第24話「ケイからの依頼」
「ケイさんが?」
それは恵理香が中央港に戻って来た時の事だった。
『恵理香ちゃんに頼みたい事が有るのでラボに来て!』
到着後ギルドに顔を出した恵理香はギルド長のレイアからケイの伝言を伝えられたのだ。
「何かあったのでしょうか?」
「さあな・・・あいつの考えている事なんぞ知りたくもないがな。」
ウンザリした表情で答えるレイアに恵理香は苦笑する、まあ何かあれば最初に被害を受けるのは彼女だから仕方の無い話なのだが。
ギルド本部を出た恵理香はドックに向かい、待っていた優香にケイのラボまで案内される。
「そう言えばケイさんのラボに招待されるなんて初めてですね。」
それなりに長い付き合いだが恵理香はケイのラボに入るのは初めだと気づいて言う。
「私としては恵理香を招待したくは無かったんだけど。」
「?」
うんざりとした表情を浮かべて言う優香の姿に恵理香は首を捻る、まあその理由を直ぐに知る事になるのだが。
持って来た鍵でドアを開けた優香に連れられて恵理香はラボ内に入って行く。
「えっと・・・優香?」
元々はロビーだったと思われるそこは様々なものが乱雑に積み上がられておりまるで廃棄物置き場の様だった。
「恵理香、絶対積み上がっている物に触らないで・・・下手をしたら全てが崩れて下敷きになるから。」
それはとても冗談に聞こえず恵理香は思わず引きつった表情を浮かべるしか無かった。
慎重に歩きながら優香は恵理香をロビー奥にある階段に誘導して行く。
「優香、エレベーターは使わないのですか?」
階段の横にエレベーターが有ったが優香は見向きもせず通り過ぎていったので気になった恵理香が尋ねる。
「もう何年も前から動かないわ、ケイは直す気が無いから。」
深い溜息を付きながら答える優香の答えに恵理香はなんとなく納得してしまっていた。
優秀な技師であるが興味の無い事にはまったく無頓着なケイの性格を恵理香は思い出したからだ。
納得した恵理香と疲れた表情の優香は階段を4階まで登ると廊下をケイの居る部屋まで歩いて行く。
『ケイさんのひみつけんきゅうしつ』
でかでかとそう書かれたプレートが掛かったドアの前に立つ恵理香と優香、なお書かれたものに当然2人は突っ込まなかった。
「ケイ、恵理香を連れてきたわ。」
ノックをしてそう優香が呼びかけるが返答が帰ってこない。
「ケイ、ケイ?」
更に優香が声を掛けるがやはり返事は帰ってこなかった。
「ケイ入るわよ。」
優香はそう言ってドアを開け中に入る、その後を追ってん恵理香も続く。
「・・・ケイ?」
部屋の中はさっきのロビーで優香が言っていた状況になっていた、そう積み上げられていた物が崩れ足の踏み場も無かったのだ。
そしてケイの姿はそこには見えず恵理香と優香は困惑した表情で顔を見合わせる。
「・たす・・けて・・・優香・・ちゃん・・」
「えっ!?」
どこからともなく聞こえて来る声に恵理香が室内を見ているとその傍で優香が深い溜息を付きながら言う。
「・・・だから普段から整理してと言っているのに。」
そう言うと優香は崩れ落ちた物をどかしながら部屋の奥までたどり着くとそこを掘り返し始める。
「ぷっはぁぁ・・・」
やがてそこから優香によって掘り出されたケイの姿に恵理香は目を丸くしてしまう。
「助かったよ優香ちゃん!」
涙目になったケイが抱き着こうとするが優香はそれを避けるとジト目で睨みつける。
「大丈夫ですかケイさん?」
優香に睨みつけられ涙目になったケイに恵理香が声を掛ける。
「あっ恵理香ちゃん、久しぶりだね。」
恵理香に気付きケイが嬉しそうに答える。
「ケイ・・・」
「う・・・分かっているよ優香ちゃん。」
暫しケイに対する優香の説教が行われたのだった。
「それでケイさんが頼みたい事とは何なのでしょうか?」
説教が終え優香が部屋の中をある程度片づけて話が出来る状態になったのはあれから1時間後だった。
ケイ同様掘り出されたソファに座った恵理香は優香が入れてくれたコーヒーを飲みながら尋ねる。
「うん実はある場所までケイさんを連れて行って欲しいんだよ・・・あと優香ちゃん、このコーヒー冷たい気がするんだけど。」
