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31 野営


 クラウディアさんが、夕食の支度もしてくれたので、みんなでありがたく頂いた。


 昨日から用意してあったヴェラヴィスというウズラくらいの小型の鳥を、お肉屋さんで購入する際に包んでくれる、爽やかな香りのする樹木の葉に巻いたまま、丸ごと一羽を塩で蒸し焼きにしたシンプルな調理だ。出来上がりが人数分配られる。


 葉を広げた途端、湯気と共にいい匂いが立ちのぼり、それだけで美味しいと予感できる。そこへクラウディアさんが軽めに香辛料をまぶしてくれた。風味が増して、ほどよい塩味で肉の味が際立ち、噛めば歯に伝わる弾力は心地よく、舌にからみ付く甘い肉汁が口いっぱいに広がる。屋外で食べる開放感も相まって、とても幸せな気分になれた。


 欲を言えば、ビールで流し込めたらもっと最高なんだけど、わたしのカラダが仮におとなだとしても、野営では飲めないし、むしろ子どもだからと諦めた方が、残念な気持ちも半分で済んだと思うことにした。


 クーラーボックスなんて無くても、出発当日ならある程度、鮮度の良い食べものは持って来られる。しかし、次の日からは、こうはいかないので、保存食がメインになるだろう。まれに近場で獲物が居れば狩りで用意することもあるとか。


 こうして、夕食を済ませたあとの焚き火を囲んでる感じが、なんだかキャンプファイヤーみたいで、ちょっとウキウキする。まあそんなことを考えてニヤニヤしているのはわたしだけで、みんなは談笑しつつも周囲の警戒は怠らない。


 夜中に交代で見張りをする組み合わせを決める。無論わたしは子どもなので、頭数には入れてもらえない。


 クラウディアさんとエットーレさんの商人組が前半、冒険者組のカルロとマリッサさんは護衛役なので、より魔物が活発化する深夜から朝方となった。リィヤも一応おとなだけど、冒険者ではないので、危険の少なめな前半の組に入れてもらった。


 特にすることもなく横になってみるが、まだ寝るには少し早い。暇だし、ラズリにあげる新鮮なお肉のために、昼間できなかった狩りに出たかったけれども、みんなに心配かけると思い、ラズリには仕方なく自分で狩ってくるように言った。


 しばらくすると、二メートルはあろうかという大きなヘビを咥えて戻ってきた。ラズリは褒めてほしいのか、わたしにヘビを差し出して見せる。頭を撫でてあげると満足したらしく、ムチムチと千切(ちぎ)って食べはじめた。


 こっちを意識して、さも美味しそうに見せびらかして食べてるけど、わたしは要らないよ? できれば向こうの見えない場所で食べてほしかったな。当分のあいだ、モフモフしてからのチュウは控えようと思う。


 それにしても暇だ。こっちのテントは、わたし一人。カルロとマリッサさんは、あっちのテント。リィヤと商人組は見張りに出ちゃってるから、話し相手もいない。


 まあ、みんなから見れば、まだ子どもだし、馬の世話と薪拾いしか、やれることもないので仕方ない。ただ、こうして横になっていても気分が高揚しているせいか、なかなか寝つけない。


 そういえば、以前クロスタータの森で、反響定位を魔素でやる練習をしたことがあって、それを手伝うと言い出したケパレトに、舌打ちの音を使って歩くというデモを見せて説明すると、少しばかり考える素振りをみせたあと、目をつむったまま平手を打ち鳴らし、森の木々を避けながら駆け抜けて、あっさり実演したことがあった。


『こういうのじゃろ?』というので、それを、音の代わりに魔素を飛ばすと説明したら、少し間をおき『じゃが、そんな事せんでも、気配でわかるじゃろうに』と素で言われ、そのもの言いがなんだか気に入らなかったから、その日の夕飯のおかわりは無しだと、いじめちゃった。ションボリしたケパレトの顔が懐かしい。


 あのときは、結界のことで頭がいっぱいだったこともあり、他のことは隅に追いやった。でもずっと引っかかるものがあって、気にはなっていたのだ。


 向こうの記憶が徐々に薄れてるというか、引き出しの奥に仕舞われていくのか、もしくは、このカラダに記憶されたものではないという理由でなのか、分からないが、明瞭には思い出せなくなってる。


