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北方海の守護天使  作者: h.hiro
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第6話「ぐうたら医師と恵理香」

「いやあ天使殿は居るかね?」

商会の事務所に天使こと恵理香を訪ねて来たのは長い黒髪を背の後ろで纏めた年齢不詳の白衣を着た美人だった。

「先生、良いんですかここに来て・・・診療所の方は?」

その姿を見て恵理香は溜息を付きつつ尋ねる。

「休診時間さ、まあ私の所に来るなんて物好き、そう多くないだろう。」

どや顔で言う台詞では無いと思うが、まあ何を言っても無駄だろうと諦めの境地の恵理香。

恵理香をそんな境地しているこの美人さんは名は須藤美波。

牧瀬商会の近くで診療所を開いている医者なのだが、かなりの変わり者として知られている人物だった。

その変わり者の医者に恵理香は何故か気に入られているのだ、これといって何かした覚えは本人には無いのだが。

その彼女との出会いは数週間前に遡る。

それは牧瀬商会にハンターギルドから緊急の依頼が入った事に始まる。

北方海にある島の一つで伝染病が発生し、早急にワクチンと医者が必要となったのだ。

そのワクチンと医者の緊急輸送の依頼を牧瀬商会はギルドから指名されたのだ。

この緊急輸送の依頼自体は別に珍しい話では無かったりする。

北方海に存在する島々には医者や病院が無い所も多い、また航行中の船で救急患者が発生する事も結構あり、医者や患者の輸送を頼まれる事は多い。

もちろん何時も牧瀬商会が依頼を受ける訳では無い、普通は持ち回りで各商会が請け負う事になっている。

それが最初から牧瀬商会に来ると言う事は、時間が無いうえに危険度が高い依頼だからだと言う事になる。

事実今回の伝染病は病状の悪化が急で、しかも目的地の島、フォールト島へ向かう最短航路はシーサーペントが多数出没する海域を通る必要があった。

「ワクチンの方は既にまほろばに届いているんだけど、問題は医者の方ね。」

牧瀬商会の会長である万理華は困った表情を浮かべ恵理香に状況を説明する。

「医師ギルドの方で揉めているわ。」

こういう事態に派遣される医師は当然ギルド所属の者が選ばれる、だが医者だって人間だ、出来ればこういう危険度の高いものは避けたいと思うだろう。

その為派遣医師が中々決まらず到着が遅れている様だった。

「この緊急事態何をやっているのかしらね。」

万理華が呆れた表情を浮かべてぼやく、恵理香も同じ気持ちだったが無理強いは出来ない。

「まあギルドもお役所仕事だからね、一応決まったらここに来てくれる事になっているんだけど。」

普段からそんな役所仕事に悩まされている万理華だけに余計腹が立っていたのだが。

「失礼、ここが牧瀬商会かい?」

そんなところに誰かが事務所に入って来て恵理香達に声を掛けてくる。

「はい、そうですが、貴女はもしかして?」

万理華がその人物を見て問い掛ける。

「ああ、ギルドから言われてね・・・」

万理華の問いにその人物、白衣を羽織った女性が気だるそうに答える。

何だかやる気の無さが滲み出ている姿に恵理香は大丈夫なのか心配になってしまう。

「それはご苦労様です、私は牧瀬商会会長の牧瀬 万理華です。」

「・・・須藤美波、よろしく・・・」

その姿に彼女は本当に医者なんだろうかと恵理香は困惑してしまう。

一方万理華の方はまったく動じていなかった、交渉事で様々な相手と接する機会が多いからなのだが。

「それではお願いしますね、牧瀬艦長、須藤医師をご案内して。」

「・・・分かりました。」

万理華の言葉に恵理香は頷くと、須藤医師を連れて商会を出て専用桟橋のまほろばに向かう。

そしてまほろばに乗艦すると、恵理香は須藤医師と共に艦橋に向かった。

既に乗員達は配置に着き恵理香を待っていた。

「お早うございます艦長、出航準備は全て完了してます。」

「ありがとう副長、直ぐに出航します、あとこちらが今回同行される須藤医師です。」

