王室専用機内にて 3
「えっ?」
「ボクが読みますから、アヤナさんは聞いていてください」
不意に膝が軽くなったと思えば、ミハイルが百科事典ファイルを手に微笑んでいた。
「日本語も読めるんですか?」
「ミハイル様は語学堪能ですので」
ハインリヒの声が耳に痛い。
「あの、ローゼンシュタインって何語で話すんですか?」
欧州ならドイツ語だろうか。
「本国の公用語は大別して四カ国語です。実際はもっと細分化されますが」
——四カ国語って、ひとつの国の中で?
方言とかじゃなくて、全然ちがう国の言葉がひとつの国の中で飛び交っているらしい。英語についていくことすらあやしいのに。さらなる絶望感と混乱が渦を巻く。ミハイルは立場上、マルチリンガルなほうが有利ではあるだろうが。
「ボディガードも、マルチリンガルでないといけないんでしょうか?」
「こちらではそれが通常となっております」
こともなげに答えるハインリヒに彩那は格差を感じた。
「では読みますね。『——ミハイル・ピエール=アレクサンドル・ローゼンシュタイン。二十八歳。ローゼンシュタイン公国元首エミリア・フランツィスカ・ローゼンシュタインの第一子として生まれる』」
自分自身の記録をミハイルは静かに読みあげていく。まるで他人の履歴を読んでいるかのようだった。
無理もない。何も覚えていないのだ。
記憶がないとはこういうことなのだろう。ただ、ほんの少しとまどいの感情が混ざっているような気がした。真っ白な状態。でも赤ん坊とはちがう。
王族としての知識や素養を身につけた人形に近いのかもしれない。
朗読されていく輝かしい経歴の数々に圧倒されるばかりだった。
——王子様ってすごいなぁ
梢がささやくような彼の声音が心地よくて無意識に船をこぎ始めてしまう。聞こえていた言葉が、だんだんと、あいまいになっていく。まどろみの中で昨日の出来事が意識に混ざる。酒場で飲んだくれて、バッグを盗まれて、助けてくれた人は有名モデルで王子で、しかも記憶喪失で。その婚約者のふりをするバイトで人生初の海外。
ミハイルの声に誘われるように彩那は眠りについていた。
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