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北方海の守護天使  作者: h.hiro
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幕間「西村班長と孫娘」

西村 祥子は今人生最大の岐路に立たせられていた・・・訳では無かった。

「う~んどうしよう・・・」

『中央港ドック』と書かれた看板の前で祥子は先程から悩んでいた。

傍にある受付と思われる小さな建物前には警備だろうか厳しい顔つきの男性が立っている。

そのお蔭で祥子は近づけないでいたのだ。

「連絡はしたけど何時行くとは言ってなかったからな~お爺ちゃん怒るかな・・・」

祥子はぶつぶつ言いながら行ったり来たりうろうろしている、はっきり言って不審者だが、周りに人が居ないせいか今のところは問題になっていない、今のところは・・・

そんな祥子の元に誰かが近付いて来たのだが、彼女は考えに夢中で気付かない、だから結果的に。

「何か此処に御用ですか?」

「ひぎゃああ!?」

声を掛けられ、奇怪な悲鳴を上げ、文字通り飛び上がる羽目に陥ったのだった。

「す、すいません別に怪しい者では・・・」

慌てて振り向いて弁解しようとした祥子は相手を見て驚きに言葉を途中で止めてしまう。

黒髪に眼鏡を掛けた自分と同じ年頃の女性だったからだ。

「すいません驚かす積もりは無かったんですが、大丈夫ですか?」

奇怪な悲鳴を上げた祥子にすまなそうな表情を浮かべて女性は問い掛けてくる。

「い、いえだ、大丈夫ですは、はい。」

恥かしさの余りどもってしまう祥子。

「そうですか・・・それでドックに何か御用ですか?」

そんな祥子に女性は柔らかな笑みを浮かべ再度問い掛けてくる。

「えっと・・・こちらにいる肉親に会いに来たんですが。」

兎に角落ち着こうと深呼吸して祥子は答える。

「肉親の方がですか、失礼ですがその方のお名前は?」

「西村 庄司です、私の祖父なんですが・・・ああ孫の西村 祥子と言います。」

その名前を聞いた途端その女性は驚いた表情を浮かべる。

「西村班長のお孫さんですか・・・分かりました。」

そう言って笑みを浮かべる女性に祥子は一瞬見とれてしまう。

「あの・・・お爺ちゃ、祖父をご存知なんですか?」

確か西村班長と呼んでいたからドックの人なんだろうかと祥子は思い聞いてみた。

「はい、西村班長には何時もお世話になってます、それで班長に貴女はお会いに来られたわけですね。」

「そ、そうなですけど、ちゃんとした約束をしていた訳で無かったので、どうしようかと・・・」

やはり祖父の知り合いらしい、だけど彼女がドックで何をしているのかは祥子には分からなかった。

もちろん自分と同じ歳で働いている者は珍しくはないけどと思う祥子だったが。

「なるほど・・・では少し待って頂けますか。」

女性はそう言うと厳しい顔つきで立っている男性の所へ歩いて行く。

「あ、あのう・・・」

祥子は焦って声を掛けるが女性はじろりと眺める男性に躊躇する事無く近寄って行く。

怒鳴られるんじゃないかと祥子は気が気では無かったが、次の瞬間目を丸くしてしまう。

「これは牧瀬艦長、何かお忘れ物でも?」

そう言ってあの厳しい顔つきの男性が姿勢を正し敬礼したからだ、しかも艦長と呼んでいる。

「いえ、実は西村班長のお孫さんがお会いに来ているのですが、会う約束をしていなかった様で、出てこられるか確認して欲しいのですが。」

男性がこちらを見てくる、思わず背筋が伸びる祥子。

「分かりました、暫らくお待ち下さい。」

男性はそう言って建物の中に入り電話をかけ始める。

