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北方海の守護天使  作者: h.hiro
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第23話「退避港の幽霊」

何処までも続く水平線、見渡す限り他の船は見えない。

「・・・・・」

見ていた双眼鏡を下ろす。

「恵理香。」

特殊潜航艇S1号上で周囲を見ていた恵理香にハッチを潜って上がって来た優香が声を掛ける。

「発電機の応急修理完了したよ恵理香・・・でも通常の3分の1がやっとだね。」

優香の報告に恵理香は溜息を付いて答える。

「そうですか・・・そうするとろくに動けないですね。」

「そうだね、精々2ノット位で航行するのが精一杯。」

報告に来た優香も恵理香と同じ様に溜息を付いて報告する。

「兵装とセンサーの方はどうですか?」

「ロケット弾ランチャーは破損が酷く使用不能ね。」

優香が甲板上のランチャーを指さしながら言うと恵理香も破損しているのを見て同じ様に肩を竦めながら言う。

「確かにこれでは使えそうも無いですね。」

「あとレーダーが回復したけど、ソナーの方は電力不足な上に衝撃で回線がやられていて駄目ね。」

「無線の方は?」

「そちらの方もソナー同様使えない、一応緊急救援信号システムは作動しているけど・・・」

「有視界まで来ないと駄目ですね・・・」

正に最悪な状況だった、まあ先程までの何も出来ない状況に比べればましかもしれないと恵理香は思った。

何故潜航艇S1号がこの様な状況になってしまったか?