対面に座り恵理香にそう答えた後ケイは傍らに控えていた優香に恐る恐る聞く。
「何かご不満でもケイ?」
「いやぁ不満なんてないよ優香ちゃん。」
先程よりキツイジト目で睨みつけられたケイは引きつった笑みを浮かべるしかなかった、ちなみにコーヒーは冷たいうえに砂糖抜きだった。
まあ優香にしてみればケイがまた部屋の中を崩壊させた怒りに加え恵理香に片づけを手伝わせてしまった後悔が有ったからなのだが。
「それでケイさんを何処へ連れ行けばいいんですか?」
そんな状況に苦笑しつつ恵理香は更に尋ねる。
「あのねっブラット島までお願いしたいの。」
「ブラット島ですか?」
恵理香はその島が中央海との接続海域に近い所に在る事を思い出す。
「うん実はね・・・」
ドックの技師の1人が資料室にあったブラット島の記録を調べていて何かを見つけらしいのだとケイは事情を説明する。
「そこでその技師は調査の為に向かったらしいんだけど・・・」
そこまで言ってケイは深い溜息を付いて続ける。
「もう3日も経つのに戻って来ないんだよ。」
恵理香と優香が顔を見合わせる。
「戻って来ない・・・何らかの事故にあったということ?」
優香が不安そうにケイに尋ねる。
「その可能性が高いね、ちなみに調査に行ったのは技師と友人のハンターらしいんだ。」
ケイの言葉に暫し考えていた恵理香が尋ねる。
「その技師が見つけたものは何か分かっているのですか?」
「それについては詳細ははっきりしなくて。」
技師は大発見だと言うだけでそれが何かを報告する事無く通信が絶たれてしまった。
「その技師達の救出と何を見つけたかを調べるのを恵理香ちゃんにお願いしたいんだ。」
普段は見せない真面目な表情を浮かべながら要請してきたケイに恵理香は頷いて答える。
「分かりましたケイさん、それで何時出発を?」
ペガサスが中央港を出発したのはそれから2時間後の事だった。
『今回はまともな話だったか・・・まあそれでも嫌な予感は消えんが。』
出港時ギルド本部から入った通信でレイアはそう言って溜息を付いて見せながら言う。
『牧瀬艦長には今更だと思うが慎重に頼むぞ。』
「了解ですギルド長。」
通信を終えた恵理香は進路をブラット島へ向ける様に指示を出す。
「機関前進半速、進路をブラット島に。」
『機関前進半速、進路をブラット島にとります。』
副長の復唱後ペガサスは進路をブラット島へ向け進み始める。
「それにしても何を見つけたんだろうね?・・・正直言って悪い予感しかしないけど。」
恵理香の隣に立ったロベリヤが不安げな表情で呟く。
ケイの所の技師が発見したものだけに、指揮所の乗員達も同様に不安そうな表情を浮かべている。
まあケイが関わるとろくでもない結果に陥るのが常だから仕方の無い話だと恵理香は内心苦笑するしかなかったが。
皆に厄介者扱いされているケイだが現在艦載火器管制室に優香の監視の元軟禁されていた。
なおケイへの対応がかなりきついとは火器管制室の乗員達の言である。
幸いブラット島へ航海中は大きな事件も起こらず到着出来た、ケイが小さな騒ぎを起こしては優香の制裁を受ける以外は。
「さてブラット島へ到着しましたが・・・これからどうするんですかケイさん?」
共用ディスプレーに映し出されているドローンから送られてきているブラット島の様子を見ながら恵理香がケイに尋ねる。
「ひゃぁ御免なさい優香ちゃんもうしませんから・・・」
だがケイはその問いに答えず怯えた鼠の様になっていた。
一体何をされたんだろうかと恵理香は自分の隣に控えている優香を見る。
「ケイ、恵理香が質問しているけど。」
「イエスマム、目的の場所はブラット島近くの海底です!」
優香の冷たい声に正気に戻ったケイが姿勢を正しながら答える。
「海底にですか?」
技師の残していった資料によれば目的の場所は海底にある、だから潜水艇を持っているハンターの友人を巻き込んだらしいとケイは説明する。
「分かりました、優香特殊潜航艇S1の準備をお願いします。」
「ええ恵理香、20分ほど時間を頂戴。」
