36 いーっぽ
ちょっとした事なのですが、35のエピソードタイトル「はじめの」というタイトルに変更したつもりでしたがタイプミスで「はじめての」になっていたところに気づいてしまい、実は35と今回の36のタイトルはセットなので、更に変更しておきました。
あと予告通りに、
ロコの異世界日常譚。〜冒険しなくちゃダメですか?〜
に変更しましたので引き続き、よろしくお願いします。
これからは少し積極的に魔法と向き合おうと思って、目標も立てたりしたけど、もちろんケパレトからの依頼の方が優先だよ。はっはっは、何を言う、決して忘れてたわけじゃないぞ。
ラズリをノトスに、南方のヤングドラゴンの下に送り届ける。そして、ラズリが独り立ちできるまで守って貰えるように頼む事。大丈夫かな、食われるとかないよな。それよりも、まず会えるのかどうかだけど。
でもね、これは行くか行かないではなくて、行くしかないのだ。残念ながらボクではケパレトを襲った者からは守ってやれないんだ。ラズリを、ずっと手もとに置くわけにもいかないからね。
ふむ、まだリィヤたちは起きそうにもないな。
ここなら人目もないし、遠慮しなくても大丈夫だろう。ということで、収納から水入りの樽を出し、桶に注いで顔を洗う。
布で顔を拭きながら樽を眺めていると、どうでもいい事が、ふと頭に浮かぶ。ほんとくだらない事なんだが、毎度樽ごと出すのも何だか芸がないなと、なんとなく、こういうところが魔法使いっぽくないし、イケてないんじゃないかと。
かと言って、桶に水を張ってから出すと溢れちゃうしな。そう考えながら、開けた窓から桶を外に突き出し、桶を少しずつ傾けて路地に水を流し捨てる。その水の流れを見つめる。
んーむ。と今度は桶を樽に近づけたり離してみたり、樽と台の上に置いた桶を交互に見ては、取り留めのない事を考えていると、昨日中央広場で見た大きな盆から溢れだす噴水を思い出す。
「そうか」
なにも樽から出し入れしなくても、いいんじゃないか? 収納をもう一個作ればいいだけだ。
たしかまだ、塔を作る余裕はあったはずだ。ギリギリから少し手前で止めたと記憶している。
もし容量が足りないなら、メインからちょっと削ってもいい。うん、そうしよう。
はじめに収納を作った際に、物を収めた塔でなければ減らせたと思うけど、どうだったかな。
こうしてこうやって、よし、減らせたぞ。
でもって、次に新たに亜空間収納を作成っと。
久しぶりに新規で収納作りだ。例によってルーン文字のように象られた光が、床に並行した空間に数秒間現れると、そのままそこへ染み込んで消えた。その後、その文字が消えた場所に光のすじがススーッと入る。
ロコは樽を抱え、今しがた開いた収納の入り口に向かって水を注ぎ入れる。
「トプトプトプトプトポン、お? トプトプトプ……」
思った以上に入るな。樽にはまだ、八分目くらいまで水が入ってたのに空になった。この感じだと、あと三樽はいけそうな気がするが、これくらいで一旦試そう。
台の上に置いた桶に近づく。
「ん、このあたりかな。いくぞ、はっ!」
「ビシャビシャビシャビシャ」
「あたたたたた、ストップストーップ」
バッと、リィヤたちの方を振り返って見る。起きてない、セーフ。
……ミスった。失敗失敗。放物線で予測しないとね。
ちょうどいい距離感とか難しいぞ。コレは生まれながらの男子が得意なやつだな……。
よし、失敗をふまえて今度こそ。
「ここだ! それっ」
「トプトプトプトプトポッ」
やった成功ぉ! 何もないところから水出しちゃうとか最高じゃないかっ、ヒャッホー!
