第23話「退避港の幽霊」
「艦長!レーダーがシーサーペントを捕捉、方位031、距離3000です。」
航行中のペガサス指揮所内に突然センサー担当の緊急報告が流れる。
「進路変更方位031へ、両舷前進全速、総員戦闘配置。」
突然の報告にも動じる事も無く即座に指示を出す恵理香。
『進路方位031へ、両舷前進全速。』
副長が復唱するとペガサスは進路を変更し速力を上げ目的地に向かう。
『総員戦闘配置繰り返す総員戦闘配置。』
艦内に流れるアラーム音とアナウンスで艦載火器管制室と機関管制室の乗員達が座席に付きディスプレーに向かう。
「艦長、目標を発見しました。」
1時間後、シーサーペントをレーダーに捉える頃には既にペガサスは戦闘準備を終えていた
「接近させて下さい、艦載砲及びVLS発射用意。」
シーサーペントの斜め後ろにペガサスが接近して行く。
「艦長、射撃準備完了です。」
「打ち方始め。」
火器管制担当の指示で艦首の艦載砲が旋回し砲身がシーサーペントに向けられると射撃が開始される。
発射された砲弾がシーサーペントに着弾した途端、スピードを増し逃亡を図ろうとする。
「目標更に増速。」
シーサーペントが速度を上げ離れて行くのをセンサー担当が冷静に報告する。
「距離が離れたら対水上ミサイルによる攻撃に切り替えます、発射準備を急いで下さい。」
「VLS1番から2番への目標データ入力開始します。」
今度は艦首のVLSが発射体制に入る。
「危険の無い距離まで離れました艦長。」
センサー担当がミサイルが着弾しても安全な距離までシーサーペントが離れた事を報告してくる。
「目標データ入力完了、何時でもゆけます。」
「VLS1番から2番発射開始。」
艦首VLSの1番と2番の蓋が開き発射されたミサイルがシーサーペントに向かって飛翔して行く。
「・3・2・1・0・着弾!」。
共用ディスプレーに表示されている海域監視システム上でミサイルがシーサーペントに命中する様子が映し出される
「結果はどうですか?」
「シーサーペントの撃破を確認しました艦長。」
恵理香の問いにセンサー担当が答える。
「これで終わったんだね。」
ほっと一息ついてロベリヤが言う。
「そうね、これで終わり。」
優香がほほ笑みつつ続けると指揮所内の乗員達の間に安堵感が広がる。
「そうですね皆さんご苦労様、それでは帰港・・・」
そう言って恵理香が帰港を指示しようとしたのだが。
「艦長、今からの帰港だと途中の海域で嵐に遭う可能性があります。」
航法担当が計算した結果を自分のディスプレーを映し出しながら報告する。
「嵐ですか・・・」
共用ディスプレーに表示された気象予報図と航路情報が重ねられた海域監視システム画面を見て恵理香は考える。
そして恵理香は嵐に遭遇する海域の手前にあるものを見つけ静かに頷く。
『艦長、間もなく退避港に入港します。』
哨戒中にシーサーペントと遭遇した結果そのままでは帰港途中で嵐に遭う可能性が高いと判断し恵理香は危険回避の為退避港へ急遽入港させる事にしたのだった。
ちなみに退避港とはシーサーペントや嵐などで航行に危険を感じた船が利用する港の事だ。
「分かりました慎重にお願いしますね。」
『はい艦長。』
副長の指揮で入港したペガサスは桟橋に慎重に接近して接岸すると錨を降ろし停止する。
「機関を停止、総員警戒配置。」
共用ディスプレーに映し出された退避港の映像では他の船舶は見えなかった、どうやらここで一晩過ごすのはペガサスだけらしいと恵理香。
「取り合えず夜が明けるまでここで待機します。」
「「「はい艦長。」」」
指示を受け動き出す乗員達を見守る恵理香の隣に優香とロベリヤが並ぶ。
「何だか寂れた所だね。」
ロベリヤが共用ディスプレーに映し出されている退避港の様子を見ながら呟く。
「緊急時にしか使用されないから退避港なんてこんなものよ。」
同じ様に共用ディスプレーを見ながら優香が説明する。
ましてや中央港から遠く離れた無人島の港だから余計そうなってしまうと優香は溜息を付きつつ説明を続ける。
「まあ余程の事がなければ上陸する事はありませんけどね。」
「・・・そうだと良いんだけどね。」
ロベリヤの縁起でもない言葉に恵理香は苦笑するしかなかった。
ペガサスが退避港に到着して数時間後には日が落ち周囲は真っ暗になっていった。
