16 ゆめ
ボクは走っている。
息が続くかぎり全力でだ。
なぜ走っているのか聞かれたってわからないけれど。
とにかく走らないとダメなんだ。
何度も何度も足がもつれて転んだ。
胸のあたりも、ささくれたようにヒリヒリする。
首のうしろが熱くなる。
のどの奥がペタリとついて、ツバで剥がす。
あたまがボーッとしてきた。
かちーん、かちんと小気味良い調子で鳴り響く。
ああ、ボクのお気に入りの音だ。
金槌を打ちつける音に乗せて、とうさんの言葉がよみがえる。
「かあさんと、はぐれるんじゃないぞ」
ひとりでこんなに奥まで来たのは初めてだ。
気づいたら、いつの間にかさっぱりとしていた。
さっきまで苦しかったのに、あっさり消えた。
だってそこが、まるっと抉れて穴になってるからだ。
ここで目が覚めた。コワい夢だった。
びっしょりと汗をかいている。
「なんだか、とてもいい匂いがする」
ボクは匂いに釣られて、からだを起こす。
イスで寝ていたみたいだ。
「森で気を抜いてはダメ」と、かあさんにまた怒られてしまう。
かあさん、森ではないからいいでしょう?
見たことも嗅いだこともないところだ。
ここは、どこだろう。
匂いのもとは、目の前にあった。
このお皿からは、とてもいい匂いがしている。
「ズズー」
お行儀が悪いと、おばあちゃんに叱られる。
けれども、だれも見ていないなら大丈夫だ。
そばにあったパンを、ひたして食べる。
どっちも幸せな味がして、とってもおいしかった。
「あぁ困ったぞ」
だれのものかも、わからないのに全部食べてしまった。
ボクはつぐないに、そばにあったホコリ払いで辺りのすすを払うと、床に置かれていた桶の、掛けてあった布で、あちこちと拭いてまわる。
この部屋をキレイにしたから、ボクもキレイになったと思う。
一生懸命に動いたら、お腹もいっぱいで、なんだか眠くなってきた。
食事のお礼もまだ言えてないのに、からだがいうことを聞いてくれない。
どこかの誰かさん、勝手に食べてしまってごめんなさい。
なんだか眠くて、もうまぶたを開いてられないよ。
…………。
……。
あれ? また、寝てたみたい。
突然、眠くなるのって、大丈夫かな。
今のところ、家の中だからいいけど、森でなったら大変だ。
「えーと、ちょっと、わたしよ、いつ食べた?」
この世界に来て、食事はわずかにある楽しみのひとつなんだから、ゆっくり味わおうよ。泣いちゃうぞ。
「あっ」そうだ、昨日獲った鹿肉、ケパレトにおすそ分けしに行こう。
いつもお世話になってるし、幸せは分けないとね。