32 狩りとか料理とか
一日中考えた挙句、結局適当になってしまうのですが、
サブタイトルって、どうやって考えてるのでしょうか。
ひとり離れた場所で、背を低くして待つマリッサさんに、カルロが片手を上げて合図を送る。その二人を真横から見るかたちで陣取るわたしたちにも、そこで待つようにとジェスチャーで指示がされる。
ああいうの、たしかハンドサインってやつ? まるで海外ドラマか何かを観てるような感じ。実際にやってるヒトは、初めて見たかも。返事でうなずいたけど、照れてニヤけちゃった。真面目にやろう。
マリッサは力強く弓を押し曲げ、弓の上下に弓弦の輪っかを引っ掛けると、そのまま矢筒から取り出した矢をつがえ、弓をしならせ待機する。
その視線の先は、もう、ほとんどの仲間が南へと渡ってしまったあとのようで、残された数羽が、寂しげにエサをついばむ鳥の姿が見られる。
初日に食べた蒸し鳥の二倍はありそうな大きさで、時折、細長く尖ったクチバシをカチ鳴らし、長い首を揺らしながら、湿原にいる小さなカニやカエルを狙ってヒョロ長い足を一歩、また一歩と進めている。
そのうちの一羽がカニの甲殻を潰そうと、クチバシで挟んでは持ち上げ、落としてはつついてと、何度も繰り返し、振り回して足は千切れ、目玉が飛び散るそのさまは、肉食獣が、草食の獣を組み伏せて、息のあるうちから内臓を引きずり出す姿と何ら変わりない、理不尽な強者の論理を感じる。完全に注意がカニへ向いているところで、マリッサが矢を放つ。
見事、胴体に矢は刺さり、矢を受けた鳥は苦悶のていで羽をバタつかせている。そこへ素早くカルロが駆け寄り、押さえつけた鳥の首をへし折った。
偏見とか差別に見られたくないから内緒だけど、こうして狩りをしてみると、首を握りしめて鳥のカラダを押さえつけてるカルロの姿が、獣人ということもあり、そのまま食らいついてるような錯覚を起こしてしまう。
よく仮想世界の話で、獣人系をケダモノ呼ばわりして蔑むシーンが見られるが、いまいち悪感情も湧かず、獣人サイドに感情移入できていなかった。しかし、今回リアルで遭遇してみて、ちょっと意味が分かった気がする。けれど、念のために言っておくが、わたしの感想は『わお、すごー』なので、当てはまったわけではない。と思う。
これで帰っても十分なんだろうけど、どうせなら、ラズリにも新鮮なところを食べさせてあげたい。なので、荒らした狩場が再び落ち着くのを待つあいだ、何かしら、わたしでも狩れる獲物がいればと辺りを見回してみたが、鳥以外に見つかりそうもない。
ロコは、再び狩る準備をはじめるマリッサのそばに近寄り、服の端を軽く引っぱる。
「!」 『なあに、ロコくん(え、やだこの子、いつからいたの? そんな存在感ありまくりな髪色なら、視界の端にでも確実に捉えてるはず。わたし、これでも二足級なんだけど……)』
『マリッサさん、次、ボクがやってもいい?』
『え、ああ、村でお爺さんと狩りをしてたって言ったわね』
ロコはコクリと頷く。
「(ま、いいよね、カルロも居るし)」
鳥たちの溜まり場から離れ、風下に移動したカルロは鳥から矢を抜き、傷口をナイフでえぐり取って捨てる。そこに何かの葉をほぐしたものを詰め込む。そのあと冷たい湿地の水たまりに鳥をくぐらせて置き、自身は息を潜めて待機する。まだ内蔵処理と、血抜きをしないのは、来てほしくない上位種を、近寄らせないためだ。
一度は飛び立った鳥たちが、場所を変えてこの地に戻りはじめる。
マリッサが、ロコの意思を伝えると、カルロはしばらく考える素振りを見せる。
「(まさか、あんな身振りで、伝わるとか、テレパスですか?)」
カルロが了承だという合図を返す。
『いいわ、失敗は気にしなくてイイからね』
『ラズリ、おいで』
「チューイ」
『しずかに来て』
『チュイ』
ロコがラズリをそばに呼び、何やら耳うちをする。
『ボソボソ……たら……からね……いいかい』
『チュイチュイ』
ラズリに耳うちしたあと、急に存在感が希薄になり、風上へ移動するロコ。
