10 ギルド 2
都合で「9ギルド1」と「10ギルド2」の分割位置を変えました。
魔物になった虫たち、特に昆虫の甲殻が魔素で強化されたら硬そうだねって言うと、仮に矢じりや刃が通用しなくても、こっちにだって魔法があると言うし。
物理的な方法にしたって、蒸し焼きにするとか、罠を使って水攻めにするだの、討伐するやり方はいくらでもあるからってね。脅威に感じる魔物は他にいるから、これらはまだまだ初歩の相手だってさ。
だから比較的、魔法が得意じゃなかったり、成り立ての冒険者でも倒せるというんだけれど、魔物に容易い相手というものがあるんだろうか、なんだか疑わしい。
なかには猛毒を持っているとか、幻覚を見せる鱗粉を撒き散らし、相手の動きを停止させその隙に血を吸う、なんて、厄介なタイプもいるというのに、全ての魔物が攻撃的なわけではないから心配するなという。
わたしの常識がズレてるのか、生まれた世界が違うだけで、こうも脅威に対する捉え方が違うのかと思う。いつかは慣れるものなのかな。
ところで冒険者って、冒険する者って意味だけど、言葉のイメージから心もカラダもマッチョな存在だと思っていたが、勇ましい冒険譚ばかりでもなく、実際にはナンデモ屋だ。
家の軒下に巣を作られてしまったから駆除して欲しいなんていう、害虫駆除的な依頼をこなすものでもあるようで、ギルドの階級は、要はそれらに対処できる知識と腕前を表す意味でのそれだということだ。
勿論、先程の採取と一緒で、規格外の昆虫がいるという例外はあるだろう。ということで、ギルドには、お役所の生活安全課、みたいなものもあり、虫屋を手配してくれる。
虫とワーム系とかラミアのような蛇っぽい容姿から、スライム系や特殊な異形の魔物もいて、出血毒や神経毒関係の魔物も多く存在している。
そのため特に専門的な知識が必要とされ、ゴリ押しするには多少面倒な魔物もいて、ケパレトのいう簡単な相手だという話と矛盾している部分もある。
ランクを下からとは区分けしたけれど、実際のところ特殊級は特殊なので、現在では採取級の次は四足級となるらしい。
なかには、もとより扱いやすい魔物もいるので、初級冒険者が点数稼ぎに狩る場合もあるという、さらなる矛盾も発生する。そこはこの世界の管理者ではないので、ご容赦願いたい。
けれど、特殊級のギルド証は、認可証の意味合いが強く、それを名乗る者は、そっち系の経験を多く積んだ者で、専門機関の駆除業者などの場合が多い。なので段階的な級ではなく、資格のようなものかも。
ちなみに、特殊級に分類されていそうな、他の世界には存在するという、ゴースト系のレイズやスケルトンみたいな存在は、アサルアムンには無いそうだ。よしよし、無くていいぞ。
幽霊みたいなものは苦手だし、個人的にはいなくて良かったと心底安心だ。
光の魔法に浄化関係があるみたいだけれど、ばい菌や毒などの浄化であって、悪霊のような存在を浄化するものではない。
この惑星の、魂とか精神核と呼ばれるものは、依りどころが無いと数日から数週間ほどで霧散してしまう。
その後は、星体エネルギーとしてアサルアムンに吸収されるらしく、召喚に失敗して、さまよっていたわたしは、まさしく星になるところだった。あぶないあぶない。
続けて四足級、この階級を取得するものは、全体の大半を占めるほど人気があって、依頼も絶えない。
ここより、上の級になれてもこの境域の依頼を受けるぐらいだから、四足級が一番安定して稼げるようだ。
それというのも、わたしがいた世界の馬に山羊、猪や鹿などに似ている魔獣も多く、一般的な食料でもあり、毎日のように家庭の食卓にも上がる物だからだ。
仮に、野生の魔獣を畜産化して儲けを出すには、魔物による襲撃の対策にコストもかかるため、中々難易度が高い。
分厚い城壁に囲まれた一部の都市圏では、国の許認可を得て、支援のもとで行なっている所も有るようだが、やはり狩るほうが手っ取り早いみたいで、チャレンジするひとも少ないということだ。
食卓には、魚介類も並ぶこともあるけれど稀で、わたしの知っているものと、そう変わらない魔物の水生生物も市場に出回るけれど、どれも特異な体質が多いようだ。
たとえば、転生前のわたしも、わりとよく食べていたもので、スーパーの鮮魚売り場に白身とだけ表記され、切り身で売られてる魚があって、幼い頃に父が、これはネズミザメっていうサメなんだよと教えてくれたのを思い出した。