優香はそう言うと艦後方の格納庫に搭載されているた潜航艇S1へ向かった。
20分後準備の終わった潜航艇S1はペガサスの飛行甲板からクレーンで降ろされブラット島の海底へ向かった。
その潜水艇を操るのは恵理香であり、同乗者は優香とケイにロベリヤの3人に護衛役の乗員達だった。
当初恵理香はロベリヤと優香をケイの依頼に連れて行く積もりは無かったのだが、2人は行くと譲らなかった。
「もちろん行くよ・・・当然だよね。」
「ええ当然ね恵理香。」
そんなロベリヤと優香の説得を恵理香は早々に諦めてしまった、ちなみにケイは気にしてもいなかった。
「ケイさんあれが?」
外部ディスプレーに映し出された海底に立つオブジェを見ながら恵理香がケイに尋ねる。
尋ねながらまるで竜宮城だなと恵理香はこちらの世界に来る前に見たあの有名な話を思い出して内心苦笑する。
残念ながらこの世界には該当する童話は存在してはいなかったが。
「うんどうやらそうみたいだね・・・それにしても海の底にこんなものがあったなんてケイさんも驚きだよ。」
ケイは補助席から立つと恵理香の後からディスプレーを覗き込んで来るのだが位置的な関係で後ろから抱きつく形になってしまう。
「「・・・(むっ)」」
その光景に優香とロベリヤが嫉妬の目を向けてくるが、鋼の神経の持ち主であるケイがそんなものを気にする事は無かった。
恵理香はケイのボリュームのある胸部装甲と良い匂いを意識しない様にするのに精一杯だった。
「そ、そうですね・・・あのケイさん離れてくれませんか操縦がしずらいので。」
もう消えてしまったと思った男の意識の発現に戸惑いを誤魔化す様にケイに言う恵理香だったが。
「う~ん・・・何恥ずかしがっているのかなあ恵理香ちゃん。」
恥ずかしがる恵理香のほっぺたを指で付きつつケイがからかって来る、ロベリヤと優香の機嫌が更に悪くなったのは言うまでも無い。
流石にロベリヤと優香の殺意の波動に恵理香も気づき何とかケイを引き離すと潜水艇をオブジェ(竜宮城?)へ接近させて行く。
「あそこから入れそうですね。」
周りを旋回させながら中に入れそうな場所を探していた恵理香は壁に空いた出入口らしきものを見つける。
潜水艇が入れるの確認した恵理香は慎重に操縦しながらオブジェの中に侵入して行く。
暫く進むと広い空間に出る潜水艇、計器を確認した恵理香は上方に空間のある事に気付く。
潜水艇を一旦停止させ外部ディスプレーで周囲を警戒しつつゆっくりと浮上させて行く恵理香。
やがて潜水艇は小さい桟橋が設置された場所に浮上する。
「ケイさん・・・あそこに接岸している潜水艇はもしかして?」
「うん一緒に向かったハンターのだね。」
接岸されている潜水艇をディスプレー上に見た恵理香がケイに確認する。
返答を聞いた恵理香は潜水艇を隣に並べると停止させ操縦席から立ち上がる。
「到着しました、それでは行き・・・」
そう言って操縦室後方を振り向いた恵理香はロベリヤと優香のジト目に言葉を途切れさせ固まる。
「えっと?」
そんな態度に戸惑っている恵理香にロベリヤと優香は顔を見合わせて頷くと行動を起こす。
「ロベリヤ?」
ロベリヤが恵理香の左腕に自分の腕を絡ませてくる。
「優香・・・?」
続いて優香が恵理香の右腕に同じ様に絡ませてくる。
「あの・・・2人ともどうしたのですか?」
「「何でも無いよ恵理香。」」
「それならケイさんも。」
ケイが後ろから恵理香に後ろから抱き着こうとしたが・・・
「「ケイは駄目です!!」」
事態が収拾するのにそれから数十分も掛かった。
潜水艇から降りて桟橋に立った恵理香は疲れ切っていた、事態を収拾させるのに多大な気力を使ったからだ。
ちなみにロベリヤと優香は機嫌が戻っており、ケイは何時も通りに能天気な状態で恵理香は納得できない思いだったが。
「潜水艇には誰も乗っていません艦長。」
潜水艇内の確認を終え戻って来た乗員が恵理香に報告する。
「皆奥へ行ったと言う事ですか・・・」
オブジェの奥へ向かう通路の入り口を見て恵理香は言う。
「一体この奥に何があるというのでしょうか?」
優香が暗い為先が見えない通路を見ながら不安そうに言う。
