お姫様抱っこのあとは、おんぶ
「まって!」
男性に手首をつかまれ、彩那はびくっとなった。
「ケイサツは呼ばないで」
何かやましいことでもあるのだろうか。懇願する彼に彩那は動揺する。たすけてもらったことは感謝するが、それとこれとは話が別だ。身元不明者は警察にまかせるのが一番だろう。でも、瞳を震わせ、ぎゅっと手を握ってくる彼にどうするべきか迷った。
「タイ、シカンに連れて行ってくれませんか?」
「大使館?」
たしか海外旅行で困ったら、大使館に行けって聞いたことがある。
「えっと、どこの?」
「ローゼンシュタイン……」
そう言われ、彩那は『ローゼンシュタイン大使館』を検索する。ここから徒歩で二十分くらいだ。
「わかりました。ここに行きましょう」
***
「なんか、すみません。お世話になってばっかで」
「イエ、このくらいたいしたことないですよ。靴下のまま歩いたらあぶないですから」
男性におぶってもらいながら、彩那はローゼンシュタイン大使館への道案内をしていた。「このまま、まっすぐ進んでください」ほとんど大通り沿いに進むだけなのはよかったが、やはりすれちがうひとの視線が気になる。
「あの、重くないですか?」
「全然ヘイキですよ」
彼はちいさく笑った。その軽い足取りに力持ちだなぁと感心しつつも、がっしりした背中に納得だった。
——きれいな髪だな
夜風にゆれるたびに、ふわりふわり鈴蘭の香りが舞った。
「その角を左です」
「アヤ、ナさん。もっと、くっついてください」
「えぇっ……」
不意にかけられた声に彩那は声を上ずらせた。胸を押しつける形になってしまうのも抵抗があった。
「ボクもしっかり持っていますが、安全に背負うにはあなたの協力が必要です」
彩那の心中を察してか彼はなぐめるようにつけたす。助けられているのは自分のほうなのに、まるでひとつの目標へといっしょに向かっているみたいな気になった。ほっぺたが熱くなって、胸の奥が甘く、くすぐられる。とまどいながら肩に置いていた手を伸ばし、彼の首元に噛りつくようにした。
「ありがとうございます、アヤ、ナさん」
彼の弾んだ声に彩那の中で何かが、ほろほろと心地よく崩れる。苦しいような、でも、それがうれしいような。
——酔ってるせいかな
無防備過ぎる自分にあきれてしまう。それでもうずいてしまう真新しい想い……おさえたくて、かくしたくて、きゅっと彼の首元に回した腕に力を入れた。
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