 引っかかるのは、やはりコウモリからの流れで考えると、多分超音波のことだと思うんだが……。


 ああ、そうだね。遡ること十数年前、当時はモスキート音というものがわたしの回りで流行(はや)った時期があって、でも十代なら通常の可聴域は聞こえるのも当たり前のはずで、なのに、やれ耳年齢はいくつだの、わたしは聞こえる、おれには聞こえないかもと、思いがけずヘッドホン難聴に気づいたりもして、わーきゃー騒いでいたっけ。


 社会人になって久しく経ち、そんな昔話を同僚たちとしていたのがキッカケで、そういう話題になったんじゃないかなと思う。


 あー、まず、その話というのは、ある国の都市名が付いた、なんちゃら症候群というのがあって、その都市に設置された、他国の領事館だか大使館に勤務する外交官が、健康被害を訴えたことが発端で、それで、その事で、ある国が音響兵器とやらを使用したのではないか、と非難を受けたとか、受けないとか、それが記憶の隅っこにあったのだ。


 要するに、音響兵器なんていう怖いワードだから記憶に残ってたんだろうな。たしか超指向性スピーカーとかなんとか。はー、スッキリ。


 思いついたら即実行。ということで、眠くなるまでの手遊びと、気楽にやってみよう。


 では早速、今回、魔素ではなく、音を飛ばすことにするけど。毎度のことながら、魔法っぽくやるのは必須だ。魔法にこだわるのは、もう分かってるよね。でも、なにも魔法が使いたいだけじゃない。武器以外の道具なんて持ってれば当然警戒されるし、あ、失くしちゃった! なんてことが起きるかも知れない。まあ、無くなって困るものでもない気もするけど。


 とにかく、魔物がいつ襲って来るかも分からない世界なんだから。最終的には手ぶらでも戦える、を目標にしたい。あれ? なんでこんなに戦おうとしてるんだろ。そうだった、ログハウスでまったりするにも守ってくれるケパレトは居ないし、世界も見て回りたいから、自分の身は自分でって、おっと、また逸れてるな。


 えーと、使い道は今後考えるとして、戦闘スタイルの選択肢は多い方がいいだろうから、色々やってみるのは損じゃないと思う。ただ、対象者がいないと、今ひとつ成果がハッキリしないというのがある。そりゃ不可視だからねえ。できれば魔物相手に作り込みたいところなんだけど、それでも木や草を仮の(まと)にして、音を当てるだけの練習くらいならできるだろう。


 超音波の直進性が高いのはエコロケで学習したから、余程、過酷な環境でなければ滅多に(まと)は外さないだろうけど、やはり簡単に思い付くのは、犬笛みたいな笛の形状だろうか。これ、魔法っぽく、どうにかなるものかな。


 音を出すのは、筒に空気を流せばいいとしても、高い周波数って、長さや太さを調整して音の高低を変えればいいのかな? だいたい筒の形状って作れるのか。球形なら膨らませる過程で勝手になるだろうけど、うーん、意外にむずかしいのかも。いきなり頓挫の予感。


 球形なら既に洞窟の探検『プフッ』いやいや、探検というほどではなかったか。まあいい、そこで使ったライトニングボールがあるではないか。あれを、どうにかならないかな。


 よく考えてみたら、中身が回ってるあれって、魔素をコントロールしてるつもりで、案外、ボール内の気圧と外気の気圧差で、内部の空気が動いてたんじゃないのかね? どうなの?


 ほんと魔素って何なのって感じ。わたしの勝手な解釈だけど、魔素って、乳酸菌みたいな共生する生きもので、魔素も生きものとして存在してるっていうか、使用者の空想を具現化する際に、自己が生命活動するために必要な何かが使用者から得られるんじゃないか。


 もしそうなら『生まれてこのかた理屈など考えた事もないぞ、わしにとって魔法とは、息を吸うのと同義じゃからのう』と言っていたケパレトや、誰に教わる事なく魔法を使いはじめたラズリのような存在にもうなずける。


 ほかの魔物たちだってそうだ、本能で身体を強化してくる者や、種族的に系統が同じ魔法を使う者だって、代々受け継いでいくにしても、仕組みを教わり、原理を理解してなんていうことは、たぶん無いはずだ。


 では、何なのか。おそらく自ら生き残っていくために、使用者が空想したり願ったものを具現化したいという思い、その意思を必死こいて汲み取り実現しているのではないだろうか。


 以前聞いた、世界の成り立ちには色々な構成タイプがあって、上位の存在が好んで求めるのは、どのパターンがいいのか、幾万年かけた計画で試行してるとか。


 ならば、この惑星限定として、ここに生息する全ての動植物が、魔素を何らかのエネルギーとして使用する際、副次的に排される成分を惑星が吸収する。つまり魔素のうんちを?


