17. 23歳~24歳、27歳~28歳
仕事終わりの居酒屋でユリさんにプロポーズされた。
「もうあたしでよくない?」
「よくないです。」
「何でよ!?」
ユリさんは最近男に振られたらしい。酔っぱらって目の座った人に言われてもなあ・・・
「ってかやっぱりあんたは男が好きなの?」
「最近は男も女も好きじゃないです。」
「そんなこと言って・・・おねーさん方に遊んでもらってんの知ってんのよ?」
「それとこれとは別です。」
「一丁前に・・・昔は可愛い顔したガキだったのに。」
あーヤダヤダとくだを巻くユリさんからそっと目を反らした。確かユリさんは今二十五歳だ。この町では独身の方が珍しい。俺も二年後はこうなるんだろうか。
「ユリさんは男を顔で選び過ぎなんですよ。」
「悪い!? 男は顔でしょ! ・・・あ、あんたは男の趣味悪かったね・・・」
暗にハジムのことを言われてるようでムッとした。
「俺には奇麗に見えるんだから別にいいでしょ。」
「マジで? 目おかしいんじゃない。」
「放っといてください・・・」
少し離れた所で飲んでいるケン兄に視線で助けを求めたが、全くこちらを見てくれなかった。
「っていうかあんたガキの頃からハジム様追っかけまわしてたけど、空しくなんないの?」
・・・この人顔は奇麗なのにまともな男が寄ってこないのは、こーいうとこだと思う。ほんと。普通の会話のフリしてこっちの胸を抉ってくる。
「・・・もう慣れました。」
「ほんとにー? 一生片思いでいるわけ?」
強烈なストレートパンチに俺は撃沈した。もうこの人ほんっとムリ・・・
「ユリ、うちの坊主をあんまイジメんな。」
机にうつ伏していたらやっとケン兄が助けにきてくれた。もう俺瀕死だけど。
「いやいや誰かが言ってやんなきゃダメでしょ? じゃないとコイツ一生物陰から副領主見つめてる変な奴になっちゃうよ?」
倒れた所を馬乗りでタコ殴りにされてる気分だ。
「俺・・・別に、物陰とかからなんて見てないし・・・」
「あーもうわかったから! ほらユリはもうこいつに構うな! ダリッチ店変えるぞ!」
「俺・・・別にもうどうする気もないし・・・気持ち悪いって言われてもなんもしてないし・・・」
「わかったから! 後で聞いてやるから!」
俺はケン兄に引きずられて別の店に移動した。ケン兄はその後も俺の愚痴を困った顔で聞いて、一言「お前はこうと決めたら曲げないからなぁ」とだけ言った。
★24才 春
春、ミカに子どもが生まれた。
めでたいと思う反面、心の底から喜べない自分がいた。ミカもトマスもマルシーも、みんな結婚して子どもを作って親を大事にして、正しい人生を歩んでいる。
俺はどこで間違えた?
ハジムを好きになったから?
だとしたら俺は、十年前から間違った人生を歩んでいた?
このまま一生間違えた人生を歩むのか?
たった一人で?
---------暗闇をさ迷うような気分はしばらく続いた。いっそあの時本当に殺しとけば良かった。そうしたら命だけは俺のものだった。
★24才 夏
夏は嫌いだ。
役所で仕事をしながら、俺は暑さにイライラしていた。書類に間違いをみつけて更にイライラに拍車がかかった。
何年か前から間違いや質問があっても直接領主室に行くのはやめていた。だが上司にいっても使えないので、直接領主宛に質問状を書いて疑問を解消するようにしていた。
だけど今日突然面倒くさくなった。
これ書いてる間に直接聞きに行った方が早くないか?
俺は書類を片手に領主室の扉をノックした。数年前と変わらずハジムはそこにいて、淡々とこちらの質問に答えてくれた。なんだ、これで良かったんだ。
それから俺は気にせず領主室にどんどん行くことにした。それなりに仕事を覚えた俺は、ハジムを困らせるような質問もするようになった。
「わからないねこれは・・・この二冊の本はそれぞれ有名な法律の専門家が書いたものだけど、完全にこの部分は逆のことが書いてある。」
「王都ではどっちが主流なんです?」
「わからない・・・ 聞きに行くしかないかもなあ。」
「わざわざ?」
「相手は貴族だからね。兄さんも忙しいらしいし・・・」
「俺、行ってきましょうか?」
そう言ってから自分が自由に出歩ける身分でないことを思い出した。最近はすっかり忘れていた。
「・・・まあ私も領主代理である以上ここを離れられないし、なんとかしてみるよ。」
俺は一礼して領主室を出た。左手甲の傷を見る。ごくたまにハジムがこの傷を見ているのを俺は知っている。その度に俺は泣きたくなる。
それ以外はいたって良好な上司と部下だ。それなりにうまくやってると思う、だけど。
”いつまで好きでいればいいの” と俺は聞いた。
”ずっと好きでいればいい” とあいつは言った。
酷い話だ。何も応える気がないくせに、許可だけ出した。
きっとこれが俺に対する最大の罰なんだろう。いっそ殺せバーカ。