大失態
「うっ」
なんだか胸のこそばゆさが一気にむかつきへと変わる。気持ち悪いと思ったときには盛大に吐いていた。
たしかに今日はいろいろありすぎた。自棄酒したし、上司と元カレのせいでストレスたまってたし、二回もいや三回もおたけび上げたし、派手に転んだし、バッグは盗まれるし。下手をすれば流血現場を見るはめになったかもしれないのだ。
肉体的にも精神的にも吐く一択だった。
だからって、よりによってこんな美形の前で。気持ち悪さが胃と頭を直撃する中、男性はバッグを持ったままはなれていった。
——やっぱり悪い人かーっ!
そう言おうとしても、次から次にこみあげてくる吐き気に声が出ない。かわりに飲み食いした物が飛び出した。
——うぅっ、匂う
胃のむかつきと鼻を刺す臭いに、げほげほせきこむ。一度吐いた反動でひっきりなしに中身が出てくる。不幸のどん底を踏みはずして地獄に落下でもしているんじゃないかと思った。
「お水飲めますか?」
気づかうような声に顔を上げると、目の前にはミネラルウォーターのペットボトルがあった。
ごていねいにキャップまではずされている。
声の主はさっきの外国人男性で、どうやら自販機で買ってきてくれたらしい。彩那はペットボトルをつかんでひと口飲んだ。
胃液で苦くなった口の中が浄化されてく。ほとんど吐きつくしたはずだが、まだ変な感じがする。えづいていれぱ背中をさすられた。
——なんてやさしい人なんだ
親切が身にしみて彩那は半泣きになった。
「ずみまぜん……ありがとうございまず」
精一杯の感謝を口にすれば「だいじょうぶですよ」と男性は微笑んだ。サングラス越しにやさしそうな瞳が浮かぶ。親切で丁寧で、どことなく気品さがある——まるで王子様だ。
……どこかで見た?
彩那は記憶を手探りするも、アルコールの充満した脳内は、ぼやぼやしていて焦点が合わない。すると、パンッと目が覚めるような破裂音が耳を通りすぎた。風船が割れたのかと思っていれば、
「うぐっ」
今度は、うめき声がした。なぜか男性が通行人らしき人物を蹴りとばしていた。
わけがわからず混乱していれば、ぎらついた刃物が目に入った。蹴りとばされた男の手に握られているそれは、さっきのどろぼう男のカッターナイフとはちがって、もっと刃渡りの長い、いかにも武器という感じの物だった。
しかも男は口元にスカーフを巻いている。
ダイヤモンドっぽい絵柄だ。
物騒な気配しかない出で立ちに、彩那はふたたび背筋が冷える。
不意に聞こえたサイレンの音に現実に引き戻された。だれかが警察に通報したのだろう。回転する赤色灯に、このあと待ちかまえている事情聴取を想像して気が重くなった。
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