5. 14歳~16歳、18歳~20歳
★14歳 秋
秋祭りの日がきた。この領地では毎年9月の終わりに領地を上げて祭りが行われる。収穫を祝って領主様が領民を労ってくれる日だ。
この日は奥様も人前に出てきたが、体調が悪いと早々にアニと一緒に屋敷に戻っていった。大旦那様は例年通りにご機嫌でお酒を飲んでいる。貴族にしては気さくな方だと皆が言っていた。
オトウトを探すと広場の隅のベンチで一人でいた。女たちが遠巻きに見ているのにも気が付いていなさそうだ。
「酔わして押し倒しちゃおうか。」
飲み屋の姉さん方がオトウトを見てくすくす笑っている。あの人たちを狙っている男でいつも店は繁盛しているらしい。それを上手にいなして金だけ巻き上げているやり手の姉さんたちだ。俺はまだその店に行ったことはないけど。
「ね、ハジム様って押しに弱そうだし。」
「婚約者もいないなんて狙い目よね。」
「私は最悪愛人でもいいな。あのお屋敷で暮らしてみたーい。」
キャッキャと笑う姉さん方を押しのけて俺はオトウトに近づいた。誰かが守ってやらないとその内本当に押し倒されそうだ。
話しかけるとすでに手元の酒がなさそうだったので、急いで二人分の酒を貰ってきた。
乾杯して二人で並んで飲み始め、ついでに無防備すぎることを注意する。
「あんた狙われてるってこと自覚しなよ。」
「してるよ」
オトウトは飲んでいるのに顔色一つ変えていない。
「じゃあこんな目立つところでこれ見よがしに一人で飲むなよ。そのうち食われるぞ。」
「ん? 誰に?」
「あの百戦錬磨の姉さんたちにだよ。あんたなんか頭から食われるからな。」
「そっちか・・・それは困ったね。」
「あんた全然周りの人のこと見てないのな。」
二人で飲んでいると酔っ払いが次々声をかけてきた。やっぱりコイツは一人にしちゃ駄目だ。俺がせっせと酔っ払いを追い払っているといつの間にか日が暮れていた。
俺は誰かが勝手に持ってくる酒を飲んでもうフラフラになっていた。オトウトはそれ以上に飲んでるくせに丸っきり酔った様子もない。
「・・・ダリッチ、飲みすぎじゃない?」
オトウトが俺の顔を覗き込んできた。
「酔って・・・ない。」
「子供はワイン薄めて飲まなきゃダメじゃないか。」
「子供じゃねぇ!!」
怒鳴ると余計にクラッとして倒れそうになり、ずるずるとベンチから落ち地面に座り込んだ。なぜかオトウトもベンチから降りて横の地面に座った。意外と付き合いが良い奴だ。
オトウトはまだ酒を飲み続けている。貴族は酒に酔わないのかもしれない。大旦那様も強いもんなあ。でも酒って一人で飲むもんじゃないんだよ。あんな寂しそうに一人ぼっちで飲むもんじゃないんだよ。
「あんたは・・・おれがいた方がいいよ。」
ここら辺で俺の記憶は途切れる。気が付いた時にはケン兄におぶわれて家に運ばれている途中だった。その次目が覚めた時は自分の家だった。
二日酔いの激しい頭痛と吐き気に襲われながら、昨夜の記憶を思い出そうとしたが思い出せなかった。なんだか恥ずかしいことを口走った気がするから、思い出さない方がいいのかもしれない。
その後行きつけの居酒屋の親父に怒られた。俺たちが普段飲んでいるお酒は水で薄められたものだったらしい。
「子ども料金だって言っただろ?」
心底呆れた風に言われ、自分はあまり酒が強くないらしいと気が付いた、そんな秋。
秋祭りが終わってしばらくすると、奥様とアニと大旦那様は王都へ帰ってしまった。こちらで生むと思っていたサンドラさんがしばらくがっかりしていた。赤ん坊の世話をしたかったらしい。
春になると奥様に女の子が生まれたと知らされ、領地は大いに沸いた。屋敷から振る舞い酒が出され、まだ見ぬ女の子をみんなで祝福した。このドーナー領は素晴らしい、後継ぎも生まれて安泰だとお祭り騒ぎはしばらく続いた。
だが待ちに待ったその女の子が初めて領地に来たの時、大旦那様の遺骨と一緒だった。
大旦那様は王都で病に倒れ一年以上の闘病の末亡くなった。生まれた女の子はもうすぐ二歳になろうとしていた。
★16歳と20歳 冬
葬式には多くの領民が参加し大旦那様の死を悼んだ。愛されてたのだ。ちょっと我儘だけど豪快で茶目っ気のある人柄が。
葬式でオトウトはずっと白く固い顔を崩さなかった。まるで人形の様だ。心配で仕方がなかったが使用人が話しかけることもできず俺はその場を離れた。
次の日は日曜日だったが教室は喪中ということで休みだった。だけど俺は念のため誰も来ていないか、領主が死んだのに教室にくるマヌケがいないか確認しに行った。
マヌケはいた。父親が死んだのにこんな所にいる馬鹿が。
「今日は休みだよ。」
俺はそう言いながらそいつの前に座った。
「知ってる。」
「じゃなんで来たの?」
「そっちこそ。なんで来たの?」
「俺は・・・休みなのに来るマヌケがいないかと思って。」
オトウトは少し笑った。それだけで少しホッとする。
「親父さんは気の毒だったな・・・まだ若いのに。」
「あっけないよな。」
「あんた、親父さんの見舞い行かなかったんだって?」
「・・・ドーナー家の人間が領地から全員いなくなるのはよくないから。」
「別に二三日ぐらい平気だろ?」
ハジムは何も言わずに肩をすくめた。
なんでコイツはこんな時まで平気なふりをするんだろう。
「まあそっちはいいや・・・そうじゃなくてさ、あんた今自分がどんな顔してるかわかってる? 泣きそうな顔してる。」
ハジムが自分の顔を撫でた。
「そうなのかな。」
「泣けばいいじゃん。親が死んだら普通泣くでしょ。」
「・・・うち普通じゃないし。」
あーもうっ。こいつは全然わかってない。なんにもわかってない。大人のフリをして、兄嫁を好きだったのに諦めて、ただひたすら全員に優しく接して。何も欲しくないフリして諦めて。そんなの、自分一人で背負う事ないのに。
俺はハジムにキスをした。
「これで、泣く?」
「・・・女の子じゃあるまいし・・・」
ハジムはぼんやりとした顔をしている。これぐらいじゃ泣かないらしい。
「俺はあんたが好きだよ。あんたは俺を好きにならないだろうけど。・・・この先あんたが結婚して子供ができても、ずっとあんたに仕えてやるよ。だから泣けよ。」
「・・・どんな理屈なの。」
ハジムは笑おうとした後静かに泣き始めた。俺は黙ってずっと傍にいた。この気持ちはなんだろう。俺はこの少し年上の男が、気になってしょうがないんだ。