第3話「とある救助活動にて」
その日多くの流氷が漂い濃霧に包まれる北方海の端の海域に恵理香は居た。
「目的の島を確認。」
頭上から降ろした小型ディスプレー上に映し出されている島を見ながら恵理香は呟くと機関を停止させる。
「レーダー及びソーナーに反応ありますか?」
恵理香の問い掛けにセンサー担当が複合ディスプレーを見ながら返答する。
「反応なしです艦長。」
「通信は確認出来ますか?」
「微かですが発信してます・・・内容は聞き取れません。」
センサー担当の報告を聞いて恵理香は次に通信担当に尋ねる。
「浮上します、総員警戒配置に。」
通信担当の報告に溜息を付くと恵理香は操舵装置を操作する。
流氷の間にある海上に甲型潜水艇が浮上するとハッチを開き恵理香と数人の乗員達が出てくる。
外は何時の海域に比べてかなり寒さが厳しい、作業服を着ていても辛いなと思いつつ恵理香は双眼鏡を構え前方の島を見る。
島の桟橋と観測施設らしき建物が数棟確認出来た、そして恵理香は焼け落ちた建物が数棟有る事に気付く。
「火災でもあったみたいですね。」
「・・・これは酷いわね、通信の途絶はこれが原因かな?」
隣に来て同じように双眼鏡で島を見た優香が繭をしかめつつ問い掛ける。
「その可能性が高いですね・・・上陸の準備をお願いします。」
「了解です艦長。」
乗員がゴムボートの準備を始める傍で恵理香と優香は施設の様子を暫し無言で眺めていた。
「艦長、ボートの準備完了です。」
「それでは行きましょう、3名付いて来て下さい、残りの人は艇の事はよろしくお願いします。」
「はい、艦長。」
残る乗員達に見送られながらボートに優香と乗員達と共に乗った恵理香は何故この島まで来たのかを思い出していた。
何時も指揮しているまほろばではなく甲型潜水艇で北方海の奥深い海域にやって来た理由を。
それは一週間程前に遡る・・・・
ハンターギルド長室
「わざわざ来て貰って悪いな二人共。」
その日恵理香と商会長である姉の万理華はハンターギルドに呼びだされていた。
北方海のハンター達を取りまとめるギルドの長であるレイア・マーべリックに。
彼女もかってはハンターとして数多くのシーサーペントを撃破した、北方海以外の海域でもその名知られた有名人だった。
もちろんゲームでもギルド長として登場しプレイヤー達に様々なクエストを依頼してくれる人物だった。
「いえいえ・・・ギルド長直々のお呼び出しとなれば出向かない訳には行きません。」
完璧な笑みを浮かべつつ答える万理華。
ここに着くまで「恵理香ちゃんとの一時を邪魔された。」と言って拗ねていたのだが。
まあ何時もの事なので恵理香は気にしない様にしていた。
「そうか・・・」
レイアもそれに気付いているのか苦笑いしていたが。
「それで御用の向きはギルド長様?」
「実は牧瀬商会に救助を依頼したい。」
「救助ですか?」
万理華が首を傾げる、それはそうだろう今まで救助をギルドから依頼された事は多いが、ギルド長自らと言うのは初めてだったからだ。
「詳細を聞かせて頂きますか?」
万理華の表情が商会の会長としてのものに変わる・・・何時もそうしてくれれば尊敬出来るんだけどと恵理香は内心思って溜息を付く。
「ああ実はな・・・」
それは北方海域の最奥にあるレインバーク商会の研究施設から、一週間前に緊急通信が送られてきたことから始まった。
「通信の内容は?」
恵理香の質問にレイアは一瞬沈黙した後話始めた。
「『施設にトラブルが発生し深刻な状況になっている、救助を願う。』と。」
「トラブルの内容は?」
レイアの返答に万理華が聞き返すとレイアは首を振り答える。
「その通信以後連絡が取れなくなった。」
「・・・・・・」
恵理香と万理華は顔を見合わせる、どうやらかなり深刻な事態になっている様だと思って。
「商会は救助の為船を送ったそうだが、厚い流氷と・・・シーサーペントらしきものを目撃した為断念したそうだ。」
レイアはそう言って溜息を付くと恵理香と万理華を見て言う。
