21. 26歳、30歳②
★26才 12月
また冬が来た。
年末の一週間はほとんどの店が閉まり、使用人ですら休みを取る。もちろん役所も休みだ。
夜、俺は一人で警備隊寮のベッドで寝転んでいた。今日は12月25日、家族で食卓を囲む日だ。寮には俺以外誰もいなかった。通いの人間が屋敷を警備しているはずだがどこにいるかもわからない。つまり、誰も俺を見張ってないから悪いんだ。
俺はワインを片手に領主様の屋敷に入った。忍び込むというほどでもない。しょっちゅう出入りしている場所だ。だが今日は数年ぶりの部屋に行く。
扉をノックすると中から「どうぞ」という声が聞こえた。不用心だなあと思いながら部屋に入るとハジムはこちらに背を向けて何かを読んでいた。振り返って驚いた顔をしたので俺はにんまりと笑った。
「飲もうぜ。」
そう言ってワインと厨房から勝手にとってきたコップをテーブルに置く。ハジムはため息をついて読んでいた手紙をしまった。
「うちの警備はなにしてんの・・・」
「知らね。あと俺も警備だし。」
そう言って俺は強引にハジムの横に座った。ハジムは寝巻のような服の上にガウンを着ていた。初めて見る格好だ。
部屋は火が炊かれていて暖かい。俺は上着を床に脱ぎ捨てた。
「あ、ワイン開けるやつがない。」
それを聞いたハジムはため息をついて立ち上がり、オープナーを手に戻ってきた。追い出すつもりはないらしい。ついでにワインを開けてコップに入れてくれた。別に侵入者にそんなに親切にすることないのに。馬鹿だなあ。
「これ秋祭りに僕があげたやつだね。まだ飲んでなかったの?」
「そうそう、素敵な上司から貰ったので上司と一緒に飲みたいなあと思いまして。」
上司だなんて思ってないくせにと呟きながらもハジムはコップを合わせてくれた。
「乾杯」
そう言って飲んだワインはビックリするほど美味しかった。
「何これ無茶苦茶うまい! 高いんじゃないの!?」
「高いよ。」
ハジムはそう言って二杯目を自分のコップに入れている。
「もうちょっとこのワインに合う器なかったの?」
「高いコップ持ってったら怒られんじゃん。」
釈然としない顔でハジムは二杯目も飲み干した。
「ストップ! そんなぐびぐび飲まないでよ俺のなんだから。」
「いや元々は僕があげたやつでしょ?」
「貰ったんだから俺のだよ!」
慌てて瓶を取り上げた。そう言えばこいつはウワバミだった。
「・・・で、何しに来たの?」
ハジムはちっとも酔ってない顔で言った。俺はコップの半分ですでに顔が赤くなってると言うのに。
「家族がいないもの同士で飲もうかと思って。」
「僕は家族いるんだけどねぇ。」
「今、ここに、いないでしょ!?」
俺がそう言って睨むとハジムは肩をすくめた。
テーブルの上には何枚もの封筒があった。気のせいか花が書いてあったりする可愛らしいものばかりだ。俺がそれをじっと見てるとハジムは隠す様に手紙の束をまとめた。
「それ何?」
「手紙」
ハジムはそれだけ言って立ち上がり、手紙の束を机の引き出しにしまった。
「ラブレター?」
「・・・ぽいのもあったかな。縁談の話、放ってたら溜まっちゃってね。」
戻ってきたハジムが俺の正面に座った。なんで隣に座らないんだ。
「・・・結婚するの?」
「しないよ。約束したじゃない。」
当然のようにハジムは俺を見て言った。
「覚えてたんだ。」
「そこまで記憶力悪くないよ。」
淡々と話すハジムの言葉に嬉しさがこみ上げてくる。そうか、覚えてたのか。あの約束は本気だったのか。一人で喜びを噛みしめているとハジムが怪訝な顔をした。
「なに笑ってんの?」
「いや別に・・・いい部屋だなここ。」
暖炉で薪が燃えていて時々木の爆ぜる音が聞こえる。きれいで暖かくて静かだ。
「一応貴族の屋敷なので・・・きみが汚した絨毯も張り替えてあるよ。」
