第4話「巨大シーサーペントを調査せよ」
「ロベリヤの予想通り大人しくしている様ですね。」
「まああれほどの攻撃を受ければね・・・それでも倒れないのだからある意味厄介だと思うけど。」
「このまま大人しくしてくれれば良いのに。」
潜水艇の操舵室で恵理香はロベリヤと優香と会話しながら操艇していた。
あれ以来巨大シーサーペントは海域の奥にある流氷群から出てくる様子は無いと監視していた他商会の駆逐艦から報告が上がっていた。
巨大シーサーペントとの遭遇後中央港に戻った恵理香は直ちに事態をギルド長レイアと商会長万理華に報告した。
そして事態を重視したレイアはギルド幹部を招集し協議、巨大シーサーペントの本格的な調査を万理華を通じて恵理香に依頼する事を決めた。
こうして恵理香は再び巨大シーサーペントが潜んでいると思われる海域まで戻って来たのだった。
引き続き特殊潜航艇S1によって、なお今回は海域の奥までまほろばが入り込めない為ケイによって武装を装備されていた。
よりによってあの特殊ロケット弾をだ、出発前にひと悶着あったのは言うまでもない。
「艦長、レーダー及びソーナーに今の所巨大シーサーペントの反応無しです。」
「了解です、引き続き監視を・・・ロベリヤ、優香、無理して一緒に行かなくてもいいんですが。」
センサー担当の報告に恵理香は頷いて答えたあとロベリヤと優香を見て言う。
「専門家は必要だろう?恵理香いえ艦長殿、ギルド長の許可は取ってあるよ。」
「そうよ恵理香いえ艦長。」
そう今回の調査にロベリヤと優香は自分達も同行すると宣言したのだ。
恵理香としては危険な今回の調査に乗員以外の人間を同行させる積りは無かったのだが。
ロベリヤは調査には自分の様な専門家が必要だと言って恵理香の説得を受け付けなかったのだ。
優香もまた潜航艇と搭載された特殊ロケット弾の運用には自分が必要だと言って同様に受け付けなかった。
余談だがロベリヤは帰還後ギルドのシーサーペント調査部門にレインバーク商会から出向する事になった。
レインバーク商会長とギルド長レイアとの間で行われた話し合いで決まったらしい、まあ牧瀬商会長である万理華も影で動いていた様だったが。
それを聞いてロベリヤの境遇も改善されると恵理香はほっとしたものだったが、まさか調査準備中のまほろばに来て同行すると言い出すとは思ってもいなかった。
一方優香は技術顧問として周りに認めさせたと言って同行を主張してまほろばに乗り込んできたのだ。
結局恵理香はそんな2人を説得できず乗艦を許可するしかなかった。
暫らく前進を続け、やがて流氷群に囲まれた岩礁地帯に接近して行く潜航艇S1。
「かなり奥に来たね・・・」
ロベリヤが恵理香にそう話しかけた瞬間だった、まほろばが突然激しい振動に襲われ、傾きながら左舷側に流されてゆく。
「恵理香!?」
優香の慌てた問いに恵理香は艇を安定させようと操縦桿を必死操りながら答える。
「艇が左舷に引っ張られています、皆さん何かにつかまって下さい。」
恵理香の声にロベリヤと優香は操縦席につかまり、乗員達は座席のベルトを締める。
恵理香はそれを確認するとメインモーターを全力にして潜航艇S1を加速させる。
「・・・これは?」
ロベリヤが戸惑った表情を浮かべて恵理香に聞く。
「どうやらかなり早い海流に巻き込まれた様ですね。」
そして唐突に潜航艇S1の揺れが止まる、どうやら海流を抜けた様だと皆ほっとした表情を浮かべる。
艇が安定した事を確認した恵理香は航法ディスプレーに先ほどの海流の流れを表示させ暫しそれを見つめるとロベリヤに問い掛ける。
「ロベリヤ、これを見て貰えますか?」
ロベリヤが恵理香の隣からディスプレーにを覗き込むと驚いた表情を浮かべて言う。
「この海域を塞いでいる・・・まるで壁だね。」
暫しそれを見つめて考え込んでいたロベリヤは深刻な表情を浮かべると言う。
「成る程ね・・・これで分かっよ、奴の生い立ちがね。」
「生い立ちって?」
ロベリヤに優香は緊張した面持ちで聞き返すが。
「多分この先に答えがあると思う・・・正直言ってあまり気持ちの良い話じゃないだろうけどね。」
優香の問いにロベリヤは肩を竦めてそう答えるだけだった。
ディスプレーを見ながらロベリヤの言葉の意味を考えていた恵理香はふと気づいて呟く。
「この海域は海流で閉じられている、それがあのシーサーペントと深い関係があると言う事ですか。」
その恵理香の問いにロベリヤは黙って首を振るだけで何も答えなかった。
やがて岩礁近くまで接近すると恵理香は潜航艇を停止させ外部カメラの映像を前に降ろしたディスプレーに表示させる。
そして妙な悪寒を感じて岩礁の映像を拡大した恵理香は余りにも酷い光景を同じ様に見ているロベリヤに問い掛ける。
「・・・ロベリヤ、貴女が言っていたのはこの事なんですね?」
