17 結界 1
もとはといえばね、わたしに結界がつくれたら、ケパレトに頼らなくても夜ぐっすり眠れるよなって話だったのに、このままだと、ここ以外の自然を観て回れないよ。こんな経験、滅多にないんだ。できたら観光してまわりたいよ。
なのに、定住する気かってくらいの家造っちゃうし、困った自分だ。
結局昨日も、亜空間の収納に浮かれて根本的な解決をしないまま寝てしまったし。
生活圏の防衛と維持。どこかの会議の議題みたいなこと言ってるけれど、ケパレトに頼りきっている今の生活を変えないと、ほんと依存体質になってしまうからね。
これだけ面倒みてもらっておいて言うのもなんだけど、なにを根拠に異世界の、しかも翼人だって喰らっちゃう古代龍を、どこまでも信頼していいのかってことよ。(ごめんケパレト)
喰われないにしたってさ、突然ケパレトの気が変わって視界から消えろなんて放り出されないとも限らないんだから。ないよね?
かといって、ここを出て街で暮らすとなると、防壁と警備兵に守られる代わり、門限が有ると思うし、たぶんそうなると、自由な出入りはできなくなるだろうね。
それは、なんとなく嫌だ。
どこぞの村にも、自警団の巡回程度は有るだろうけど、それに命をあずけてぐっすり寝られるかと言われれば、そこで生まれ育ったわけではないから、村人を信じ切れないし、逆もまた然りで当然あちらもわたしに対して不安を覚えるだろうからね、互いに安心できないんじゃないかな。
それに細かな村の掟、みたいなものも有ったりして、窮屈な思いを抱くかも知れないし、そもそも、そうすんなり余所者を受け入れてくれるかどうかもわからない。
それよりなにより、現時点で肝心な精霊体を作れないでは、どのみちオークスの案は見送るしかない。
なんとか安眠のためにも、結界に代わるものって何かないのかなあ。
ふむ、そもそもなぜ結界なのか。ま、ただのイメージでなんとなく言ってみただけっていうね。
「パキーン!」
「むっ、ここから先、何かが邪魔して入れぬぞ」みたいな感じですね。これなら眠れそうでしょ。
オークスは、空間を遮断した疑似結界とか言ってたけれど、空間遮断しちゃうのよ? 疑似ってレベルじゃないよね。そっちのが強力じゃないの。
じゃあ、亜空間収納の接続口って目の前で空間を切り裂いたようになるから、遮断みたいなものだよね、違う?
それを地面で発動させて、接続口を開いたままにしたら、生物なら拒絶されて跨げないかも知れないよねえ、うん、やってみようかな。
何でもやってみないと、駄目もと駄目もと。
*
……。
残念、駄目だったね。いいと思ったんだけど。
駄目もとで、駄目な方だったか。
意識を下側に向けて、位置は変えることが出来ても、直で地面に接続口を開けることはできなかった。
そこには入れないという制限があるだけで、接続口に対して反発を感じることはあっても、抵抗なく跨げてしまう。
わずかに地面から浮いて設置されるのは、これは制約みたいなものかと思う。
しかも、やはりというか、説明どおり、わたしの大きさ分しか間口は開かない。この案は却下だな。
ここは一度、結界らしい定番の形から考え直してみようと思う。
からだ全体をおおう魔素の膜を操作して、サラダボウルをひっくり返したような、ドーム状のかたちに膨らませたらどうだろうか、マンガかアニメか忘れたけれど、そういう感じの結界があったような気がする。
ありきたりと言ったらありきたりなんだけれど、空想の知識だって、常識から考案されたものも多いだろうから、バカにできないはず。
すでに、膜を操作することには慣れてきたから、やれそうな気もする。
さあ、チャレンジの時間ですよ。
慣らしに、手のひらの魔素に意識を集中して制御する。調子はよさそうだ。
次に、からだ全体に、最近では使い慣れた魔素の層を二重につくり、厚みを変えて感覚をつかむ。
ここまではスムーズにできたけど、調子にのって全身燃やすような失敗だけはしたくないから、暴走しないよう注意が必要だ。
いつまでも、それを繰り返していては意味がないので、そろそろ魔素の膜を広げようと、外側に膨らませる意識を強くする。
からだの線をなぞる形に数センチ膨らんだあたりで、その下から新たに魔素の膜ができる。
だいたい、そのタイミングで外側の膜は制御を離れ、空気中に溶けて消える。
消えるといっても、もとから見えているものでもないので、あくまで感覚でという意味で、「あ、いま壊れたな」という肌に伝わる感じだ。
