19. 25歳、29歳②
また秋が来た。秋祭りの準備はドーナー家と役所がやることに決まっている。つまり両方の人間である俺は、人の倍働くことになる。
「ダリッチ! お酒の樽足りないよ!」
「発注したの俺じゃないっす!」
「知るか! 屋敷の食糧庫から持ってこい!」
「どうやって?」
「担いでもってこい!!」
滅茶苦茶なこといいやがる・・・。だが俺は頷くしかなった。下っ端はつらい。
「馬車借りなさいよ? 本当に担いで持ってくるんじゃないよ?」
会場のセッティングを手伝っていたメイドのユリさんが言った。
「貸してくれますかねぇ?」
「樽壊して地面に酒吸わせるよりいいでしょ。」
そう言うとユリさんはバタバタと準備に戻った。みんな忙しいのだ。
町の広場から大急ぎで屋敷に戻った。領主様ご一家も王都から戻ってきているのでいつもより馬の数が多い。俺は厩舎で馬丁を探したが、そこにいたのは領主であるアダール様だった。
相変わらず妙な輝きを放っている人だ。厩舎に似つかわしくない風貌に驚いていると向こうから声をかけられた。
「何?」
「馬車借りてこいって言われて・・・酒が足りないから、屋敷から持ってこいって。」
「ふーん? どれでも連れて行くといいよ。」
アダール様はどうでもよさそうに言った。そういえばここにいる馬はすべて領主様のものだった。とりあえず礼を言ったが俺は馬に乗ったことはない。飼い葉を運んだり糞の始末をしたことはあるが、触り方もよくわからなかった。
「ん? ああそうか、きみは警備隊じゃないんだっけ。」
戸惑っているとアダール様は少し笑った。
「ハジムを怪我させた子だよね? 可哀想に。怖かっただろ?」
可哀想? 俺が? ハジムじゃなくて?
混乱しているとハジムが馬丁と一緒に現れた。
「兄さん、用意できたよ・・・なんでダリッチがいるの?」
「あ・・・馬車借りようかと思って。」
しどろもどろになりながら広場に酒を運びたい旨を話した。馬丁がすぐにどこかへ走っていった。きっと馬車の用意をしてくれるんだろう。
「えっと、じゃあ俺はこれで・・・」
頭を下げてその場から離れようとするとアダール様に呼び止められた。
「待って。・・・弟をよろしくね。」
振り返るとにっこり笑うアダール様と、少し焦ったようなハジムがいた。
「兄さん?」
意味がわからず戸惑ったが俺はもう一度頭を下げてその場を離れた。アダール様と直接話したのは初めてだったがなんだか変わった人だと思った。奥様も変わってるし、変わり者夫婦なのかもしれない。
そのあと倉庫から酒だるを出し、馬車に樽を載せ広場まで運んだ。樽を下ろしたも色々走り回っていたら日が暮れた。
次の日も朝から色々準備してやっと昼前から祭りが始まった。領主様一族がそろって領民の前に立つのは年に一回この時だけだ。
アダール様は天気と民の勤労と今年の豊作を称え、来年の豊作も祈って杯を上げた。
「乾杯!」
「領主様万歳! ドーナー家万歳!」
音楽がかき鳴らされた。踊りだす者、歌いだすものがいる。広場に屋台から美味しそうな香りが流れる。飲みたい大人はドーナー家からの振る舞い酒の前に長い列を作った。この秋祭りは毎年盛大に行われるため王都からも人が来る。当然治安もちょっと悪くなるため、警備隊は一晩交代で見回ることになる。俺もしばらくは酒を飲むなといわれているが、周りで美味しそうに飲んでいる奴らを見ると羨ましくてしょうがなかった。
「いいなあ・・・」
「ダリッチは飲まないの?」
後ろからハジムが声をかけてきた。
「一応、仕事なもんで・・・」
「ふーん大変だね。」
ハジムはそう言いながら酒を飲んだ。こいつ・・・わざとやってるだろ。
「副領主様こそなにしてんですかぁ、こんなとこで。」
「よく働く部下を労おうかと思って・・・そういう祭りだしね。でも仕事中なら仕方ないね。」