当時はなぜ、魚なのにネズミというのか、疑問に思ったのを憶えている。
なぜそんな話をしたかというと、こっちにも、見た目がそのサメによく似ている、クラコディルという、沿岸から深海にと広い生息域に棲む魔物がいるのだ。
そのクラコディルは、皮がとても軽く、生息地の特性から耐熱性に優れ、魔素を通せばマグネシウム合金より硬くなるとか。あ、まだこっちでは作られてはいないし、それ以上に性能の優れた代替もあるから、現れないかも知れない、とも言っていた。
一見、万能に思われるそれは、実は魔素を通さないと、通常の包丁でも調理できる、料理人には都合のいい魚で、つまり、簡単にサックリ切れてしまうという、デメリットのようなところもある。
きっと神様が食べやすくしてくれたんだろうねー。なんちゃって、コホッコホッ。
なので、鎧の一部にも使われるが、使いどころの難しい素材でもある。歯も量産の鉄鎧ていどならば貫けるため、矢じりにも使われているという、捨てる部位の無い、誰もが知るポピュラーな魔物らしい。
しかし、いかな身近にあるそれらでも、食べるとなると話は別で、加工品以外の生鮮は、海が近くにあるとか、川沿いの村だの街でもないかぎり、そうそうお目にかかれない。
武具系、薬品系の素材とは異なり、食物としての新鮮な魚介類の魔物は、それらを運ぶ危険も相まって、内陸ではなかなか食卓には上がらないそうだ。
高級飲食店なら、冷凍や冷却の魔道具を使ったり、雇った魔法使いに、氷漬けの魔法を掛けさせ続けながら運ばせてるみたいだけれど、干物や塩漬けとは違って当然コストも嵩むので、庶民の口へは滅多に入りづらい。
その事からもわかるように、一定量の食肉を見込める四足の魔獣討伐依頼は、非常にハケがよく、優秀なタンパク源の確保でもあるので、ものすごく人気なのだそうで、それも肯ける。
この世界には未だ、地中から噴き出した魔素が、高濃度だった古代の名残り、魔素だまりなんて呼ばれてる領域が各地にあって、それは海中にも存在する。
陸でも海でも発見されてる場所は、危険区域として立ち入りも禁止にされていて、付近に棲息する生物は、それこそ見たこともないような特殊な変異種も多い。
まあそうだよね、異世界なんでね、そういう所も一部にはあるんだわ、けれども、その他の魚介類は、一般の漁師でも漁獲できる魔物がほとんどを占めるから安心なんだよ、って、え? 高級食材を目当てに一攫千金狙うって、わたしが漁師に? ないない、ありませんね。
冒険者ギルドの登録証のなかで、四足級に次いで登録者数の多い二足級。
これってば、魔物だけじゃなく、ヒト族とだって戦闘しなくちゃならない場面もでてくると思うんだけれど、やっぱり覚悟したほうがいいのかな、そういう依頼も増えてくるはずだから、当然そう思っているほうがいいよね。
罰金等のペナルティ覚悟で、回避もできそうだけれど、あまり重ねると、ギルド証の剥奪とかありそうで面倒だし、目をつけられるのも避けたい。
場合によっては、どの階級にいても冒険者をしていれば、いつだってそういう戦闘をする可能性があるものかと思うけれど、はたしてわたしにその覚悟ができるのか? そんなもの無理だと思うわ。
どうしよう、略奪PK上等な世界なら避けられないことかも知れないし、いや考え過ぎでしょゲームじゃあるまいし。成ってもないのに心配したってしょうがないか。
盗賊団を警戒した護衛依頼だったり、そいつら自体の捕縛依頼もあったりするんだよ。
他人を叩いた事すらないのにね。こわいね、あ! でも、弟には容赦なかったけどね、テヘ。
冒険者の道は文字通り険しそうよ、どうする? なにを生業に暮らそうか、おいおい考えないとね。
一方の獲物と言えば、大型の飛べない鳥や猿、熊に似た魔物の討伐で、わたしの知る熊というのは、四足で、意外なほど高速ではしる動物だったと記憶してるけれど、やっぱりこっちの熊似のヤツも巨体なのに、同じように移動が速いらしい。
戦闘時も器用に直立で動いてデカくて素早い。
魔物というより猛獣だ。四足だの二足だの、どの階級も区分けの呼称がそんなだから、ほぼ見た目だろうと考えてたけれど、一概にこれはここだと分け切れないこともあるんだな。
それでは脅威度でわけてるのか、ならこの地に不慣れなわたしがウロウロすると危険だから、予習をして十分注意もしないとね、心がけよう。