「そこで牧瀬商会に救助に行って貰いたい。」
レインバーク商会はハンターギルドに加入しているが、シーサーペントを駆除するより研究をメインしている商会だった。
その為調査研究用の船舶以外は小型の戦闘艦艇しか所有していなかった。
だからシーサーペントが島の付近に居るのなら救助は非常に危険であり撤収は仕方が無いと恵理香は考えたが。
「あえて我が商会に依頼すると言うのには何か理由があるのですか?」
ただそういった救援なら他の商会でも問題ない筈だと万理華は鋭い視線をレイアに向けながら問い掛ける。
「ああ、もちろんそれには理由がある。」
レイアは万理華と恵理香の顔を見つめながら事情を説明し始める。
「救助してもらいたいのはロベリヤ・レインバーク、レインバーク商会長の娘なんだが・・・彼女は微妙な立場でな、それが今回事態を複雑にしている。」
「確か彼女は正妻とは違う女性が母親だとききましたけどそれが原因で?」
「まあな、だから今回の依頼は内密にして置きたいらしい、余計な波風を立てない為にもな。」
レイアは複雑な表情を浮かべながら実情を話してくれる。
「だからレインバーク商会長としてではなく個人的な立場で私に直接依頼するしかなかった訳だ。」
「つまりレインバーク商会の内外に余計な軋轢を起こさせない為の政治的判断と言う事ですか。」
万理華が裏の事情を察しつつレイアに確認してくる。
「そういう事だ・・・会長としては商会を、父親としては娘を守りたいという相反する立場故の苦渋の決断だ。」
両方の立場を放棄出来ないからか・・・聞いていて複雑な思いを抱く万理華と恵理香。
「だからお前達に頼みたい、腕は確かで口の堅いお前達にな。」
そう言ってレイアは万理華と恵理香を見る。
「・・・恵理香ちゃんはどう?」
万理華は暫し考えてから恵理香に振る、実際救助に行くのは恵理香だから今回もまた判断は任せる積りだったからだ。
「助けを求められているのなら私はその裏に何が有ろうとも行くつもりです。」
その答えを聞き、万理華は恵理香らしいと思って苦笑し、レイアは流石は守護天使だと納得した表情を浮かべる。
「ただ問題は島のある海域ですね、流氷が多くてまほろばでも危険が伴います。」
流氷の多い海域は駆逐艦の速度と機動性が生かせず、シーサーペントと戦うにはチートなまほろまでも不利だった。
「ただ今回は撃破でなく救助が目的なので甲型潜航艇が最適だと思います。」
甲型潜航艇は海底調査に使われる小型潜航艇だった。
「でもあれは武装が無いし、速力だって遅くて危険よ恵理香ちゃん。」
本来海底調査用なので戦闘能力は無いし速力も遅かったので万理華は反対する。
「それは・・・」
恵理香もそれは分かっていたので反論出来ず、レイアも腕を組んで押し黙るしかなかった。
「となれば、天才技師ケイさんの出番だね!!」
突然ギルド長室のドアが開け放たれケイが満面の笑みを浮かべ飛び込んでくる。
「お、お前・・・何を言って、と言うか勝手に入るなとあれほど・・・」
レイアが席から立ち上がって言うが、ケイはまったく気にせず続ける。
「私がこんな事もあろうかと開発しておいた特殊潜航艇、その名もS1、これなら海中のシーサーペントだって恐れる事などない!!」
何時もに増してハイテンションなケイに万理華と恵理香はあっけにとられしまう。
「お前が開発したものなど危なくてこの非常時に使えるか!」
そしてレイアは日頃の冷静さなど何処かに置いてきた様に怒鳴る。
流石に恵理香もケイの無茶苦茶ぶりを知っているだけに素直に受け入れる事は出来ずこちらは困った表情を浮かべる。
万理華の方はレイア同様怒りで表情を歪ませている、最愛の妹に危険な目に遭わせられないと思ったからだ。
「私が見ていたので問題は有りませんギルド長。」
だがケイの後から入ってきた優香が落ち着いた様子で話すと恵理香達は一旦落ち着く事が出来た。
「そうか、優香が見ていたなら問題はないな。」
「ええ、優香さんが居たのなら安心ね。」
