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12 その後の日常 2



 自分で言うのもなんだけど、なんでそんなガッツリ家なんて作ってしまったのか、勢いってこわいね。


 ここを終の住処にするつもりか。


「どうすんのさ」


 冷静に考えたら、勝手に森を切りくずして良かったんだろうか。国から請求されるかな。


 そう、今はまだ、稼げる当てがないから街には住めない。それを理由に、一人住まいのちいさい規模の家とはいえ建ててしまったけれど、行きたい気持ちは十分すぎるほどあるんだ。


 なんです? ちょっと街を見物するくらい、すぐに行けばいいじゃないか? おっしゃる通り、たしかにそうなんだけれどね。


 はたして身元の怪しい異世界人を、快く受け入れてくれるだろうかとか、思っちゃうわけですよ。


 そんなもの、誰もわたしを気にして見るなんて、ないはずなのは分かってるけれども、どこかでボロが出て、バレて拉致とかされないか。


 なんて不安になったりして、引きこもっちゃう自分と、街を観て周りたい好奇心いっぱいの自分が、せめぎ合って葛藤しているのだ。


 仮の話でも、街へ移り住むとしたら、食いぶちに宿代、そのほかに税を納めることも必要になるよねと真面目に考えてみる。


 そこそこ稼ぐとなると何かの職に就かなければならないけれども、身元を明かさない者を、誰が雇うだろうか。まず、わたしなら否だね。


 特技もないし、冒険者の登録をする度胸もない。ここに居れば余ほどの事が無い限り、わざわざ古代龍が棲む所にやって来る者もいないだろう。討伐? いや、ないだろうな。


 隠れ住むには売ってつけの場所だと思う。それに、ここでの暮らしもわるくないとも思っている若干弱気なわたしがいる。


 そうは言っても森には行くので、いつかは他人に出会う事もあるだろう。


 へんぴな所に住んでる奴がいるぞと、いずれは知られてしまうかも知れないが、その時はその時と腹をくくろう。


 おとなしくこの国の納税者になるか、居心地がわるければ他に移ればいいくらいに構えた方が、気も楽になるだろうか。


 そうだよ、そうなったら、いっそ世界各国の観光地を巡る旅ってのもいいんじゃないか?


 なんてったって魔法ありのファンタジーワールドだからね、興味がないことはない。むしろありありの大ありだ。


 まあそんな(だい)それた事より、そろそろ自分で街へ行き、買い物するくらいはやらないとね、ケパレトに頼りきりなのも良くない。


 そのケパレトといえば、多少の食材に塩、スパイス類だの甘味料やらを街で買い込んで来てくれる。


 けれども、それらはまあまあ高価なので気が引けるんだよなあ。


 ちなみに以前、商人ギルドの話をケパレトから聞いたとき、わたしはマヨネーズの作り方を知らなかったので、知ってさえいれば商人として成功できるのになと、そのときは思っていた。


 けれど実はもうこの世界にマヨネーズは、マヨネーズという名前で既に存在していたと、最近になって知った。


 おまけに、ジャポンの味噌醤油もあった。きっとその文化に精通したなにものかが、こちらでやらかしたに違いない。


 始まってもいない商人ルートは終了したけれど、おいしいのでマヨネーズやそれらも買ってもらっている。完全に余談だ。


 商人が成功するには、隠匿されていないと話していた収納魔法が活躍するんじゃないかと思うが、やはりというか、それを使う術者の数がそう多くもないと聞いている。


 その希少な術者も貴族や権力者が囲ってしまうというから、産地圏外での生鮮物や香辛類など、そういった物は高値になると思うんだけれど「わしの鱗はそこそこ高く売れるんじゃよ」といって、気にするなと言われた。


 けれどもわたしは知っている。たしかに需要は尽きないし、単価でいうとまあまあするが、寝て暮らせるかというとそうでもないらしい。


 実のところ、十年周期で生え変わる鱗は、希少性からいっても、ある意味そこそこにしかならなくて、効果を発揮させたい時には魔素をバカ食いするので、防具としての人気もそこそこなのだそう。


 なので、もろもろの理由から言うほど高くないのだとオークスから聞いてしまっているので、申し訳ないのだ。


 たしかに今のわたしが用意できる対価と言えば、精々がいつもの故郷についての話か、森で狩った魔物の毛皮だけと少々心もとない。


 そろそろネタが尽きてきたし、記憶も段々と薄れ曖昧になってきた。


 曖昧になったといえば、わたしは外が男子で中身が女子だった過去をもつ、田中ちひろ子、女子三十才、現在むずかしい名前の方はさておき、通り名では、ロコ、男子十三才である。


 オークスに言わせると、融合した、からだの造りに引っ張られ、次第に女子だった精神は薄れてくるというが、一向に、いや、ちょっとはそうかも知れないが、数か月経っても、あまり自我意識が男子に寄っていってる気がしない。


 まあ、股間の存在にはさすがに慣れたというか、もう上級者だ。はじめに、ちょこっといじり回して腫れてしまい、びっくりして泣いた事件は、そっと心の奥深くにしまってある。


 おっとと、その話はおいといて、オークスに精神とカラダの解離のことを話すと、精神世界では区別することではないので、そのままでも気にせずに、どちらでもあり、そしてどちらでもない状態というのも、いいのではないかと言われた。


 そう言われ、その感じのままでいいなら、それでいいかと思って気にするのをやめた。けして前世が縛られてたわけではないけれど、今世は自由に生きると決めたのだから、そうするのだ。