乗員達は食事を終え当直以外は就寝していたが、深夜を迎えた頃事件が起こる。
「・・・!?」
妙な気配を感じて眼が覚めた恵理香は艦長室のベットから起き上がり周囲を見渡す。
艦長室にはこれといって異常は見えなかったのだが恵理香は気になって眠る気にならなかった。
頭を振ってベットを出ると恵理香は寝間着代わりに来ているスパッツとシャツの上に膝まで隠れるトレーナーを羽織ると艦長室を出て指揮所に向かう。
「えっ・・・か、艦長何かありましたか!?」
その恰好で指揮所に入って来た恵理香を見て当直の乗員が聞いて来る、ちなみに思わず焦った様になったのはその格好の所為だった。
一見トレーナーだけしか身に着けていない様に見えたからだ、もちろん恵理香は下にスパッツとシャツを着こんでいるのだが。
乗員達の間では有名な話なのだが恵理香は自分の容姿に無頓着な所があり、時々こんな事をしてしまうのだった。
恵理香の様な美人がそんな無防備な恰好していれば同性といえ動揺しない訳は無いからだ。
「いえそうでは無いのですが・・・何だか目が覚めてしまって。」
そんな乗員達の様子に気付く事も無く、恵理香は考え過ぎだったかと思った時だった。
「「「艦長!・・・ああここに居た。」」」
休んでいる筈の乗員が数人指揮所になだれ込んで来たのだ。
「どうしたんですか?そんなに慌てて。」
何だか全員顔が青い、震えている者も居る状況に恵理香が驚いた声を上げ問い掛ける。
「えっと艦内に変なものが・・・」
居住区画に乗員達に連れられて恵理香が来てみると、そこには就寝していた者達全員が不安そうな顔で待っていた。
「見たのは全員ですか?」
「いや、ただ変な気配を感じたの全員だけどね。」
恵理香の質問にロベリヤが答える。
「居たのよ!そこに影みたいのが。」
「大丈夫だから落ち着いて。」
座り込んで半泣きなっている乗員を優香が落ち着かそうと宥めていた。
それを見ながらロベリヤが状況を説明してくれる。
「最初はトイレに行った娘が通路で何か見たと戻って来て・・・見間違いだと思った他の娘が確認に行ったら・・・」
取り乱している彼女を見ながらロベリヤが続ける。
「通路で、彼女が言うには・・・影を、それも人の様な・・・」
周りに居る乗員達も顔を青くしながら頷いている。
「他に見た人はいますか?」
恵理香は皆を見渡しながら聞く。
「先程言った通り、はっきり見たのはこの娘だけだよ、ただ・・・」
ロベリヤが周りの乗員達を見渡しながら言う。
「変な気配は皆感じていると?」
恵理香の問いにそこに居る者全員頷いてみせる。
「・・・・」
ここに来る前に恵理香は指揮所で艦内の警備状況を調べたが、何者かの侵入の形跡は確認出来なかった。
しかし見たのは1人だけが全員が何か感じたというのはとても偶然とは思えないと恵理香は考える。
そんな中優香が遠慮がちに話しかけてくる。
「えっと・・・恵理香、実は此処に着いた時から妙な感じがしていたんだ。」
「この港に着いた時から?」
優香が恵理香の問いに頷いて続ける。
「うん、私霊感が強いのか時々そんなものを感じてしまう事があって・・・」
「何処からか分かりますか?」
「多分施設の後ろにある森の中からだと思うけど。」
施設からそれ程離れていない所に森があった事を恵理香は思い出す。
その場に居る乗員達は優香の言葉に不安げな表情を浮かべ聞いている。
「分かりました、不安でしょうが皆さんは待機していて下さい、1人が怖いなら皆で一か所に居ても今夜は構いません。」
そう指示すると恵理香は艦長室に戻りクローゼットから何時もの艦内服を引っ張り出し着替えると武器庫のロッカーから弾丸とライフルを持ち出す。
ボルトを引いて装弾し再びボルトを戻し肩に掛ける、なおそのライフルがKar98kモドキなのは転生前にゲームをしていた時に趣味で選んだからだった。
そして通路に戻った恵理香は設置してある非常用BOX、緊急時に使用する物が入っているから大型ライトを取り出す。
「恵理香?」
「恵理香・・・君まさか?」
追いかけて来たロベリヤと優香が、恵理香の様子を見て問い掛けてくる。
「はい、確認してきます。」
「夜が明けてからの方がいいんじゃないかい?」
ロベリヤが心配そうに恵理香を見て言う。
「このままでは皆が不安で眠れないでしょう、今後の事を考えると早めに確かめる方が・・・」
