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【完結済】長い長い片思いの話  作者: 紫藤しと
15/23

15. 22歳と27歳

ちょっと長いです

 結局お袋は少し良くなった後、まるで枯れるように死んでしまった。まだ40代だったのに。


 親父は誰かに引きずられて葬式にはきたが、まるで他人事のような顔をしていた。酒臭い息を吐きながらおふくろの顔を覗き込んだだけで出て行こうとしたので、引き留めてぶん殴った。もう涙はでなかった。


 警備隊の朝練はすっかり習慣になっていたので続けた。いつの間にかハジムのことは気にならなくなっていた。


 別に落ち込んでいるつもりはなかったが、周りからはずっと落ち込んでいるように見えたらしい。なぜかいつもの酒場でかハジムに戦いを挑むよう勧められた。


「なんで?」


 俺は酒を飲みながら聞いた。両親が住んでいた家はもうない。一人の家に帰るのも嫌で俺はまた毎晩飲み歩くようになっていた。


「俺とはいい勝負できるようになったじゃないか。いま領地で一番強いのはハジムさんだからな。胸借りて来いよ。」


 ケン兄がニヤニヤしながら言った。


「あの人強いの?」


「強いぞ。そもそも当たらん、全部よけるんだよあの人・・・一回でも当てられたら俺がしばらくいくらでも奢ってやるよ。」


 いくらなんでも振り回したらちょっとぐらい当たるだろう。たぶん俺を元気づけようとしているんだろうなと察して俺は頷いた。今更あの人の正面に立ってもきっと胸は痛まない。そんなもの、もうとっくに忘れてしまった。


「いいよ。幾らでもっての忘れんなよ? 俺むちゃくちゃ食べるからな!」


 俺の声に周りが沸く。


「じゃあその時は俺も奢ってもらおっかなー」「俺も俺も」


「お前らの分は知らねーよ!」


 そんな賑やかな声に笑っていると、後ろから袖を引かれた。振り向くと見たことのない男の子が立っていた。10歳ぐらいだろうか、小綺麗な服を着ていてこんな酒場に似つかわしくない。


「どうした坊主、親は?」


 男の子は無言で斜め後ろを指さした。こちらもやはり見たことのない母親らしき人が所在なさげに立っていた。俺を見てペコリと頭を下げる。子どもが言った。


「あのね、明日戦うの?」


「うん? まあちょっとした試合だよ。戦うって程じゃない。」


「ふーん。でも僕と握手したら勝てるよ。」


 よく分からないことを言う坊主だ。


「なんだそれ、おまじないか?」


「そんなかんじ。」


 男の子はそう言うと、強引に俺の右手をキュッと握ってすぐ離した。


「・・・それでいいのか?」


「うん。明日、楽しみにしてて。」


 男の子はそう言って笑うとどこかへ行ってしまった。なんだったんだろう、首を傾げながら正面を向くと隣のトマスに今のは誰だと聞かれた。


「知らん・・・行商人の子かな?」


 特に害はなかったのですぐに忘れてしまった。


 次の日、朝練終わりにケン兄にや他のみんなにニヤニヤしながら小突かれ、ハジムの前に立った。


「稽古お願いします!」


 ハジムは少し戸惑ったようだがすぐに剣を構えてくれた。


 しかしどれだけ剣を振ってもハジムには当たらなかった。多少は剣で受け流しながらもほとんどの攻撃を避けられた。俺の剣は早くて軽いのが身上だ。なのにまったくかすりもしない。俺はだんだん焦れてやけくそのように剣を振り回した。そして重心がぶれた所を押され、あっけなくしりもちをついた。


 無様な自分に腹が立ちすぐに立ち上がろうとした時、ハジムが剣を大きく振りかぶって打ち下ろすのがスローモーションのように見えた。


 殺される。何故かそう思った俺は、とっさに両手をハジムの方に突き出した。


 ダリッチ! そう叫んだのはたぶんケン兄だ。ハジムが両腕で首元をガードするのがスローモーションのように見えた。


 次の瞬間俺の手から放たれた風魔法がハジムの体を切り刻んだ。


 周りの怒号や混乱の声の中、俺は声を出すこともできなかった。なんでだ、俺はあんな魔法なんて使えない。俺は今、何をした?


 ケン兄に胸倉を掴まれて少し意識が戻る。


「お前何やってんだ!」


 怒鳴られても俺だってわからない。ハジムの服は破れ、傷口から血が出ているのが見えた。


 あれを、俺が? なんで?