万理華とレイアは心底安堵した表情を浮かべながらそう言って優香を見る。
ある意味ケイにとっては屈辱的な言葉だったのだが。
「それでねこの潜航艇は強力なバッテリーとモーターによる高速力を誇り・・・」
当の本人にはまったく響いてはいないのは何時もの事だったので恵理香達も気にもしなかったが。
こうして恵理香は特殊潜航艇S1を使用したロベリヤ・レインバークの救助作戦を行う事になった。
「それから技術顧問として私も同行します。」
「それは危険・・・」
「同行するから。」
引き留めようとするも頑なに主張する優香に結局同行を認めるしかない恵理香が肩を落とす。
そのやり取りにレイアは苦笑し、万理華は面白くない表情を浮かべ見ていたのだった。
1週間後、まほろばによって特殊潜航艇S1は島に近い海域まで運ばれ、到着後恵理香達は乗り込むと出発したのだった。
恵理香は同行する優香と乗員達を乗せたボートで島にへ向かいながらそんな事情を回想していた。
その中に前方に小型ボートが係留されている桟橋とその先に焼失した施設が2棟見えくる、幸い他の棟は無事だった事を恵理香は確認する。
「接岸して下さい、皆上陸準備を。」
そう指示を伝えると搭載艇は桟橋に接岸し艦内服を着た恵理香は優香と乗員達と共に島に上陸する。
「まほろばへ、これより上陸します。」
『了解です艦長、現在の所こちらには問題なしです。』
上陸後まほろばに連絡を入れた恵理香は改めて施設を見渡す。
「恵理香、人が。」
優香の声に恵理香がそちらを見ると防寒服に身を包んだ2人がこちらに手を振りながら歩いてくるのに気づく。
生存者が居てくれたの幸いだった、あとはロベリヤ・レインバークが無事であれば万事解決だと恵理香は思った。
そう思いつつ恵理香は桟橋に降り立って近づいて来た2人を迎える。
「レインバーク商会のロベリヤ・レインバークだ、今回の救助感謝する。」
そう言って私の前に立ったのは金髪の髪を首の後ろで束ねた中性的な顔立ちの女性だった。
どうやらロベリヤ本人が来てくれた様だと恵理香、多少疲れは見えるが健康には問題ない様で安心する。
「牧瀬商会の牧瀬 恵理香です、ご無事でなによりです。」
ロベリヤは恵理香の名前を聞いて驚いた表情を浮かべる。
「牧瀬商会の・・・北方海の守護天使を救助に寄こすなんてあの人らしい。」
ロベリヤが何を思ったかは何となく察しがついた恵理香だがあえてそれについては言及しない。
現状恵理香には何も出来ないからだ、それにロベリヤだって安易な同情など迷惑なだけだろうと考えて。
だから恵理香は事務的に話を進める事にした。
「天使なんて過分なものですから、貴女以外の生存者の方は?」
「あと7人いる、うち2人は衰弱が酷い状態だ。」
恵理香の態度をどう思ったか分からが、ロベリヤも同じ様に事務的に答える。
ロベリヤの言葉に頷いた恵理香は傍らに居た乗員に指示をする。
「医務員に容態を確認させ問題なければ、他の人と共に収容を開始して下さい。」
「了解しました艦長。」
指示を受けた乗員達はロベリヤと一緒に来た女性に案内され施設に向かう。
その後衰弱した者を含む救助者達をボートで何度か往復して潜航艇S1に収容し終えたのだった。
収容が終わり恵理香は艇上部に立ち島を見ながら一息ついていた。
島とその施設は寂れて見える、いや本当に寂れているのだろうと恵理香は思った。
「牧瀬艦長。」
そんな時艇内からロベリヤが出て来て恵理香に声をかけてくる。
「レインバークさん疲れてませんか?お休みになっていても構わないのですが。」
傍らに立ったロベリヤに恵理香のそう尋ねると彼女は笑って答えてきた。
「いや大丈夫だよ、むしろこうやって風景を見ていた方が落ち着く・・・何も無いけどね。」
「・・・そうですか。」
恵理香はそう言ってロベリヤと一緒に島と施設を見る。
「施設の火災原因は老朽化だった様ですね。」
それは救助者達の収容と平行して、優香が施設を調べた結果分かった事だった。
