第20話「裏商会」
その日まほろばと天草はヤシマ島の港に入港して桟橋に接岸した。
タラップが降ろされ恵理香と優香そしてロベリヤは数人の乗員と共にが降り立つ。
恵理香は港を見渡した後、身に着けていた通信機を作動させてまほろばを呼び出す。
「これから街に向かいます、まほろばは警戒態勢をお願いします。」
『こちらまほろば、了解です艦長。』
通信を終えると桟橋上に待機している者達に恵理香は指示を出す。
「では出発しましょう。」
「「「はい艦長。」」」
恵理香達と乗員達は近くに見える街に向かって歩き始めた。
「おい来たみたいだぞ!」
街の中に恵理香達が入って来るのに気付いた男が叫ぶと、その声に家々から出て来た人々が集まって来る。
そんな中恵理香は街の中心にある役所の前に到着すると、その場に居た職員に声を掛ける。
「牧瀬商会の者です、代表者の方をお願いします。」
職員はそれを聞くと「し、しばらくお待ちください。」と言って慌てて役所の中に戻って行く。
「お待ちしておりました守護天使様。」
知らせを受けてこの街の評議会議長らしい男性が出て来て恵理香にそう言うと頭を深く下げる。
「いえ天使は・・・」
「もう守護天使様に助けて頂くしかありません、この島をお願いいたします。」
自分の話を聞いて欲しいと恵理香は思わず天を仰いでしまうのだった。
今回恵理香がこの島に来たのはギルドに入った島の評議会からの依頼の為だった。
「依頼内容ですが、蒸留水プラントの集水口付近の調査を行うと言う事で間違いありませんね。」
役所内の会議室に案内された恵理香は議長に依頼内容を確認する。
「はい、最初は我々で調べようとしたのですが、海中に変な影は多数うろついている様で断念せざるを得なくなり。」
議長はハンカチで顔の汗を忙しく吹きながら答える。
事の発端は蒸留水プラントから街へ流れる水量が急激に減った事で、その原因を調査しようと向かった街の人間が異変に遭遇した。
プラントからの水の供給停止は島の人々にとっては死活問題になる、だから議長はその調査と対処をギルドに依頼をしたのだ。
そして牧瀬商会がその依頼を受け恵理香達がヤシマ島に来たのだった。
「状況は理解しました、では早速・・・」
兎に角「依頼に掛かります。」と恵理香が言おうとした時だった、会議室のドアがノックも無しに突然開かれる。
「議長!私達は反対だと言った筈だ、勝手に進めるな。」
「そうだぞ議長!」
そう言って数人の男達が入り込んで来る姿を見て、恵理香は眉をひそめる。
「ザック!話し中に失礼だぞ、第一もう決まった事に今更蒸し返すな。」
立ち上がった議長が乱入して来たザック達に怒りの表情を浮かべながら言い返す。
「強引に話を進めたくせに何を言いやがる!」
「評議会で議論した結果だ、文句は言わせんぞ。」
ザック達と議長達が激しく言い争いを始める。
「それでは我々は依頼に掛かります議長。」
その言い争いに呆れた表情を浮かべながら恵理香はそう言って会議室を出て行こうするのだが。
「おい話を聞いていなかったのか!依頼は取り消しだ。」
そんな恵理香に気付いたザックが怒鳴りつけてくる。
「・・・申し訳ありませんが既にここの評議会の要請を牧瀬商会はギルドを通じて正式に請け負いました。」
恵理香は怒鳴りつけて来たザックを冷静に見つめ返しながら説明する。
「・・・邪魔をなさるなら牧瀬商会とギルドはそれなりの対応を取らせてもらう事になりますが。」
それで良いのかと周りの者達を見渡しながら恵理香が警告する。
「くっ・・・」
ザックは悔しそうに恵理香を睨みつける、流石に牧瀬商会とギルドを怒らせばどうなるか彼も理解はしている様だった。
「島の者が失礼な事をしてしまいました守護天使様、どうかよろしくお願いいたします。」
黙ったザックを苦々しく見ながら議長は恵理香に頭を下げながら言う。
恵理香はそんな議長に頷くと優香とロベリヤと共に会議室を出て行くのだった。
ちなみにザック達が何故あんな事を言い出したのかは、出発準備中の恵理香の元に来た職員が教えてくれた。