 これなら、前回、タリアの説明でぼやけてた部分の、上位の存在とやらが求めるモノ、それが惑星の排出する副産物という荒唐無稽な話にもつながるし、魔素が頑張っちゃう理由も、そのデタラメな特異性の高さも納得できるし、なるべく魔法文明が他へ逸れていかないようにしているのも理解できる。


 あー……、また思考の海に落ちてしまった。


 まあ、深く考えなくても、出来ればそれで良しというのがこの世界なのかも。これでハッキリした。わたしが魔法苦手なんじゃない。この世界の魔法がおかしいのだ。きっとどんなに理屈をこねくり回しても、魔法はうまくならないってことなんだ。はっはっは。


 でもね、そうは言ってもそんな簡単に性格は変えられないし、どうしたって、どうなればそうなるのかとか、先に考えちゃう。願いとか、思いとか、こうなってくれと魔素に意思を伝える? 無理だろ。


 まー、いつも通りにやるしかないか。とにかくライトニングボールだ。あれだったらボールの外側の膜に穴を開ければ、すぐに音が鳴りそうだし。


 思いついたらやってみよう。ということで、まず手慣れたライトニングボールをサクッと作る。


「あ、光っちゃった。アハハ」


 そっか砂粒を入れちゃったらそうなるわな。そうなるよう練習したんだし。ではもう一度、粒無しでボールを作る。とりあえず、あれでいい。あの、向こうに見える草むらに意識を向ける。感覚では膜に縫い針ほどの穴を開けるイメージで。


 んー、部分的な穴開けは無理だな。穴が無数に開いてしまうのは、制御できないみたいだ。そうか。ここで、無理だと思うことが、いけないのかも知れないなあ。



「わっ、ごめんなさい、なんでもないです」


 穴が大きくなり過ぎて、あちこちからピーッなんて音が鳴ってしまったよ、恥ずかしい。


「(ロコくん?)」

「(なに今の、警笛?)」


「(ロコ?)」


 おのおの散らばった場所で、見張りをしていた商人組とリィヤが、何事かと一斉に振り返ってこちらを見る。護衛組もテントから顔を出す。みんなに身振りでゴメンとあやまる。


 吹き出す勢いが足りないのか? もっと穴を絞って小さくしようか。加減がむずかしいな。




 ……。


 どうだろう、わたしにはまだ聞こえるけど、みんながこれに反応しなくなった。通常の可聴域を超えたのかな? それにしても不快だ、ストレスを感じるわこれ。

ということは、これでいいはずだ。




『んむぅ、届いているのか、いないのか、どこに音が向いてるのか反応が不明だ。超音波より、魔素の方が余程わかり易かったな』


 いくら目が良いといっても、さすがに音は視れない。反射して返ってきた音なのか、それとも、そばで聞こえている音なのか、まったく判別できない。


 なかなか集中力が要るな。少し休憩を挟もう。


 のそりとカルロがテントから出てきて、どこかに歩いて行った。トイレだろうか。


 やっぱり護衛の二人って付き合ってたりするのかな? 腐れ縁だってマリッサさんは言ってたけど、それだけで命を預けるコンビは組めないよね。


 馬車旅が順調なのは良いけど、二人の戦闘スタイルも見てみたいな。どちらも二足級だって言うから、どんな感じなのか興味あるし、参考にしたい。




『よし、もう一度、勢い上げる感じで、流してみよう』


 再開してから五分か十分は続けていただろうか。急に目まいがして視界がグラッと揺れた。気分がわるくなって吐きそうになる。




『うぅ……』


 天井があったら回ってそうだな。ホントそばにヒトが居なくて良かったよ。みんなに、ひんしゅくを買うとこだったぞ。


『ラズリは?』


 反応は、荷馬車の中か。大丈夫だ、遮へい物は通らないみたい。ていうか狙った所にだけ飛ばさないと、自分が食らったらダメじゃないか。これじゃ使いものにならない。


 耳の性能が良いんだから、耳栓して防いだ方がいいか。あとでリィヤにヒントもらおう。


『うぅ、まだ気持ちわるい』


 これじゃもう止めたほうがいいな。今日はここまでにして寝てしまおう。



    *



「……カルロ、……カルロってば」


「……」


「ほらカルロ、起きてってば。なんで、こんなところで寝てるのよ、テント出たっきり帰ってこないし。もう、しっかりしてよ。交代しに行くよ」


「……ン、……ぁあ」


「どうしたの? いつも寝起き良いのに」


「わかんねー、飲みすぎた感じだ。頭がグラつく」


「やだあんた、隠れて飲んだんじゃないでしょうね」


「そんなわけあるかよ。俺だってちゃんと、わきまえてるっての」


「そう? なら寝ぼけてないで、はい、さっさと支度して、待たせちゃわるいよ」




* * *




 途中で大型の草食動物と遭遇した。大型とは言ってもカラダは軽トラよりか若干小ぶりで、全体を覆う体毛は焦げ茶で長毛。頭の横に生えてる二本のツノは小さく、気性も温和なミティスタウルスっていうバイソン風の魔物だ。


