出会い
——よかったぁ
無事に立っている男性の姿を認め、彩那は脱力する。彼は一度こちらに視線を向けると、バッグを手に走ってきた。じょじょに大きくなる人影に胸が高鳴る。
「あなたのバッグですよね?」
彼がイルミネーションの逆光から現れた瞬間、周りの音がすべて消えたような気がした。まるで目の前の男性と自分しか、世界にふたりしかいないみたいだった。
「あの、ダイジョウブですか?」
ほうけている彩那に男性は訝る。
「へ? は、はいっ」
……真っ黒ずくめ?
はっと我に返った彩那はその風貌に、ぽかんとなった。黒いバケットハットに黒いストール、黒いニット、ブラックジーンズ……スニーカーまで黒一色だ。
——背高い
つま先から頭のてっぺんまで、思わずまじまじと見あげてしまった。
自分が座りこんでいることを差しひいても、周囲の男性陣よりも頭ひとつふたつくらい抜きでている。男性は目の前で跪くと彩那の足元に散らばっている私物をひろい始めた。さっき店で会計した際、バッグのファスナーを閉め忘れたていたようだ。
——なんか、きれい……
ただ物をひろっているだけなのに。ひとつひとつ洗練されたかのような男性の仕草に見とれてしまう。
美しいのは所作だけではなかった。ブリムの影には、ふわりとした金色の髪が躍る。大きなサングラスと、首元を覆うストールで表情は、はっきりしないが、すっとした高い鼻筋と微笑んだような口元から、甘いマスクだとわかる。
——大きな手
自分の手なんてすっぽりとおさまってしまいそうだ。
「膝、ダイジョウブですか?」
「へ?」
彼の心配そうな声に彩那は自分の膝に目をやった。じわりと赤い染みができている。どおりで痛いわけだ。早く帰って脱がないと。血が固まってズボンと皮膚がくっついたら悲惨である。
「お手をドウゾ」
目の前に差しだされた手に彩那は目を見開いた。
もちろんこの人は悪い人ではないだろう。でも初対面だし。
さっきの泥棒サラリーマンのこともあって、素直にその手を取れずにいた。じっ、と手を凝視したままでも、男性は嫌そうな顔をすることもなく、やわらかい微笑みを向けてくる。なんだかむず痒くなって、彩那はおずおずと男性の手につかまろうとした。
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