王子様とティータイム 3
「ミハイル、殿下」
「敬語は使わないで。あと、ミーシャって呼んでほしいな」
「芸名のほうでいいんですか?」
そういえば出迎えのときダミアンも“ミーシャ”と呼んでいた気がする。
「“ミハイル”の愛称なんだ。ボクも“アヤ”って呼んでいいかな?」
アヤと呼ばれた瞬間、とくんと胸が高鳴った。なぜか、自分の名前が特別なものに聞こえる。一応、身分が王子様だから敬称をつけたほうがいいかと思っていたら、まさかの愛称呼びを希望されるなんて。しかも自分のことまで愛称呼びなんて。
「愛称で呼びあったほうが婚約者としても自然だろうから」
——あ、なんだ。そういうことか
便宜上の提案だったことに、なぜかさみしさを感じた。そもそもバイトなんだし、何を感傷的になっているんだ。ぎこちなく見えて周囲から変に詮索されては元も子もない。愛称呼びはもっともである。
「う、うん……。ミー、シャ」
口ごもりながら彩那は頷いた。
「ありがとう。アヤ」
太陽みたいに笑いながらミハイルは抱きしめてきた。
——猫っていうか大きな犬みたいだな
手を包まれたときみたいに、彩那の体はミーシャの体にすっぽりおさまってしまう。なんかゴールデンレトリーバーっぽい。そう思うと高ぶった感情が少しだけぬるくなった気がした。これは単に、唯一信頼できる人間だから抱きしめているだけで意味なんてない抱擁だ。もしそれがハインリヒなら、きっとこうされているのは彼なんだろう。なのに、ミーシャの腕に抱きしめられていると、このひとなら守ってくれるって思ってしまう。とまどいながら腕を伸ばして、ゆるく抱きしめ返した。だぼだぼなセーター越しにも、硬い筋肉が触れてどきどきしてしまう。
——やっぱりいい匂いだなぁ
心地よい体温と力強く支えてくれる安心感に、すべてをゆだねそうになる。
「あ、ごめんね。うれしくて、つい」
ふっと、体が解放される。もう少しひたっていたかった。……ただのバイトなのに。そりゃ相手はモデルで王子様なのだから、浮かれて当たり前だけれど。こんな調子じゃ先が思いやられる。彼氏と別れたせいで、だれかの体温が恋しくなっているだけだろう。背中に回された腕に力がこめられていたのも、おたがいの利害が一致していただけなのだと必死に理性に叩きこんだ。
「これからよろしくね。アヤ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「アヤ、敬語」
「あ、よ、よろしくねミーシャ」
あわてて言いつくろえば、はにかむようにミハイルが笑う。そんな彼に、わずかでも役だてている気がした。
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