やがて出てきた男性が女性に報告する。

「西村班長は直ぐにこちらに来られるそうです牧瀬艦長。」

「ありがとうございます。」

「いえ、お役に立てて光栄です牧瀬艦長。」

男性の敬礼に女性は微笑むと祥子の元に戻って来る。

「こちらに西村班長が来てくれるそうなので私と一緒に来て下さい。」

「は、はい。」

再び背筋を伸ばして返事をする祥子はさっきから状況に付いていけずにいた。

何しろ自分とほとんど歳の変わらない女性が艦長と呼ばれているからだ。

そして祥子は女性と一緒に先程の男性のところに向かう。

男性の鋭い(本当は物珍しそうに見ているだけ)に愛想笑を浮かべつつ通り過ぎ構内に入る祥子。

「暫らくここで待って下さい。」

「わ、分かりました。」

少し構内に入った所で立ち止まり、2人は暫し佇む。

そうしながら祥子は隣に立つ女性を見ながら本当に彼女は艦長なんだろうかと考え込む。

さっきの男性も言っていたし、彼女も否定しなかったのだから間違いでは無いと祥子は思ったのだが。

それでも祥子は中々納得出来ずにいた時だった、車の走行音が聞こえそちらに目を向ける。

「お爺ちゃん。」

若い男性の運転する車に乗っている祖父である庄司を見つけ祥子は安堵する。

やがて祥子と女性の前で車が止まると、祖父が降りてくる、そして・・・

「この馬鹿もんが、来るなら来るとちゃんと連絡せんか!!」

祖父の怒声が響き、祥子は思わす比喩ではなく飛び上がってしまう。

ちなみに女性も運転していた男性も涼しい顔で居るのは慣れているからだなのかと祥子は思った。

「で、でも行くとは伝えたけど・・・」

「正確な日付と時間を言わなきゃ意味はない、まったくお前は・・・」

祥子の弁解を切って捨てる西村班長。

「まったく・・・ああ、牧瀬艦長迷惑を掛けてすまんな。」

深い溜息を付いた後、西村班長はそう言って牧瀬艦長いや恵理香に謝罪する。

「いえ気にしないで下さい、班長のお孫さんにお会い出来ましたからね。」

そう言って苦笑する西村班長に悪戯っぽい笑みを浮かべて話す恵理香。

「不肖の孫娘だがな、何だ祥子?」

西村班長の袖を掴み、祥子は恵理香を見ながら祖父に「彼女は?」と視線で尋ねる。

「ああそうか、こちらは牧瀬商会の牧瀬 恵理香艦長だ、でこいつが不肖の孫娘だ。」

西村班長は祥子の視線での問いに恵理香の事を紹介する。

「牧瀬 恵理香ですよろしく。」

「あ、はいこちらこそよろしくお願いしま・・・って、あれどこかで聞いた名前の様な?」

首を傾げて考え始める祥子に祖父は肩を竦めて教える。

「北方海の守護天使様だ・・・お前だって知っているだろうが。」

「そうか牧瀬 恵理香って北方海の守護天使だった・・・ってえええ!!」

祖父の言葉に再び飛び上がってしまう祥子だった。

「そ、そ、それは本当に?」

「落ち着かんか・・・本当だ、なあ牧瀬艦長?」

祥子を落ち着かせながら西村班長はにやりと笑って恵理香に問い掛ける。

「そう言われているだけですよ西村班長、あとお孫さんをあまりからかうの止めてあげて下さい。」

苦笑しつつ西村班長を止める、まあこれが班長と祥子のコミニケーションの取り方の様なのでそれ以上は言うつもりは無い恵理香だが。

「そうだな・・・この辺で止めておくか、それで祥子、お前これからどうするつもりだ?」

恵理香に止められた西村班長はそう言って頷くと、祥子の方を見て聞いてくる。

「え・・・それはお爺ちゃんに会ってから決めようと。」

その言葉に西村班長は頭を抱えてしまう。

「お前な・・・俺はまだ仕事が残っているんだぞ、終るまで何処に居るつもりなんだ?」

「ははは・・・どうしようお爺ちゃん?」