 とはいえ、怒らせればどんなに気が優しくとも脅威になりうる。万が一、体当たりをされようものなら間違いなく衝撃だけで死ねることだろう。


 リィヤによれば、北方で餌を食べ尽くした牛さんたちは、南の豊富な草を求めて、群れで移動中なのだろう、という話だ。


 みんなで怖々とその行動を注視する。何頭か立ち止まり、こちらを観察しているふしは見られたものの、特に敵視してくる様子もなく、思いのほかあっさり通り過ぎて行った。


 数十頭もの大きな群れを前にして、その大迫力な光景には自然と気持ちが昂ぶり、うっかり大声を出しそうになった。サファリパークには行ったことがないけれど、思わぬ所で見学気分を味わえた。



    *



 荷馬車を順調に進め、北の街ノルヴィレジまで数キロとなるが、閉門ギリギリだと審査も明日にまわされ外で待たされるだろうと、まだ、日も落ちる前だが、ここで早めに最後の野営をした。


 明日は、いよいよ今年最後の日だ。いうなれば大晦日なんだけど、この惑星(ほし)一月(ひとつき)三十二日だから〝三十日=みそか〟ではない。


 以前にもチュートリアルで教わっていた〈回帰の年〉なので、ノルヴィレジの街や、メリサ村のような大きな村は、近隣の村落からもヒトが集まり、お祭りも一層のこと賑わうらしい。


 エットーレさんが『街の中央広場では花火もあがるよ』と言っていたので、とても楽しみだ。




「よう、ロコ。こっから西に一キーロ行ったところに、ちいさな湿原があるんだけどよ。一緒に行くか?」



「え?」


 一応、今回の商隊の年長さんであるエットーレさんの顔を伺う。


「んー、ここまで来れば、さほど危険も無いだろうし、そうだな、マリッサも一緒なら許可するよ」



「やった! ラズリも連れてっていい?」


「チュイ」


 ラズリはマリッサに頭を撫でられて目を細める。


「仕方ないねえ。雇い主のエットーレさんが、そう言うなら、わたしはかまわないけどさ。

 ただし、わたしから離れちゃダメだからね。約束するなら連れて行くけど、破ったら即引き返すよ」



「ラズリが行くなら、ここに残る意味もありませんので、わたくしもご一緒させて頂きます」


「リィヤさん、ロコは俺らに任せてよ」


「緊急時には、癒やしを使えるわたくしがお役に立てるかと思いますが」


「あ、リィヤ」


「え! リィヤくん。癒やしが使えるのかい?」


「ええ」


「ねえ、リィヤさん、わたしたちと組まない? 冒険者稼業も楽しいよ」


「それは、なりません。既に、わたくしはロコと永久に結ばれて居りますので」


「あら、結ばれてって、ああ、そういえばノルヴィレジで、ロコくんが従魔師登録するって言ってたね。そっか先約があったか、残念」


「ボクが登録できなかったら、リィヤを従魔師にして、ラズリの飼獣登録をしようかと思ってます。

 あのう、やっぱり癒やしが使えること、黙ってた方がいいですか?」


「癒やしが使えるのを隠すほど、決して珍しい魔法ではないんだがね、ただ他の魔法と違って、たとえ熟練度が低くても、端から育てて教育するのも時間が掛かるものだから、ギルドの救急職員として、しつこく勧誘されるだろうね」



「みなさーん、そろそろ行かないと、日が暮れますよー」



「おう、そうだった、行こう行こう。毎度の干し肉じゃ飽きるからよ。晩めし獲ってこようぜ! まだ凍ってなけりゃカニ食いに、鳥が来るからよ」



「期待半分で待ってますよー。干し肉だって、まだ十分用意が有りますからね」



「おーう、クラウディア、そりゃないぜ」



「カルロ。言いだしっぺのあんたがモタモタしてたら、日が落ちちゃうよ」



「へーい」



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