祝いだ祝いだぁ。ああ、そういえば、今日まで街とか村とか見てきたなかで、回帰のお祭り以外、クリスマスみたいなイベントの雰囲気が一切無かったな。
考えたら年越しに数日間もやるお祭りがあるんだから無いのも納得。この世界に来て、まだそういった行事は聞いたことがない。
とはいえ、一人くらいは、やらかしてそうな転生者がいてもいいだろうにね。たまたまパーティ好き、お祭り好きな転生者がいなかったか。
まあ、本来宗教的なもののはずだから、こっちに無いのも当然なんだけど、こっちにはこっちの神様を祀る何かは有るのかも知れないね。そういえば、タリアが神様扱いされてるとか言ってたな。
なんてね。転生したばかりの時は、防衛機制っていうのかなんなのか、不安から逃避して、家作りに没頭してたんだから正直そんな余裕なんて無かったし、当然か。
オマケに、ビビってぼっち生活して近隣の村落にすら行かなかったわけだから、お祭りとか催しが有ったかどうかなんて知る由もないってね。
でも、有ればきっと食いしん坊のケパレトが騒いでたはずだから、たぶん近所には無かったよ。ふふ、それは間違いないね。
クリスマスだなんて、いい思い出も、わるい思い出も有るけど、全部ひっくるめて暖かい思い出ばかりだ。
今になって転生したあの時の事を冷静に思い返せば、ちょうど世の中は大型連休のあと、社のチームへ新たに入社した社員の研修期間も終わり、彼らの存在にも慣れ、社の雰囲気も落ち着いた頃だったか。
幸いにもボクが抱えていた多少の案件も終えてたし、チーム的にも進行中のプロジェクトは無く、新たな企画の原案を持ち寄る段階だったから、ボクが突然消えても引き継ぎなどで困ることはないと思われる、と、それはそれでちょっと寂しいか。悲しむ人くらいは居たと思おう。
このカラダに馴染んでいくうちに、あちらの記憶は隅に押しやられ、いずれは薄れていくのだろうけど、まだまだこうした思いはある。
しかし、いつまでも郷愁に涙しているわけにもいかない。こっちで生き残るのは、そうそう甘くはないのだから。
逆を言えば、この世界にクリスマスが無かったおかげで、暮れにノスタルジックな思いに浸ってしまうこともなかったし、カルロたちと楽しく過ごせたので、寂しいと思う気持ちなど欠片もなかったように思う。みんなと来れたのは正解だったよ。
なんだか今日は、転生前のことばかり思い出すね。
まだ日が出るには早く、このシンと静まり返った感じがいけないのかも。
水汲みの癖で、つい早く起きちゃった。
スプレムータ湖は爽やかだったけど、街は何かが沈殿してるような、そんな雰囲気だ。
だからかな、なんとなく、しんみりしてしまった。
ところでカーサレッチェの、いや、ノルヴィレジの住民たちが迎える一般的な新年の朝っていうのは、どんな感じなのだろうか。
おうちで、おせちでもないだろうし、みんな朝から外で飲み食いするのかな。
などと、やくもないことを考えながらダラダラとしていたら、おもてから雑踏が聞こえ始め、通りにヒトが増えたようで、早くも街が賑わいだした様子が伺える。
ニクスさんのところへ行くのは、明日以降で構わないだろうし、二人が起きればボクらも宿に断りを入れて、朝食を食べに行こう。そのための登録だったし、きっとこのノルヴィレジなら、連れ歩いても問題はないはずだ。
*
リィヤとラズリが起きたところで、さあ、街に繰り出して食べ歩きだぁ、なんて意気込んでみたが、宿は二食付き、前金でおカネは払ってあるし、既に朝食は作ってあると言うから勿体ないので朝食は用意してくれたもので済ませる。
とは言え、とても美味しかった、美味しすぎて食べ過ぎないよう匙を止めるのに苦労したくらいだ。
あれが良いかな、これも良いかもなどと落ち着きなくキョロキョロしながら、街なかで目についた物から買い食いして歩く。
朝食をあんなに食べちゃったのに、以外とまだ入るから不思議だ。
いま食べているのはズコット山の自宅近くにも居た、クロスタータの森に棲むカエルと同種類で、この街の周辺にある湿地に棲息するというパルスラーナという名のカエルだ。
森のカエルは緑がかった土色だが、沼に棲む方は青みがかった土色らしい。どちらも見た目には、決して美味しそうには見えない。
まあ自然界には自衛のためなのか、えてして見た目が宜しくはないが、非常に美味な生きものが多く存在するものだ。
屋台のおばちゃん曰く、これは、その足のモモ肉に、衣を付けてカラッと揚げたスパイシーな味付けの、この地域ではもっともポピュラーなジャンクフードらしい。
この骨付きモモ肉のから揚げを売っている店が二件あり、片方がめちゃくちゃ混んでいたため空いていた方で買った。
森のカエルと違って少しクセがあるように感じるけれど、それもまたスパイスと良く合っていて、むしろ、より美味しいと感じたのだが、違いが有るのか無いのか、なぜこちらが空いているのかが疑問だ。
不躾なのを承知で、直接お店のおばちゃんに聞いてみると『あんた、あたしにそれを聞くかねえ』と、苦笑いされてしまったが、もう三本追加で注文したら答えてくれた。
どうもあちらのお店は、おばちゃんから見ても愛嬌のある可愛らしい女の子が店番をしているらしく、会話を目当てに男どもが並んでいるのだと言っていた。うむ、なるほどなるほど。
わたしは味付けの差ではないことを知り、元気づけるつもりで更に二本を追加で注文すると、売り子の見てくれでなんて味は変わらないよ。と、おばちゃんに言ったのだが『慰めるの下手かい』と呆れて笑われてしまった。
わたしの隣に立つリィヤを、上から下へとマジマジと見たおばちゃんが『なるほどねえ、こんなべっぴんさんを連れてちゃあ眼中にないわけだ』と、しきりに頷いていた。
それを聞いて、気を良くしたリィヤは『店主のかた、そちらを五本くださいませ』などと、調子に乗って食べきれない量を買っていた。おいっ!