「ダリッチってさあ、風魔法使えたんだ?」


 苛立った声のハジムの問いかけに場がしんとなった。ケン兄が俺を離してハジムに向かって跪く。


「い、いえ・・・使えないと、思ってました。私は、こいつを子どもの頃から知っていますが、こんな魔法を使えるのを初めて見ました。人に殴りかかるのは見たことがありますが、魔法を使えるとは本人も知らなかったんだろうと思います!」


 そう言ってケン兄は俺の頭を地面に押さえつけた。容赦ない力に口に砂が入る。なんでだ? なんでこんなことが起った?


 ハジムのため息が聞こえた。


「・・・とりあえず、今日は解散。ダリッチはしばらく謹慎、処分は追って知らせる。」


 そう言って去っていく足音と共にケン兄の手が緩んだ。顔を上げると一人で屋敷に戻るハジムが見えた。


「待ってください! あの、手当させて下さい!」


 走ってハジムに話しかけたが、ハジムはこちらを見ようともしなかった。 


「加害者が被害者を? いいから戻りなさい。」


「違うんです! ワザとじゃなかったんです! あの」


 話しているのを無視してハジムは屋敷に入ってしまった。慌てて俺も追いかける。


「お願いします! 話を聞いてください。ワザとじゃないんです。俺、自分が魔法使えるなんて知らなくて。っていうか使えないんだと思ってたんです。ただ剣が怖くて直撃を避けようとしただけなんです。話を聞いてください!」


 必死で喋りながら追いすがったがハジムはこちらを見てもくれなかった。俺は救急箱を持ってこちらを伺っているユリさんから救急箱をひったくった。驚いた顔をしていたが、説明している暇はない。


「あの、話を」


 やっとこちらを見たと思ったら、もうハジムの私室の前だった。


「あのさぁ、いつまでついてくるつもり?」


「手当させて下さい!」


ハジムは心底めんどうくさそうな顔をして扉を開けた。許可は得てないが俺も一緒に中に入る。ハジムは破れた服を脱ぎ捨てて部屋の鏡で上半身を確認しだした。顔を顰めながら右腕の傷を確認していると血が床に落ちた。


「あの、お願いだから手当させて下さい。」


 俺は泣きたくなって頭を下げた。酷い怪我だ。あれを、俺がやったんだ。体が震えそうになるのを耐えているとハジムがため息交じりに言った。


「じゃ、止血して。」


 ソファーに座って腕を差し出してくれたので俺は手早く包帯を巻いた。


「とりあえず止血しました。血が止まったら消毒しますね。では他の所を消毒します。」


「いやいいよ。」


「え? でも消毒しないと。」


「・・・痛いからいい。」


 思いがけない子供っぽい言い方に少しだけ笑いそうになった。


「いえ、砂埃が舞ってましたから。消毒します。」


俺は消毒した布で傷口を拭き始めた。


「・・・痛い。」


「すみません。・・・すみません。」


 傷はほとんどが腕だったが、腹や耳にも切り傷があった。なんてことをしてしまったんだろう・・・一つずつ消毒しながらまた泣きそうになる。


「ダリッチは・・・前は魔法使えなかったの?」


「はい。ごくたまに弱い風は出せましたけど、意識的にやろうとすると全然。」


「まあそういう人がほとんどだよね。・・・で、誰に習ったの?」


 俺はぶんぶんと首を振った。


「誰にも習ってません!」 


「・・・普通生まれ持った魔力は変わらない、でも何らかの方法で人の魔力を増幅させられる人間がいるみたいなんだよね。是非紹介してほしいな。」


 何を言われているのかよくわからず俺は黙ってしまった。


「どうやったの? 私も実態を掴めてないんだ。術者の魔力でも流し込むの? それともなにか道具でも使うの?」


 よくわからないがハジムはすごく怒っている。それは当然だが、どうやらわざとやったと思っているようだ。


「違います! 何もしてません!」


 俺は叫んで立ち上がった。その拍子で膝に置いていた消毒液が床に転がって床が消毒液まみれになった。急いで床に這いつくばり拭こうとしたら、上からハジムの冷たい言葉が降ってきた。