「行ってみれば分かるよ優香ちゃん。」
能天気に答えるケイに優香は深い溜息を付く。
「まあケイさんの言う事にも一理あるとは僕も思うけどね。」
ロベリヤが肩を竦めながら言う。
「確かにその通りですね、それでは行きましょう。」
恵理香は苦笑しつつ皆を見渡ながら言うと一同はオブジェの奥へ進み始めた。
その通路に照明らしきもの見当たらないかったが恵理香達は持って来たライトを使う必要が無かった。
「通路の壁自体が光っていますね・・・これはただの遺跡とは思えませんね。」
優香が通路を見回しながら指摘する。
「例の先史文明の話・・・都市伝説の類だと思っていたけどあがち否定できないね。」
同じ様に通路を見ながらロベリヤが続ける。
先史文明、かってこの世界の文明が始まる前に有ったと噂されるものだった。
特に北方海ではその遺跡ではないかと言われる物が時々発見される。
もっとも多くの学者は否定的で本格的な調査はまったく行われてこなかった。
「そうだとすれば技師とハンターが何かに巻き込まれたと可能性が高いですね、皆さん警戒を忘れずに。」
ロベリヤと優香だけでなくケイと付いてきた乗員達も頷いて見せる。
「うんうん何が出るかケイさんワクワクするよ。」
まあケイだけは相変わらず能天気な事を言っていたが誰も突っ込もうしなかった。
通路を1時間程歩いた恵理香達はやがて黄金の輝きを放つ巨大なピラミッドが置かれた部屋に出た。
「これは?」
恵理香が見上げながら呟くが、誰も呆然とした表情で見上げるだけで答えられなかった。
「恵理香!あそこに誰かが。」
呆然とピラミッドを見ていた優香がそれに気付いて恵理香に声を掛けなが指し示す。
優香の声にピラミッドを見た恵理香はピラミッドの傍に倒れている男性に気付く。
思わず駆け寄ろうとした恵理香だったが護衛役の乗員に制止させられる。
「艦長待って下さい!」
そう言って制止した乗員はサブマシンガンを構えながらもう一人の乗員と共に慎重にその男性に近寄って行く。
男は乗員達が近づいて行ってまったく動こうとしなかった。
「気を失っているみたいです艦長。」
慎重に近づいた乗員は覗き込み男が完全に意識を失った状態である事を確認すると恵理香に報告する。
「ケイさん彼は技師の?」
恵理香が尋ねると男の顔を見たケイが首を振って答える。
「見た事の無い顔だね、多分ハンターの方じゃないかな。」
技師と共に此処に来た友人のハンターらしいとケイ。
「起こせますか?」
兎に角話を聞く必要があると思い恵理香はハンターの男を起こすように指示する。
「はい、艦長。」
指示を受けた乗員が身体を揺すって起こそうと試みる。
「起きて下さい。」
「う・・・」
暫く揺さぶられていた男は呻くと目を開け呆然としていたが恵理香に気付くと驚きの表情を浮かべる。
「も、もしかして守護天使か?」
守護天使は止めて欲しいと恵理香は思ったが何時もの通りそう言う前に先を越されてしまう。
「そうです守護天使様です。」
ドヤ顔で優香が答えるとロベリヤとケイも頷いて見せる。
「貴方はドックの技師と共に此処に来たハンターですね。」
そんな皆を見て内心溜息を付きつつ恵理香は男に尋ねる。
「ああ・・・そうだ・・・」
ハンターの男は両手で頭を抱えつつ答える。
「技師の方はどうされてのですか?}
優香が男に尋ねると彼は表情を歪ませピラミッドを見て言う。
「多分あの中に居る筈だ。」
その言葉に恵理香達がピラミッドを一斉に見る。
「あの中に・・・そもそもあれは一体?」
ロベリヤがそう呟いた時だった、ピラミッドが突然光だし金属音が辺りに響き始める。
「「「・・・!?」」」
その光と金属音に恵理香達は思わず目を閉じ耳を塞いでしまう。
そしてそれは唐突に消えもう一度ピラミッドを見た恵理香は男がまた一人床に倒れている事に気付く。
「ハーリー?」
現れた男を見てケイが声を掛ける、どうやら彼が行方不明になった技師だと恵理香は思った。
再び乗員達は技師に近寄り様子を確認する。
「あああ・・・!!」
技師は目を見開きながら呻いていたが、突然起き上がり様子を見ていた恵理香に迫って行った。