彼ら曰く、「何時までも旧式な蒸留水プラントでなく新型を購入すべきだ。」と主張しているらしい。
とは言え蒸留水プラントも安くはない、使えるならそのままで良いと島の人達の大半はそう考えており賛同する者は少ないらしい。
「・・・それにあの連中、蒸留水プラントの購入資金を隣の島に援助してもらう代わりにとんでもないない事を考えやがって。」
援助の見返りに漁場の一部を渡す積もりらしいと職員、だから余計ザック達の提案は駄目だと。
「次の評議会議長選狙っているみたいで。」
その職員はそう言って溜息を付きつつ説明してくれた。
「何だ結局自分の利益の為じゃないか。」
「自分達の事しか考えていないじゃないのそいつら。」
優香とロベリヤは呆れた表情を隠そうともせず言う。
「そうですね、これで厄介事が起きなければ良いんですが・・・」
出来ればシーサーペントだけを相手にしたいのだが、先程の強硬な態度からしてこちらに何か仕掛けてくる可能性は否定できず恵理香は溜息を付く。
「まあ今考えても仕方ありませんね。」
恵理香は頭を振って余計な考えを追い出すとまほろばを通し随伴してきた天草に準備に入るよう指示を出す。
残念ながら思い通りにには進む事は無く恵理香は厄介事に巻き込まれる事になるのだったが。
一旦港まで戻った恵理香は、優香と共に天草乗り乗り込むとまほろばを伴って港とは反対の所にあるプラントに向かった。
「艦長、予定の海域に到着しました。」
1時間後プラントのある海域に到達したまほろばと天草。
天草の艦橋で航法担当の報告に頷くと恵理香は優香に指示を出す。
「水中作業用強化外骨格の準備を優香さん。」
「了解、恵理香。」
頷いて優香は艦橋を出ると強化外骨格の準備の為後部甲板に向かう。
「では後はお任せましす、まほろばによろしくお願いしますと伝えて下さい。」
「了解です艦長、ご武運を。」
恵理香は後の事を託された天草艦長の言葉に頷くと優香の後を追って艦橋を出て行くのだった。
先に向かった優香は甲板上に搭載されたコンテナに近づくと壁面のパネルを操作して扉を開ける。
そして優香は搭載されている強化外骨格の調整を始める、暫くしてそこに恵理香が合流する。
「準備は終わったよ恵理香、くれぐれも無茶だけはしないでね。」
心配そうな優香の言葉に恵理香は苦笑しつつ答える。
「分かってますよ優香。」
既に専用のボディスーツタイプのつなぎに着替えていた恵理香は優香に手伝ってもらいながら強化外骨格を身に着ける。
「装着完了・・・システムチェック・・・問題なし、いけるよ恵理香。」
『ありがとう優香、それじゃお願いしますね。』
優香は頷くとクレーン脇で待機している乗員に指示を出す。
「クレーンの用意を。」
指示を受けた乗員がクレーンを操作して強化外骨格を吊り上げ海面に降ろす。
『出発準備よし。』
「ロック解除。」
恵理香の声を受け優香が指示するとロックが外され強化外骨格は潜航して行く。
それを見送りながら優香は無事この任務が終わり事を祈るのだった、ちなみにロベリヤもまほろばの見張り所から同じ思いで見送っていた。
「それにしても結構海中の視界が悪いですね。」
プラントに接近しながら恵理香は濁った海水の所為視界が悪い状況に不安を感じていた。
もし不意打ちを受けたらと考えたのだ、もっとも恵理香が心配したのはシーサーペントの方だっただが。
周りをもう少しよく見ようとした時だった、首元を通過してものに恵理香は気づくと強化外骨格を加速させる。
追い打ちをかける様に恵理香の左右を通り過ぎるのは水中銃から発射された銛だった。
恵理香は銛が発射された場所を探しそれが集水口の脇に有るコンクリート製の支柱の影だと気づくと強化外骨格の進路を向ける。
悪い予感が当たったと恵理香は思いながら接近させて行く。
本当なら恵理香も水中銃で応戦したかったが、こちらの銃は対シーサーペント用で人に対しては強力過ぎる為使えなかった。
「ザック達の妨害・・・でもあの連中が襲撃なんか出来るとは思えませんが。」
