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片恋人



 千夏と哲は初めて話した日のあと、たびたび2人は顔を合わせることがあったが、軽く挨拶をする程度の仲になった。よく話すようになったきっかけといえば、久しぶりに母の友人の高橋文枝に誘われて花見をした時だ。毎年家族全員でお邪魔していたのだが、姉の美雨と千夏の受験が重なり5年ほど疎遠になっていた。美雨はすでに友人と花見に行ってきたと断り、父も何かと予定が合わず、結局母と2人で文枝の家にお邪魔することになった。文枝は神社の家の生まれで、敷地内には大きな桜の木がたくさん植っている。小さい時は見上げるほど大きな桜に圧倒されたが、高校生になった千夏はそこまで大きくは見えなかった。

 小さな神社なので普段は観光客はほとんど来ないが、この時期になると知る人ぞ知る花見スポットになり、参拝客が増えると嬉しそうに話していた。

 住居スペースからもよく見えると、昔と同じように住居スペースに招待された。観光客を尻目に、小さくなったようにも見える桜をゆっくりと眺めていたときに、見慣れた後ろ姿が目に入った。それが哲だった。

 とても熱心に桜を見つめていたのを覚えている。その時は今のような人懐こい様子は全くなく、話しかけるのを躊躇する雰囲気があった。

 不審な顔で哲を見ている千夏に気づいたのか文枝から「お友達?」と聞かれた。見た目から言っても2人は同年代に見えるだろうし、知り合いなのが分かってもなんら不思議ではない。

「うん。同じ学校の同級生」

「そう…。よく話すの?」

「ううん、この前初めて話したくらい」

「あらそうなの?…なら大丈夫かしら…」

「?何が?」

「いいのよ、気にしないで。ぼた餅食べる?さっき作ったの。志津子はもうとっくに食べ始めてるけど」

「…食べる」

 文枝が意味深なことを言うのは珍しいことではないが、何故だかこの日は少し不安になった。彼女は神主ではないが、霊感のようなものがある。千夏も小さい頃から付き合いがあるため、彼女の勘がよく当たることは知っていた。


 居間に行くと志津子は緑茶片手に大きなぼた餅を頬張っていた。

「フミ、また腕上げたね」

「はいはい、ありがとね。でも飲み込んでから喋りなさい」

 千夏に「緑茶でいい?」と聞きながら台所に戻っていく文枝に返事を返しながら、母に耳打ちをする。

「お母さん、さっきフミちゃんに意味深なこと言われたんだけど。どう思う?」

「んー内容によるわ」

 志津子からしてみれば、文枝の意味深な発言は慣れたもんだ。興味なさげに「まあ話してみなさい」と肘をついて千夏の方を見る。千夏は同級生が来ていることと、先ほどのことを話す。

「そんなの気にしてたらフミとは付き合えないって。それよりも同級生ってどの子?まだいるの?男の子かしら」

 千夏は、同級生の方に興味をもたれ、若干ムッとしてぶっきらぼうに「多分まだ桜の前にいるんじゃない?」と答えた。志津子は気になったのか外に出て行ってしまった。


 「あら志津子は桜を見に行ったの?」

湯呑みとおしぼりを持って文枝が戻ってきた。「相変わらず自由人ね」と笑って千夏の前にセッティングしてくれる。コポコポと静かに流れる緑茶をぼーっと眺め、気づけば文枝に先ほどのことを聞いていた。

「…フミちゃん」

「なあに」

「あの子、なんかあるの?」

 少し驚いたように目を見開いたが、2度瞬きをしてから静かに座った。千夏はしまったと思ったが、文枝は考え込むように黙ってしまった。ぼた餅を食べながら待つことにした。ぼた餅は確かに美味しかった。


 静かな部屋に観光客の声賑やかな声が響く。上品な餡子の甘みと緑茶を楽しみながら待つこと数分。まとまったのか文枝は口を開いた。


「千夏ちゃん、あなたに恋した“何か”があの子の体を狙ってるの」

「は?」



「参ったな…」

  2人の行く道を遮るように降り頻る雨を前に千春と哲は立ち止まる。哲とお昼を買うためにコンビニに来たはいいが、戻れなくなってしまった。千夏はせっかく家から傘を持ってきていたのに学校に置いてきたせいでしばらく店から動けない。


_そういえば、哲がよく話しかけてくるようになったのもこんな日だったな。


「中村さん、傘持ってないよねー」

「学校に置いてきた…」

「そっかー…」



 公立高校のすぐそばのコンビニで働く森(はじめ)は陰鬱で退屈な日々に変化を求めていた。刺激的な何かが欲しいというわけではないが、仲の良い友人1人くらいは欲しい。最近の子は早いというが、時間の流れの残酷さが身に沁みる。恋人や友人との楽しい高校生活なんてなんと贅沢なことだろう。自分は大学院までいったにも関わらず、27年間大した青春も謳歌せず、未だコンビニ店員で寂しい独り身。毎日キラキラと眩しい学生達を見ると羨ましくて仕方がない。ただひたすらに勉強をするしか脳のない自分と比べてだんだんと心が荒む。