恵理香は慌てることなく咄嗟に身を屈めると持ってきていたKar98kのストックで技師の腹に一撃を食らわせる。
「うご・・・」
よろめいて座り込んだ技師の額に、恵理香はKar98kの銃口を突き付ける。
「この馬鹿が何をしてるんだか・・・」
ケイがそう言って技師の後に立ち頭を叩くとようやく正気に戻ったのか周りを見渡している。
「パークドック長?」
そしてケイが居る事に気付き惚けた顔を向けながら呟く。
「目が覚めたかいハーリー?」
腕を組みケイが呆れた表情を浮かべながら聞くと技師は周りを見渡し恵理香達に気付いた様だった。
「え・・・っと守護天使が何でここに?」
「お2人の救助をケイさんから依頼され此処に来ました、ところで一体何が起きているんですか?」
もう守護天使呼びの件は諦めた恵理香が戸惑っている技師に話し掛ける。
「そ、それは・・・」
ハーリーが答えようとした時だった、先程の金属音がまた響き始める。
「恵理香ちゃん離れて!」
皆の中で恵理香が一番ピラミッドの傍に居る事に気付いたケイが危険を感じて叫ぶが・・・
次の瞬間ピラミッドの発した光に皆視力を奪われ動く事は出来なかった。
そして先程の様に収まった時には恵理香の姿は消えさっており、床にはKar98kが落ちているだけだった。
ケイ達はその状況にただ呆然とするしか無かった。
「・・・?」
突然光に包まれた恵理香が次に気付いた時、暗闇に包まれる世界に居た。
どちらを見ても暗闇の世界、ただ足元はしっかりとした感触があったので恵理香は慌てずに済んだ。
「・・・どうやら私だけ連れてこられたようですね。」
ケイ達の気配がしない事から自分だけがあの光に巻き込まれた様だったので恵理香は安堵の溜息を付く。
その時だった前方に光の柱が現れた、恵理香はそれをじっと見つめる。
何をするでもなくただ光る柱、意を決した恵理香はそれに近づいて行く。
「・・・汝に問う・・・われの力を欲するか?」
呆然としていた者達の中で一番早く我に帰ったケイがハーリーの首根っこを掴んで問い質す。
「説明しなさい、何が起こっているのかを・・・」
何時もと違って真剣な表情のケイにハーリーは目を白黒させながら答える。
「て、天使も審判を受けさせられているんじゃないかと。」
「審判?それって・・・」
ハーリーの返答にケイが眉を顰めながら呟く。
「この遺跡に隠されている力を欲した者が継承出来るかを管理者と名乗る奴が試すんですドック長。」
「その力って何なの?」
その言葉にケイが手を離しハーリーに問い質す。
「・・・それがよく覚えていなくて、聞いた事は確かなんですが。」
頭を振りながらハーリーがケイに答える。
「その審判の内容は覚えているの?」
ハーリーは首を横に振る、どうやらそれも記憶に残っていならしいとケイ。
「ケイ、恵理香は・・・」
優香が不安げな表情でケイに尋ねる。
「その力が何か分からないけど・・・大丈夫優香ちゃん!」
先程のシリアスな表情を何時ものドヤ顔に戻してケイは宣言する。
「大丈夫って・・・ケイさん、本当にですか?」
ロベリヤがその豹変ぶりに戸惑いつつ聞いて来る。
乗員達も不安そうな表情で顔を見合わせる。
「皆心配性だね・・・恵理香ちゃんが力に溺れるなんてありえないね!」
目の前で光る柱から問い掛けられた質問に恵理香が首を捻りながら答える。
「力・・・貴方のですか?」
「そうだ・・・この世界を支配できる・・・力・・・だ。」
その言葉に恵理香は一瞬目を見開くが直ぐに微笑み返すときっぱり言う。
「いえ私はそんな力は要りません。」
「・・・?」
柱は恵理香の拒否に戸惑った様に光を明滅させる。
「もう一度聞く、我の力を・・・」
「申し訳ないですが興味ありません。」
何だか押し売りの対応をしているみたいだと恵理香は苦笑しつつ答える。
「私は周りの人達を守れる力があれば満足です・・・身に合わない力は己を滅ぼしかねませんから。」
「・・・・・」
ケイはドヤ顔でそう言い切ると困惑しているロベリヤ達を見渡しながら続ける。
