11 その後の日常 1
ちょっとだけ戦闘ぽいシーンがあります。
追記:ちょこちょこ改稿してすみません。内容はほぼ変えてません。
「ロコ、右後方から二体、シルヴハビタ(猿)が接近します」
「了解」
そう返したわたしは、ちょっと前に狩ったばかりの鹿に似た魔物、〝クロスタータケルウス〟だったものを脇に放り投げた。
オークスの警告したそいつら二匹は、ハグレというより、群れの狩りグループから出されたツーマンセルで行動している先遣隊だろう。猿は面倒だから、いつも回避してるんだけど、今日は見つかってしまったらしい。ついてない。
透かさずヤツらを仕留められる射程圏内に走り寄りながら、右手で一匹の顔を狙って指弾を放つ。運良く土玉が目から入って頭を突き抜け、その中身をうしろにぶちまけて倒れた。
更に近づいたもう一方のヤツに、指弾の練習をしたとき開発した保護膜の改良版で覆った左手で掌底を打ち当て、そいつは耳障りな「キギャッ」という鳴き声を残し、数メートル前方へ飛んでいった。
初撃で上手いこと、一匹目の頭を撃ち抜くことに成功して片方を突き飛ばして牽制したあいだに、腰から吊り下げた革袋から、準備してあった土玉を取り出す。
体勢を立て直したそいつに向かって素早く指弾を飛ばすが、それは読まれたのか避けられてしまった。
ドラミングをするように、胸を叩いたあと咆哮するシルヴハビタ。
「来ますよ」
「!」
ひとっ飛びで接近され、ロコは横手向きに転げるようにシルヴハビタの持つ粗末なつくりの石斧の攻撃を避ける。
間髪入れず懐に潜り込んで伸び上がりながら、ヤツのハンマーを持つ腕を両手で跳ね上げ、力任せに足裏で胴体を蹴る。
その反動を使ってうしろに宙返り、着地してすぐ腰に括り付けた鞘からマチェット型のナイフを抜くと、わたしに蹴られてのけぞり、振り上げたままになったヤツの手首を切り裂いた。
顔に向かって返り血が飛んでくる。
間一髪、なんとか後ろにさがって避けることで目に入ってしまうのを回避できたが、そのせいで追撃を入れられなかった。
歯をむき出して「ギャッ」と鳴き、その手から石斧が落ちると戦意も失い、踵を返して逃げだした背に向け、ヤツの落としたそれを拾い上げると勢い良く投げ放った。
「ゴキョッ」っと鈍い音がして、頭を潰された森の住人シルヴハビタは、力無く倒れると、その場にダラリと横たわった。
「ごめんねー。逃して仲間呼ばれると厄介だからさ。
まぁ、わたしの獲物を奪いに来たそっちが悪いってことで許してね。
こっちも普段は襲いに行かないでしょ」
単に猿肉の癖が強くて食べたくないって、それだけなんだけどね。といって、わたしが食べないで放っておいても、きっとほかの獣が食べてくれるだろう。
そんなことを思いながら、仕方なく戦利品として、シルヴハビタの毛皮を剥いで、背にしょった背嚢から出した木の樹皮で作った縄で縛って纏める。
先ほど投げて置いた、いまではただの肉塊となった、クロスタータケルウスと一緒に、背負おうとしたところでオークスが警告を発した。
「北東、距離およそ八百、斜め前方に五匹、〝ルプスコルヌ〟(ツノ狼)の群れ。
血の匂いに誘われたようです」
ロコは背負いかけた鹿肉を下ろし、猿肉と見くらべてから鹿肉を背負いなおした。
「おーい、こいつらの肉は置いてくから、わたしを追い掛けて来るなよー」
オオカミのような姿かたちに銀灰色の毛並み、四つ足で移動も速く、額から生やしたツノを、魔法で威力強化した突進攻撃をしてくる魔獣だ。
さすがに、ルプスコルヌが五匹も相手では分が悪いので、ヤツらに言い残す形で猿肉を投げ捨て、その場を急いで離れる。
西方のズコット山に向かい、五百メートルほど走った頃。ルプスコルヌが、わたしの居た場所で猿肉を食べ始めたようすをオークスが伝えてきた。
目論見どおり猿肉を対価に、わたしの事を見逃してくれるらしい。まあそもそもズコット山の麓より上に逃げ込めば、ケパレトの強者オーラを感じ取ってそれ以上追っては来ないけれどね。
野草や山菜類はきのう採ってきたし、ここまで戻って来てしまったなら、今日はこれまでにして帰ろう。
あれから数か月が経ち、森に入っては魔法の練習も兼ねてその日の食糧を獲る毎日。