それは今から数時間前に起こった事が原因だった。

潜航艇S1号に新たに装備された水噴流エンジンの試験の為、恵理香はまほろばに護衛された天草に乗艦し中央港からかなり離れた海域に来ていた。

そしてロベリヤと優香と共にS1号に乗り試験を行っていたのだった。

なおS1号の試験であればロベリヤが同行する必要は無い筈だが、優香だけなのは許せないと強引に同行してきたのは何時もの事だったが。

試験そのものは順調だったが、そこを数匹のシーサーペントに襲撃されてしまったのだ。

その時試験準備中だった潜航艇S1号は直ぐには動けず、まほろばが対応したのだが、運が悪い事に一匹が迎撃を突破して来たのだ。

辛うじて潜水して直撃は避けられたのだが、至近距離を通過された衝撃で艇はコントロールを失い、海底に叩きつけられ数百メートルも滑走する羽目になった。

ようくもまあ艦体がバラバラにならなかったものだ、この辺はケイに感謝すべきなのかもしれないと恵理香達は思ったものだ。

だがまったく無傷という訳にはいかなかった、特に致命的だったのは燃料電池が浸水で使用不能になってしまった事だった。

これにより潜航艇S1号は全ての電力供給を絶たれ海底で身動きが出来なくなった。

何とか非常用のバッテリーを使って浮上は出来たのは1時間も経っての事だ。

だがその後の点検で予備の発電機が故障している事が判明、航行も兵装とセンサーを動かす事も出来ず、洋上に浮かぶ鉄の塊と化した。

恵理香は優香に発電機の応急修理を急がせた、こんなところを襲われたら対処出来ないからだ。

そしてようやく応急修理が終ったのだが、結局最悪の状況なのは変わりが無かった。

何しろまともに動けず、情報を満足に得る事も出来ず、戦う力も無いのだから。

暫くして恵理香は優香と共に電力不足の為非常用の照明のみの操艇室に帰って来た。

「レーダーの方はどうですか?」

戻って来た恵理香は複合ディスプレーを見ていたロベリヤに聞く。

「作動は問題ないよ、現在周囲に船影無し。」

戦闘の混乱でまほろばとは離れ離れになってしまった恵理香達。

今頃必死に捜索しているだろう副長と乗員達に、せめて通信が出来ればいいのだがと恵理香は溜息を付く。

「恵理香、方位040に島らしき反応を確認。」

ロベリヤが複合ディスプレイを確認しながら報告する。

恵理香は操艇席に座るとマルチセンサーポスト作動させ、目の前にモニターを下ろしディスプレイに映し出された映像を見る。

さほど大きな島では無かったが、港と施設が有る様だった。

ただし港には船は見えず、施設の方もかなり荒れ果てていた。

「退避港ですね、もっとも使われなくなって大分だっている様ですが。」

嵐やシーサーペントの襲撃などで船が一時的に退避する港の様子がディスプレーに映し出されている。

多分近くに漁場が有った頃のもので、シーサーペントの大量発生の為に廃棄されたものだろうと恵理香は考える。

「S1号の修理は期待出来そうもありませんが、海上を行く手も無く彷徨うよりはましですね、ここに一時的に退避しましょう。」

最悪、陸地へ逃げればシーサーペントからは逃れられる、もっともそんな事は考えたくも無い恵理香だったが。

「そうね恵理香。」

「賛成だよ恵理香。」

ロベリヤと優香の返答を聞くと、恵理香は港にS1号を操艇して入港すると辛うじて残っていた桟橋に接岸させる。

接岸後、恵理香と優香は施設の状況確認に向かった。

「恵理香、発電機と無線機だけど破損が酷く使い物になりそうもないよ。」

施設内を点検した優香が恵理香に報告する。

余り期待はしていなかったが、やはり放棄されて大分経っている様で、施設の大半は使用不能だった。

「分かりました、お疲れ様です優香・・・戻りましょう。」

S1号に戻り状況をロベリヤに説明する恵理香。

「まあ雨露を避ける位は出来そうだけどやはり落胆は隠せないね。」

ロベリヤはそう言って肩を竦める。

「取り合えず救援が来るまでここで待機します。」

こうして恵理香達はこの退避港で一夜を明かす事になった。

日が落ち周囲は真っ暗になって行く。

食事を終えた恵理香は先にロベリヤと優香に休んでもらい当直に付いた。

そして深夜を迎えた頃・・・

「・・・!?」

妙な気配を感じて恵理香は操艇室のハッチに振り替える。

これといって何も無かったが・・・気になった恵理香は操艇室を出て中央部の気密室を通り抜け後部の居住区に向かう。

ハッチを開け居住区画に入ると寝ていたロベリヤと優香が気づいたのかベットから出て来る。

「どうしたの恵理香?」

入って来た恵理香は優香の問いに答えず居住区内を見渡しながらロベリヤと優香に尋ねる。

「艦内に妙な気配を感じたのですが・・・」

「妙な気配?」

「いや、私は気づかなかったけど。」

恵理香の問いにロベリヤと優香が答える。

「・・・・」

沈黙し考え込む恵理香に優香が遠慮がちに話しかけてくる。

「えっと・・・恵理香、実は此処に着いた時から妙な感じがしていたんだ。」