からだ全体の操作となると、やはり難易度もあがり、思うようにいかないみたい。
うまくいかないと萎えるので、ちょっと気分を変えてみる。
なんだか、むしょうにやりたくなったので、付近を浮遊していて、勝手にからだに吸い寄せられてくる塵を、魔素の膜に取り込んで混ぜ合わせてから、家づくりで散々こなした硬化の魔法を使う。
塵あくたと合わさる事で、人型の飴細工のようになり、うっすら視認できるようになった。
いま、中のわたしだけテレポートしたら、おもしろい展示物ができるだろう。
しかし、広げるもなにも、大きくなる様子は微塵もなく、ピクリとも動かなくなってしまった。
当たり前だね。でも、どうしても試したかったんだから仕方ない。たまに衝動が抑えられなくなるのは仕様だ。
それで相変わらず、次の膜として下から滲みでてくるのは一緒だから、これ以上遊ぶ要素がみつからないので、外側の膜はパリパリ割って壊した。
だいたいからして、この挙動というのは、原初の時代で大気中に含まれる高濃度の魔素に対抗する本能がつくりだしたもの。
現在は、一部の地域を除いて日常生活には支障のない程度には薄まっているらしいけど、本来は身を守るための生存本能に従って、進化したことで獲得したバリア機能なんだから、からだから膜が離れた途端に、ハイ、次ってなるのは当然なのかも知れない。
さてどうする。世の魔法使いたちは、いったいどうやって離れた魔素を制御してるんだろうか。
答えを聞くのは簡単だろう。でも毎度オークスに頼るのも悔しい。なぜかは自分でも分からないけれど、ちょこっとも考えずに、答えを知るのが単純にいやなだけ、性格かな。
どこかに繋がっていないと、駄目ってなわけないよなあ。
魔法使い関連の映像を観たときには、離れた場所でも魔法を投下していたように見えた。
いまは方法に気づけないので、いろいろとやってみる。考えてる時間だって結構楽しい。分からないことが自力で分かったときには、なおさら気持ちいいものだ。
「んー」
髪の毛一本分でも、部分的に繋がってさえいればできるのかな。
そう考えると、手のひらの上で今度は硬化をさせず、視覚化して確認のため塵を混ぜるだけにして、風船みたいに魔素の膜を膨らませる。
風船を地面に置いて、一部をほそく伸ばし、手のひらから縁が切れないよう、紐状につなげたままの状態を維持しながら、徐々に風船から離れてみる。
一メートルほど離れてみて限界を感じたので、そこまでにして、風船から意識を切り離す。
これ結界と関係なくない? と、われに返った。
「……飽きたな」
特に、期限が有るわけでもないんだから、かえって別の事をしてたら意外にいいヒントが見つかるかも知れない。
その方が、こんを詰めるよりいいということもあるだろう。
そうだ、ズコット山の裾野にスプレムータ湖っていう小さな湖があって、いつも水を汲みに行ってるんだけど、その水汲みの場所から、反対側の畔に洞窟が見えていて、以前からずっと気になってたんだよな。
けれども、強めの魔物が棲みついて居たりしたら危ないし怖い、遠目には付近をウロついてはいないみたいなんだけれど、万が一があるし、一人で行くには度胸もなくて、ちょっとためらってたんだよね。
今なら、少しは魔物に対処できるようになっただろうから、丁度いいタイミングかも知れない。
明日の朝、水汲みのついでに寄ってみるか。
そうと決まれば、一旦、結界のことから離れて、明日に備えてもう少し樽の数を増やしておこう。
そういえば、はじめに水汲み用の樽を自作しようと思いついたとき、例によって製法を習得するためオークスに見せてもらった映像が、おおかたのひとが思い描くワイン樽で、その製造所の画像だった。
こっちで樽といえば、主流はとりあえず、あの形みたいだ。
そのままの製法は、とてもじゃないけど、技術面以外にもいろいろと足りないので、見た目の雰囲気を似せて寄せるだけだ。
当時、その形づくりで、あの樽特有の形をした板材を作るには、専用の削る道具が必要になりそうで、家づくりで購入した斧やノコギリでは無理だと考えた。
そこで、先に完成していた風呂に、適当にカットした木板を、およそ使う枚数だけ、湯を張り放り込んだ。
水系の魔法は苦手と判明したけど、幸いにもドワーフ補正のこともあって、元からある水を熱湯にするのは、あの事故以来、得意になった。