これはギルド長の要請でもあったのだけど、多分レインバーク商会に釘を刺す為だろうと恵理香。
ギルドは所属するロベリヤの様な人間を守る義務があるからだ。
まあそれでロベリヤの待遇が変わるか疑問だったが、多少はレインバーク商会を牽制出来るとギルド長は考えているのだろうと恵理香は思った。
「・・・まあ何時もの事だよ、私は厄介者だから・・・」
恵理香の問いにロベリヤは自虐的な笑みを浮かべて答えてくる。
彼女はずっとこんな境遇で生きてきたのだろうかと自虐的で悲しい笑みに恵理香は溜息を付く。
「御免ね、こんな話は貴女にするべきじゃなかったよ。」
溜息を付いた恵理香を見てロベリヤは申し訳ない表情を浮かべて謝ってくる。
「お気になさらない下さい・・・私には聞いて上げる他思いつきませんし。」
正直言って自分は無力だと恵理香、このゲーム世界に詳しいが、数多の転生ものに出て来る主人公と違ってチートな力など持っていないと思っているからだ。
しかし恵理香は自覚していない様だが、彼女だってチートなまほろばを操る能力を持ち、守護天使として多大な影響力を持っていたりするのだが。
「だから言いたいことがあれば遠慮なく言って下さい・・・付き合いますよ、ここまで関わったんですから。」
ロベリヤはそんな答えに一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに笑顔を浮かべると恵理香の肩に自分の肩を寄せてくる。
「え・・・っとレインバークさん?」
そんな行動に恵理香が面食らっているとロベリヤが答える。
「そんな事を言ってくれる人って今までいなかったな、下手な同情の言葉を掛けるでなく傍に居てくれる、守護天使様と呼ばれるのも納得だね。」
「・・・守護天使と呼ばれるのは結構恥ずかしいから出来れば止めて下さい。」
多分にからかいの入った言葉に恵理香は恥かしくなり顔を赤くしてしまう。
「くすくす・・・じゃ恵理香と呼ばせてもらうね、もちろん私の事はロベリヤと呼んで欲しいな。」
ロベリヤにそう言われ女性同士のコミニケションに未だ慣れない恵理香は戸惑ってしまう。
「はい、それじゃ呼んでみて恵理香。」
彼女は結構Sではないのかと恵理香は思ってしまう、恥かしくてあたふたしている自分を見て嬉しそうに見えたからだ。
「・・・ロベリヤ。」
「うん恵理香。」
場違いな所に突然発生した甘酢っぽい雰囲気は次の瞬間、ロベリヤと恵理香に掛けられた声によって吹き飛ばされる。
「2人で何をしているにかしら?」
ロベリヤと恵理香の後ろにいつの間にか立っていたのは優香だった、その顔には微笑みをうかべていたが目はまったく笑っていなかった。
「ひっ!ゆ、優香・・・私達は別に。」
優香の声にまるで彼女に浮気がばれた彼氏の様に言い訳してしまう恵理香。
冷静に考えれば2人は恋人ではないし言い訳する必要は無い筈だが優香の迫力に恵理香はその事に気づけなかった。
「ふ~ん、君もか。」
甘酢っぽい雰囲気から修羅場へ雰囲気が変わってしまったがそれも長続きしなかった、響いてきた轟音によって。
恵理香はロベリヤから離れると首から下げていた双眼鏡を轟音の響いてきた方向に向ける。
その視界に入って来たのは流氷を蹴散らしながらこちらに向かってくる今まで見た事の無いほど巨大なシーサーペントだった。
「艦長!!一体何が起こってるんですか?こちらに急速に接近中の反応をレーダーが捉えたんですが・・・」」
ハッチから乗員が首を出して恵理香に大声で問い掛ける
「巨大なシーサーペントが接近してきます、総員戦闘配置に付いて下さい。」
恵理香にそう指示を出すとロベリヤと優香に言う。
「ロベリヤと優香も早く艦内に入って下さい。」
「分かったよ恵理香。」
「うん恵理香。」
優香とロベリヤは素早くハッチから艇内に戻って行く、恵理香もシーサーペントを一瞥すると2人続く。
操縦室に戻った恵理香は座席に座ると機関を始動する。
「ハッチ閉鎖を確認、総員座席に座って下さい。」
乗員達はそれぞれの座席へ優香とロベリヤは補助席に座る。