「・・・殺意がなかったとは言わせない。」


 ハジムに睨みつけられ俺は床に座ったまま俯いた。わざとではなかった・・・どうやったら信じてもらえるんだろう。


「で、誰に頼まれたの?」


「頼まれてません・・・」


 どうやったら証明できるかわからず俺は俯くしかでできなかった。


「うちでも掴めていない幻の術者に単独で接触したの? どうやって?」


「そんなことしてません・・・」


 ガッ


 ハジムが横にあった低いテーブルを蹴り飛ばした。ハジムが初めて見せた暴力的な仕草に身がすくむ。


「・・・尋問は警備隊の仕事だけど、今いるメンバーじゃ無理だろうな・・・」


 ハジムが無表情に呟いた。


「あの、警備隊のみんなは全然関係ありません! 本当に・・・出来心なんです。」


「・・・出来心で殺されてたまるかよ。」


「すみません! なんでもしますので許してください!」


 もうどうすることもできなくて俺は床に這いつくばった。警備隊は関係ない。なのにこのままじゃ他のみんなまで罰されてしまう。


ハジムの左手が伸びてきて顎を掴んで強引に上を向かされた。


「・・・昔、私のこと好きって言ってたよね。まだ好きなの?」


「ち、ちがっ」


 一番聞かれたくない質問だ。また涙が滲みそうになって俺はもがいた。でもハジムの手は俺を締め上げて離れない。


「答えてよ。どうなの?」


「今・・・関係ないっ」 


「関係あるでしょ。・・・むしろ私たちの関係なんて君が一方的に私に懸想してるってだけの関係でしょ? それ以外ある?」


 もうこれ以上聞きたくなかった。


「離せっ」


 手を振りほどこうとしたがハジムは頑として離さなかった。


「答えたら離すよ。」


「好きだよっ!」


 そう叫ぶとやっとハジムは手を離した。


「好きだよ、ずっと好きだよ。だけどもう嫌なんだ。こんなの・・・なんの意味もない。」


 掴まれた場所も痛いが心が痛かった。さっきまで座っていたソファに顔を伏せる。もう嫌だ、消えてしまいたい。


「人の命を意味がないとは言ってくれるじゃないか。」


「あんたの命じゃなくて、俺が・・・もう終わらせたかったんだ。」


どれだけ叫んでも、こいつには届かない。ならもう、諦めた方が楽になれる。


「・・・きみってよく泣くよね。」


「泣いてない・・・めったに泣かねえよ。」


 泣きそうになってるだけだ。


「つまり殺したいほど私は愛されてるってことでいいのかな。」


 投げやりな言い方に俺は顔を上げた。ハジムは本当にどうでもいい人間を見る目で俺を見ている。


「違う・・・と思います。」


「もういいよ、二度と会わないかもしれないから言葉遣いは。」


 二度と会わない


 そんなことを平気な顔で言うんだこの男は。だって俺のことなんかどうでもいいから。


「確かに・・・ここ数年は憎んでるに近かったかもしれない。さっきの打ち合いでもあんたは涼しい顔でこっちの攻撃がまるで効かなくて・・・ずっと俺たちはこんななのかと思ったら無性に腹が立って・・・すみませんでした。」


 頭を下げても反応はなかった。


「あと、本当に警備隊のみんなは関係ないんで・・・処刑なら私だけにしてください。みんなは私を元気づけようとしただけなんです。あの、春頃に母親が死んだので・・・」


「父親は他の女と駆け落ちしたし?」


「よく知ってますね。」


 なんでそんなことは知ってるんだろう。俺に興味ないくせに。


「ええ、クソ親父が最近越してきた若い女と駆け落ちして消えまして。そのちょっと前から母親は具合悪くて寝込むことが多かったんです。なんかもう・・・親父に殺されたようなもんですよね。」


 これに関してはもう笑うしかない。クソな息子にふさわしいクソ親父だ。


「それで自棄になって殺そうとしたの?」


「違います! そんなつもりは・・・でも、あったかも・・・」


 もうわからない。俺はやけくそになって笑った。乾いた笑いしか出なかった。


「・・・あ、血止まったみたいだから、包帯巻いて。」


 この男はまるで俺のことはどうでもいいんだな。この一年の俺の苦しさなんて、どうでもいいことみたいに聞き流すんだな。


 ハイと返事をして止血の包帯をほどく。消毒液をつけて周りの血を丁寧に拭いた。


「傷口は消毒しなくていいから。」


 どっちが子どもだよ。俺は少しだけ笑って手当を続けた。これでこの人に触るのは最後かもしれない。領主代理にこんな傷を負わせて罰がないなんてありえない。暗殺未遂ということになったら死刑もありえる。


 でもなんだかもう、どうでもよかった。


 最後に触ることができてよかった。俺が死んでも、この傷が残りますように。


 俺は祈りながら丁寧に包帯を巻いた。手の震えは隠せなかったけど。


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