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【完結済】長い長い片思いの話  作者: 紫藤しと
18/23

18. 25歳、29歳

★25才 6月

「じゃあ俺帰るから。ちゃんと戸締りしろよ?」


 そう言って肩を叩かれ、俺の集中は唐突に切られた。


「・・・え?」


「もうお前とハジム様しか残ってないから。じゃあな。」


 言いたいことだけを言って帰る上司の背中を見送る。辺りを見渡すと誰もいなかった。そう言えば大分前にみんな相次いで帰っていった気がする。もう夜か・・・


 折角集中してたのになあ。俺は伸びをしながら残りの仕事を見た。あと一時間もあれば終わる量だ。でもなんだか気が削がれてしまった。


 最近俺は役所の会議にも参加するようになっていた。王都から専門家を呼び寄せた時もその場に立ち会い直接疑問を解消した。上司はその場にいるだけだった。正直もう上司になにかを確認することはほとんどないが、ただ俺への意地だけでこんな時間まで俺の仕事に付き合ってくれていたらしい。


 お茶でも飲もうとして立ち上がり、二階にいるらしい人のことを考えた。ついでだからあいつにもお茶を淹れてやろう。


 二階に上がり給湯室に行くと奇麗に整理されたお茶を眺める。知らないお茶ばかりだ。俺は適当にお湯を沸かし茶葉をいれた。カップ一式をお盆に乗せ領主室のドアを叩く。


「・・・うん?」


 領主代理は机で仕事をしていた。胡乱な顔で俺を見る。


「まだいたのダリッチ。」


「まあな。鬼のような上司が早くやれってうるさくってね。」


 俺はそう言いながらお盆をソファ前のテーブルに置いた。たぶんもう出来ただろう。俺はポットからお茶を注いだ。いい匂いだ。


「せっかく淹れたんだから飲みなよ。」


 俺がそういうとハジムはぼんやりしたまま俺の正面に座った。手には書類を持ったままだ。そしてカップを口に運び・・・むせた。


「なんなのこれ・・・」


 ハジムは心底嫌そうに顔を顰める。


「何って、お茶だけど?」


「・・・お茶っ葉入れすぎ、お湯ぬるすぎ、蒸らし時間少なすぎ。」


 よく一口でそこまでわかるもんだ。


「お茶なんてどれも似たようなもんだろ?」


「君が言ったんじゃないか、私は貴族のお坊ちゃんなんだよ。・・・ああびっくりした。」


 ハジムは書類を机に置くとため息をついた。


「うちの姪だってもうちょっと上手く淹れられると思うよ?」


 こいつの姪は確か9才だ。ムカつくなあ。


「悪かったな平民で。」


「うちの料理人もメイドも全員平民だけどね・・・そう言えば君もうちの使用人じゃなかったっけ?」


 嫌そうな顔で見つめられてますます腹が立つ。


「・・・俺は厨房立ち入り禁止だし。」


「なんで?」


 皿は割るし、鍋は具材の原型がなくなるまでかき混ぜるからだ。とは言いたくなかった。


「・・・野菜の皮むきは上手いぞ。」


「うちの料理人は優秀だなあ。」


 ハジムはうそぶいてお茶を飲もうとして動きを止めた。そしてため息をついて立ち上がった。


「淹れ直すよ。それ貸して。」


 俺が飲んでいるカップを取ろうとしたので身をよじって抵抗した。確かにちょっと渋いけど飲めないほどじゃないのに。


「いいよ、もったいない。」


「もったいないと思うならお茶の淹れ方ぐらい覚えて・・・君よりによって貴人用の一番高い茶葉使ってるからね?」


 ハジムはそう言うとお盆を手に部屋を出て行ってしまった。慌てて俺もお茶を飲み干し空のカップを手に後を追った。


 ハジムは給湯室でお湯を沸かしていた。


「来たんだ。じゃあカップ洗って。」


 渋々言われたとおりに洗う。まあ本来ならお茶を淹れさせるだけで不敬な相手だ。執事にバレたら殺されるだろう。


「・・・もうお湯になったんじゃないの?」


 魔石で沸かしているポットから湯気が出ている。


「あのね、お茶は沸騰させたお湯を使うんだ。」


「熱けりゃいいじゃん。」


 ハジムは面倒くさそうな顔をして返事もしてくれなくなった。


「二人分なら茶葉の量はこれぐらい。」


「少なくない?」


「これにお湯を注ぎ五分待つ。」


「長くない?」


 俺の質問はことごとく無視された。


 領主室に戻ってきっちり時間をはかった後、お茶をカップに注いだ。


「・・・おいしい。」


 ハジムは無言だったが満足そうに頷いている。まあこれで俺も淹れ方を覚えたし、全く問題ないだろう。


 俺たちはしばらく黙ってお茶を啜った。


「・・・あとどれぐらいで終わりそう?」


 ハジムに聞かれて一時間ぐらいだと答える。


「そうか・・・じゃあさっさと終わらせてしまおう。」


 ハジムはそう言ってカップを片手に机に戻った。俺は少し考えた後、一階に降りて書類一式を抱えるとまた領主室に戻ってきた。


「・・・何してんの?」


「下もう誰もいないし。それにほら、俺のこと見張らなきゃいけないんでしょ?」


 俺はそう言いながら部屋の隅に置かれていた机の上をせっせと片づけた。本来は領主様が領地に戻っている間ハジムが使う机だ。あるんだから使えばいい。


 ハジムは嫌そうな顔をしたがなにも言わなかったので俺はさっさと座って仕事を再開した。ペンを走らせる音だけが響く快適な空間で、一時間かかるかと思った書類は40分ほどで終わった。


「ここいいなぁ。俺明日からここで仕事しようかなあ。」


 ハジムに聞こえるように言ってみたが無視された。もう慣れてるけど。


「・・・終わったのなら戸締りしてきて。」


 言われたとおりに一階の戸締りを確認しているとハジムが二階から降りてきた。ハジムが持っていた鍵を閉めて帰路につく。帰る場所が同じなので一緒に帰るのは当然だ。


「夜はまだ寒いね。」


 独り言のようにいうハジムの横顔を見つめる。小さな魔石の明かりしかないが、相変わらずきれいな顔をしていると思う。


「・・・何?」


 怪訝そうな顔をされてしまった。


「いや・・・あんたいつ結婚すんのかなと思って。」


「・・・もう身内ですらその話しなくなったけどね。」


「気使われてるんだな。気の毒に。」


 ハジムがプイと顔をそらした。


「ダリッチこそしないの? 常時監視だけど別にそこまで禁止してないと思うけど。」


「俺はあんた一筋だから。」


 ハジムが足を止めた。驚いた顔で俺を凝視する。


「え、知らなかった?」


「・・・まだ続いてたの、その話。」


「うん」


 ハジムは俺の顔をじろじろ見た後、また黙って歩き出した。


「あんたが言ったんだからな。ずっと好きでいていいって。」


「・・・言ったっけ?」


「言った!!」


「夜なんだから大声出さないで・・・言ったかもね。」


「あんたがどういうつもりで言ったかは知らないけど。絶対言ったからな!」


 騒ぐ俺を適当にあしらうハジムを見ながら、幸せだなと思った。人には理解されなくても、俺はもう、これだけでいい。そばにいられたらいいんだ。


ハジムはちゃんと高い茶葉で淹れてくれました

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