ああ、ちょっとした発見もあったわ。ケパレトの話術だけでは魔物がイメージしづらくて、オークスに頼んだら、彼? 彼女? の機能っていうか能力というか、わたしにダイレクトで映像を送れることが分かったので、画像をプラスしてくれた。
これがまたもの凄く良くて、何やらパスがとおってるから可能だって、いやあ全部それで押し通すのか。
まぁいいやね便利だもん。それよりこのままだと、絶対オークス依存症になるわー。
クロスタータの森に多く棲む、シルヴハビタ、と名のつく魔獣の映像も視せて貰った。
カビが生えたような、深緑と黒に近い灰色の、まだら模様の長い毛で全身を覆い、体格も見た目もオランウータンに似ていて、リーダーを中心に群れを作って生息している。
敵とみるや猛烈な勢いで、神経毒を塗った自作の石斧で攻撃してくる、コワい! 森の賢者って感じじゃない。
まんま猿なんだけど、肉でもなんでも食べる雑食で、道具を作る頭もあって麻痺毒を使う狡猾なヤツだから要注意だぞ。
他に見せて貰えた中に、食卓のメインディッシュになりそうな、見た感じはたぶん飛べないタイプの大型の鳥なんかも見受けられた。
しかしあんな、シルヴハビタのような、野生の圧がとんでもなく強い魔獣が、二足級の対象とはね。
これでは更に、上のクラスなんて、狩られる方はもとより、狩る側だって、もう超人だろう。
この世界に馴染みのないわたしには、それこそ超が付くほど、ハードルが高すぎるぞー。
なるべく強敵がいない場所で、安穏に静かな生活をしたいんだから。
だいたい世の中、武勇の有る者とか、そうなりたい者ばかりではないのだよと言いたいね。
さて、二翼級だ。
たぶん翼のある種族だろうと思ったけれど、やっぱりアレで見たほうが分かりやすいのでね、ここはオークスに脳内投写を頼もう。
なるほどね、鳥人族などはハルピュイアのように見えるし、ワイバーンらしきものもいるみたいで、確実に飛べるやつばかりだ。
なにこれ、ちょっとカッコいいんだけど。不謹慎だけど羽がキレイなんだなこれが。
ほんとにこれを人間がヤるのか、見るからにヴィジュアルが悪魔系だし、こっちに至っては学生の頃に美術館で見た、もろ、大人の天使にも見える。
この映像、戦闘の記録映像っぽいけど、ヒトと敵対関係なのかな。ケパレトに聞いてみようか。
そういやケパレトが持ってるの、四翼のギルド証とか言ってたっけ。
ケパレトのカテゴリが二翼なら、格うえを狩るってことだよね? ちょっとケパレトより格うえってなに、怖いんだけど。
「ケパレトさん、ケパレトさん」
「ん、なんじゃ、目を瞑って静かにしとるから、飽きて眠っとるのかと思うたわい」
「ちゃ、ちゃんと聞いてたよう、ところでケパレトの龍形体は、何翼って言えばいいの?」
「おお、そのことかの。
わしの翼は二枚じゃが、広げれば六翼とも言えるのう。
ふむ、格のことを言っておるのなら、わしにとっては二翼も四も、小僧と同然と言ってもよいじゃろう」
「そうなの?」
「龍の姿はおまえも知っておるとおり二枚じゃが、しかしな、わしもこう見えて、一応は大地精霊の端くれじゃからのう、このわしの精霊体の霊翼は六翼の六枚なんじゃ。
飛んでおる時は、魔素を操作して魔法で飛ぶからな、霊翼も広げとるんじゃ。
それとのう、ついでに言うておくが、おまえが見ておる爺の姿は、タリアから貰った、仮の体をつこうておる。義体というやつじゃな」
「へええ。仮ってことは、変身じゃなかったんだ」
なんでもケパレトが生まれるより前の大昔、今では滅んでしまった種族らしいけれども。
タリアと知り合いの絶滅寸前だった鬼人族がいて、当時最後の生き残りだった者に、命脈を閉じたあとでいいから、抜け殻になったら体をくれと、頼んで貰ったものを空体のまま長く保管してあったそうで。
その後時代は過ぎ、タリアからそれを貰い受けたケパレトは、精霊体とやらを転移させて使っているらしい。
要は死んだらあんたの体をくれって事でしょ? どうなってんのその感覚、って思うけどね。
「龍って精霊だったんだ。龍はわたしの故郷でも神話のなかで桁違いの存在だったけれど、六だなんて、どおりで他の魔物が寄り付かないわけだ。
本体に意識は置いとけるの? ここぞとばかりに狙われるでしょ」
「危機は感じ取れるが、お前の言うとおり、確かに無防備じゃな。