「ハッチ閉鎖を確認。」
そう報告して最後の乗員が座席に座るのを確認した恵理香は潜航艇S1を素早く潜航させる。
そして潜航艇の進路を島から離れるコースに取り速度を上げていく。
「センサー、目標は?」
「なおも接近中です、何時もより反応が大きい様ですが?」
センサー担当へ恵理香が問い掛けると戸惑った声で報告して来る。
「今までに見たことの無いほど巨大なシーサーペントですから。」
恵理香の言葉を聞いていた乗員達が驚いた表情を浮かべる。
「そんなに巨大シーサーペントが存在するの?」
「恐らく殆ど天敵の居ないこの海域だったからだろうね。」
優香の問いに恵理香の代わりに答えたのはロベリヤだった、意外な相手からの返答に皆目を丸くする。
「これでもシーサーペントの研究が私の仕事だったんだ。」
ロベリヤは肩を竦めて恵理香達の疑問に答えて見せる。
そんな会話を聞きながら恵理香はため息を付く、ロベリヤを無事救助出来て仕事は終わったと持っていたが違ったらしいと思って。
「まほろばに連絡を・・・これからシーサーペントをそちらに誘導するので迎撃準備をする様にと。」
「はいまほろばに連絡して迎撃準備を要請します。」
恵理香の指示を通信担当が復唱する、それを聞きながらロベリヤと優香そして乗員達は緊張し表情を浮かべる。
「流石恵理香は落ち着いているね、流石は守護天使と言う訳だ。」
そんな中冷静に潜航艇を操りながら指示を出す恵理香にロベリヤが感心した表情を浮かべながら話し掛ける。
「緊張しない訳ありませんよ、ただここまで来たら自分のやるべき事をやるだけです。」
そんな恵理香の言葉にロベリヤは緊張が解れたのか微笑みを浮かべる。
「やっぱり守護天使の名は伊達では無いね。」
その信頼に満ちたロベリヤの笑みと言葉に恵理香は照れてしまう、優香や乗員達も何時の間にか同じ様な感じで見ている。
「そうよ、恵理香は守護天使なんだから当たり前よ。」
優香がドヤ顔で宣言し、益々照れてしまう恵理香だった。
「艦長、まほろばを確認しました。」
センサー担当からの報告を聞いた恵理香は顔を軽く叩き気を引き締めると通信担当に指示をする。
「副長を呼び出して下さい。」
通信担当がまほろばに通信を繋ぐと副長が直ぐに出る。
『まほろばから艦長へ、目標を確認・・・何時もよりでかいですね。』
「ええ、特別なシーサーペントの様です、詳しい説明は後で、潜航艇がまほろばにたどり着いたら攻撃を。」
『了解です艦長。』
恵理香の指示でまほろばのランチャーが旋回し仰角を取る。
『シーサーペント射程に入ります。』
「こちらは安全圏内に退避しましたので攻撃を。」
まほろばからの報告を聞いた恵理香は攻撃を指示する。
『ロケット弾発射します。』
発射された8発のロケット弾がシーサーペントに命中すると、激しい爆発音と振動が海上に響き渡る。
「シーサーペントの様子は?」
「・・・足が止まった様です接近してきません。」
センサー担当が問いに答えると恵理香は頭上から小型ディスプレーを降ろし作動させる。
シーサーペントはまほろと距離を取り、威嚇するように唸っている様子がディスプレーに映し出される。
「今の攻撃で警戒している様だね、恵理香はこれで後退するつもり?」
横からディスプレーを覗き込んでシーサーペントを見たロベリヤの問いに恵理香は首を振って答える。
「・・・いえ多分後退したら必ず追ってくるでしょう、奴が獲物を簡単に諦めるとは思えませんし。」
「容易に後退出来ないね、そんな事をすれば・・・」
対抗して覗き込んできた優香が恵理香に同意して言う。
タイプは違うが美人な2人に挟まれ恵理香は残っている男の意識の所為で落ち着かなかったが何とか答える。
「ええ優香、シーサーペントを多くの船が居る海域に連れてきてしまう事になります。」
その結果シーサーペントの前に無防備な多くの船員達を晒してしまう事になるだろうと恵理香。
だからこの海域で撃破するか少なくても封じ込めなければならない事は明白だった。