そう言ってどこかへ行こうとするハジムの腕を慌てて引っ張った。
「待った! 労って! 俺すごい頑張ってる!」
「・・・仕事中なんでしょ?」
「終わった! もう終わった! っていうか俺ずっと働いてるんだから労われたい!!」
「駄目だよ。仕事しなさい。」
ハジムは冷たく言って俺の手を振り払うと人ごみへ消えてしまった。なんでだよ・・・ちょっとぐらい労えよ・・・
がっくりしてしゃがみこむとミカの声が頭上から降ってきた。
「あんたまだそんなことやってんの? 馬鹿じゃない?」
顔を上げると呆れた顔のミカがいた。何でもない風に立ち上がるとミカの後ろには子どもを抱えた変人医者もいた。そういや夫婦だったなこいつら。
「全く進歩してないじゃない。いい加減諦めたら?」
そう言ったミカの髪は随分前から短い。もうポニーテールはしないらしい。みんな変わっていく。なんで俺は変わらないんだろう。
「うっせえよ・・・」
「いやいや進歩のためには粘り強さも必要ですよ。」
医者がとぼけた顔で言う。お前には聞いてねえ。
「はいはい、ただ酒はあっち。飲み過ぎないでくださいねー。」
俺はやけくそ気味にただ酒に群がる連中の交通整理をし、飲み過ぎている奴から酒を取り上げ、相手にされていないナンパを蹴散らし、迷子になっている子どもの親を探した。
途中で酒を飲まされたりしながら夕方まで走り回っていると、ケン兄がやっと声をかけてきた。
「ダリッチ、アダール様も屋敷に戻られたからお前ももう休んでいいぞ。片づけは午前中休んでた連中にやらせるから。」
「ハジムは?」
「様をつけろ。・・・とっくに戻られてるよ。お前も適当なところで帰れよ。」
陽はもう傾いている。中途半端に酒を飲んだせいですっかり眠くなった俺はあくびしながら屋敷へ戻った。
警備隊寮は人気がなく静かだった。いたとしても眠っているのだろう。誰か俺を監視しろよ・・・
ふて寝して起きると明け方だった。夕飯を食べずに寝たせいで腹ペコだ。なにか食べさせてもらおうと屋敷の方に向かうと、訓練場に人影が見えた。ドーナー家ご兄弟だ。どうやら剣の打ち合いをしているらしい。朝から二人で訓練とはご苦労なこった。今日は町中が休みだってのに。
あくびしながら見ていると、ハジムの剣が弾き飛ばされて終わった。アダール様は振り返ってこちらを見て笑うと屋敷に入っていった。なんとなく呼ばれた気がしてハジムに近づく。
「朝からよくやるね。」
ハジムはむっとした顔をしている。どうやら負けたのが悔しいらしい。
「なんか用?」
存外子どもっぽいよなこの人。みんな知らないみたいだけど。
「なんか呼ばれた気がした。」
「呼んでない。」
ハジムは短く言うと背を向けて屋敷に戻ろうとした。
「ちょっと待ってよ!」
「・・・なに?」
呼び止めたものの別に用事はなかった。ハジムも察したのかまた背を向けて歩き出そうとするので腕を掴んで引き留める。ん? 昨日も同じことやったな。
「何なの?」
ハジムが呆れた顔で言った。
「あれだよ、まだ労われてない!」
「・・・祭りは終わったよ。」
「でもまだ労われてないから!」
やれやれといった顔でハジムが俺に向き直った。
「どう労われたいの?」
正面切って聞かれると迷う。というか考えてなかった。
「・・・キスとか?」
どうせまた無視されるんだろうなと思って言うと、ハジムは無言で顔を近づけてきた。びっくりして目をつぶると額に衝撃が走った。額にだ。
衝撃で尻もちをついた俺が見上げると、呆れた顔のハジムがこちらを見下ろしていた。
「来年までにもうちょっとマシなご褒美考えといて。」
そう言って行ってしまった。どうやら頭突きされたらしい。でもまあ、ご褒美をくれる気があるなんていい上司だ。
「来年は痛くない感じでよろしくー」
背中に向かって言ってみたが返事はなかった。
アダールは陰で聞いて笑ってます