はじめの頃はケパレトに、爺さんモードで付いて来てもらい、手ほどきを受けながら狩りをしていた。
文句を言いつつ色々と気にかけてくれて、あんがい面倒見のいい爺さんだ。
こうして毎日のように狩りを行なっていたら、当初森で動物を見つけるたびに「わっ、小動物かわいー」とか、意外と野性味のある鳴き声に「やだこわーい」などとほざいていたわたしも、空腹時の本能と、思いのほかおいしくいただけた魔物肉に、見れば「うまそう」という言葉に変わり、生き物を仕留める、という忌避感もどこかへ飛んでいった。
市街地に住んで野生動物など見たこともない、動物は動物園でながめるものという一般人なのに、みごと毛皮もきれいに剥げるようになったのだから、頑張ったねと、自分を褒めてあげたい、褒められたい。
能力はもとより、一日中、森を歩いても疲れないとか、いまだに声がするだけで、姿を見せてはくれない精霊にも助けられてと、そういった恵まれてる部分もあるけれど。あれ? ほんとに恵まれてるな。
まあそういう感じで結構それなりに対応できている自分に驚きつつ、ここでの生活にも慣れてきたところだ、うんうん。
最初の一週間は、頂上にあるケパレトの寝床まで送り迎えしてもらい、夜にはケパレトがマーキングした結界の中で寝ていた。
これじゃ、まるで鳥のヒナならぬ龍のヒナだなと、内心おもって恐縮するわたしのようすに、「遠慮は要らん」と、ひと言で済まされた。
いまは雨季ではなく、雨も滅多に降らないと言うから濡れる心配はないかと思い、それじゃあ、しばらく甘えていようと考えたけれども、気候的には秋っぽさを感じるとはいえ、やっぱり夜の山は寒いし、毛布が有っても地面は硬いしでツライ。
わたしは都会っ子なんだぞと、ひとりごちる。
そこで、耐えられなくなったわたしは、森から少し離れたズコット山の裾野辺りに小屋を建て、寝泊まりするようになったわけなのだ。
小屋はここらの風景に馴染むと思って、無謀にも森の木を切り出し、ログハウス風にしてみたけれど、家なんか、一度も作ったことが無いからね。当然これが思った通り、むずかしかった。
しかも、山の麓にログハウスとくれば暖炉。暖炉と言ったら、これはもう煉瓦造りの煙突一択だろう。
なんて、家づくりのハードルをさらに上げちゃったりして後悔したけれど、本格的な寒さ対策に、本腰入れて作るしかないなと、思い直して頑張ってみた。
まずは煉瓦だ。材料の粘土は、いかにもという感じの赤土ではなくて、ちょっと黄色味がかって気に入らなかったけれども、探すのが容易で量も確保できたから、日干し煉瓦というものを大量に作った。
設置する暖炉を、壁側の一部と一体型にして、煙突用に煉瓦を積み上げる。
どんどんと積み上げて、屋根から張り出した部分は雨避けのため、天辺をカマボコ型にして塞いだ。その少し下の横、側面に煙の抜け口にと、横向きの穴をあける。
暖炉をつくり始めるまえに、煉瓦を積み上げる時の接着用にとオークスから仕入れておくよう指示されていた、モルタル? とやらを使いたかったんだけれども、その材料を買い出しに、街へ行くのも踏ん切りがつかず。
かといって、何度もケパレトに行って貰うのは使い過ぎてるように感じ、気が引けるのでやめにした。
手づくりしようにも、石灰岩というものを見つけて来なければならないし、代用に貝殻でもいいらしいのだが、そんなにたくさん手に入らないだろうと、それもやめた。
ではどうしたかというと、ここが魔法の使いどころではないかと試行錯誤を繰り返し、やって駄目もと、最終手段はケパレトに買ってきてもらうという保険つきで頑張ってみた。
煉瓦に使った粘土を、さらに細かくスリ潰して泥状にし、そこへ練り合わせながら魔素を注入する。このときは、ただ混ぜるだけ。
その泥をつなぎとして密着させた煉瓦どうしの気泡の跡に、染み込んだ泥に混ざる魔素に働きかける。
煉瓦を積み上げては、泥を塗り手をかざす。両手で包み込む感じだ。
指弾で使う土玉を作るときと同様に、水分子の結合が切れるイメージで魔素を操作。泥から水分が蒸発して適度な湿り気を残すくらいでやめる。
一度、水分を抜き過ぎたせいか、途中でポロポロと崩れてしまった。なので、以降、自然に乾いて煉瓦の重みで押し固まるに任せる。