 今朝は機嫌がよかった天気が気を悪くしたのか、突然のバケツをひっくり返したような雨に男女の高校生が2人して肩を落とす姿はまるで仲の良いカップルだ。天気予報では今日は晴れだと言っていたのに、大外れだな。なんて思いながら肇はバックヤードに貸し出し用の傘が何本か有ったことを思い出し、裏に戻る。しかしなんと言って渡そうか。知らない男が急に傘を渡したってただの不審者だ。どうしようかと腕を組んだ瞬間、けたたましいほどの車のクラクションの音の後ろにガラスの割れる大きな音が響く。


 急いで店内を見渡すと、真っ赤な軽自動車が店舗内に侵入していた。運転手は頭から血を流し動かない。幸いなことに店内の客には車が当たっていないようで、雨宿りをしていた2人も腰を抜かしてはいるが命に別状はないように見えた。

「お客さま、ご無事ですか!?藤井くん!警察に電話!あと救急車!」

「!は、はい!」

 客に飛び散ったガラス片が刺さっていないか声をかけて周り、レジで固まっている同期の藤井和馬(かずま)に指示を出す。今日は店長が午後から出勤だ。店長に電話をすると寝ぼけた声でイラッとしたが、状況を説明すると[すぐに行く]と返事が返ってきた。


 しばらくするとパトカー数台と救急車2台がサイレント共にやってきた。まさかこんなことが起こるなんて想像していなかった。平静を装い、何とか対処をする。ちらりとあの2人がいた場所に目を移すと、女性は放心状態なのかどこか空中を見ているようだった。無理もない、自分だって平静を装っているが内心パニックなのだから高校生がこんな状態でも無理はない。男の子の背中にガラス片が刺さっていたようで、救急隊に応急処置されている。



 千夏はあっという間の出来事に呆気に取られていた。ガラスの割れる音とサイレンの音に引き寄せられて野次馬達が集まってくる。パチパチとビニールに弾ける雨音がだんだん正気に戻してくれると同時に全身の力が抜けた。勢いよく尻もちをついたのでとても痛いはずなのにどうでもよかった。


 前の道路を走っている車の運転手と目があった。視力はいい方ではないのに、どうしてだか運転手の目が血走っていて正気ではないのがわかった。こういう危機的状況になれば視力でも上がるのだろうか。今まで命の危機を感じるほどの経験がないから事実の程は分からないが、どうせなら身体能力の方をあげてほしい。思考はいつも通り動くのに、体が鉛のように動かない。

 哲が何か話していたような気がするが、まるで遠くから聞こえたように聞こえた。


 千夏の目の前に【何か】が立っている。今はそんなものを気にしている場合ではないのに、体は疎か自分の目線すら動かせなかった。人の形をしたモヤのようだが何故だか怒っているような悲しそうな、この二つの感情が混ざった表情をしている気がした。

「どうして…」

「千夏!」

「!」

 その【何か】に話しかけようとした途端、意識が戻ったのか哲の声が聞こえて腕を引っ張られるが、相変わらず視線はその黒い【何か】に囚われたままだ。後ろからヘッドライトに照らされた【何か】の姿が一瞬見えたと同時にガラスの割れる音共にクラクションが鳴り響く。

 頭は激しく揺れ、激しい眩暈に襲われた。

「うっ…!?」

「大丈夫…大丈夫だから…」

耳元で哲が千夏に言っているのか自分に言っているのかわからないが、彼も混乱しているのだろう。その声にじっと耳を澄ませなんとか呼吸を落ち着かせる。

 目眩が治ると、今度は物が壊れる大きな音と人の悲鳴で体が覆われたがもう平気だった。千夏は哲に痛いくらいに抱きしめられていることに気づいたが放置していた。


 ガラスの割れる音が落ち着くと、哲は千夏の無事を確かめる。

「怪我は!?」

「え?……あぁ、平気…」

「本当に!?…」

 哲に心配そうに顔を覗き込まれたが、哲の口元は綺麗に弧を描いていた。声と表情の不調和に気持ち悪さを覚え、思わず距離をとってしまった。

「あ、ご、ごめん…」

「……どうして笑ってるの?」

「え?…あぁほんとだ」

指摘すると自分の顔をペタペタと触って「なんでだろ」と不思議そうにしている。


 どれくらい時間が経ったのだろう、いつの間にかパトカーと救急車に囲まれていた。哲は千夏を庇って背中に傷を負っていたようで、救急隊に連れて行かれていた。

 ふと先ほど【何か】がいた場所に視線を戻すともういなくなっていた。

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