副長の報告を聞くと恵理香は出航指示をすると共に須藤医師を紹介する。

「須藤医師ってまさかあの?」

須藤医師と聞いて副長が驚いた表情を浮べて言う。

「副長は彼女の事を知っているんですか?」

「はい、その・・・かなりの変わり者、いえ何でもありません。」

答えようとした副長は、須藤医師を見て慌てて言葉を濁す、もっとも肝心の彼女はそんな副長を気にせず、艦橋内を物珍しそうに見ている。

「そうですか・・・兎に角出航しましょう。」

「了解です艦長。」

その辺の話を聞きたかった恵理香だが時間が切迫していたので後回しにする事にした。

「錨を上げて下さい、前進微速。」

「錨を上げます。」

「前進微速。」

まほろばは桟橋を離れ出港して行く。

「めったに診療しない医師、あの先生って医師ギルドじゃ有名らしいですね。」

乗員が須藤医師を居住区へ連れて行った後、副長が恵理香に彼女の事を教えていた。

医師ギルドにいる友人から聞いた話ですがと副長。

「加えてあんな感じでしょ?ギルドでも頭を抱えているって言ってましたよ。」

確かにあんなやる気の無い様では診てもらいたいなんて奇特な人間など居ないだろうと恵理香は思う。

「かと言って腕が悪い訳では無いみたいだし、前に他の医者が見逃した症状を見つけて治療した事があった様ですよ。」

ギルドにいる副長の友人曰く、中央海に有った大病院に勤めていた様だが1年くらい前にこの北方海へ来たらしいとの事だった。

北方海へ来た理由については副長の友人も分からないと言う事だった。

「・・・須藤医師の事はもう良いでしょう、航路の設定は完了しましたか?」

副長との須藤医師についての会話を切り上げた恵理香は航海担当に確認する。

「はい完了です艦長。」

艦橋後方の海図台に行き海図を覗き込む恵理香に航海担当が説明する。

「こちらにある岩礁の退避港に一旦寄港、ここで夜を明かしフォールト島へ向かいます。」

フォールト島への距離は中央港からかなり有り、到着には一昼夜は掛かる、そうなると危険な夜間航行をしなければならない。

だから港とフォールト島の中間点の岩礁にある退避港で夜の明けるの待つ予定だった。

・・・正直言えば出来るだけ早く到着したところだが、恵理香としては乗員と艦の安全も考えなくてはならない。

「あと天候ですが夜半に悪化するとの事です。」

それもまた退避港に停泊する理由の一つでもあったりする。

「分かりましたそれで行きましょう。」

「「はい、艦長。」」

副長と航海担当が頷いて返答する。

こうしてまほろばは退避港へ進路を向けて出発したのだった。

日が暮れる前にまほろばは退避港に到着し投錨する、既に海上はかなり時化始めていた。

深夜艦橋で当直に就いていた恵理香が愛用の懐中時計を取り出して時間を確認すると、そろそろ交代の時間だと気付く。

「艦長、指揮交代いたします。」

そう言って副長が同じ交代要員の乗員と共に一緒に艦橋に入って来た。

「それでは後をお願いしますね。」

引継ぎを行い、恵理香は当直だった乗員と共に艦橋を出る。

「ご苦労様でした。」

「はい艦長もご苦労様です、それでは失礼します。」

部屋に戻るという乗員と挨拶を交わし、恵理香は寝る前にお茶でも思い食堂へ向かった。

艦内の食堂は食事の他に会議やちょっとした集会に使われる場所であると共に常時休憩場所として開放されている。

お茶なども何時で飲める様に主計担当が用意してくれている。

そんな食堂に入った恵理香は先客がいる事に気付いて珍しいなと思った。

通常、この時間帯は就寝している乗員達が多いので、恵理香の様に当直明けにお茶という者くらいしか来ないからだ。

「須藤先生?」

その先客はあの須藤 美波だった、テーブルの端の席に座り入れたお茶を前にぼんやりと佇んでいた。

「おや艦長殿かい?」

そして恵理香に気づくと振り向いて話し掛けてくる。

「はい、先生は眠らなくても良いんですか?」

「そんな気にならなくてね・・・」

それっきり会話が途絶え恵理香はちょっと困ってしまう。

仕方なく恵理香はお茶入れ同じテーブルの反対側に座ると、お茶を飲みながら彼女を何となく見る。