そこにはシーサーペントの卵、いや卵だった物が散乱していた・・・と言うよりも食い散らされていると言った方が正しいだろう。
しかもそれだけでは無かった、幼生体らしき物も同様に食い散らされた状態で散らばっているのだ。
「・・・う!」
「・・・・」
流石の恵理香と優香も胃から熱いものが上がって来そうになり思わず胸を押さえてしまう。
これまで多くのシーサーペントを倒して来たから、連中の屍骸など何度も見て来たつもりだったが、そんな恵理香でも目を背けたくなる光景だったからだ。
「あの巨大シーサーペントはここで生まれた、しかし閉ざされた海域だから餌になるものが極端に少なかった、だから卵や幼生体を食らって成長して行ったんだろうね。」
その光景を見ながらロベリヤは強張った表情のまま淡々と話を続ける。
「ここは繁殖地の様だから、その後も奴は同様に卵や幼生体を襲っていった、そうある程度成長してからは多分ここに産卵に来た他のシーサーペントさえもね。」
「そしてあんな巨大な姿まで成長したと言う事ですか?」
「「「・・・」」」
恵理香の声は自分でも判るくらい震えていた、横から覗き込んでいた優香やそれぞれのディスプレーで見ている乗員達も呆然とした表情で声無く見つめているだけだった。
それに対しロベリヤは答えなかったが。その沈黙が全てを語っている事を恵理香達は理解した。
「艦長左舷より接近してくる反応があります。」
その時アラーム音が響きセンサー担当が慌ててディスプレー切り替えて確認すると報告してくる。
恵理香はカメラを左舷に向け映像をディスプレーに表示させる。
最初は小さく分からなかったが、接近して来るにつれその正体が明確になっていった。
そうあの巨大シーサーペントだ、先の戦いでダメージを受けた為か動きは緩慢だが流氷群をかき分けながらこちらに向かってくる。
「スピードは前と比べると遅い様ですが・・・」
「まだ傷が癒えていないみたいだね。」
同じ様に巨大シーサーペントを見ながらロベリヤが呟く。
「・・・特殊ロケット弾発射用意。」
冷静に特殊ロケット弾の発射準備を指示すると恵理香は潜航艇を浮上させ艇首を接近して来る巨大シーサーペントに向ける。
「目標データ入力よし、特殊ロケット弾発射用意完了。」
恵理香は火器管制担当からの報告を受けると発射を命じる。
「発射!」
艇前部に搭載されていた水密仕様のランチャーから特殊ロケット弾が発射される。
発射を確認した恵理香は潜航艇を急速潜航させると進路を反対にとりメインモーターを全力にする。
「優香、ロベリヤ座席に座ってベルトを、総員衝撃に備えて下さい!」
慌てて優香とロベリヤは座席に座りベルトを締め衝撃に備える。
そして潜航艇を追っていた巨大シーサーペントはロケット弾に気づき躱そうとするが間に合わず命中し後方へ吹き飛ばされる。
「このまま離脱します。」
激しい揺れの中結果を確認する事も無く恵理香は潜航艇の進路を海域の外にとり離脱するのだった。
何とか海域の外に離脱した潜航艇は浮上するとまほろばに連絡をとり回収を要請する。
「あれで死んだと思うかい恵理香?」
離脱後潜航艇上部に出て双眼鏡で流氷群の奥を見ている恵理香の傍に立ったロベリヤが聞いてくる。
「・・・わかりません、でも今確認する気にはなりませんね。」
そう言って恵理香は双眼鏡を下ろす、先程の凄惨な映像が思い浮かび暫らく行く気にならなかった。
恵理香は艇内に入るとセンサー担当に尋ねる。
「レーダー及びソーナーに反応は?」
「今の所反応なしです艦長。」
「分かりました、引き続き監視をお願いします。」
「はい艦長。」
命じてから恵理香は溜息を付く。
「どっちにしろ当分奴は出てこないだろうね。あれでまたかなりのダメージを負ったしね。」
ロベリヤは同様に溜息を付きながら恵理香の肩を抱いてくる。
何時もなら恥ずかしさで困る恵理香だったが、この時ばかりはロベリヤの温もりが有難かった。
正直言って一人のままだったら恵理香は震えて座り込んでしまいそうだったからだ。
「恵理香、潜航艇に問題なし・・・ってまた何やっているの2人とも!」
点検を終了して戻って来た優香が前回同様の2人を見て駆け寄って来る。
それから暫く恵理香を巡って優香とロベリヤの争いが起こったのだった。
「・・・まほろばに回収してもらったら帰港しましょう。」
ようやく落ち着いたのはそれから1時間後だった、恵理香は調査より疲れたなと思った。
17:45
調査により巨大シーサーペントの生い立ちを確認した。
なお調査中襲撃を受けたが反撃し多大なダメージを与えたものの撃破には至らず。
今後とも継続して監視する必要ありと見込む。
報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。