7. 17歳と21歳②
★17歳 4月
あいつはあっさりと教室の引継ぎを終えると、王都に行ってしまった。春だった。
いなくなってから実は王都に花嫁を探しに行ったと聞かされた。まああの歳の貴族なら当然だろうが、非常に面白くなかった。
一方で俺は相変わらず先生を続けてながら、少しずつ役所の仕事を手伝うようになった。
「お前は皿は割るし廊下は走るし向いてないな。字が読めるなら役所仕事の方がいいだろう。」
執事にそう言われ、俺はあんな座りっぱなしの仕事は嫌だとごねたが、結局押し切られて屋敷から放り出された。
皿割ったのなんてかなり昔に一度だけなのに、いつまでも昔のことをグチグチと・・・腹が立ったが逆らえないので仕方なく役所に通うことになった。
きてみれば案外役所も悪い所ではなかった。なにより字がキレイと褒められのが嬉しかった。褒められた後に山のように仕事を渡されたが・・・
紙に字を書いていると、いつか見たあいつの指を思い出す。まるで魔法のように指先から奇麗な字が生まれていた。俺もあんな風になりたい。
★17才 9月
秋になって帰ってきたあいつは一人だった。どうやら花嫁は見つけられなかったらしい。入れ違いに王都に帰ったアダール様の代わりに、あいつは役所の領主室で仕事をするようになった。アダール様が領地にいない間は、あいつが領主代理になるらしい。
朝の警備隊の訓練で顔を合わせても、役所で顔を合わせても、俺からは話しかけられなかった。あいつからも話しかけてくることはなかった。俺たちの関係なんてそんなもんだ。せめてまた教室に来てくれたら話せた気がしたけど、あいつがもう日曜日に教会にくることはなかった。
「また違う・・・」
俺は書き写すペンを止めてため息をついた。上司が殴り書きで書いたものを清書するのが俺の仕事だ。だがこの上司が適当な人で何も考えずに書くので俺はしょっちゅう書き直す羽目になっていた。
「ここ、前のページだと一万なのに、こっちは一万二千になってるんですけど。」
「そう? 直しといて。」
「どっちを幾つに?」
「あー・・・間をとって一万千でいいんじゃない?」
言い訳ねえだろ。適当なこと書いてまた書き直しするのは誰だと思ってる。
「・・・ちゃんと確認してきてください。」
「誰に?」
「領主代理でいいんじゃないですか? 二階にいるんでしょ?」
「えー・・・別にいいじゃない。そんな細かい事・・・」
よくねえわ。領主が金がない家庭用に貸し出してる家の家賃だぞ。千違うだけで一年換算すれば全く違う。
上司は代々この役所の仕事をしている家の生まれで、苦労知らずの馬鹿だった。何代か前に王立学園に行った先祖のことが一番の自慢で、平民のくせにメイドを雇おうとして失笑されている馬鹿だ。
「確認してきてくれないなら俺が直接行きますけど?」
上司の机に手をついて凄むと上司は渋々立ち上がって確認しに行った。
「ダリッチくんすごいね。」
席に戻るとゴマさんがニコニコと俺に言った。
「あの人もねぇ・・・前まで誰も指摘しなかったから、もうちゃんと見る習慣なんてなくしちゃったのよ。」
ゴマさんは仕事を教えてくれた年配の女性だ。一応感謝はしてるので、自分だってろくに見ず丸写ししてただけだろうとは言えない。
「アダール様に変わってから何回も書き直しさせられてたから、ダリッチくんがきてくれて助かったわー。」
ニコニコと笑うゴマさんに俺はただ愛想笑いをするに留めた。
ある日また俺に脅されて領主室に言った上司が不機嫌な顔をして戻ってきた。
「ダリッチ、呼ばれてるぞ。」
俺に? 直接? あいつが?
不機嫌な上司と不安そうな同僚に見送られ、領主室の扉を叩く。声が聞こえて懐かしさに胸が震えた。なんでだろう。何度も遠くから見てきたのに。すれ違って目があったこともあったのに。
中に入るとあいつはまるで毎週日曜日に会っているみたいに、普通に話しかけてきた。
「ここに矛盾があるってどういうこと?」
「・・・それはですね、該当者が1と2に当てはまる場合までは書いてある通りなんですが、1と2と3に当てはまった場合はちょっとおかしくなるんですよ。」
「そんな人いる?」
「います。俺のツレのばあちゃんが・・・」
説明するとあいつは頷いて言った。
「なるほどね。正直彼の説明じゃよくわからなくてね、助かったよ。・・・これまで色んな指摘をしてくれたのはやっぱりダリッチなの?」
「まあ、そうです。」
「ありがとう。助かるよ。」
微笑まれて嬉しくなった。俺はその日以来上司を無視して直接領主室に通うようになった。単純で悪いか。