「(へー、おもしろいわね。まるで魔素の放出を閉じてるみたい)」
ラズリも羽を折りたたみ、カラダを小さくコンパクトになるようにして、歩いて風下から大きく回り込む。
ある程度近寄ると、鳥たちの警戒ラインを探りながら、反対に、わざと目立つように振る舞って、それでいて、興味がないと言わんばかりに空々しく、ときに立ち止まり、ゆっくりと歩み寄っていく。ここがラインと見極めたギリギリで立ち止まる。
アフリカの草原で、腹を満たしたライオンが、インパラの群れに向かって近づいてきても逃げ出さず、草をはむのを止めないような、そんな光景にも似ている。
ロコが、わざとらしく伸びをしてアクビをする。
それを見たラズリが、大きく羽を広げて羽ばたいた。
鳥たちは、突然の事にビックリ死、とまではいかないが、飛んで逃げるのも忘れ、固まってしまった。
そこへ向け、一気にトップスピードで駆け出すロコ。いつの間にか両手には、ライトニングボールが発現している。走りながらそのひとつを投げる。一方の鳥に命中すると、即座に気絶した。焼け焦げる程の威力があるわけでなく、単に感電のショックで行動不能に陥っただけだろう。
もう一方の鳥に投げたボールが、飛び立つ前の位置に着弾。過度なストレスを与えると味が落ちると教わったので、鳥のカラダにはキズをつけたくなかったロコだが、仕方なく指弾をバラバラと撃ち放つ。空を切る土玉。そのうちの一発が、運良く鳥の頭を消し飛ばして撃墜。
先に気絶させた鳥の首をつかむと、そのまま捻って折った。そのあと、頭をふっ飛ばした鳥も拾いに行く。
マリッサのもとへ獲物を持って駆け寄る。
「きみ、なかなかやるねー」
「一羽は失敗しちゃいました」と言って照れるロコ。
「いやいやいや、すぐにでも四足級に成れるよ」
カルロも獲物を持って近づいて来た。
「なんだよロコぉ。先輩として、狩りの手本でも見せてやろうかと思って連れ出したのによ、俺らより獲っちゃだめだろ」
「ほんとに上手だよ、ロコくん。お爺さんの教えも良かったのね」
「ありがとう御座います。あの、一羽はラズリにあげても良いですか?」
「勿論よ」
「おうよ。このデカさなら、二羽ありゃ十分さ」
「じゃあ、全部、ボクが処理しちゃいますね」
近場の水たまりでジャブジャブ洗ったあと、木製の、先が鈎状になった手作りの引っかき棒で、手際よく、肛門から臓物を引きずり出す。枝も鳥も、キッチリ水で洗い、水気を布で拭き取る。
「ロコ。おまえの爺さんの仕込みは完璧だな。ここで、血抜きも済ませちまおうぜ。早く血抜きできる方法、教えてやるよ」
「う、うん、ありがとう(いやあまあ、ケパレトじいさんは大雑把だったから、こういうこまかい作業は、実はオークス仕込みだったりするんだよね)」
すべての血抜きを済ませた一行は、血と臓物の匂いで魔物が集まる前に、クラウディアとエットーレが待つ馬車へと歩き出した。
*
こっちに来て初めて、他所のヒトと長い時間を過ごしたけど、色々発見があって、いい勉強にもなった。一人で村まで歩いた一日より、あっという間に着いた感じだ。最後の野営でご馳走も用意できたし、旅の終わりを楽しく過ごせてカルロの気まぐれに感謝だ。
明日はお祭りだから、当然美味しいものは沢山並んでると思うけど、今日のは特別、思い出の味になるに違いない。
みんなを待てずにラズリが食べ始めちゃってるけど、子どもだし、カワイイから許す。実に美味しそうに食べてて、わたしも嬉しい。
こっちもいい匂いがしてきた。
エットーレさんが、本当は売り物なんだけどと前置きして、立派な鳥を仕留めたことだし、街ではもう前倒しでお祭りだろうからと、香草類や薬味などをタダで分けてくれた。おとなたちには、少量のお酒も振る舞った。
クラウディアさんは、警護をしてくれた冒険者の二人に、疲れを癒やす料理をと、ぶつ切りにした鳥肉と、香草類や木の実、生姜のようなものを使い、薬膳のような参鶏湯風にして麦粥と煮ている。