わたしは、クロスタータの森で捕れるカエルに嵌まり、乱獲した過去があるくらいに好物で、ともすれば食べ過ぎてしまう。
なので、他のものも食べたいから自制していたというのに、結局リィヤの残した分も食べてしまった。さすがにお腹が苦しい。
どこかで少し休もうと、カフェのような店を探していたら、オープンテラス型のお店を見つけたので、屋外の方がラズリにもちょうど良いと思って近づいて行くと、一角に結構な人だかりができていた。
他の客が注文したものを見回すと、美味しそうに見えたので、とりあえず入店して席を確保する。
近くを通った店員に聞いてみると、どうやら巷で有名な魔法使いたちを囲んでいるらしく、注文した果実水がくる間に聞き耳をたてていたら、昨夜、花火を打ち上げていた魔法師団だと分かった。
てっきり花火は火薬だと思っていたが、違ったみたいだ。
その者たちが所属する組織は、いわゆるイベント企画会社のようなところのようで、各都市に派遣されて会場を盛り上げるのだそうだ。
特に多くの女性に囲まれている魔法使いに目を向けると、瞳は翠眼、髪は肩まで伸ばしたプラチナブロンド、その人の放つオーラが、他の者とは一線を画していた。なるほど、人気なのも頷ける。
それはそうと、どういうわけか先ほどからボクたちのそばを、行ったり来たりしている一人の店員がいるのだが、こちらをチラチラと意識して何度も見てくるので、果実水だけでは申しわけなくなり、ラズリにも何かしら貰えないかと聞くため、その店員に声を掛けると、頰を赤く上気させ、ツカツカとこちらへ近づいて来た。
リィヤの瞳がキラリと光ると、すっくと立ち上がり、有りもしないメガネのフレームをクイッと上げ、ボクの前に立ちはだかる。ボクも釣られて身構えた。
すると店員が、ススッとリィヤを避けて、床に伏せて寝ていたラズリの前にしゃがみ込んで言い放つ。
「もう我慢できません! さわっても良いですか?」
リィヤは何事も無かったかのように静かに席へ戻ると、果実水を一口、のどへと流し込む。
勘違いしたとはいえ、ボクのほうも自意識過剰だったなと自分が恥ずかしくなり、勢いよく首を縦に振りうなずいた。
店員が、ラズリの頭に鼻を近づけると、目をつむって大きく息を吸い込んだ。猫吸いならぬ、グリフォン吸いである。
ラズリが首元をモサモサやられて気持ち良さげにしている。
まんざらでもなさそうなので、放っておいても大丈夫だろう。
魔法で作る花火の仕組み以外には、大して興味も湧かないけど、照れ隠しで店員に聞いてみた。
「あの、さっき話に出た魔法使いの、あの花火の白金色の髪のヒト、ずいぶんと人気があるんですね」
店員が言うには、あのイケメンさんは、かなりの人気を誇るらしい。団体の中での持ち回りは首都近郊が多く、地方には滅多に来ないのだとか。
ところが最近になり、一人の貴婦人が大変な熱の入れようで、はじめは至って普通の、よくある歌劇のスターを追いかけ出待ちをするだけであったが、いつの間にか差し入れもエスカレートしていき、あまりの散財にご主人の男爵閣下も困るほどに。
その追いかける様も度が過ぎて執拗になり、外聞もないあまりの醜態に、団体もこれ以上は活動に影響がでると考え、当面の間は、その貴婦人から遠ざけるという意味もあって、地方回りへと担当替えをしたということだった。うーん、人気者はつらいね。
結構な情報量に、きみ詳しいんだねと感心して言うと、ご婦人の集まる場所で働く者にとって、このくらい常識ですよと言われた。
「まあ、わたしは彼に微塵も興味はありませんけど」と言って、またラズリの頭をすーはーと吸っては恍惚とした表情を浮かべている。
それはそれでどうなのって話しだけど、ラズリを可愛がってくれるヒトなら文句はありません。
わたしたちばかりが食べて、そろそろラズリもお腹が空いただろうな。
せっかくだし、できれば美味しいものを食べさせたいけど、この店ではお肉を用意できないと言うので仕方がない。