適当に捏ねてやり直しを繰り返したら、なんとなく水加減にも慣れてきて、結果、形になればオーケーということにした。
それから、メインの暖炉は大きめで作って、内側に煮込み用の鍋を吊るせるようにしたり、焼き物もできるように炭火焼きのコンロみたいな物も作ってみた。
全体的に素人仕事なわりには、まずまずの出来だろうと自己満足する。
今回は煉瓦の積み上げで魔法を使って、これも魔法だと言っていいよね? いいや、自分で認定します。こういう単純な繰り返し作業は、いい経験値になる。
なかでも苦労したのは、出入り用の扉まわりと窓に使った材料で、丸太を板状に加工するノコギリなどの使い慣れない作業に、厚みも何も不均一で、いびつな仕上がりになってしまった。
製材されたものが手軽に手に入る、ホームセンターの便利さが身にしみて良くわかった。まぁ、手づくり感あるし、味もあっていいかも知れないと自分を納得させた。
窓は、深夜、温い空気を閉じ込めるために、内側から塞いで締めきる扉と、暖炉で一酸化炭素の中毒にならないよう、外側を換気用の鎧戸にした二重扉。
出入り口の扉は内開きにして、作ったひき板を縦と横に交差させて、強度を持たせた貼り合わせの二枚重ね。
イノシシ程度の突進なら耐えられると思うけども、魔物はどうだろうか。
どちらも魔物の皮を煙でなめしたヒンジで取り付けて、出入りの扉は安全のため、内側にカンヌキを掛けられるようにもした。
室内から、外の景色を眺めたかったけれど、嵌める硝子は貴族じゃないと買えないくらい高価で、当然、壊れやすい。
自作するにも珪砂だの石灰だのと、材料を探す手間と作成手順の面倒さが相まって、景観と防衛面とを天秤にかけると、現実的でもないなと諦めた。
強化や硬質ガラスといった考えも、あるにはあったけれど、仮の話、作れたとして、聞けば強化ガラスは精度が悪いと割れやすいというし、硬質ガラスは燃えにくいだけで、普通に割れるらしい。
そもそもガラスだけ強くしても、ログハウスなんだから、燃えたらそれまでよと、意味もないので作らないことにした。
ケパレトにお願いして、仕上げに小屋周辺の一キロメートル四方にマーキングしてもらって完成。なんだかんだと結局は頼ってるなあ、アハハハ。
お粗末なつくりだし、見栄えもわるいけど、これをわたしの自信作だと言って胸を張ってもいいだろう。
およそ、四十日という長い時間をかけて、ようやく完成にこぎつけた感じなんだけどね、言い方を変えたら、そんな短期間で人の住める建物を、しかもたったひとりの子どものチカラで建ててしまえた事に、単純な驚きがあるよね。
自分で言うのもなんだが、このカワイイらしい見た目とは裏腹に、やっぱり凄い身体能力だと実感する。あと、拗ねるのでオークスにも大感謝だ。
ケパレトは、わたしが小屋に移り住んでからも、時折山を下りてきて、「ムスラットが住めんほど狭いのう」などと悪態をついては、わたしを心配してなのか小屋に泊まってゆく。いいひとならぬ、いい龍だ。
ここへ来たときは、いつも持参の酒を飲みながら、わたしから故郷の話を聴いては頷くようにウトウトしている。
このアサルアムンで、大抵の出来事を知り尽くしてしまった老龍は、たいそう退屈なのかも知れない。
永く生きられるのは羨ましいけれど、良いことばかりではないのかもね。
ちなみにムスラットというのは、正式名をウィルスムスラット。仔犬ほどの大きさの、牙に毒を持つネズミ系の魔物だ。
補足です。
◇ 保護膜の改良版◇
指弾で指を傷めるのを防ぐため、手のひらを覆う部分だけ魔素の膜の空気孔を塞ぎ、さらに滲み出る魔素とのあいだに数ミリほどの空気の層をつくったのが保護膜。
その数ミリを数センチと厚みを増し、限界まで空気を押し込み体積弾性の効果をつけ、ただ対象を押し飛ばすよりも、多少なり増えた反発力で遠くに飛ばせるようにしたのが保護膜の改良版。
殺傷力は無いけれど、使うたびに練度も上がり、現在では効果の範囲や位置を自由に変えられるまでに熟練した、ロコが独自に開発した一石二鳥の技。
しかしこの世界の標準では、エアショットやウィンドシールドなど、風の魔法を使って同様の効果が出せるといったこともあり、ロコ以外に使い手のいない固有技でもある。