わたしの方は、クラウディアさんを手伝って、残りの一羽を半身開きにし、固形から戻した液体の、匂いを嗅ぐとラードではない鳥系の油だと思う、鶏油のようなもの〈ネギなどと一緒に炒めた鳥の皮から抽出した油〉をハケで全体に塗りながら、薪の火で丸焼きにする。皮目もパリパリにして香ばしい匂いが立ち込める。
*
「うまーい、クラウディアはホント料理がうまいよな。誰かさんも見習って欲しいぜ」
「べっつに女の役目と決まったわけじゃないんだからさ、アンタがやってもいいんだよ、カ・ル・ロさん」
「痛えって、つねるの止めろよマリッサ」
「うるさい! バカ」
「たしかに、クラウディアは料理がうまいね。お父上が村の男たちに自慢して回るのも、分かる気がするよ」
「父の魂胆は見え見えです。どうせわたしに、冒険者を引退させて嫁がせたいだけなんですよ。わたしはまだ結婚とか考えたくないんです。特に、村には幼なじみしかいないし、論外ですよ」
「わかるー、村の男どもって、落とせるか落とせないかって、それしか頭にないのが見え見えなんだよねー」
「おいおい、そんなこと……あるかもなっ。カッハッハ」
「ゴホッ、マリッサ飲みすぎだ、ロコくん、いるんだけど。
失敗したな、マリッサにお酒、出さなきゃよかった」
「大丈夫ですよ、エットーレさん。ガールズトークなんて聞き慣れてますから。
でも、親はどうあれ、年々、まわりの親戚が鬱陶しくなるんですよね。今は仕事したいって言っても聞かないんだ、これが」
「ガール、なんだって?」
「えーやだなに、ロコちゃーん、わかってるじゃないの、実は人生二週目だったりしてー」
「あははは、当たりー」
「まったく、しょうがないな、みんな。
まさかロコくんに飲ませてないだろうね」
「ロコ、十は過ぎてんだろ」
「十三です」
「なら平気だって、俺は五歳から飲んでるぜ」
「また、無責任なこと言って」
「クラウディア、わたしと一緒に世界一周しようか。いい男なんて待ってたって、向こうからは来ないんだからね」
「それが父ったら、ひどいんですよ。自分で探しますなんて言おうものなら『フラフラしとる冒険者のようなやつなら嫁には行かせん』って、もう言ってることが、勝手なんですよね。とっとと行けとか行くなとか、どっちなんでしょうね。
ああ、もう、思い出しちゃった。はい、この話はいいですから。サッサとお料理食べちゃってください。冷めちゃいますよ」
「村長も、色々と複雑なんだよ。いや、でも、お世辞抜きで本当にうまい。買い付けの食事がいつもこうなら、毎回わたしが出向いてもいいな。あははは。あ、もちろん妻の料理が一番だけどね。」
「えへ、ありがとうございます。味付けもトマスさんに教わったんですけど、お肉も三日間くらい熟成させると、もっと美味しいらしいですよ」
「クラウディアさんには、お料理の先生がいるんですね」
「トマスなら、ロコくんも知っているヒトだよ」
「ロコくんが泊まった宿舎近くにある、あの宿屋のご主人がトマスさんよ。わたしの気が利かないばかりに、あんな事になって。
トマスさんは、村の自警団の団長だったこともあって、今の団員のヒトたちも、よく顔をだすの。
一言わたしが知らせておけばよかったのに、ロコくん、嫌な思いさせちゃって、本当にごめんなさいね」
「ボクの方こそ思慮に欠けてたところがあるので、謝らないでください。当事者ではないヒトからこれ以上頭を下げられるのも、正直言って辛いですから。
それに、トマスさんのお料理の味も、ボク好みで、すごく美味しくって、お店のメニューも全部食べてみたいし、〝プセウドドラコのカチャトーラ〟なんてどんな料理なのかって楽しみじゃないですか。あ、答え言っちゃだめですよ。
ということで、次から行きづらくなってしまうので、この事は、あまり記憶に残したくないです。だからもう、皆さんスッパリ忘れちゃいましょう。
ところで、リィヤは何してるの?」
『……ウフフ、そうなんですね。そういえばまだ、あなたのお名前を伺っていませんでしたね』と、正座をして目の前に咲く小花に話し掛けている。
