22. 27歳~33歳、31歳~37歳
★27才
春、俺は計算課の主査に昇進した。基本的に役職はコネか年齢がいったベテランがつくものなのでそれなりの反発があった。俺はそれらを完全に無視して新人に仕事を教えるのに注力した。
新人指導と新しい計算課の仕事、おまけに何故かこれまでの文書課の仕事まで回ってきて俺は大忙しだった。時々ハジムの所に愚痴りにいったがハジムは涼しい顔で聞き流すだけだった。優しい上司様だ。
俺は舐められないように眼鏡をかけるようになった。視力はそこまで悪くなかったが、眼鏡をかけた自分は大人っぽく賢そうに見えるので気に入っている。
★28才
完全に領主室で仕事するようになった。
普段ハジムが使っている机は本来は領主の為の物だ。アダールさんは初夏から秋祭りまでしか領地に滞在しないのでその間だけハジムは領主室の端にある副領主の机を使っていた。これまではそれで良かったが、俺もこの部屋を使うとなると机が足りなくなる。
昨日領地に戻ったばかりのアダールさんにそれを切り出したところ、アダールさんはあっさりと言った。
「別にいいよ。書き物は家でやるから。書類を読むだけならソファでいいしね。・・・それより先月の大雨で浸水した畑はどうなった?」
「来年に向けて土地を再耕しております。」
ハジムの返事にアダールさんは首を振った。
「先に堤防でしょ。将来的には畑をもうちょっと川から離れた所に移した方がいいだろうね。僕に心辺りがあるから一緒に見に行こう・・・ああ、ダリッチは来なくていいよ。君たちすぐイチャつくからね。」
アダールさんは一人で喋って嵐のようにハジムを連れて行ってしまった。
相変わらず行動力がすごい。観察力もすごいし何でも知ってるし、ハジムがあれだけ慕う理由もわかる気がする。俺はあんまり好かれてない気もするけど。案外あの人も弟大好きなのかもしれない。っていうかイチャついてねーし。
だだ毎朝訓練が一緒で役所に行くのも一緒で帰ってくるのも一緒なだけだ。最初は嫌そうにしていた執事ももう何も言わなくなった。
★29才
ハジムは俺の横でよくボーっとするようになった。考え事をしながら俺の髪を触って時々引っ張る。痛いからやめてほしい。
「なんか用?」
「・・・ダリッチ、たまには自分の部屋に帰ったら?」
「俺の部屋? この間行ったら新人が寝てたよ。俺が全然いないから空き部屋だと思われたみたい。まあいいじゃん?」
ハジムは湿った目を俺に向けたが結局それ以上何も言わなかった。
★30才 4月
春、正式に副領主補佐に任命された。
初夏、王都からやってきた領主一家にハジムは俺をパートナーとして紹介した。アダールさんとマリアさんは妙にニヤニヤしていたが、それよりもその娘であるミツコがやたら大きな目で俺をじっと見ていたのが気になった。
「俺、あの子に嫌われたのかな・・・」
部屋に戻ってぼやくとハジムが苦笑した。
「ミツコがあんなに人に興味を持つのは珍しいよ。気に入られたみたいでよかったね。」
★30才 12月
久しぶりに仕事で王都に行った。
どこで俺がいることを知ったのかクソ親父が王都のドーナー家に訪ねてきて、金を無心された。追い払ってもらったがやはり俺がいるとドーナー家に迷惑がかかるようだ。かなり真剣に辞任を考えたが、ハジムはまともに取り合ってくれなかった。
「馬鹿馬鹿しい。辞めてどうするの? お父さんと一緒に暮らすの? 今のダリッチは父親を暴力で黙らせることもできるし、お金を渡して養うこともできる。なによりダリッチはまだお父さんを許してないじゃない。そんな人の為に今の生活を捨ててまでしたいことって何なの?」
俺のしたいことは昔から変わっていない、ハジムと一緒に居ることだ。
そう伝えるとハジムは満足そうに笑った。
「じゃあそれでいいじゃない。ダリッチが父親を許さなくても僕がきみを許すよ。」
何の解決にもならないが、取り合えず覚悟は決まった。憎んでもいいし憎まれるのも仕方ない。許さないことだって絆の一つではある気がする。
本当に大事なものは自分から手放すものじゃないだろう。俺は齧りついてでもそばにいると決めた。
★31才 春
ハジムの姪が王都の王立学園に入園した。
「王立学園ってハジムも通ってたんでしょ? どんな所だった?」
「うーん、あんまり覚えてない。」
「そんな昔じゃねーだろ。・・・可愛い子とかいた?」
「いたっていったら怒るくせに。」