熱湯で煮立たせ、茹でて柔らかくした木板を、弓なりに曲げる。
カーブをつけて、木板を一枚ごとに曲げるのは、それでいいにしても、樽を円形に組むのは削らなくては駄目で、それを丸く削らずに似せて作るには、根拠のない勘で18角形くらいにすれば、持ち運べる大きさには収まると思う。
まあ好きな数字なだけなんだけどね。
そうなると、隣り合う木板が重なる部分を、だいたい160度になるように、……などというのは非常にむずかしいので、別の案を考えた。
樽の底板とうわ蓋用にと、木片を張り合わせて大きな板にするという技術はないので、あらかじめ適度な大きさの一枚板で切り出したものに、紐を使った方法で円形に線を描く。
それをノコギリで切り落として、円盤状の板を二枚つくった。
底板とうわ蓋に沿って並べ、弓なりに曲げてあった板を組み、隣り合う木板を少しずつ愛用のマチェットナイフで削る。
徐々に樽っぽい形になっていく。
まあデコボコなのはご愛嬌ということで。
ちなみに樽が樽の形なのは、横倒しにしたとき、少しばかり重くても転がせて運びやすいからだそうで、こっちでもその形なのは、理にかなってるからなのかなと思った。
タテ板の上部と下部は、より重なる部分が多いので、ちょっと余分めに削って合わせる。
そんな感じで、なんとか似せて作ろうと、努力はしていたんだけれども、タガ用に使う鉄のバンドが作れないことに気づき、代替案も思いつかずに、板を削るのもやめてしまい、ほかのことに目が移って、ずっと後回し。
そうです。もうお気づきかと存じますが、結界からの流れで分かるとおり、ほかに気が向くと、それであたまがいっぱいになってしまうという性格の持ち主なのです。
だれに向かって語ってるんだって話ですが、そこは、まあいいでしょう。
本来なら、組み終わってタガを締めたら、なかで火を燃やし、樽の内側の表面だけを炭化させたら終了だったはず。
当時は、生活用に用意するものがほかにもあって、樽の製作を半端にしたまま断念したのだ。うん、仕方なくなのです。
残骸は、すでに薪にしてしまった。
樽は結局、なにかのついでにとケパレトにお願いして、運びやすくて小さめの、わたしサイズの大きさのを五樽買ってもらっちゃいましたとさ。
てなわけで、今度こそ諦めないで完成させるぞー。
オークスに教わるというより、逆輸入パターンて感じで、わたしから情報を抽出してもらい、おぼろだった記憶から、味噌樽に蓋をしたような清酒の桶樽の作り方を見せてもらう。
転生前は、伝統工芸とか職人の世界とかを題材にしたテレビ番組も好きで見ていたから、記憶の片隅に残っていたものを、掘り起こしてくれたようだ。
ワイン樽より桶樽の方が簡単だというわけではなくて、単に挫折した同じものを、作りたいと思わなかっただけだ。
オークスから見せてもらった本来のものには、クオリティー的な意味で近づけるのは無理そうだから、とにかく完成させる事を念頭にはじめてみる。
出来そうにない箇所は、自己流でごまかそうと思う。手順をザッと流すと、まず円形に切って整えた底板と、その底板より少し大きめに作ったうわ蓋に、添わせるかたちで囲みながら板を立てる。
必要な木板を、握れる幅くらいの板で18枚くらいとか、そのあたりはワイン樽のときと同じだ。
完成には、一、二枚多くなったり少なくなったりするだろうけど、規格に合わせるわけじゃないし、出来上がった大きさが完成品てことにする。
高さも低めにした。チカラはバカみたいにあっても、所詮は子どものからだなので、それに合わせる。
今回は蒸してカーブをつけないところが違うけれど、隣り合う木板が重なる部分を削るのは一緒だ。
やっぱりナイフで削るのはむずかしいけど、今回は投げずに頑張ろ。
森で拾った蔦を、ねじり撚ってタガに使う。
さっき仮どめにして立てた板の外側に掛け、合わせた板に隙間が生じないように固くタガを締める。
うわ蓋も同じく、締めて密閉しておく。
最後に横腹に呑み口を明け、うわ蓋にも注ぎ口を明けたら、栓をして完成だ。
簡単に、はしょったけれど、工程はいくつもあったし、だいぶ苦労もしたけれど、なんとか今度は諦めず、形も真似て作れたので良かった。
これを三つばかり作り、日頃使っている水汲み用の樽と合わせて、八つ用意した。
いつのまにか、時間がたっていた。外は真っ暗です。
結局今日も結界とは無縁な、樽づくりに夢中になってしまったなあ。
まあいっか、いつものことだ。
のんびりやろう。