「誰ですか。飲ませたの」
ロコがそう言うと、マリッサが目を逸らせた。
「はあ、リィヤに、お酒は注意しよう」
「そういえば、ロコくんは飼獣登録をしに行くんだったね」
「はい、出来れば従魔師の資格と合わせて冒険者登録もしたかったんですけど、どっちも十五才以上なんですよね? ボク、二つ足りません」
「従魔師の方は知らないけども、冒険者はそうだね」
「ロコ、いま十三なら年明けには十四だろう。だったら十五だって言っちゃえよ。一個くらい誤魔化したって、誰も分かりゃしないと思うぜ」
「純真なロコちゃんをそそのかすなー。バカルロとは違うのよー」
「期待させちゃわるいから鵜呑みにしないでくれよ。
だいぶ昔に聞いた話だから、確かなことは言えないけれど、高位の冒険者が推薦したか何かで、十才を過ぎたばかりの子が登録したとかいうのをね、ちょっとした酒場の噂話程度なら聞き覚えがあるんだが」
「おう、それなら俺も聞いたことがある。なんなら俺が推薦するぜ。ロコの腕前なら食材狩りで十分食っていけるからな」
「残念だけどさ、わたしやカルロじゃ、まだ信用が足りないよ。高位っていったら二翼からのことを言うんだからね。でもロコなら、わたしも保証するよ」
「急に真顔で言うなよ。ちぇ、わかってるよお、そんなこたあ」
「ありがとう、カルロさんマリッサさん。ボクから見れば、二足はかなり高位ですよ。けど、なんとか飼獣登録だけでも出来たらいいんですけどね」
「おう、はっはっは、慰めるな慰めるな。俺は、しょげてないっつーの。まあ、帰りの護衛も受ける約束だから、街にはまだ居るからよ。何かあったら相談に乗るぜ」
「はい、ありがとう御座います」
*
ロコの乗った荷馬車に、リィヤが馬を寄せてくる。
「ロコ、街が見えてきましたよ」
荷台のうしろからカラダをのり出して、進路に顔を向けるロコ。
「うわあ、大きいですね。クラウディアさん」と、御者席で馬車を御するクラウディアに向かって、歓喜の声をあげる。
「わたしはまだ行ったことがないんですけど、国の首都カンノーロは、もっと大きいそうですよ」
「時計塔も有りますかね?」
「ロコは、そういうの興味あるんだ」
「マリッサさん、声が大きいですよシーッでお願いします。時計に興味がぁとか、エットーレさんに聞こえちゃうとアレなんで。
ボクが興味あるのは観光地ですから」
「あっは、ごめんごめん。
わたしはカンノーロには依頼で行ったからね、時計塔なら見たよ」
「いいですねえ、いつかボクも観てみたいな」
そうこうしている内に、メリサ村の丸太づくりの柵とは違って、堅牢な石のブロックを積み上げた防壁が間近に迫ってきた。防壁の上を歩く警備兵の姿も見える。
「うーむ、予想通り混んでるようだね」
「そうだなあ、仕方ないさ。祭りじゃどこも、こんなもんだろ」
ノルヴィレジの入り口には、普段から出入りする一般の者たちにも増して、祭りの商材を売りに来た商人たちの馬車や、観光に来た者たちなど、その他、わけられるかたちで列を作っている。
わたしたちもその内の、商人側、最後尾に並ぶ。
こちらは当然荷馬車も多く、荷を検品しているので多少は進みが遅くなる。とはいえ、よほど目をつけられなければ、簡易的で大雑把な検査に留めているようだ。でなければ年内、この数は処理しきれず、年を越せない者が続出して騒ぎになるだろう。
あちらの観光客用の列が、若干進みが早い気もするが、身分を証明するものがないことを考えると、別の場所に連れて行かれる可能性がでるため、商人一行の中にいる方が都合もいいのだ。
そうは言っても暇でしようがない。荷台から顔を出し、人間観察をする。村ではチラホラだった亜人も、言い方はわるいが、ここではそこそこ珍しくないくらいには種族も数も豊富だ。
獣人にしても、犬系、猫系に熊系? など様々。その成り立ちについても、各々その種族に伝わる口伝による伝承が多く、れっきとした史実に基づいた書物のようなものは、今のところは見つかっていない。