西村班長の言葉に祥子は真っ青になる、会う事ばかりを考えていて、その後の事など何にも考えていなかったのだ。

「どうしようじゃないだろうが、この中で待ってもらう訳にはいかねし。」

規則上部外者は入れない、いや入れたとしても祥子の居れる場所など無いだろう。

班長と祥子は途方に暮れた表情になる、そんな2人を見て恵理香は声を掛ける。

「それでは班長、良ければお孫さん、祥子さんは私がお相手してますよ、街でも案内していれば時間を潰せるでしょう。」

恵理香の提案に西村班長は目を丸くして答える。

「良いのか牧瀬艦長?」

「構いませんよ、この後の予定も別にありませんから。」

西村班長の問いに恵理香は苦笑しつつ答える。

ペガサスのドック入りで休暇なったのだが、恵理香は予定が無くそれならと散歩の積りでドックの傍まで来て祥子と出会ったのだ。

「商会長はどうしたんだ?」

姉である万理華は恵理香が港に帰ってくると常に一緒に居ようとするのは皆がよく知る事だったので西村班長は尋ねる。

「姉さん、商会長はギルドの会合が有って今日一日缶詰状態です・・・説得するのに苦労しましたよ。」

「行きたくない、恵理香ちゃんと一緒に居る!!」

そう駄々をこねる姉を何とか説得して恵理香はギルドへ連れて行ったのだ。

「お前さんも苦労してるな。」

「・・・心遣い感謝します班長。」

力なく笑う恵理香に西村班長は同情の眼差しを向けて慰労する。

「と言う訳で今日一日大丈夫ですから。」

話題を変える様に言ってくる恵理香に西村班長は肩を竦めると答える。

「まあそうしてもらえるなら助かる、牧瀬艦長に更に迷惑を掛けない様にしろよ祥子。」

「迷惑って、恵理香そんな事しないもん。」

西村班長に言われ祥子は口を尖らして抗議するが・・・

「馬鹿もんが、もう十分迷惑を掛けているだろうが。」

そんな抗議は西村班長には通じなかったらしく祥子はぐうの音も出なかった。

「ふふ・・・では行きましょうか祥子さん、夕方までには戻ります班長。」

そんな2人を微笑ましく見つめていた恵理香が言う。

「ああ、頼むよ牧瀬艦長。」

こうして西村班長に見送られて恵理香と祥子は出発したのだった。

「とは言え観光出来る所なんて限られますね・・・」

何処へ案内しようと考え始めた恵理香を改めて祥子は見る。

そしてあの北方海の守護天使と目の前の女性のイメージが中々重ならないなあと祥子は考える。

この彼女が軍艦に乗ってシーサーペントと戦っているとは失礼な話しかもしれないが想像出来なかったのだ。

「どうかしましたか?」

「ふぇ!な、なんでもないです牧瀬艦長さん。」

そんな事を考えていたところに話しかけれ祥子は再び変な声を上げてしまう。

「そうですか・・・あのう祥子さん、出来ればですが艦長では無く恵理香と呼んで欲しいのですが。」

祥子の変な声を気にする事も無く恵理香はそう提案してくる。

「良いんですか?」

「構いませんよ、私達同じ歳の様ですし、第一祥子さんは商会の人間ではありませんから。」

まあ恵理香にしてみれば同じ歳の祥子に艦長と呼ばれるのは何だか気恥ずかしいものがあったからだが。

「わ、分かりました恵理香さん。」

祥子の返答に恵理香は微笑んで見せる。

「それじゃ行きましょか。」

「はい。」

取りあえず街へ出ようと恵理香と祥子は歩き始める。

「祥子さんは学生ですか?」

歩きながら恵理香は聞いてくる。

「はい、中央海の学校に行ってます。」

恵理香の問いに祥子が答える。

「そうですか、今回はお休みで西村班長の所に?」

「中々帰ってこないからお爺ちゃんは・・・だから会いに来たんですけど。」

以前からそうだったが、特に最近はそうだったからと祥子は言う。