こう見ると結構な美人さんだが全体から出ているやる気の無さが全てを台無しにしているなあと恵理香は感じる。

暫くしてお茶を飲み終え艦長室へ戻ろうとしていた恵理香に美波が唐突に話し掛けてくる。

「艦長さんは・・・今までに自分の仕事を途中で放り出した事あるかい?」

何故そんな事を聞いてきたのだろうかと恵理香は困惑する。

「・・・まあ自分から放り出した事は無いですね。」

こういう仕事だから様々な理由で完遂出来なかった事は結構あったが、少なくとも自分から放棄した事は無かったと恵理香は答える。

「へえ・・・責任感あるんだね艦長は。」

皮肉ぽっい感じはしなくも無いけど、それ以外の何かが有るのではないかと感じつつ恵理香は続ける。

「そんな高尚なものじゃありませんね、唯の意地ですよ。」

肩を竦め恵理香は答える、そう責任感や使命感なんてものじゃない、それは自分の意地だったからだと。

「意地かい?」

美波の表情は変わらないが真剣な目で恵理香を見つめて聞いてくる。

「はい、何があっても最後までやるという私のね、結構諦めが悪いですから。」

自嘲気味に恵理香は答える。

「ふっ、天使にしては俗物的だね、まあ全てのものを救いたいからなんて言われたら引いただろうけど。」

「俗物的ですか?あと天使にしてはいらないですよ先生。」

「ふむ・・・気に入ったよ艦長、少しいいかね?」

「ええ、少しくらいなら。」

一体彼女が自分の何を気に入ったのかよく分からず恵理香は困惑しつつも話を促す。

そんな恵理香に美波は話し始める・・・ある女性の物語を。

その女性には夢があった、それは医者として多くの患者を救う事。

だから必死に勉強し実習にも励んだ、努力を怠らず精進を続けた。

その結果医学学校を主席で卒業し、成績を知った幾つかの有名な病院から声を掛けられたりもした。

大きな所なら、多くの患者を救えると考え、彼女は中央海でも名の知られた病院に就任した

しかし、彼女を待っていたのは、その理想とは相反するものだった。

医師の間にある派閥争い、足の引っ張り合い、実入りの良い患者に群がり、それを多く抱える事に奔走する。

患者の為になど誰も考えていない医師達の姿、彼女は失望した。

それでも最初は頑張った、周りから冷笑されながらも、しかし自分が単なる客寄せだと知るのにそれ程時間は掛からなかった。

見た目麗しい女性医師、病院が求めていたのはそこだった、裕福な患者でも付いてくれればと。

全てに興味を失った、これ以上此処に居る気は起きなかった。

病院を辞め、彼女は目的も無く北方海にやって来た。

何もする気になれなかったが、生活の為に小さな医院を開いた、しかしかつての情熱は無く、ただ日々を無意味に過ごすだけだった。

「・・・という哀れな女の物語さ、面白かったかい?」

これが美波自身の事であるのは確だろうなと、自虐的な笑みを浮かべている彼女を見て恵理香は思う。

「・・・笑う気にはなれませんね、でも逃げ出した事を恥じる事は無いと思います・・・」

恵理香の言葉に美波は何も言わずに黙って恵理香を見つめていた。

「ただそのまま逃げ続けるのか、それとも何処かで踏み止まってみせるのか、彼女はそのどちらを選択するんでしょうね?」

「・・・もし艦長さんが同じ状況になったらどうする?」

「そうですね・・・多分何処かで踏み止まって同じ事をまた始めるでしょうね、さっき言った通り、私は諦めが悪いですから。」

「なるほどね・・・艦長さんらしい、しかし驚いたよ。」

美波はさっきまでの気だるさが嘘の様に生き生きとしている、今のやり取りの何が彼女をそうさせたのか恵理香に分からなかった。

「天使だと聞いていたから、もっと高尚な話でもされるかと思っていんだけどね。」

楽しそうな表情を浮かべ美波は話す。

「天使と言われてはいますけど、私はそんな大それた存在じゃありません。」

同じ事をあちこちで言っているなと恵理香は思いつつ答える。

「そうかい・・・でもまあ似合ってはいるんじゃないか?」

立ち上がり伸びをする美波。

「艦長と話せて良かったよ。」

そう言って美波は食堂を出て行き、あとに困惑した恵理香が残されたのだった。