以前にケパレトが、蜥蜴人と一緒にするな的なことを言ってたが、そっち系の爬虫類系や竜人などの亜人も同じようなものだ。竜人は、竜神が人化した際に、人間族とムニャムニャみたいな、そういった事は、各地の民話に残っている。
『竜に神など居らん。かなり昔に、亜竜などと呼ばれるものではない、数多の特徴を持った竜が、今より多く存在し隆盛を極めていた時代には、力の強大さから神格化されておったようじゃがの、それにわしは大地の精霊、精霊獣じゃ、他と一緒にされてもかなわん』と、なぜそんな話題になったのかは忘れたが、夕飯を食べに来たときに、そのように話していた。
亜人といえば、忘れがちだけど、わたしもハーフドワーフだから亜人なんだよね。亜人か……、ケパレトの言い方から、亜竜というのはなんとなく蔑称だと感じるし、亜というのは、あまり良い意味ではない側面もあったと思うから、うっかり口にしないように気をつけよう。
あ、エルフ発見。ああ、もう行っちゃった。住人のヒトたちは、何だろうアレは、何か、パスカード? みたいなものを見せながらサッサと門を通っていく。へえ、ちょっと年を取った感じのエルフさんも、ハリウッド映画の俳優みたいで美形のおじさんて感じだ。性別問わず、美形を眺めるのは眼福である。
わたしが転生者だからそう感じるのかも知れないが、この世界は美形が大渋滞している気がして、感覚が麻痺してくる。勿論そうでないヒトも大勢いるのだが、美形でないにしても、めちゃくちゃ肌がキレイだから、きっと魔素が関係しているに違いない。
とかなんとかやってると、わたしらの番がようやく回ってきた。エットーレさんが提示した、荷馬車の街への入出許可証を、門衛が検めている間、クラウディアさんに説明を受けながら、他の門衛が荷を検分している。
門衛が荷台に乗っているラズリを見て、次にわたしと目が合う。
ラズリの大きさは、標準時、秋田犬の成犬ほどに小さいので、脅威は感じないと思うのだが……。なんだかラズリを注意深く見ている。
「(まずいな)」
メリサ村での出来事が、わたしの脳裏をよぎる。厳しい顔つきで門衛がわたしの顔を覗き込む。ちべたい、脇汗がダラダラである。
「飼獣登録は済ませてあるかい?」と、門衛がニカッと笑顔で聞いてきた。
「今回は、それをしに、街へ来ました」
「なるほど、この子に名前は?」
「ラズリっていいます」
門衛が、門のそばで待機している一人に声をかける。「おーい、足枷」言われた男が、門番の駐在小屋に走る。程なくすると、手に脱着式の、金属でできた輪っかを持って、門衛のそばに駆け寄ってきた。手渡された足枷をロコに突き出す。
「では、ラズリくんが、街に滞在する間、この足枷をつけてもらえるかな? これは、街から出るときに、外せるからね。
それと、簡単な支持をだしてくれると助かる。例えば、その場で待機とか、自分のまわりを回らせてみせるとか、なんでもいいんだ。支持された反応を見たいだけだから、どうだろう、できるかな?」
「はい、できます。荷台から降りても?」
「もちろん」
「ラズリ、おいで」荷台から先に降りて、ラズリに声をかける。
「ラズリ、伏せ。足出して」
こんな事も有ろうかと、言うことを聞くアピールするため、伏せだけは道中で練習しておいたのだ。やってて良かったよ。
「うむ、慣れているね。これなら大丈夫そうだ」
ラズリの前足に足枷を着けるロコ。
「その足枷には、魔封じの魔法が施してある。魔素の流れを制御しにくくする魔法だから、不快感を感じるだろうが、しばらくは我慢してくれたまえ」
この時点で、防壁の上から、わたしを狙っていた弓師が矢先を向けるのを止め、他の者に対象を移す。その横にいた魔法使いらしきヒトも、杖を下ろして詠唱を中止し、わたしへの警戒が解かれた。
「通って良し」
荷馬車の検品も無事に終わったようで、わたしたちは、ようやく街に入ることができた。
「ようこそ、ノルヴィレジへ」