「まあ西村班長が色々忙しいですからね。」

主にケイに振り回されてだと恵理香は思ったが。

「まあ忙しいのは分かっているけど・・・両親も心配していましたから。」

祥子はそう言って肩を竦めるのだった。

結局恵理香は自分のお気に入りの場所、港を見渡せる所に祥子を案内した。

「わあ良い所ですね。」

景色を見ながら祥子は感嘆に満ちた声を上げる。

「気に入ってもらって嬉しいですね、ここは私がもっとも好きな場所ですから。」

隣に立ち、微笑みながら港を見ている恵理香を祥子は見つめる。

ほんとこうして居ると普通の女性にしか見えないなと改めて祥子は思う。

だが彼女は、戦闘艦に乗りシーサーペントと戦っているのだ。

「あの・・・恵理香さんは怖くないですか、シーサーペントと戦っていて?」

ふと気になってて祥子は聞いてみる、自分と歳の違わない女性がどんな思いで居るのかと。

「・・・怖く無いと言えば嘘になりますね、でも私は自分の出来る事があるなら躊躇無くやるつもりですから。」

最初に抱いた普通の女性と言うイメージは今は無く、そこには強い信念を持った女性だったのだと祥子は思った。

「凄いですね、私なんか恵理香さんやお爺ちゃんみたいに出来ませんね、何かのほほんとしていて。」

自虐な笑みを浮べ祥子は肩を落とす、趣味とか友達と楽しく過ごす事ばかり考えている自分を恥じて。

「いえそれで良いと思いますよ祥子さん。」

「えっ?」

意外と思える言葉を掛けられ祥子は思わず恵理香を見つめてしまう。

「私や西村班長は・・・そんな人達の生活を守る為に戦っているんですから。」

天使だ、本当にこの人は天使だと祥子は確信してしまうのだった。

日が暮れる頃、祥子と恵理香はドックに戻った。

「帰ってきたか。」

西村班長は作業服から私服に着替えてドック正門前に立って居た。

「牧瀬艦長に迷惑を掛けていないだろうな祥子。」

「もうお爺ちゃんってば、迷惑なんか掛けていないわよ、ねっ恵理香さん。」

祥子は少し怒った表情を浮かべて答えると恵理香に声を掛ける。

「ええ、そんな事はありませんでしたよ、私も楽しかったですよ西村班長。」

恵理香はそう答えて微笑む、それを見て西村班長は肩を竦めて見せる。

「とりあえず礼を言うぜ牧瀬艦長、助かったよ。」

「私も退屈な休暇にならなかったですから、お気にせず。」

そう言って微笑む恵理香を見て西村班長は複雑な気持ちにさせられる。

こう見ると年頃の娘に見える、いや本来なら孫の様に同じ年頃の娘達と人生を楽しんでいても不思議でないのだが・・・

現実は最前線に立たせている、その肩に大きな重責を担わせて。

そんな感傷的な事を言っている場合で無い事は西村班長には分かっているが、やはり罪悪感は消えない。

「老い先短い自分でなく、若いこいつらに押し付けているんだからな・・・」

「何か言いましたか西村班長?」

その声は小さく祥子と恵理香には聞こえなかった。

「何でもねえ、さあ行くぞ祥子。」

首を振って話を打ち切り西村班長は祥子に声を掛ける。

「あ、うんお爺ちゃん、それじゃ恵理香さん、今日はありがとう。」

歩き出した西村班長に慌てて付いて行きながら祥子は恵理香にお礼を言う。

「どういたしまして祥子さん、また会いましょう。」

そんな西村班長と祥子を見送りながら恵理香は答えるのだった。

こうして恵理香のたった一日の休暇は終わった。

余談だが、商会に帰った恵理香は既に戻っていた姉の万理華に、しつこく今日一日何をしていたか尋問を受ける羽目になった。

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