13 その後の日常 3
木製の浴槽を二つ作り、ひとつは小屋の室内に、もう一つは屋外に置いて露天風呂にした。
この浴槽のときには樽と違って、さすがに平板で組む技術が追いつかないので、というか、樽もたいがい難しかったし出来も不出来でガタガタでしたけどね。なんなら、ちょっと滲み出て漏れちゃうしね。
なので、自分史上で一番太い木を切り、適当な長さに切り分けてから、縦に半分、カマボコ型をひっくり返した感じ? そこをドワーフパワーで斧とナイフを使いくり抜きました。
ひたすら、掘って掘って掘りまくり、最後は燃やしてトゲトゲしたところをこそげ落とした。
苦労の甲斐あって、良いものが出来たと自負しております。ケパレトも、皮肉らずに褒めてくれました。
余力が有れば魔法で薪に火をつけ焼いた石で湯を沸かすんだけど、なるべくいろんな場面で魔法を使って、スムーズな魔素変換の鍛錬や想像力を養うことにしてる。
火の魔法だなんて格好つけて言ってもね、わたしの場合だと、正確には薪に火を付けるための火種を作る魔法だからね、なんのこっちゃですわ。でもいいのだ、それでも自分は満足なんだから。
むかし、物理の授業で習って、かすかに憶えている圧気発火器のような方法を使う。
手のひらの上に、ちいさな密閉した魔素の膜でゴルフボール大の空間をつくる。すでに熟練の域に達してるのではないかと思えるほど、スムーズに作れるようになった。毎日やってるからね、反復大事。
視認するのに大気中に舞っている塵あくたを魔素と反応させて中に空気も満杯に取り込んで丸い容器にする。
そのなかに、こまかく削った木くずか、衣服の綿とか何か燃えやすい物をあらかじめ入れておく。
今作った方の外側に、今度は硬化させた、ひとまわり大きめのテニスボールぐらいの大きさで質の異なった魔素を入れたものを被せて二重にする。
外側の方に、一気に魔素を注入して膨張させ、内側のゴルフボールの方を急激に圧縮する。すると狭い空間で圧縮熱が起こり、なかに入れたタネが燃える。
「うそーん、ほんとに、そんなことで燃えるのお?」
だまらっしゃい。いいですか? これは魔法なんですからね。
燃えるんです。
ハイそっちのあなた、あくまで魔法っぽくやりたいんだから、発火器そのものを作ればいいのにとか、冷めたこと言わないようにしてくださいねー。
ただね、初めに自分を燃やしちゃったから、ぷちトラウマで火を起こすのに腰が引けちゃうのだ。
上手くやれるまでに、一週間ほどはかかったかな。
魔法で直接お湯を作ればって思うだろうけどね、そう簡単には、いかないんだよね。
こっちの者は、いわゆる魔法慣れしてて、そういうものだと疑いも無く自然に使えるかも知れないけれどね。頭がファンタジー思考じゃないわたしには、もともと持ってた常識が邪魔して、なにかと難易度が高くなるわけ。
とにかく始めはいかにも魔法らしい事をやりたかったというのもあって、まずは状態のわかり易い、水の変化を見ようと、小学校で習った理科の授業を思い出してみたんだけど。
自分から滲み出る魔素が、あ、なんか表現が嫌だな、自分から湧き出る魔素が、こっちの方がカッコイイね。手のひらに向かって流れるように意識して、大気中に放出されていくものとしてイメージ。
そしてそこらの空気中を動き回る水蒸気に絡まり、さらに水分子どうしが磁石のように引き合うようすを思い浮かべたりしてみた。
近くに舞っていたであろう、水蒸気たちが水滴になり、地面に落ちていく前に手のひらで受けとめる。
その水に、さらに魔素を溶け込ませ、ハニカム構造のようにカッチリ動かず整頓されたものへとウンウン唸りながら操作していくと、ようやく氷の粒に変化させることができた。
魔素がどう関わって、そうなるのか不思議だけれど、こうしてまた、一歩、魔法使いに近づいたと思えた。
このときは、意外に幼い頃のお勉強も役に立つものだとか、修練を積めば冷たい飲み物が飲めるぞって、のんきな考えにふけっていた。
ミス続きのあと成功すると、喜びもひとしおだけれど、上手くいったあとの失敗もまたショックは大きい。
次も同様の手順で、手のひらに水が溜まったところで水分子が反発するように、遊戯施設にあるパチンコ台の中を玉が釘に当たって縦横無尽に動き回るさまを想像してみたら、これは上手くいった。
だが、次第に水が暖かくなり急に熱くなったと思った瞬間に破裂、ぶわっと蒸発して水蒸気に戻ってしまった。
適性が、ドワーフ寄りとでもいうのか、凍らせるよりは熱する方が変化が速くて愕然とした。
手を火傷するわ上手く適温で止めても到底お湯につかる量を賄うには足りないしで、それ以降、直接お湯を作るのはやめにした。
これも経験値だ。もっと魔法が熟達するか、もうちょいマシな方法を思い付いたら再挑戦しよう。
いまは保護膜も強化したし、発火器式もあるのでこっちでもいいや。火の魔法と言うか、半端な魔法だけれど、それでもいいんだ火が付けば。
決して負け惜しみではないよ?