じゃが龍の体は、わしが繋げた亜空間に隠しておるから、誰も侵入できんし安全じゃ。
精霊体は可視化できてもな、実体の者からは触れられんし、精霊体どうしも精霊の波動でなければ傷もつけられんよ」
「それ最強って意味でしょ」
「こうしておまえの相手をする時もそうじゃが、人里に用がある時は、龍の姿では不便じゃから、こうしてつこうておる。
龍というのも正体は秘密じゃよ、いろいろと面倒なんでのう」
「ケパレトのギルド証は四翼級だって言ってたね」
「そうなるな。そもそも四翼などそうそうおらん。翼人族の中でも一部の存在進化した者くらいじゃろ。尚更わしと同格の者など……。
うむ。いや、おるな。このわしよりかは、だいぶ、かなり下で劣るが、多少ましな者はおる。
アサルアムンの最南端に四千年、いや五千か六千じゃったか忘れたが、そこそこ生きとる龍が棲んどるよ。
いつか機会があれば会いに行くが良かろう。わしの名を出せば食われんじゃろ。ダハハハハ」
「ちぇっ、からかうなよー。
あのさ、ちょっと質問。
翼人族はヒト族と敵対してるって認識でいい?」
「翼人は、闇氏族と光氏族に分かれとってなあ、里もいくつかあるようなんじゃが、どちらもエルフやドワーフなどの精霊族とは交流もあるようじゃ。
闇氏族には、然程その傾向はないがのう、光氏族は敵対というより選民意識が強くてな、見下しておるんじゃよ」
「ああ、そっち系ね」
「昔、なん匹かの翼人が、人族の子をなぶる姿を見かけた事があってな。
気まぐれで助けたんじゃが、あとになってそやつら、四枚持ちに泣き付いたみたいでのう。
わしのもとへ抗議しに来おって、こう言いおったんじゃ。
『上位の存在ともあろう龍が、卑しい人の子の肩を持つとは何事ぞ』とな。
そりゃあもう、うるさくつきまとって来るもんで、わしも当時は若かったしのう、つい面倒になって食ろうてしまったんじゃが、今では短気と反省はしておるよ」
「さらっと言うね」
「そういう意味ならばじゃ、少なくとも、わしには敵対しておるかも知れんな。
じゃがそれも、放逐された翼人を除けば、七千年くらいはわしの視界に入っとらんからな、定かではないがのう」
「アハハハ、昔すぎるってば。ケパレト今何才なの?」
「じきに、一万と三百五十七じゃな」
「あ、それじゃあ、わたしは一万と三十であるぞ。とか言ったりしてね、ぬははははは」
「ほほう、おまえも存外年寄りなんじゃのう」
「いや、冗談だから。悪魔ジョーク」
「変なやつじゃのう」
「放逐って、里の掟を破ったみたいな感じ?」
「どこにでも、馴染めぬやつというのはおるもんじゃよ」
「ふーん、あともう一個、ギルド証のことだけど。
ケパレトと同格の六翼以上って、ほぼ居ないのに、十二翼まで階級があるのって、なんなの」
「そこらに存在するのは四翼までじゃなあ。
わしでも同格がゴロゴロおったら、勢力地争いで下手を打つかも知れんから、そうなったらここまで長い歳月生きとらんわい。
ただそういう者が最高位には存在するという事の表しじゃ。お前なぞ万が一にも、出あわんじゃろ」
「優しく言ってよもー。実在したことはあるの?」
「わしでさえ十二翼などというバケモンにはおうた事はないが、おまえも知っとるタリアに聞いた話では、わしが生まれるずっと前の、創世の頃に少しはおったようじゃな」
「ケパレト以上っていうのが、想像できないけどね」
「なんだか話が強者か否かになってしもうたな。
要するに冒険者ギルドの登録証は、その名目の者どもを攻略できる知恵と腕力が有るかどうかの指標じゃ。
依頼する者たちが、目安にするためのただの肩書きじゃよ」
「ふーん、わたしがスローライフを満喫するには、最低でも二足級の実力はないといけないってことはわかったわ」
「うむ。そろそろ日も暮れて来たようじゃ。
今日はもう休め。わしも長くこの姿でおるのも疲れるのでな、龍に戻って寝る」
「ちょっと、簡単に寝ろって言われてもね。
……仕方ない。薪を集めてくるから火をつけてよ」
こうして辺りを歩き回り、枯れ木を集めてケパレトに火をつけてもらい、暖を取りつつ波乱の一日を終えたわたしは、貰った毛布にくるまって、静かに目蓋を閉じるのであった。
なんてね、おやすみ、わたし。
ここまで書いてみて、自分でビックリしました。転生してから、一日しか経過してないんですね。