6. 17歳と21歳
★17歳 1月
年が明けてすぐ、俺は裏庭を歩くサンドラさんとユリさんをみつけて駆け寄った。二人は洗ったばかりらしい大きな鍋を抱えていた。
「持つよ。」
そう言ってサンドラさんの鍋を受け取ると、サンドラさんはユリさんの鍋を半分持ってくれた。
「重い・・・ていうか冷たいねこれ。」
「冬だからね。」
ユリさんの鼻の頭が赤い。井戸の水で洗ってきたのだろう。
「厨房まで運べばいいの?」
そんなことをいいながら三人で並んで歩いた。そう言えばサンドラさんに聞きたいことがあったんだ。
「・・・サンドラさんってさ、あの兄弟の乳母だったってほんと?」
俺の質問にサンドラさんは懐かしそうに笑った。
「正確には乳母じゃないけどね・・・大奥様がハジム様を生まれてからしばらくして体調を崩されてね、まだハジム様は甘えたい盛りだったから私が見かねて面倒を見てただけだよ。」
甘えたい盛りのオトウト・・・ちょっと見たい。
「ハジム様にもそんな可愛い時代があったのね。」
ユリさんが鼻で笑った。
「可愛かったよ・・・にいさまにいさまってアダール様を追いかけまわしてさ。」
見たかった! すっごい見たかった!
「へえ・・・アダール様はどんな子どもだったの?」
ユリさんが興味津々で聞いた。前から思ってたけどこの人たぶん面食いだな。
「アダール様はね・・・今とあんまり変わらないっていうのは変だけど、大人びた子供だったよ。優しくて賢くて。」
「やっぱイケメンは子供の時からイケメンなんだね。」
ユリさんが頷きながら言う。
「あんたも産みたいならさっさと相手捕まえな。」
「いや、あたしは相手選びたいから・・・」
サンドラさんの言葉にユリさんは苦い顔をしている。
「サンドラさんの息子でも紹介してあげたら?」
軽い気持ちで言ったらユリさんに足を蹴られた。
「痛ってぇ!」
「ごめん、足がすべったー。サンドラさん、後はあたしたちで運んどくから大丈夫だよ。」
ユリさんの棒読みの言葉にサンドラさんは苦笑してその場を離れた。
「・・・蹴らなくてもいいんじゃないの?」
「サンドラさんの息子は小さい時に亡くなってんの。ひどい落ち込みようを見かねた大奥様が子どもの世話係に取り立ててくださったんだって。・・・なんであんた知らないのよ?」
「知らないってそんなの・・・」
俺はまだ王都にいた時期か、下手すりゃ生まれる前の話だ。
「・・・俺、謝った方がいいのかな?」
「どうだろうね。気にしてる感じではなかったけど・・・まあ、サンドラさんは子どもに甘いから大丈夫じゃない?」
「俺は子どもじゃねーし。」
そんな事を言いながら厨房についた。その後も忙しさにかまけてサンドラさんに謝罪を切り出せずにいたが、サンドラさんの態度はいつもと変わらなかった。こういうのを見ると、俺はまだガキなのかもしれないと思う。
あいつはキスしてもその後の態度は全く変わらなかった。まるで何もなかったかのように。
★17歳 2月
二月、兄であるアダール様が新しい領主となった。俺が昔裏庭で聞いた跡は継がないという話はなんだったのか。今となってはよくわからないがとにかく一番丸く納まったのは良い事だ。
オトウトは副領主となり色々忙しいらしい。俺たちはあれからも普通に話をした。オトウトにとってあんなのは気にするほどのことでもないのかもしれない。俺はファーストキスだったけど。
もうすぐ春になろうという日曜日、俺がいつもどおり教会で子どもたちを教えていると、オトウトが一人の男を連れて遅れて入ってきた。
「せんせー、遅ーい。」「その人だれー?」
子供たちがワイワイと話す中、オトウトは彼を紹介した。
「新しい先生だよ。しばらくは3人で教えることになるからよろしくね。」
「え、俺聞いてないけど・・・」
俺は慌てて立ち上がった。
「ごめん、色々急に決まったんだ。春からは教室の数も増やすから、他にも何人か増えることになるよ。ダリッチにはまとめ役をやってもらうことになる。大変だと思うけどよろしくね。」
そんなことを何の相談もなく決めるのか。しかも急に人数を増やすなんて・・・ひょっとして領地からいなくなるつもりだろうか。領主夫婦が領地に住むのは当たり前のことだ。それをちょうど良い事として、俺から逃げるつもりかもしれない。
俺が、あんなことしたから。
その日の授業はうまく笑えたかどうか自信がない。ただひたすら、二度と会えなかったらどうしようかと考えていた。
帰り道に待ち伏せしてオトウトを問い詰めた。
「どういうこと? 何で? 俺のこと迷惑だった?」
オトウトは穏やかに、副領主になるから色々と王都でやることがあると言った。帰ってこない訳ではないらしい。
「俺のこと、嫌になった訳じゃないんだ?」
「・・・どういう意味?」
「俺から逃げるのかと思った。」
俺の言葉にオトウトは首を傾げた。
「どこに行ったって私はドーナー家の人間だし、逃げるって何?」
何かがズレてる。この男の中で俺の存在はどれだけ小さいんだろう。
「・・・あんた、キスされてどう思ったの?」
俺の質問にオトウトは困った顔をした。
「・・・ビックリさせたかったのかと思った。」
「あれがキスだってのはわかってるんだよな?」
「口と口が触れ合えばキスになるんじゃない?」
だからそうじゃない・・・もうため息をつくことしかできなかった。
「俺、あんたが何考えてるか全然わからない・・・」
オトウトは相変わらず困った顔をしている。困っているのは俺も同じだ。
「もういいよ。とにかく教室が増えて忙しくなるんだな、わかったよ。」
俺は大きく伸びをした。こいつがどこかへ行かないなら、帰ってくるならそれでいい。
「ただこういう話は先に聞きたかったな。俺最初から先生役としているんだし!」
俺の苦情は笑って聞き流された。いつもと一緒だ。なにをしても、この男の胸には響かない。