「絨毯?」
床を見たがよくわからなかった。そもそも前来た時は絨毯を見ている余裕はなかった。
「俺、汚したっけ?」
「覚えてないならいいけど。マリアに嫌味言われたのは僕なんだからね。」
ハジムが拗ねた様に言った。こいつが俺の前で”僕”というようになったのはいつからだっただろう。そんなこともじんわりと嬉しかった。
「じゃあ、いつ俺と結婚する?」
「しないよ?」
また馬鹿な事言ってるという風にハジムが俺を見た。
「なにがじゃあなのかもわからないし、だいたい男同士で結婚っていうのもねぇ・・・」
「法律上は問題ないけど。」
「それは知ってるけど、貴族としてはもう一人ぐらい跡取り候補がいた方がいいと思うし・・・」
さっき誰とも結婚しないって言ったばかりなのに何言ってんだろ。
俺はコップを片手にハジムの横に移動した。
「ね、右腕見せて。」
「腕? なんで?」
「俺が傷つけたとこ、見たい。」
「趣味悪・・・嫌だよ。」
嫌がるハジムの腕を掴み強引に袖をまくり上げた。だが部屋がうす暗いせいでよく見えない。こいつよくこんな暗い所で手紙読んでたな。
暖炉の明かりに腕を照らすとわずなか傷跡が見えた。
「・・・えー、これほとんど消えてない?」
「そりゃ数年前の傷だしね。」
ハジムはそう言うとさっさと袖をなおしてしまった。
「俺のは残ってんのになあ。」
左手の甲の傷は引き攣れが残ったまま完治した。
「ダリッチのはほぼ自分でつけた傷でしょ?」
確かに治って欲しくなくて自分で引っ掻いた傷だ。だって消したくなかったから。
「あんたよくこの傷見てるよな。」
「・・・そう?」
「俺の傷をじっと見てるあんたはゾクゾクした。」
「・・・言い方がいやらしいなぁ。」
「いやらしいんですよ。」
そう言って俺はハジムをソファへ押し倒した。ハジムは抵抗しなかった。
「・・・酔ってるの?」
「そういう事にしといて。」
嘘だ、酔いなんてとっくに吹き飛んでる。
薄明りで見るハジムはとてつもなくきれいだった。
******
朝、目が覚めるとハジムはひげを剃っていた。ベッドで横になったまま俺はそれをぼんやりと見ていた。
「・・・髭剃りが珍しい?」
ハジムが言った。「ダリッチは髭生えないもんね。」
そんな訳ない。薄いだけだ。昔ひげに憧れて伸ばしたこともある。みんなにすごく馬鹿にされて二度とやらないって決めたけど。
「うるさいな・・・俺の服どこ?」
「そこ」
ベッドのわきに置かれていた服を着た。こんな所に置いた覚えはないから持ってきてくれたんだろう。服を着ながらハジムを見ると、髭を剃り終わったらしくガウンを脱いでシャツを着始めた。ボタンをとめる仕草に昔を思い出す。
「貴族も自分で服着るんだな。」
「うん? まあ家によるね。うちは基本的には自分でやるよ。家によっては靴ひもも自分じゃ結ばないってとこもあるけど。」
ハジムはそう言いながら服を着替えると今度は靴を履き替えた。座って靴ひもを結ぼうとしているので、俺は近づいて足元に跪いた。
「俺が結ぶ。」
黒い紐を手に取りながら言った。
「もう二度と俺から逃げんなよ。」
「逃げる? 僕が?」
「二度と俺を知らない奴を見るみたいな目で見んな。」
顔を上げて言うとハジムはなんとも言えない顔でまばたきした。
「・・・善処するよ。」
「俺は一生あんたのそばにいるって決めたから。下僕でも従僕でもいいけど、絶対に離れないから。」
「・・・あ、そう。」
困った顔で笑うハジムに腹が立って俺は靴ひもをぐちゃぐちゃにして立ち上がった。
「ああ、もう! 靴ひもぐらい自分で結べ!」
自分で結ぶっていったんじゃないかと笑うハジムを睨んで俺は部屋を出た。冬の朝は寒くて凍えそうだが、心だけは温かかった。
ダリッチ上着忘れてます