「この港に着いた時から?」

優香が恵理香の問いに頷いて続ける。

「うん、私霊感が強いのか時々そんなものを感じてしまう事があって・・・」

「何処からか分かりますか?」

「多分施設の後ろにある森の中からだと思うけど。」

施設からそれ程離れていない所に森があった事を恵理香は思い出す。

その会話にロベリヤは不安げな表情を浮かべ恵理香と優香を見ている。

「分かりました、2人は待機していて下さい。」

そう言うとと恵理香は居住区にある武器庫のロッカーから弾丸とKar98ライフルを取り出す。

ボルトを引いて装弾し再びボルトを戻し肩に掛けると緊急時に使用する物が入られている非常用BOXから大型ライトを取り出す。

「恵理香?」

「恵理香・・・君まさか?」

そんな恵理香の様子を見てロベリヤと優香が問い掛けてくる。

「はい、確認してきます。」

「夜が明けてからの方がいいんじゃないかい?」

ロベリヤが心配そうに恵理香を見て言う。

「今後の事を考えると早めに確かめる方が合理的です。」

下手をすれば翌日以降にも影響が及ぶ恐れがある、こういう事は早めに解決すべきだと恵理香は思ったのだ。

「それなら私も行くよ恵理香。」

説得するのは無理だと考えたロベリヤが同行すると言い出す。

「いえ貴女は・・・」

「なら私も行くよ。」

優香も同じ様に同行を願い出てきて恵理香は戸惑う。

「2人の気持ちには感謝します、でも何があるか分からない、危険ですよ。」

「それを言うなら恵理香だって危険だと思うけどね。」

肩を竦めながらロベリヤが答える。

「私が居れば気配が分かるから連れて行って。」

確かに優香が居れば気配を察知しやすいのは確かだったが恵理香としては無理に連れては行きたくはなかったのだが。

2人共引くつもりは無い様で・・・結局恵理香は折れるしか無かった。

「分かりました2人共出かける準備を。」

「分かったよ恵理香。」

「はい。」

2人は返事するとフード付きジャケットをボディスーツタイプのつなぎに羽織ると恵理香と共に気密室に向かう。

上部ハッチ用のタラップ前に付くと恵理香はロベリヤと優香の顔を見て言う。

「では行きましょう。」

ロベリヤも優香も硬い表情なので恵理香は再度確認する。

「・・・今更ですが気が進まないなら残っていても構いませんよ。」

だがロベリヤと優香は首を振って答える。

「大丈夫だよ恵理香。」

「問題ないわ。」

そんなロベリヤと優香に恵理香は思わず微笑んでしまう、不安ながら共に来てくれる事が恵理香は嬉しかったのだが。

まあその理由が恵理香と常に一緒に居たいからだと恵理香は気づく事はなかった。

タラップでS1(スーパー1)上に出た3人は桟橋に降り周りを見渡してから声を落として話し合う。

「静かだね・・・いや静か過ぎる。」

「そうですね・・・」

「多分森からの気配の所為だと思うよ。」

人気のない退避港とは言え余りにも静かすぎる事に3人は気づていた。

「では行きましょう。」

恵理香はそう言うと持ってきた大型ライトを点灯するとロベリヤと優香と共に森に向かって歩き始める。

「恵理香・・・」

霊感のある優香がそう言って立ち止まり前方の森を見る。

「気配を感じますか?」

恵理香の問いに優香は頷く。

「木の間をちらちらと動いていて・・・何だか私達を・・・」

「誘っていると?」

頷く優香の言葉を聞いて恵理香は森の方にライトを向ける。

「誘っているって何でまた?」

ロベリヤが首を捻りながら問い掛ける。

「それは分からない・・・何かを伝えたがっている様な感じがするんだけど。」

3人はライトで照らされる森の木々を見る・・・

「伝えたがっているですか・・・兎に角進みましょう、それを確かめる為に来たんですから。」

そう言って森へ向かって歩き始めた恵理香に優香が躊躇いがちに話掛けてくる。

「恵理香・・・手を繋いでもいい?」

その提案に恵理香は思わず優香を見て聞き返してしまう。

「手を繋ぐですか・・・」

「不安な時、手を繋ぎ合うと少しは和らぐから。」

恵理香にすればそれは非常に恥かったが、真剣な優香の表情を見て溜息を付いて手を差し出す。

「それで不安が和らぐのならいいですよ。」

そんな顔をされては流石に断りきれないと恵理香、優香はほっとした表情を浮かべ手を握ってくる。

「それなら私もお願いしようかな。」

ロベリヤがそう言うと優香の反対側の手を握ってくる。

「構いませんが。」

流石に駄目だとは言えず恵理香は苦笑して頷く一方でこうやって3人で手を繋ぎあっている事に何とも言えない気持ちになっていた。

女性が事ある毎にこうするのは知っていたけど、自分もやることになるとは思わなかった恵理香だった。

恵理香達3人は手を繋ぎながら森に入っていく。

森の中は獣道くらいしか無く、人の通った様な痕跡はまったく無かった。

「・・・さっきの何かを伝えたがっているって話だけど一体何を放したいだろうね?」

「それは聞いてみるしかないでしょうね・・・話してくれたらですが。」