「怒るかよ、そんな昔のこと・・・」
「昔なのか昔じゃないのかどっちなの。」
ハジムは笑った。まあ確かにハジムが15歳の時、俺は11歳か・・・何してたのかなんて全く覚えてないな。
ハジムと言葉を交わす前のことなんて忘れてしまった。
★32歳
しばらく警戒していたが、あれ以降親父は姿を現さなかった。どこかで野垂れ死んでいるのかもしれないし、誰かに迷惑をかけているかもしれない。重い腰を上げて以前警備隊から聞いた親父が住んでいるという地域に一人で向かった。
そこは王都外れの治安が悪い場所だった。すれ違う人は少ないがみんな荒んだ目をしている。歩けば歩くほど気が重くなる場所だ。
しばらくウロウロと歩いたが、ついに誰ともすれ違わなくなったので帰ることにした。人に聞くことも場所の特定もできないのなら打つ手はない。
その時向こうから銀髪の女の子がやってくるのが見えた。珍しい髪色を見ていると目があった。赤い目が印象的な女の子だ。じっと見過ぎてしまって向こうから声をかけられた。
「何か?」
「あ、いえ。何でもないです。すみません。」
謝って横を通り過ぎようとしたのになぜか腕を掴まれてしまった。探しものかと聞かれ、父親を捜していると伝える。
「もう会うことはなんじゃないかしら。」
なぜか少女はぐいぐい体を近づいてきて言った。どうやら占い師らしい。だが唐突に言葉を切って少女は俺から離れた。
「・・・なーんだ。あなた既に所有されてるのね。」
「所有? 所属ならしてますけど・・・」
少女は急に俺に興味を失ったらしくどこかへ行ってしまった。変わった子だ。しかしもう会うことはないという言葉に少しだけ気が軽くなった。
本当はどこか遠くでそれなりに幸せに暮らしてくれるのが一番いい。父親を許すつもりはないが、憎み続けることはしんどい。
★33歳 年末
久しぶりに熱を出した。
「休みだからっていい加減起きなよ、ダリッチ。」
寝ている俺を覗き込むハジムが奇麗で俺はへらへらと笑った。
「今日もきれいだなハジムは・・・」
それを聞いたハジムは眉を寄せて俺の額に手を当てた。ひんやりして気持ちいい。
「熱いね・・・薬持ってくる。」
俺はどこかへ行こうとしたハジムの腕を慌てて掴んだ。
「薬いらないから、ここにいて。」
ハジムは困った顔をしてベッドに座りなおした。
「・・・雪の中ではしゃぐからだよ。子どもじゃないんだから。」
「雪すきだし・・・」
昨日この領地に今年初めて積るほどの雪が降った。まあはしゃぎすぎたのは認める。一緒に遊んだ子供たちが風邪ひいてないといいけど。
「雪はハジムに似てるから。透き通ってて、きれいで。」
「前から思ってたけど・・・ダリッチには俺がどう見えてる訳?」
「きれいだよ。」
「そうじゃなくて・・・見た目の話じゃないよね? どこを見て奇麗だって言ってるの?」
「顔もきれいだけど、俺にはハジムが光って見える。最初に会った時からずっと。」
笑いかけたがハジムは呆れたような困ったような顔をしている。なんでわからないんだろうな。こんなにきれいなのに。
「・・・兄さんがそんなようなこと言われてるのは聞いたことあるけど。」
「アダールさんは・・・きれいだけどこわい。なんかたまに見ちゃいけないものを見てるきぶんになる。」
返事をせず何か考え事を始めたハジムの手を握った。もっと触りたい。触って欲しい。服なんか脱げばいいのに。
「ダリッチ・・・人の指噛まないで。お腹空いてるなら何か持ってくるから。」
「んー?」
「んーじゃなくてさ・・・」
俺は指から口を離して言った。
「あんたはもう寂しくない? この時期って屋敷も人が減って役所も休みで・・・あんたずっと一人ぼっちだっただろ? みんな家族といるのにさ。」
見上げてみたハジムの顔はやっぱり奇麗だ。やさしい光、やさしい顔。ハジムが少し笑った。
「だからあの日来たのか・・・別に寂しくて良かったんだよ。寂しいのが人生だと思ってたんだから。」
ハジムの手がゆっくり俺の頭を撫ぜた。優しい手つきになんだか安心してしまう。
「ねえ、ハジムは俺がいてしあわせ?」
「さあ、どうだろう・・・」
「おれのこと好き?」
「どうかな・・・」
そんなにも優しい顔をしてるくせに、言葉が優しくないのは何でなんだろうね。
「まあいっか・・・おれはすきだよ。」
眠りに落ちる前、微かに「知ってる」という声が聞こえた。いつも通りだ。




