2. 14歳と18歳
この領地の警備隊は毎朝領民に簡単な訓練を教えてくれる。参加者は運動したい年寄もいるがメインは子どもだ。参加は任意だがいつでも遊び足りないやんちゃな子供たちは毎日参加して木刀を振り回した。なぜならそこで筋がいいと認められた奴は警備隊に入れるからだ。
俺も近所に住む男子と共に何年も訓練に参加していた。一緒に訓練していた一つ年上のマルシーは15歳で無事入隊を認められた。警備隊は町の男子の憧れだ。だから俺だって小さい時から朝練に参加して入隊を希望していたのに、俺の入隊は認められなかった。
「元気はいいんだけどな。」
ケン兄は苦笑して言った。警備隊の新人だったケン兄も今じゃすっかりベテランだ。
「ちょうどドーナー家で小間使いを探してるらしいから推薦してやるよ。そろそろお前も十四だろう?」
大体の子どもは十四から仕事を始める。それまでは近所の使い走りぐらいしかしていなかったが、ドーナー家と聞いて嬉しかった。ドーナー家はこのドーナー領の領主だ。領主の家なら給金もいい。下っ端なら別にあの兄弟に会うこともないだろう。
さっそく喜び勇んでドーナー家に行くとみんな歓迎してくれた。「ちょうどいい小間使いが欲しかったんだ」と。その言葉の意味はすぐにわかった。どうやらドーナー家の兄に花嫁がくるらしい。あの兄弟の母親である大奥様は数年前に亡くなっており、久しぶりの奥様に屋敷は色めき立っていた。
初日、早く仕事を覚えて沢山稼ごうとした俺にまず言いつけられたのは奇麗な服を着る事だった。屋敷に出入りするからには小綺麗でいないといけないらしい。貴族ってのは見栄っ張りだな。
過去誰かが着ていたらしいシャツとズボンを与えられ、最初に教えられたのは服をうよう言われた。だが俺は何度も針で指を刺しシャツに血をつけたり、ボタンを留められない位置に縫い付けたりした。そして最終的には教えてくれたメイドに匙を投げられた。
「あんた不器用すぎ。もう見えないところで力仕事だけやってなよ。」
「見捨てないでよユリさーん。」
「私も暇じゃないの。お母さんにでもやってもらいなさい!」
二つ年上のメイドはそう言ってどこかへ行ってしまった。困っていると年配のメイドが見に来てくれた。サンドラさんといって長い間ドーナー家に仕えているらしい。サンドラさんは手早く破れそうなところを補強し、裾上げもしてくれた。
「アダール坊ちゃんもこの間までこれぐらいの背丈だったのにねえ・・・。もう結婚なんて早いわねぇ。」
サンドラさんが俺を見ながらしみじみと言った。今アダール様は周りの大人より頭一つ分大きい。俺もあれぐらいの背が欲しい。
見た目がそれっぽくなった俺は色んな人にあらゆる用事を言いつけられた。どうやらドーナー家は王都と領地に二つの家を持っていて、その両方でパーティを開くらしい。執事は王都のパーティに負けたくないらしく、準備中は常に殺気だっていた。
来るべき花嫁に備えて、俺たち使用人は家の中を掃除しまくり家中に花を飾った。花嫁は絶対に見ないであろう倉庫の中まで磨き上げたりして、とにかくみんなで走り回った。
初めて見た花嫁は奇麗な人だった。青い髪に青い目。家中に飾られた青い花の意味がやっとわかった。その次の日、更に偉い人がくるというので屋敷中の使用人と警備隊が集められ客人を迎えるように言われた。
よくわからないまま屋敷の前に集まり、俺は使用人の列の一番後ろに並んだ。前の方に沢山人がいるので何が起きているのかわからない。だがどうやら少し離れた玄関前にドーナー家一同も待機して、その偉い人とやらを待っているらしい。
「やっぱり新しい奥様よりアダール様の方が美人ね。」
隙間から前を窺っていたユリさんが意地悪く小声で言った。周りの人間も失笑する。
「やめとけよ、聞こえるぞ。」
誰かが小声でたしなめた。
「この距離で聞こえる訳ないじゃない・・・それにアダール様の美しさに勝てる人間なんていないわよ。」
今度は誰も反論しなかった。アダール様は兄弟の兄の方で、昔から顔の奇麗さで町中の女どもを虜にしてきたやつだ。そういえば最近見てないけどミカはどうしてるんだろう。今は町の雑貨屋で働いているはずだが、アダール様の結婚を聞いて荒れているんだろうか。本当にずっとアダール様と結婚するって言ってたもんな。
そんなことを考えていたらひときわ立派な馬車が到着した。俺の周りの人間が一斉に跪く。ボケッとしていたら強引に引っ張られて俺も地面に膝をついた。
「え、なに?」
「顔上げんな・・・王太子様ご夫妻だよ。お忍びでいらっしゃったんだ。」
誰かが一生見ることもないと言っていた本物の王子様だ。どうにかしてチラリとでも見たいと思ったが、ドレスの足元しか見られなかった。
一行が屋敷の中に入った後、やっと顔を上げることが許された。
「見えた?」
隣にいたユリさんに聞いたがユリさんも首を振った。
「見られるわけないじゃない。今日はあたしたちはもう仕事終わりだよ。王族がいる間は近づくなってさ。」
「・・・ラッキー?」
「・・・だね。」
その後三日間ほど王族は滞在したので俺は十分に休むことができた。だがすぐに呼び出されて王族がお発ちになるのをまた跪いて見送った。
「これ俺もいる意味あんの?」
「賑やかしだよ。使用人がいっぱいいるとこ見せないといけないらしいよ。」
どうでもいいなあと思いながら俺は欠伸を噛み殺した。数日ぶりに早起きをしたので眠い。その日俺は草刈りを言いつけられた。
「客帰ったんでしょ? 草なんかほっときゃ枯れるじゃん・・・」
「執事様が気になるんだとよ。無駄口叩いてねえで行った行った!」
追い立てられるように屋敷の裏手に回る。つい最近手入れしたばかりの裏庭はとてもきれいだった。
「どこ刈るんだよ・・・」
ぼやきながら歩き回ったがやる事が見つからないので少し林の中にも入ってみた。ここも奇麗だが多少枝が落ちていたり蜘蛛の巣が張っていたりした。首を傾げながら落ちている枝を拾い集め、ついでに邪魔そうな枝を払ったりしているとそれなりに疲れて大きな木の影に座り込んだ。ちょっとした休憩・・・と思ったがいつの間にか寝てしまっていたらしい。人の声がして目が覚めた。
「兄さん、領地に戻らないってどういうこと?」
覗くとこの家の息子たちがいた。相変わらず奇麗な服を着て奇麗な顔をしている。弟の方は滅多に町まで来ることはなかったが、兄の方はたまにふらっと町に来てその度にミカが大騒ぎしていた。俺はそれを見る度に兄が嫌いになっていった。
「ん? 時々は帰ってくるよ。」
「そうじゃなくて、次の跡継ぎは兄さんでしょ? 皆早く兄さんが軍人を辞めて後を継ぐのを待ってるのに。」
兄弟の会話は続いている。どうやら後継ぎで揉めているらしい。
「結婚は周りがうるさいからするだけ。」
兄の方はそう言うと場から去った。取り残された弟はため息をついて後を追った。
数日前に見た青い髪の女の人を思い出す。幸せそうだったのにな・・・やっぱり貴族なんて碌なもんじゃねえな。