翌朝、まほろばは退避港を出発しフォールト島へ向かった。

「・・・で先生、どうかしましたか?」

そう美波も何故か艦橋に来ていたのだ。

「別に深い意味は無いさ、天使殿の指揮ぶりを見たいだけさ。」

前日までの気だるさを何処へ行ったのか嬉々とした表情で傍に立つ美波に恵理香と乗員達は困惑気味だ。

「それは構いませんが・・・」

自分の指揮なんか見ていて何が楽しいのだろうかと恵理香が疑問だったのだが。

「こちらセンサー、前方に反応あり、数は3・・・こちらに向かって来ます。」

「どうやら嗅ぎつけた様ですね。」

センサー担当からの報告に副長が呟くと恵理香は頷いて答える。

「むこうにとっては獲物が飛び込んで来た様なものでしょうからね、総員戦闘配置。」

「総員戦闘配置、急いで!」

「総員戦闘配置!繰り返す総員戦闘配置!」

復唱が艦内に響き乗員達が配置に付いて行てゆく。

『全艦載砲、前部及び後部ランチャー、射撃用意完了。』

火器管制室から艦載砲及びランチャーの射撃準備完了の報告が入る。

「両舷全速前進、進路そのまま。」

恵理香の指示に副長が不敵な笑を浮べながら言う。

「中央を強行突破ですね艦長。」

「はい、その際主砲で牽制、ある程度距離取ったらロケット弾を使います。」

まほろばは速力を上げシーサーペント達にに突っ込んで行く、それはまさにチキンランだった。

耐え切れなくなり進路を変えた方が負けるだろう、本来恵理香はこんな戦法を取るのは嫌だったが時間の関係上余裕が無い。

「シーサーペント、2匹が左舷、1匹が右舷へ行きます。」

見張担当の報告がシーサーペントの運命が決した事を示してくれる。

「艦首艦載砲を右舷へ、艦尾艦載砲を左舷へ、射撃開始して下さい。」

左右に分かれたシーサーペント達の真ん中に入ったまほろばは砲を両舷に向ける。

「打ち方始め。」

『打ち方始め。』

恵理香が命じると艦首と艦尾の艦載砲が射撃を開始、轟音が艦橋内を揺らす。

そんな状況で美波は表情を変えることも無く平然としていた。

「両舷のシーサーペント離れて行きます。」

『前部及び後部ランチャーに目標データ入力完了、まもなく発射可能距離です。』

こちらの思惑通り、シーサーペントはまほろばから距離をとろうとしている。

「艦長発射可能です。」

「発射して下さい。」

『発射!』

まほろばの左右に向けられたランチャーからロケット弾が発射される。

『3・2・1・今!』

管制室からのカウントダウン終了後に轟音が洋上に響き渡る。

「結果を確認願います。」

恵理香の指示に両舷の見張担当が報告してくる。

「右舷側ロケット弾命中、撃破確認。」

「左舷、1匹は命中確認、残り1匹は逃げて行きます。」

結果を聞いた恵理香は副長に指示を出す。

「このままこの海域を突破します。」

「了解です艦長。」

まほろばは全速力で海域を抜けて行く。

「中々スリリングだったな。」

美波の台詞に、本当にいい度胸をしていると恵理香は感心するのだった。

その後は襲撃も無くまほろばはフォールト島に到着し美波とワクチンそして手伝い役の乗員達を上陸させ恵理香達の仕事は終った。

帰りはこれといった波乱も無く帰港出来た事を記してこの話は終る・・・


15:40

フォールト島へのワクチン緊急輸送完了。

途中でシーサーペントと遭遇するもこれを撃破。

まほろばと乗員に損害は無し。

報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。


・・・筈だったのだが、あれ以来美波は度々商会にやって来る様になった、別にこれといった用事も無いのにだ。

「うん天使殿はどうしたんだ?」

美波は悪戯っぽい表情で恵理香を見て聞いてくる。

天使と言うのを止めて欲しと毎回言っているのだけど、一向に改まる気配は無かった。

だから諦めの表情を浮べつつ恵理香は美波に答える。

「何でもありませんよ先生。」

この後も恵理香はこの変わり者の先生と付き合って行く事になるのだった。

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