「ただ通常のロケット弾と砲弾ではそれほど効果が望めない様ですが。」
巨大な身体ゆえ通常の兵器では足を止めるのが精一杯だと恵理香は判断する。
どうすべきか悩んでいた恵理香はまほろばに積んでいたある物を思い出した。
「・・・あの特殊ロケット弾を使いましょう。」
恵理香の判断に乗員達の表情が強張る、前回の繁殖地での事を思い出したからだ。
一方事情の知らないロベリヤは皆の反応に戸惑っている。
「皆さんの気持ちは分かりますが、特殊ロケット弾ならあのシーサーペントに効果がある筈です。」
「そうね、効果は有る筈よ、私は恵理香の判断を信じる。」
優香はそう言って乗員達を見渡して言う、皆はどうなのかと問う様に。
「・・・分かりましたやりましょう、私達も艦長の判断をを信じます。」
「感謝します皆さん。」
乗員達も優香同様に判断を信じてくれる事に恵理香は頭が下がる思いだった。
「ほんと恵理香は皆に信頼されているね。」
聞ていたロベリヤが感嘆した様に言ってくる。
「私には過分な気がしますがね。」
恵理香の言葉にロベリヤは微笑返しながら答える。
「恵理香らしいね・・・流石は天使様だ。」
「それは止めて下さい・・・特殊ロケット弾の発射準備をまほろばに伝えて下さい。」
「了解です艦長、まほろばに特殊ロケット弾の発射準備をする様連絡します。」
いい笑顔を浮かべながら答える乗員に恵理香は苦笑するしかなかった。
まほろばは恵理香の指示を受けると舵を左に切ってランチャーをシーサーペントに向け停止する。
「艦長、まほろばから発射準備完了との事です。」
通信担当からの報告に恵理香は頷くと指示を出す。
「ではロケット弾を発射、発射後直ちに離脱して下さい。」
『了解です、これより特殊ロケット弾を発射します、艦長お気をつけて。』
まほろばの副長からの通信に恵理香は潜航艇を更に深く潜航させる。
『発射!』
通信機から火器管制担当の声が流れるとランチャーから特殊ロケット弾が発射されシーサーペントに向かって行く。
発射後まほろばは機関を全開にして離脱し、恵理香とロベリヤ達は衝撃に身構える。
シーサーペントはロケット弾の接近に流石に不味いと気付いた様で身を翻して逃亡しようとしたが、避けられず着弾し先ほどより更に派手な閃光と衝撃が起こる。
着弾によって起きた衝撃にある程度離れていたまほろばも潜水中の潜航艇も激しく振り回される。
「ま、シーサーペント逃亡して行きます!!」
振り回されながらもディスプレーを見ていたセンサー担当が報告する。
恵理香がその報告を聞くと潜航艇の深度を上げながらディスプレーを目の前に降ろし作動させる。
揺れはまだ収まっていなかった為ディスプレー上に映る画像は波が酷く視界は悪かったがやがて安定するとシーサーペントがこちらに背を向け海域の奥へ逃亡して行く姿が映る。
かなりダメージを食らってぼろぼろになった様子をロベリヤがまた横から覗き込みながら呟く。
「これで暫くは海域の外に出ようとは思わないだろうね・・・」
「ええ・・・そうであれば私達の勝ちですけど。」
倒せなかったが一応封じ込めには成功した様だと恵理香は思って答える。
「で恵理香はこれからどうするつもり?」
「一旦戻ります、姉いえ会長やギルド長に相談しなければなりませんから・・・後の事はそれからですね。」
ロベリヤの問い掛けに恵理香は溜息を付きつつ答える。
「確かにそうだね、私も賛成だ。」
「はい、恵理香。」
ロベリヤと優香の言葉に恵理香は頷くと、去ってゆくシーサーペントをディスプレー越しに見送るのだった。
その後潜航艇S1は戻って来たまほろばに回収され後海域を離れ中央港へ向かったのだった。
11:45
ロベリヤ・レインバーク救助依頼終了。
なおその過程で巨大シーサーペントに遭遇し攻撃を加えたが撃破に至らず、ただし封じ込めには成功。
以後の対策の検討の為一時帰港。
報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。