下手をすれば翌日以降に影響が及ぶ恐れがある、こういう事は早めに解決すべきだと恵理香は思ったのだ。
「それなら私も行くよ恵理香。」
説得するのは無理だと考えたロベリヤが同行すると言い出す。
「いえ貴女は・・・」
「なら私も行くよ。」
優香も同じ様に同行を願い出てきて恵理香は戸惑う。
「2人の気持ちには感謝します、でも何があるか分からない、危険ですよ。」
「それを言うなら恵理香だって危険だと思うけどね。」
肩を竦めながらロベリヤが答える。
「私が居れば気配が分かるから連れて行って。」
確かに優香が居れば気配を察知しやすいのは確かだったが恵理香としては無理に連れては行きたくはなかったのだが。
2人共引くつもりは無い様で・・・結局恵理香は折れるしか無かった。
「分かりました2人共出かける準備を、10分後にタラップ前に集合です。」
「分かったよ恵理香。」
「はい。」
恵理香は2人の返事に頷くと、その場で別れ指揮所に行くと当直の乗員達にも伝える。
もちろん反対されたが何とか説得し、渋々だが納得してもらった。
10分後タラップ前に行くとロベリヤと優香が恵理香を待っていた。
「では行きましょう。」
ロベリヤも優香も硬い表情なので恵理香は再度確認する。
「・・・今更ですが気が進まないなら残っていても構いませんよ。」
だがロベリヤと優香は首を振って答える。
「大丈夫だよ恵理香。」
「問題ないわ。」
そんなロベリヤと優香に恵理香は思わず微笑んでしまう、皆の為に共に来てくれるのだと恵理香は感心していたのだが。
まあ実際は恵理香と常に一緒に居たいからで自分の思いとは少々ずれていた事に恵理香は気づいていなかった。
タラップで桟橋を降りた3人は周りをみわたすと声を落として話し合う。
「静かだね・・・いや静か過ぎる。」
「そうですね・・・」
「多分森からの気配の所為だと思うよ。」
人気のない退避港とは言え余りにも静かすぎる事に3人は気づていた。
「では行きましょう。」
恵理香はそう言うと持ってきた大型ライトを点灯するとロベリヤと優香と共に森に向かって歩き始める。
「恵理香・・・」
霊感のある優香がそう言って立ち止まり前方の森を見る。
「気配を感じますか?」
恵理香の問いに優香は頷く。
「木の間をちらちらと動いていて・・・何だか私達を・・・」
「誘っていると?」
頷く優香の言葉を聞いて恵理香は森の方にライトを向ける。
「誘っているって何でまた?」
ロベリヤが首を捻りながら問い掛ける。
「それは分からない・・・何かを伝えたがっている様な感じがするんだけど。」
3人はライトで照らされる森の木々を見る・・・
「伝えたがっているですか・・・兎に角進みましょう、それを確かめる為に来たんですから。」
そう言って森へ向かって歩き始めた恵理香に優香が躊躇いがちに話掛けてくる。
「恵理香・・・手を繋いでもいい?」
その提案に恵理香は思わず優香を見て聞き返してしまう。
「手を繋ぐですか・・・」
「不安な時、手を繋ぎ合うと少しは和らぐから。」
恵理香にすればそれは非常に恥かったが、真剣な優香の表情を見て溜息を付いて手を差し出す。
「それで不安が和らぐのならいいですよ。」
そんな顔をされては流石に断りきれないと恵理香、優香はほっとした表情を浮かべ手を握ってくる。
「それなら私もお願いしようかな。」
ロベリヤがそう言うと優香の反対側の手を握ってくる。
「構いませんが。」
流石に駄目だとは言えず恵理香は苦笑して頷く一方でこうやって3人で手を繋ぎあっている事に何とも言えない気持ちになっていた。
女性が事ある毎にこうするのは知っていたけど、自分もやることになるとは思わなかった恵理香だった。
恵理香達3人は手を繋ぎながら森に入っていく。
森の中は獣道くらいしか無く、人の通った様な痕跡はまったく無かった。
「・・・さっきの何かを伝えたがっているって話だけど一体何を放したいだろうね?」
「それは聞いてみるしかないでしょうね・・・話してくれたらですが。」
そんな恵理香の答えにロベリヤと優香はじっと見てくる。
「恵理香って全然怖がっていないね、流石だね。」
ロベリヤが感心した様に言い、優香も同じ様な表情を浮かべている。
「現実の方が余程怖いと思っているからかもしれませんね。」
