乗り物とか道具、建造物なんかも高度な加工技術があった世界とかね。
そういった世界からやって来る知識というものに期待があったりもするわ。
仮に詳しい知識が無くても、あしがかりくらいにはなるのかしら」
「なるほど。要は、国家間の力の均衡が崩せれば、武力だけじゃなくて、文明というか、技術や機械の発達でもいいわけか。
でもさ、達人の一人や二人増やしたからって、そこまで変わるものかな?」
「戦争なら士気が上がったりするし、一応の効果はあるんじゃない? 僅かな差でも優勢にしたいと願うのは、言い換えたらどこも大差がないってことだから、危うい均衡なんでしょうね。
それにね、達人のそれが鍛錬によるものだから、身につけた体が無くては意味がないと思うかも知れないけどね、案外そうでもないのよー。
武術の歩き方一つ知っていれば、無かった知識が一つ増えるわけで、まあ当然よね。
他にも異世界の文明全体が、まさか何もかもここと同じってこともないだろうし、常識を覆すほどの情報なら、そっちの方が個体の強さなんかより、よほど価値があるわよね。
召喚した側にとって情報が多ければ多いほど、利運ていうことになるでしょうね」
「あー、じゃあ当然、どれも期待ハズレって場合もあるでしょ? だとしたらその場合、要らないゴミ扱いされて殺処分とかされちゃうの? なら、仮にわたしの召喚が成功してたって、いい未来がやってこない可能性が大きかったな。
こんなこと、自分で言うのもなんだけど、わたしって上でも下でもない、極々平凡な一般人だったからね」
「それがそうとも言えないのよね。けして慰めで言うわけじゃないのよ。
それと言うのも、召喚の網に掛かるのは他と比べて何かが有るわけで、もともと術式の構成がそういうものだからね。
それに死後すぐに、惑星の魔素として吸収されないで、さまよってる時点で十分に強い魂だと思わない?」
「アハハハ、突然死したんで、どこが強いのか疑問なんですけど?」
「アサルアムンに限定すれば、わたしの代を含めて知る限りではね、優位性が無い理由で、即刻処分みたいな事は無かったはずよ?
なにせ召喚には、多大な魔力と召喚材料が必要だから。
それよりも、元をとり返すために重労働を課した方が、らしくあるというか、まぁどちらにしても不当なんだけど、ある意味それも道理というか、そういう扱いは受けるかもしれないけどね。
残念だけど、人が身勝手なのはねぇ、どこの世界に行っても、一緒なものよ。でしょ?」
「んー」
「そんな顔しないでよね。
星に悪い影響でも与えない限り、安易にチカラを行使できない制約なのよ。
何でもかんでも、わたしが左右していい訳じゃないんだからぁ……あら? フフフ、やだわぁ、何だかわからなくなっちゃったペコ」
「わたしを召喚した話じゃないの? それより、さっきからポコとかピコとか調子の狂う言葉を入れてくるから気になっちゃって、それなに?」
「なにって、きみのところで流行ってるでしょう? きみの警戒心を解くのに、そちらの文化に合わせて緊張を和らげたつもりなんだけど?」
「いや全然、全く微塵も流行ってないですよ?」
ちょっと考えるポーズをしてから、ちひろ子に背を向け何かに応答するタリア。
「なあに? 違うのね、うんうん、アハハ」などと言って照れたように振り返る。
「なんだか勘違いしちゃったみたい。
きみの基軸とは、ズレた並行世界の流行りだったらしいのよ。どおりでノリが悪いと思ってたんだ、エヘヘヘ」
うわ、なんかサラッと余計な情報入れてきた。異世界の次はパラレルワールドですか?
「えーと、そうそう、それでね、管理機構の記録を診ると、召喚場所を指定する段階になって、なにか不具合が起きて失敗したみたいなのよね。
それで、行き場を失った状態でさまよってるきみを、異分子として検知したのよ。
そこでわたしが出向いて拾ったの。ここまではいい?」
「うん。あーあ、やっぱり死んでた、もう確定だあ」
ガクリとうなだれるちひろ子。
「そこは無念だったわね、としか言えないけれど。続けてもいいのかしら? それでね……」
タリアの話によると、今いるこの場所は、わたしを召喚し損ねた、テラ・アウレリアを南東に行くとあるカーサレッチェ共和国という国を、さらに南へ下った端っこのクロスタータという森なのだそうだ。
その西側を行くと見えてくるズコット山という所には、古代龍が棲みついているという。
山の標高は高く、山頂までの道のりも切り立った場所が多いせいもあり、ヒトが寄り付くのを阻んでいる。
お陰で崇める者もおらず、供物も届かないと嘆く淋しがりの古代龍に『わたしが会いに来てあげている』のだとタリアは言うけれど、実のところは自分も淋しいのでは? と思うが言わないでおこう。
古代龍ともなれば、土地によっては信仰の対象でもあるようなので、単純に山を下りればいいのにと思うけれど、そうもいかないらしい。
たしかに、人里付近に古代龍なんかいたら、おちおち寝てもいられないだろうからね。
そこで流魂を拾いに来たついでに、その古代龍の所に寄る道すがら、剣か槍か何か先細りの刃物で突かれ、森に放置されていた少年を、たまたま見つけて世話をしてみたけれど、既に手遅れで事切れていたって話だ。
しかしこれも巡り合わせだと思い、拾ったわたしを、この子という器に入れるという事にしたようだ。
「可哀想に、わたしが来た時にはもう、血に寄ってきた魔獣が既に群がっててね、まだ子どもなのに酷いよね。
あちこち損傷した体を、一応周辺の、この森にある元素で補って修復してみたんだけどね、その時にちょっとだけ、もとの顔とは変わってしまったかも。
まあ、かえって生前の知り合いに会っても気づかれないだろうし、きみには好都合と言えるかもね。
その子の魂は損傷も大きくて、死期の記憶までは読み取れなかったけれど、こんな幼い子どもが刺し殺されるなんてきっと訳ありだと思うの、でしょ?」
たしかに、そうかもしれない。
体に有ったはずの刺し傷はキレイに消えてるけれど、着ている服が血まみれでズタボロなのが、凄惨な状況だった事を物語っていると思う。ほんのちょっと興味を引くけれど、正直関わりたくはないかな。
「そうだ! きみと、あと、その子に、断りなく融合しちゃったけど、嫌だった?
その子は亡くなってたから聞けないし、きみも放っておけば、いつかは壊れて霧散するだけだったから、そうしたけど、もしも迷惑だっていうなら無かった事にはできるから。
死から蘇らせる事はできないんだけど、逆はできるからね」と、わざとらしくニヤリと笑ってみせるタリア。
「やだな、怖いこと言わないでよ、折角拾ってくれた命なんだから、この子に感謝して使わせてもらうってば、勿論タリアにも感謝してるからほんと」
「ほんとかなぁ、あ! ケパレト君に会いに行く途中だった、わたし行くね」
なんて、『ともだちとお茶してくるね』みたいな乗りで言うと、さっさと行こうとするタリアに慌て、落ちていた枯れ枝に躓いて転んだ。
「イタタタッ、まって! 助けといて、魔獣なんている森に置いてくの!?」
そう問いかけたちひろ子に、しばらく考えたあとタリアは言った。
「それもそうね、あなたも行く?」
ブンブンと首を縦に振り、ちひろ子はそそくさと立ち上がった。