そんな恵理香の答えにロベリヤと優香はじっと見てくる。

「恵理香って全然怖がっていないね、流石だね。」

ロベリヤが感心した様に言い、優香も同じ様な表情を浮かべている。

「現実の方が余程怖いと思っているからかもしれませんね。」

というよりも恵理香の場合、この世界に引き込まれ、しかも性別を変えられてしまったのだ。

いわば自分という存在を否定された様なものだ、恵理香にはそっちの方が余程恐ろしいと思っている。

「・・・恵理香!」

優香が恵理香の手をぎゅっと握って呼び掛けてくる。

「どうしました?」

「気配がそこで突然消えて・・・」

優香が指す方向を見た恵理香は木々がそこで途切れている事に気づく。

ライトをロベリヤに渡し、ライフルを構え慎重に近づく恵理香。

「え!?」

どうやら崖だと気づいた瞬間足元が突然崩れ恵理香の身体が崖下に落ちて行く。

「「恵理香!?」」

慌てたロベリヤと優香が腕を掴んで止めようとしたが、それは叶わず3人一緒に崖下に落下してしまう。

「「「きゃああ!!」」」

3人が悲鳴を上げ落下して行く。

永遠に、実際は数十秒だったのだろう、落下した後に恵理香は地面に着地し前方に放り出される。

そして何か硬い物に顔面を強かにぶつけてしまい恵理香は意識を失ってしまう。

「エ・・リ・・カ・・恵理香・・・しっかりして!」

肩に手を置いて呼びかけてくる優香の声に恵理香は何とか意識を取り戻す。

「だ、大丈夫です・・・2人は?」

「私達は大丈夫だったけどね・・・でも・・・」

ロベリヤの歯切れの悪い返答に頭を振って意識をハッキリさせて、恵理香は自分の眼前にあるものを見る。

「これは・・・?」

恵理香は岩にぶつかったのかと思ったのだが、前に有るのはそんな物では無かった。

思わず後ずさった恵理香はそれが何であるか認識して驚愕する。

それは・・・あちこちが破損しているが、れっきとした漁船だったからだ。

恵理香達は暫し呆然とそれを見るのだった。

翌朝、夜通し捜索していたまほろばに恵理香達は救助され中央港へ帰還出来た。

帰還後恵理香は姉であるに万理華を通し、島で見つけた漁船の事を漁師ギルドに伝えてもらった。

数日後、まほろばに護衛された漁師ギルドの多用途支援艦がギルド長を乗せて島の退避港に到着する。

「間違い無いなですな、行方不明になっていた船です。」

到着後恵理香に案内され漁船を見たギルド長の表情は安堵と後悔が混じったものだった。

ギルド長の話によれば半年前に近くの海域で遭難し消息不明になった船らしい。

捜索はされたらしいが発見する事は適わなかったとギルド長は言って肩を落とす。

この半年の間見つけ出す事が出来なかった事をギルド長は悔いていたらしい。

「まあこれで家族に報告できますな、最悪な結末になりましたが。」

航行中にシーサーペントによって船は破損し乗っていた漁師達も深い傷を負ってしまったのだろう。

辛うじてここに辿り付く事は出来たが、港とは反対の外から見えない場所だった事が裏目に出て、捜索隊も発見出来なかったらしい。

そうしている内に傷を負った漁師達は次々と亡くなってのだろう、破損した船から彼らの遺体が発見されていた。

「天使殿が偶然発見してくれたお蔭で肩の荷が降りました、感謝いたします。」

ギルド長はそう礼を言ってくれるのだが、恵理香はそれに首を振って答える。

「私にはそれが偶然とは思えないんです。」

恵理香はギルド長にその夜にあった事を話す、妙な気配を追って行ってこの船を発見した顛末を。

「・・・なるほどな、それを唯の偶然と片付ける訳にはいきませんな。」

突飛な話で引かれるかもしれないと思った恵理香だったが、ギルド長はそうは思わなかった様だ。

「天使殿に見つけてもらいたくて呼び寄せたのかもしませんなあ。」

船を見ながらギルド長は呟く、恵理香もまたその言葉に黙って頷くのだった。

「全員黙祷。」

恵理香の号令で、支援艦とまほろばの乗員達が黙祷を捧げる。

出発の準備が出来た時点で、恵理香達は亡くなった漁師達の冥福を祈る事になった。

それで号令を掛ける役を恵理香は仰せつかったのだが。

「・・・何故私が?」

「天使殿に祈ってもらえたらならあいつらも天国にきっと行けまずぞ。」

どや顔でギルド長が言うとうちのロベリヤと優香やまほろばの乗員達だけだなく支援艦の乗員達までが頷いて見せるのだった。

「私は天使と言われているだけで、本当の天使では無い筈なんですが。」

そんな恵理香の思いを他所に遺体を収容した支援艦とまほろばは中央港を目指して出発するのだった。


業務日報

シーサーペントを撃破後退避港にて待機中に遭難した漁船を発見。

漁師ギルドに通報、船体及び遺体の収容を支援。

報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。

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