 またまた話が飛んでしまったので、戻すとしよう。


 ある程度は自給自足するにしても、この先も衣類なんかを購入するためには、お金を必要とする場合がでてくる。毛皮に腰ミノじゃいやだ。


 だから、自立のためにもいい加減、稼がないとならないので、覚悟を決めて街に行くことを考えようとは思っている。


 思ってはいるんだけれど、どうしても踏ん切りがつかない、ビビってるわけじゃなくて、慎重なんですよ。


 その衣類もこの家に住みだした当初、古着を数着分購入して貰ったものを着たおしてるんだけれど、ちょっとまぁ、もとが古着も古着なので、かなり擦り切れてきた。


 だからといって、見られて恥ずかしいという気持ちにはならない。だいたい見られるも何も、ほかに誰もいないんだからね。魔物以外、ひとっ子ひとり見かけないんだから。


 まとめて洗うあいだ、裸で過ごしてるんだけれど、小屋にいれば寒くないし慣れもしたさ。


 けれど、さすがに本格的な冬を迎えるとなったら、そうも言っていられないので、もう少し厚めの服を買い込まないと、凍えて死ぬかも知れないな。


「街かぁ……」


 ウダウダ。


 だってさ、元の世界でだって、その国の文化とか慣習とか、何もかも分からない場所にポンっと放り出されてみてよ。


 これやったら罪になるとか、あれは大丈夫だなんて、もとの世界でだって分からないところがあるのに、異世界ですよ? 即刻処刑だったらどうするよって話なわけですよ。


 正直言って怖いんだって。唯一言葉が解るところが救いだけれど、話が通じるとは限らないからね。


 その街へ行かずに済んでるのも、結局はケパレトが買い物をしてくれるからで、お金だってわたしが稼いだ分など爪の先ほども無い、ケパレトが鱗を売った金に頼っている始末。


 以前わたしが、なんだか鱗を売られるのが嫌なので、「なにも、鱗を売らないでもいいじゃないか、依頼難度の高い魔獣でも倒せば金になるだろうに」などと言ったら、たかが()え変わりじゃからのう、と言い。無駄な殺生はしたくないからとも言っていたことを思い出した。


 それはわたしだって、害意の無い相手を無闇矢鱈に狩るのは避けたいと思っているよ。


 ただそれを、翼人が鬱陶しいからと食べたあなたが言うかねとも思ったが、ケパレトいわく、あれは若気の至りで、今は余生をのんびり静かに暮らしてるからと語っていたな。


 わたしも食われずに済んでいるし、古代龍の気まぐれを尊重しておこう。






 てくてく。


 ……と、そうこうしてる内に、そろそろ我が家が見えてくる頃だな。


 森を抜けて山の東側へ、野原が広がるその向こうに、下手でいびつな小屋が見えてきた。


 周りに何もないから殺風景に見える。


 永く住むことにでもなったら畑作りにでも挑戦してみようか。っと到着「ただいまあ」とか言ってみる。


「お帰りなさい、ロコ。先にお食事を召しあがりますか? それともお風呂に、ウフフ」


 オークスがなにやら、おかしな事言ってるけれど無視しよう。まずは風呂に入って今日の疲れを癒やす。


 寝泊まりする建物とは別に、トイレの小屋に、風呂用の小屋も作った。


 トイレは流さない方式だから、臭いが困ると思って別個に小屋を建てたが、実は時間がたてば、森の中にいるような、あの独特な匂い、フィトンチッドなる成分の匂いに変わるというか、臭いはほぼ気にならなくなるのだ。


 もとの世界と似ているようで、色々違った仕組みだから、逐一「へー」となる。


 新しい発見が有って、こういうところは異世界っておもしろいなと感じる。


 仕掛けは簡単で、森の掃除屋とも呼ばれる原生生物っぽい魔物、〝フモーラ〟をトイレの底に必要な数だけ放つ。


 底の造りは横穴とか工夫してフモーラの居住区も作ってあげる。


 ちいさい村などでは、流さない方式が主流らしいが、それなりの規模がある街や首都は、流すトイレを採用しているので、下水施設にフモーラを飼っている区画がある。


 食べ残しや狩りで獲った魔物の食えない部分なども、放り込んでおけば食べてくれる。


 定期的にフモーラの排出した腐葉土のような糞を取り除いて、畑に撒けば肥料になるし、頼めば集配業者が買ってくれるというから、とってもエコだ。


 大抵は居着いてくれるらしいけれど、死んでしまったり、時折、もとの場所に帰ってしまう、おちゃめさんなとこもあるので、また別のを連れてくるといいだろう。


 わたしからのアドバイス。フモーラの個体を見た目で判別できないと、逃げた同じ子つれてきちゃうから注意が必要だぞ。




 補足です。



 第7話の、魔法のお話1に書いた、フモーラの補足説明と同じ内容なので、読み飛ばした方に向けてです。



◇フモーラ◇

 フモーラはスライム状の真核生物の細胞群体。


 魔獣の糞や死骸などを食べて、その排泄物は森の土壌を豊かにし、植物の成長促進や他の生物を育む。


 フモーラはそういった自然界に益をもたらす魔物な為、各国で乱獲を禁止している。


 余程の事がなければ殺さず、粘液の採取が暗黙のルール。


 魔物には珍しく性格も温厚で、危害を加えなければ、他の生物を襲うこともない。


 フモーラの粘液には、魔素を急速に吸収する性質がある為、魔法陣のインクにはうってつけの素材だ。


 魔素の少ないものが口にすれば、急激な魔素の欠乏で高山病に似た症状になり、外気の魔素にも無防備になるなどその身を危険に晒す。


 それを知る魔物たちは、フモーラを食べることはほぼないと言っていい。


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