そういやケパレトも、おまえの魔法はどこか違う、と言ってたような気がする。褒められた気がしてたけれど、違ったようだ。
たしかに、ケパレトが使う魔法を見て感じるのは、おかしな言い方にはなるけれど〝ファンタジーが自然な感じで起こっている〟というものだ。
なので、ケパレトの言う通り、わたしのは違うのだろう。
さて、そろそろ沸いたかな。
今日は露天風呂で心の疲れを癒すとしよう。
*
「はああああ、きもちいいい」
やっぱり湯につかる文化で育ったから、お風呂は外せないんだなあ。
大きな街なら大衆浴場が在るみたいだけれども、個人で使う風呂なんて王族とか貴族、あっても豪族なんかしか入らないらしいから「庶民の分際で贅沢だ!」なんて理由で理不尽にも罰せられる可能性だってある。
なにが罠か分からないぞ、注意が必要だ。なんて勝手に警戒してるが、こんな所に誰も来やしないだろう。
なんにせよ、今日は収穫があって良かった。
野草の汁と鹿の干し肉セットもワイルドでいいけれど、連日は飽きる。新鮮な肉も食べたい。
だからと言って猿肉はなるべく食べたくない。味も匂いもワイルド過ぎてわたしにはキツかった。
贅沢を言うつもりも無いけど、できれば美味しい四本足を食したい。
本日の獲物は狙い通り四本足の魔物、クロスタータケルウスです、ほぼ鹿だね。
そもそも、魔物魔物と言うけれど、体に魔素を有し、それを運用している生き物というだけで、モンスター的、害獣要素があるやつばかりではない。と思う。
大方の魔物たちに当てはまる魔素の使いかたとくれば、身体能力の強化系出力に変換させたりするのが主となるようだしね。
毒や麻痺を使ってくるヤツもいるが、そういうものはどこの世界にだっている。見た目に限って言えば異世界だって変わらないものは多く存在しているし、異形の生物ばかりではなかった。
といって、中には特殊な固有魔法を使うものもいるようだから、なにごとも決めつけては良くないかも知れないけれどね。
なにが言いたいかっていうと、あっちの世界も、こっちの世界も、案外、変わらないんだなってこと。
転生したのが、見た目もおどろおどろしいモンスターが蔓延る世界じゃなくてほんと良かったわ。
さて、獲物の解体も、毎日やっていればそれなりに上達するものだ。
たった数か月前は、ひ弱な都会人だったわたしも、見違えるように逞しくなったと自画自賛してみる。
今や動物の臓物や血など、へいちゃらなわけよ。
「フハハハ、血だ血をよこせ」
解体した鹿のモモ肉を、風呂に入る前に肉を柔らかくする果物の果汁に漬けておいた。
風呂からあがり、暖炉内に作ったコンロもどき、炭化した薪を使った炭火焼き方式とでも言おうか。
そこに置いたグリドルパン(中華鍋を叩いてひらたくしたような形)で、漬け鹿肉の表面に焼き目をつける。
別途で暖炉内に吊るして温めて置いた、これまたダッチオーブン(キャンプ用の万能鍋)ぽいものに、香草と一緒に先ほどの鹿肉を入れて火から外し、蓋の上に炭を何個か乗せると暖炉わきに放置しておく。
次にもう一つ鉄の深鍋を用意して、暖炉内にその深鍋を吊るす。
森でオークスに教わりながら採取した、きのこ類や山の芋などを、ケパレトが調達してくれた調味料で味付けしたスープで煮込む。
小屋の外にお手製の椅子と小さなテーブルを出して、木皿に切り分けた鹿肉のローストと木製ボウルに入れたスープを持って行き、星空の下、夕食にした。
さっき眺めた露天風呂からの空も良かったが、こうして星空を背に食事をするのもいいもんだなあ。
実にのんびりしてて、自然を満喫してるって感じがする。スローライフばんざいだ。
夜の屋外、それも魔物がいる世界でこんなことができるのも、それもこれもケパレトがマーキングしてくれるからこその平和だと言える、ケパレトさまさまだよ、ありがとね。
そのうち自力で結界のような魔法か、何か魔物が近づけない手段を考えないと、屋外で風呂なんて、もってのほかだな。
「オークスいる?」
「気の利いたことを、一つも言えないポンコツですが、それでもよろしければ、お力になりましょう」
「いや、相手にしなくてゴメン、拗ねないで。
わたしが寝てるあいだ、勝手に吸い上げてる記憶の件は不問にするからさ、機嫌直しておくれよー」
「チッ、気づいてましたか」
「気づくだろー。最近は特に、わたしの故郷に関した言動が多くなったし」
「いいのです? 言質取りましたよ」
——ロコの声真似で、音声を流すオークス——
「記憶の件は不問にするし、なんならいつでも吸い上げたっていいぜ、まいすいーとハニー」
「やだコワい、そっくりだ、その特技欲しい」
「勿論、冗談デスヨ。AI〈エーアイ〉ジョークデスネ汗汗」
「オークス、いま一瞬、無いはずのキミの顔が浮かんだよ」
なんだか、前より言うことが人間ぽくなってきたかも、オークスも実体化したりするのかな。
「あ、それよりさ、結界をつくる魔法とか、有れば教えてくれないか」
「……アサルアムンの創世時、配当されたモデルに結界魔法は含まれていませんが、システムにアクセスをすれば、遮りたい範囲を空間遮断して疑似結界を作ることは可能です」
「それは、わたしも使えたりする?」
「答えは否です。権限がありません」
「ですよねー、何故できない事を言ったのかは置いといて、なにか他にアイデアはあるかな?」
「亜空間を開いて自身を収納するというのは、いかがでしょう」
「どうせ、それも使えないんでしょ?」
「それってお高いんでしょう的な言い方は、さて置きまして、条件をクリアすれば使用可能です」
「む、小癪なやつめ意趣返ししたな、まあそうだよね期待はしてなかったよ」
「使用可能です、可能です、無能です、デス、デス、デス……」
「まって! 今、使用可能って言った?」