きのう取り置いたヴェラヴィス〈ウズラのような鳥〉のお肉をあげるにも、ここで大っぴらに収納を使うのは避けたい。
保有する魔素が多く、運用可能な容量を確保できる者の収納自体は貴重ではあるけれど、決して珍しいという能力ではない。が、しかし、子どもがそれを大っぴらに使っていると、いいように利用されてしまうので、大人になって自衛できるまでは、隠すのが一般的らしい。
なので、いっそ、狩りにでも行こうと思うが、狩りに行くとなると、何度も街を出入りすることになるので、それもやはり面倒だ。おカネもかかる。
ニクスさんから、認証が出来上がるのは、明日以降と言われているが、そのことを考えると手もとに有るほうが煩わしくない。
奇跡的に出来上がってやしないだろうか。
確認するだけでもいいから、ようすを見に行きたい。
ちょっとだけ。そう、ちょっとだけだ。進捗の度合いを確認するだけ。
「チューイ?」
ボクが腕組みをしてウンウン唸っていると、ラズリが顔をのぞき込んでくる。可愛い。
んー、急かしたところで、早く仕上がるというものでもないか。
どこかで、コソッと収納から出そう。
*
……、とか言いつつ結局来てしまった。
「もし、まだ作成中ならば、ギルドへ行って仮の認証を頂けるのか尋ねてみましょう」
「ん、そうだね」
道具屋へ向かって近づいて行くと、いつか見た、あの口の悪いエルフが建物から出て行くところだった。
「あのひとたしか……ま、同じエルフだしね、知り合いでも全然不思議じゃないか。お客さんってことも有り得る」
相変わらず不機嫌なようすの、視線が尖ったエルフ。ズンズン歩いて通りを突き進んで行くのを目で追うが、雑踏に紛れたところでその姿を見失った。
気を取り直して道具屋へと向かう。
「カランッ、ココンカカン」
牛の首にかけてあるカウベルのような、大きな鈴の音に似た音を鳴らしてドアを開ける。
少しだけカラダを入れて、覗き込むかたちで店の中のようすを伺うロコ。
「どうした、カリゴ、忘れ物か?」
書き物をしていたニクスさんが顔を上げ、ボクたちを見た途端、仏頂面だったものが、急ににこやかな表情になる。
「おお、キミたちか。ちょうどよかった。さっき、出来上がったところなんだ。ちょっと待っててくれ」
そう言うとニクスさんは、店の奥へとさがり、すぐに出てきたその手には、認証札らしきものが握られている。
「あとは、キミの魔素を登録するだけだよ」と言って、ロコに認証札を差し出す。
「それに、魔素をまとわせれば、冒険者ギルドのそれと一緒で、その札は、キミの身分証代わりにもなるはずだ」
早速、認証札を手に取って魔素を流す。
特に光沢のない銅色の金属らしき板は、一見してそのものだけでは、価値があるようには見えない。
札が一瞬だけ光ると、表面にロコの名前が浮かび上がった。
「それを冒険者ギルドに持って行くといい。係の者が、冒険者ギルドの認証と同じように、キミを登録してくれるだろう」
ロコは、表と裏を交互に眺めながら、その札の使い方を尋ねる。
「ああそれは、読み取り機がある場所での提示を求められたら、その札を渡す際に再び魔素を流しなさい。
登録された魔素の型と、渡したその時のキミが同一であることが確認され、何も問題のない場合には、身分が証明されるだろう」
よーし、いいぞ。これならギルドでも、一人前として扱ってもらえるに違いない。
「じゃあ一度、ボクはギルドへ行くので、こちらには明日の昼頃、改めて伺います」
「ああ、わかった。ではまた明日、待っているよ」
*
「ごめんラズリ、もうお腹減ったよね。たしか、きのうそこの路地を曲がったところで精肉店を見かけた気がするから、もう少しだけ我慢してね」
「チュ、ロコ、わたち、だいじょぶなの」
「うぁん、もう、ラズリがカワイイんですけど!」
「わたくしもカワイイですよっ!」
「チュチューイ!」
傍らで、わちゃわちゃと張り合う二人を眺めていたら、今朝からちょっと顔を出していたロコのさみしんぼさんも、どこかへ飛んで行ってしまったのだった。