「ここ北方海だけでなく中央海や南方海でも守護天使として絶大な影響力を持ち・・・」
そう指を振りながら断言するケイ。
「最強の駆逐艦ペガサスを完璧に扱える、これだけでも恵理香ちゃんは現在最強の力の持ち主だよ。」
言い切るケイにロベリヤと優香は顔を見合わせる。
「でも恵理香ちゃんは決してその力に溺れる事なんて無いんだから!」
「それが汝の・・・答えか?」
再度の拒否に柱は暫く沈黙した後問い掛けて来る。
「はい、自分にはこの世界を支配出来る力なんて要りませんから。」
「そうか・・・長い間この問い掛けをしてきたがようやく汝の様な人間に会えた・・・」
柱はそう言うと再度恵理香に問い掛ける。
「合格だ・・・汝に何か願いがあれば叶えよう・・・」
その言葉に恵理香は暫し考えた後答える。
「どんな願いでも良いのですか?」
ピラミッドが突然光だし金属音が広間に響き渡る。
「また!?」
ロベリヤの叫びにケイ達が一瞬ピラミッドを見るが眩しい光に目を閉じる。
そして光と金属音は唐突に消え再びケイ達がピラミッドへ目を向けると。
「恵理香ちゃん!!」
「「恵理香!!」」
「「艦長!?」」
ピラミッド脇に立つ恵理香にロベリヤと優香そしてケイは嬉しそうな、乗員達は驚きの声を上げる。
そんなケイ達に恵理香は微笑むと言う。
「皆さんここを直ぐに離れます。」
潜航艇S1が海底のオブジェから出ると急速に離れて行く。
「流石だね恵理香ちゃん。」
潜水艇の操縦室で恵理香から姿を消している間にあった事を聞いたケイがドヤ顔で頷いている。
「確かに・・・でも何だか悔しいけど。」
「・・・そうですね。」
最初から恵理香がそんな力に惑わされないと確信していたケイの姿にロベリヤと優香は嫉妬してしまっていた。
「前にそんな話をケイさんとしたからなんですが。」
随分前だがケイから『もしこの世界を支配できる力を貰えたとして恵理香ちゃんはどうする?』と聞かれた事があったのだ。
その時恵理香は光の柱と会話した時と同じ答えを返した、だからケイは確信を込めて断言出来たのだ。
「あれは・・・」
モニターを見ていた恵理香が呟く。
ケイ達が恵理香の声にモニターを見ると、あのオブジェ(竜宮城モドキ)が動き出すのが映し出されていた。
「確か恵理香ちゃんは願いとして人の手の届かない場所へ行って欲しいと言ったんだよね。」
「ええ、どうやら叶えてくれる様ですね。」
皆が見守る中オブジェはそばにある海底の巨大なすり鉢状の穴の淵に移動するとその穴の中に沈んで行った。
「あそこは未だに深さの分からず人が辿り着けない場所です。」
恵理香は潜水艇をその穴の上まで移動させるとカメラを下方に切り替え沈んで行くオブジェを写す。
「これで当分は大丈夫ですね・・・もっともそれ程遠くない時期に人はあそこに辿り着くかもしれませんが。」
モニター上でオブジェが小さくなって消えて行くのを見まがら優香が呟く。
「そうだね優香ちゃん、まあ次にあれを見つけた人間が恵理香ちゃんの様に賢明な判断をしてくれる事を期待するしかないね。」
優香の呟きにケイが皮肉の籠った言葉で答えると恵理香達は苦笑顔を見合わせて苦笑する。
「それでこの事をどう報告する積もりなの恵理香?」
モニターから目を離したロベリヤが恵理香に問い掛ける。
「・・・一応マーべリックギルド長や姉さんには報告します、まあ他にはどうでしょうか、一笑にされるだけの気がしますが。」
「まあそうなるだろうね。」
「ええ私もそう思うわ恵理香。」
肩を竦めながらロベリヤが言うと優香も同意を示す。
「誇大妄想の類に思われるのは確実だね。」
ケイがそう答え、恵理香は苦笑しつつ頷くのだった。
オブジェが視界だけでなくソナーからも消えると恵理香は潜航艇S1を発進させ進路をペガサスに向けるのだった。
11:30
パークドック長の依頼により行方不明の捜索をブラット島近海の海底で実施。
技師とハンターの2名を無事救助した。
両名は衰弱は酷いが負傷はしておらず我々によって中央港へ送り届けた。
詳細な報告はギルド長預かりにされた為ここには記載しない。
報告者:牧瀬商会所属駆逐艦ペガサス艦長牧瀬 恵理香。