というよりも恵理香の場合、この世界に引き込まれ、しかも性別を変えられてしまったのだ。
いわば自分という存在を否定された様なものだ、恵理香にはそっちの方が余程恐ろしいと思っている。
「・・・恵理香!」
優香が恵理香の手をぎゅっと握って呼び掛けてくる。
「どうしました?」
「気配がそこで突然消えて・・・」
優香が指す方向を見た恵理香は木々がそこで途切れている事に気づく。
ライトをロベリヤに渡し、ライフルを構え慎重に近づく恵理香。
「え!?」
どうやら崖だと気づいた瞬間足元が突然崩れ恵理香の身体が崖下に落ちて行く。
「「恵理香!?」」
慌てたロベリヤと優香が腕を掴んで止めようとしたが、それは叶わず3人一緒に崖下に落下してしまう。
「「「きゃああ!!」」」
3人が悲鳴を上げ落下して行く。
永遠に、実際は数十秒だったのだろう、落下した後に恵理香は地面に着地し前方に放り出される。
そして何か硬い物に顔面を強かにぶつけてしまい恵理香は意識を失ってしまう。
「エ・・リ・・カ・・恵理香・・・しっかりして!」
肩に手を置いて呼びかけてくる優香の声に恵理香は何とか意識を取り戻す。
「だ、大丈夫です・・・2人は?」
「私達は大丈夫だったけどね・・・でも・・・」
ロベリヤの歯切れの悪い返答に頭を振って意識をハッキリさせて、恵理香は自分の眼前にあるものを見る。
「これは・・・?」
恵理香は岩にぶつかったのかと思ったのだが、前に有るのはそんな物では無かった。
思わず後ずさった恵理香はそれが何であるか認識して驚愕する。
それは・・・あちこちが破損しているが、れっきとした漁船だったからだ。
恵理香達は暫し呆然とそれを見るのだった。
翌朝、恵理香は姉であるに万理華に連絡を入れ、深夜見つけたあの船の事を漁師ギルドに伝えてもらった。
数時間後。
漁師ギルドの多用途支援艦がギルド長を乗せて退避港に到着する。
「間違い無いなですな、行方不明になっていた船です。」
その表情は安堵と後悔が混じったものだった。
ギルド長の話によれば半年前に近くの海域で遭難し消息不明になった船らしい。
捜索はされたらしいが発見する事は適わなかった、とギルド長は言って肩を落とす。
この半年の間ギルド長は悔いていたらしい、見つけ出す事が出来なかった事を。
「まあこれで家族に報告できますな、最悪な結末になりましたが。」
航行中にシーサーペントによって船は破損し乗っていた漁師達も深い傷を負ってしまったのだろう。
辛うじてここに辿り付く事は出来たが、港とは反対の外から見えない場所だった事が裏目に出て、捜索隊も発見出来なかったらしい。
そうしている内に傷を負った漁師達は次々と亡くなってのだろう、破損した船から彼らの遺体が発見されていた。
「天使殿が偶然発見してくれたお蔭で肩の荷が降りました、感謝いたします。」
ギルド長はそう礼を言ってくれるのだが、恵理香はそれに首を振って答える。
「私にはそれが偶然とは思えないんです。」
恵理香はギルド長にその夜にあった事を話す、妙な気配を追って行ってこの船を発見した顛末を。
「・・・なるほどな、それを唯の偶然と片付ける訳にはいきませんな。」
突飛な話で引かれるかもしれないと思った恵理香だったが、ギルド長はそうは思わなかった様だ。
「天使殿に見つけてもらいたくて呼び寄せたのかもしませんなあ。」
船の有った場所を見つめながらギルド長は呟く、恵理香もまたその言葉に黙って頷くのだった。
「全員黙祷。」
私の号令で、支援艦とペガサスの乗員達が黙祷を捧げる。
出発の準備が出来た時点で、恵理香達は亡くなった漁師達の冥福を祈る事になった。
それで号令を掛ける役を恵理香は仰せつかったのだが。
「・・・何故私が?」
「天使殿に祈ってもらえたらならあいつらも天国にきっと行けまずぞ。」
どや顔でギルド長が言うとうちの乗員達だけだなく支援艦の連中までが頷いて見せるのだった。
「私は天使と言われているだけで、本当の天使では無い筈なんですが。」
そんな恵理香の思いを他所に遺体を収容した支援艦とペガサスは中央港を目指して出発するのだった。
15:00
シーサーペントを撃破後退避港にて待機中に遭難した漁船を発見。
漁師ギルドに通報、船体及び遺体の収容を支援。
報告者:牧瀬商会所属駆逐艦ペガサス艦長牧瀬 恵理香。