海中に潜んで待ち伏せをするなんてかなり場数を踏んだ者の考える事で、ザックとその取り巻き達に出来るとは思えなかった。
とすれば・・・高い水中機動性を生かし銛を回避しながら恵理香は以前牧瀬商会長の姉である万理華から頭が痛い問題だと聞かされた事を思い出す。
犯罪などに手を染め潰れてしまった商会が密輸や今回みたいな正規な商会の仕事の邪魔など引き受ける裏商会になってしまっていると言う話を。
確かに転生前のゲームシナリオでも依頼の邪魔をする連中が居たなと恵理香は思い出す。
だがそうなると厄介だなと恵理香は考える、素人では無くある程度訓練を受けた連中だとすると排除に手間取るかもしれないからだ。
恵理香がどう切り抜けようかと思案していた時だった、突然攻撃が止まり慌てた様子で支柱からウェットスーツの者達が逃げ出して来る。
「まさか!?」
進路を咄嗟に変えて支柱の裏側に回り込む恵理香が見たのはウェットスーツを着た男がシーサーペントに足を噛まれもがいている姿だった。
助けようとするがシーサーペントは男の足を食い千切ると恵理香へ襲い掛かろうと接近して来た。
恵理香はマニピュレーターが持つ大型の水中銃を接近して来るシーサーペントに向けて発射して海底に銛ごと縫い付ける。
ほっとする間も無く別のシーサーペントが死角から強化外骨格の脚部に噛みついてくる一方もう1匹が連携して迫って来る。
小型なうえ装甲されていたので衝撃だけで実害は無いがやはり気持ちの良いものでは無く恵理香は表情を顰めると水中銃を脚部のシーサーペントに発射して引き離す。
続いて迫って来るシーサーペントを深度を下げ躱すと強化外骨格を回転させ通り過ぎて行った目標に銛を発射し串刺しにする。
仕留められないと判断したのか残った数匹のシーサーペント達が海面に逃げて行くのを追撃する恵理香。
島民が目撃したのはやはりシーサーペントだったのだ、ただ小型だったのは不幸中の幸いと言える。
そう思いつつ恵理香は海上に浮上し逃げて行くシーサーペント達がプラントから十分離れるの待つ。
「この辺で良いでしょう。」
海中からロケットランチャーをシーサーペントに向ける恵理香。
「目標をロックオン。」
バイザーに映し出された照準環をシーサーペントに合わせロックを確認後、トリガーを引く動作をするとマニピュレーターが同じ動作をしてロケット弾が発射される。
発射されたロケット弾がシーサーペントに命中すると激しい爆音と炎が上がり身体がばらばらに吹き飛び海面に撒き散らされたどす黒い体液のなかを沈んでゆく。
その状況を見て肩の力を抜いて息を付く恵理香、その後集水口まで一旦戻った恵理香はシーサーペントが居ない事を確認後点検を始める。
その結果大きな損傷は無くプラントの不調の原因は集水口に入り込んでいた岩石だと確認後それを取り除き恵理香は天草に戻ったのだった。
こうしてシーサーペントは掃討されプラントの不調は取り除かれた、ただ恵理香を襲った裏商会の連中は負傷者多数だった様だが逃げられてしまったが。
結果ザック達との関係の証拠を得る事が出来なかった事が恵理香にしてみれば残念だったが。
街へ到着した時点で既に水の供給は戻っており恵理香達は島民達の大歓迎を受ける事になる。
もちろんザック達反対派の連中は苦虫をかみ潰した様な表情だったのは言うまでも無かった。
事件は解決したものの住民の間に出来た溝を埋めるのは容易では無いと恵理香は他人事ながら同情するのだった。
「もしかしなくても人間の方がシーサーペントより厄介なのかもしれませんね。」
歓迎と歓喜の声にそんな恵理香の呟きはかき消されてしまうだけだった。
16:30
ヤシマ島の蒸留プラントトラブルの調査及び対処を終了。
トラブルの原因は集水口に詰まった岩石と判明。
なおその際に小型シーサーペント多数と遭遇し処理を行った。
また裏商会の襲撃があったがシーサーペントに襲われ逃亡した為捕縛出来ず。
以後の追跡はギルド調査部に依頼。
報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。




